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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

リアクション

 鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)佐々良 縁(ささら・よすが)は普段ない緊張に包まれ、紅葉の間を歩いていた。
「キ、キレイだね、縁ねえ」
「そ、そうなん?」
 会ってすぐに2人の間に交わされたのは、そんな会話だった。
 そしてそれから。
(ド、ドギマギする……)
 虚雲はおろおろしていた。
 そもそも、なぜか分からないが、自分から縁を誘った。
 自分でも理由は分からない。
 いや、本当は分からないのじゃないのかもだけど……。
 ちらっと縁を見ると、おしゃれな服を着た彼女がいて、ドキッとして、『女性』として見てしまう。
 今日の縁は、シンプルなコートに、袖長めのニットとティアードのスカートをまとい、足元はしっかりとしたショートブーツを履いて、秋冬らしい格好をしていた。
 虚雲はそんな縁を意識しつつ、穴場の紅葉スポットまで行くことにした。
「少し遠い?」
「あ、うん。縁ねえが疲れたら言って」
 そう言いながら、虚雲は縁の手を取り、手を繋いで歩きだした。
「……あ」
 手を繋がれて、一瞬、驚いた縁だったが、そのままにしておいた。
 本人自覚はなかったが、うれしいと思ったのかも知れない。
 それまで上手く話せない虚雲を見て、「気を使わせてるのかなぁ」と落ち込んでいた縁だったが、手のぬくもりを感じているうちに、いつの間にか、その思いは消えていた。

 虚雲の連れて行ってくれた場所には、木で出来たテーブルとイスがあって、二人はそこに並んで腰かけて、縁の持ってきたお菓子を広げた。
「さつきちゃんお手製お菓子かあ。紅が聞いたら羨ましがるだろうな」
 皐月が持たせてくれたのは、手製の猫型まんじゅうとお茶だった。
 縁は水筒に入れたお茶を注いで、虚雲に猫型まんじゅうと共に渡す。
「わあ、可愛いなあ」
 その言葉に、縁はふふっと笑う。
「皐月が言ってたよ。ほら、虚雲くんこういうの好きそうだしさぁって」
「え?」
「予想通りだったね」
「そ、そうだけど……」
 ちょっと子供扱いされた気分になりながら、虚雲はお菓子を食べる。
 縁も隣で食べ始めたが……。
「あ、縁ねぇ」
「ん?」
 虚雲の手が自分の方に伸びて来て、縁はドキッとする。
「ちょ、ちょっ…なにを?」
「はい。ちょっと餡子が付いてた」
「え、あ……ありがとう」
 指で取った餡子を虚雲が口にして、ニコッと笑い、縁の頬をつついた。
「どうしたの、縁ねぇ。落ち付かないね」
「そ、そんなことないよ!」
 顔を真っ赤にして抗議する縁だったが、今度は虚雲の目線が少し上の方になり、縁の髪に触れた。
「えっ?」
 虚雲の指先が髪に触れ、縁は真っ赤な顔のまま硬直する。
 驚いて固まる縁に虚雲は取ってあげた紅葉を見せた。
「縁ねぇの髪についてた。綺麗だね」
「あ、あ、うん……」
(髪についてたのを取ってくれただけか……)
 ドキドキした自分を叱るように、縁は小さく首を振る。
 それと同時に、こんな赤い顔をしてるのを知り合いに見られなくて良かったと思った。
 一方、虚雲は前の事を思い出し、首を傾げていた。
(何であの時、キスしたいなんて思ったんだろう)
 隣にいる縁をちらっと見る。
 今日の縁はなんだかキレイで、いつもより見つめているのが恥ずかしい。
 その気持ちが何なのか、虚雲にはまだ分からなかった。


