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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

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闇百合会の一日
 
「いい天気になりましたわね、絶好の紅葉狩り日和と申しましょうか」
「そうですわね。このような良き日に、みんなで集まれたのは幸いというものですわ」
 ヘルメットを持ちながら降りてきた神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)にシスター服の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が優しく微笑みかける。
 ライダースーツ姿でバイクでツーリングしながら紅葉を見にきたエレンは、お嬢様というイメージの百合園ではちょっと変わった存在……とも言えなかった。
 今回、紅葉の山で催される【闇百合会】はお尋ね者など色んな意味での有名人が集まっていたからだ。
「……呼んだ?」
 桐生 円(きりゅう・まどか)がどこからともなく聞こえる声に反応する。
「あら、何か私たちが紅葉の山で楽しく遊ぶのは駄目ってことかしら?」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)がダークネスウィップを手に微笑む。
 いえいえ、そんなことは申しません。
 生徒会執行部『白百合団』の四天王補佐たる亜璃珠様にそのようなことは。
「そう、分かればよろしいですわ。さ、みんなで楽しくお茶会をいたしましょう」
 亜璃珠が鞭をしまうと、小夜子が持参したお菓子を広げた。
「クッキーもお煎餅もありますわよ。紅茶も緑茶も用意してきましたから、皆さんでどうぞ」
 小夜子が可愛らしい包み紙を広げ、そこにナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)や円が群がる。
 そんな様子を楽しげに見ながら、エレンは唯一教導団から参加する宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)に話しかけた。
「まあ、みなさん、そう悪い人でもありませんわよ。自分に正直なだけですわね」
「自分に正直か……」
 今回、祥子は大好きだったレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)への気持ちに区切りをつけるために、この【闇百合会】に参加した。
 最近、レイディスがセシリアを一緒に行動することが多くなった。
 何か事件が起きた時も2人でコンビを組んで言っているようだし、最近の態度からしても……。
 2人が紅葉狩りに行くらしいとは友人たちを通じて聞いていた。
 でも、確認を取るのはやめておいた。
 まだ10歳のセシリアには愁嘆場や修羅場は見せられない。
 それに、好きになった人の決めたことだから、余計な邪魔はしたくない。
 まったく気にならないと言えば嘘になる。
 でも、2人のために、大好きだったレイディスのために、2人の前に顔を出すのは避けようと、祥子は決めたのだ。
 祥子はみんなを追いたてながら何か言っている亜璃珠を見た。
「今回は亜璃珠のお茶会に参加させてもらえて良かったわ。皆とアリスに感謝しなきゃね」
「祥子さん……」
 どこか遠い目をする彼女の肩を、エレンはぽんと叩いた。
「気晴らしがしたいなら、お付き合いしますわよ。帰りにツーリングでもいかがかしら?」
「そうね。私も折角バイクで来てるんだし、帰りはエレンとツーリングしようかな」
 2人はそう約束して、輪の中に入った。

「……これは、何事?」
 亜璃珠はナガンの作ってきたお弁当を見て、ピクピクッとした。
「パラ実の飯だぜ! 奮発したんだ」
 お弁当の中身はパラミタトウモロコシ……まではいいのだが、ゴブリンやヘビ等も入っている。
「大変個性的な……お弁当ですね」
 小夜子がなんとか感想を言った。
 すると、円もおずおずとお弁当を差し出した。
「ボ、ボクこういう場所は初めてだから、よくわからないけどお弁当作って来てみたんだ」