「今日はなかなかに良い天気ですな。気晴らしには良い日です」
 (自称)教導団のナイスガイセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が持ってきた軽食を開きながら、紅葉の方を見た。
 今日はいつもの教導団制服ではなく、ジャケットとシャツにデニムパンツというラフな感じだった。
 それでも、ペンダントが飾られた少し開いた胸元と合間って、男くさいカッコ良さは、滲み出ている。
 しかし、お相手の月島 悠(つきしま・ゆう)はそのカッコ良さよりも、スカートの恥ずかしさに気持ちがいっているようだった。
(いつも違ってスースーする)
 シートに座るのにも、どこか落ち着かないらしい。
 いつもの男性制服のような動きをしたら、スカートの中が見えてしまうし、一つ一つの動きにも注意が必要で、たまにスカートから自分の白い足が見えて、慣れずにドキッとしてしまう。
 セオボルトはそんな悠の様子を見つめ……。
「悠」
「は、はい!」
 緊張して返事をする悠の頭にセオボルトが手を伸ばし……そしてひょいっと帽子を取って、教導団の男子用帽子を被せた。
「なんだ、セオ?」
 いつもの訓練の時の悠が、顔を見せる。
 セオボルトはもう一度、悠に今日被ってきた帽子を被せた。
「な、なんですか、セオさん」
 髪にセオボルトの手が触れ、ちょっとドキッとして悠が頬を赤くする。
 しかし、セオボルトはそれを特に気に留めるでもなく、また、帽子を変える。
「おい、何を……」
「や、セオさん……」
「だからいったい……」
 帽子を交互に変えるセオボルトに困惑する悠。
 しかし、セオボルトはその様子を眺めて、呟いた。
「これは面白い。条件反射と言うべきでしょうか?」
「し、知りません、そんなこと言われても」
 変わり身の早さが気になり、じーっと見つめるセオボルトだったが、悠は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「さてさて、それではお弁当としますかな。どうぞ、悠」
 セオボルトは作ってきたサンドイッチを悠に渡した。
 普通のBLTサンドだが、さすがにメイド修行をしているだけあって、とてもキレイに出来ている。
 お弁当への詰め方も、見た目良く出来ていた。
「あ、ありがとう。セオさん」
 悠はそれを受け取り、自分のお弁当を取り出す。
「あっ、あの、あの、セオボルトさん、私もお弁当作って来てみたんだけど……」
 差し出されたお弁当のふたが開かれ……セオボルトは控えめに尋ねた。
「これは……何ですかな?」
「ええと、卵焼きとウインナーとおにぎりを……」
 セオボルトがお弁当の中を見つめると、かわいそうな卵焼きらしきものが確かにあった。
 しかし、卵焼きと言うのは普通は黄色いもので、こんな焦げ茶色ではない。
 ウインナーと言うのは……。
 いや、これ以上何も言うまい。
「崩れないように持って来たんだけど……」
 もう、そもそもが崩れていたんじゃないかとつっこみたくなる感じだが、セオボルトは握ったんだか握ってないんだか分らないおむすびを手にとって口に運んだ。
「……悠は料理が苦手なのに、ありがとうございます」
 お礼を言って一口食べる。
「…………」
 ご飯の炊き方がなっていないというのは、それだけで一つの凶器だとセオボルトは悟った。
 それでもセオボルトは文句を言わずに食べた。
 そこはもう気合いだ。
 なんとかお弁当を食べ終わり、落ち着いたところで、悠が今度は違うものを出してきた。
「芋ケンピ好きだったよね? 作ってみたの。」
「これは……芋けんぴですか?」
 セオボルトが思わずそう口にする。
 多分、芋けんぴとはこんなにどす黒い色をしたものではない。
 しかし、それでも一応、セオボルトはそれを口にする。
「どう……かな?」
「悠」
「は、はい?」
 真剣なセオボルトの表情を見て、ビクッとして悠が答える。
「味見ってする方ですか?」
「え、いえ……?」
 首を傾げる悠を見て、セオボルトはうんうんと頷く。
「分かりました、悠。今度、悠に料理を教えてあげましょう」
「え?」
「さすがにこの味の芋けんぴは納得できません。すみません悠。これも芋けんぴのためです。悠にはちゃんとした芋けんぴを教えなければ!」
 セオボルトが何かの使命感に駆られたように、そう言い放つ。
「は、はい。分かりました……」
 その剣幕に押され、悠は思わずうなずくのだった。

「気晴らしに出かけるとか行って、やっぱり女絡みだったか、セオめ」
 館山 文治(たてやま・ぶんじ)が悠とセオボルトの様子を木の陰から見ながら、そう呟く。
 その上に乗っかるようにして、同じく二人の様子を覗いたヴラド・ツェペシュ(ぶらど・つぇぺしゅ)はふむふむと笑みを見せた。
「なんじゃ、逢引か? ボルトも中々やるではないか」
 それなりに楽しく談笑をしている2人を見て、ヴラドはうんうんと頷く。
「此方の部下の分際で、此方を置いて何処かに遊びに行くなんて赦せん! と思ったが……まあ、逢引ならば仕方ない。暖かく後をつけて見守ろう」
「逢引って言ったってなあ。相手はどう見てもお子様じゃねぇか! セオの野郎が間違った道に走りそうになったら俺が止めるしか……」
 文治は尻尾に手を突っ込んで、武器を選んだ。
 しかし、それをヴラドが止める。
「まあ、良いではないか、ブンディー。相手の年齢など、そこは大きな問題ではないぞ?」
「そう言うが……」
「10歳くらい離れたカップルだっておろう? まあ、そんなことより向こうも昼食を始めたのだから、此方達も昼食にしようかの」
 そう言いながら、ヴラドが文治の尻尾に手を突っ込む。
「な、なんだ、いったい」
「お弁当を出しておるのじゃ〜」
「あ!? ヴラ公、てめぇ! 何勝手に尻尾に弁当入れてやがるんだ!」
 文治は抗議するが、ヴラドはちっとも聞かず、昼食を食べ始める。
 その後も、文治は何度か抗議をしたが、セオボルトの手作りお弁当を食べて満足したヴラドは、空いたお弁当箱をしまいながら、ヴラドを抱っこした。
「ブンディーは可愛いのう、ふわふわじゃのう、抱っこすると気持ちいいのじゃ」
「このナイスダンディに、可愛いなど……!」
「あ、ボルトたちも移動するのじゃ、此方も行くのじゃ」
 文治の不満はまったく聞かず、ヴラドは文治を抱っこしながら、2人の後を付いて行った。

 お弁当を食べたあと、セオボルトと勇はブラブラと散歩した。
 少し緊張気味の悠を見て、セオボルトがその頭をポンポンと撫でる。
「普段どおりに気楽に行きましょう気楽に。そう気負うものでもないですし」
「は、はい」
 大人の余裕とでもいうのだろうか。
 セオボルトの気安い雰囲気に、悠はちょっと微笑みを見せた。
 いつもは男性の軍服を着ているが、本当は可愛らしい格好も好きだし、お洒落もしたい。
 だからこうやって、自分に偽りなく『女の子』として出かけられる時間は、悠にとって楽しい時間となった。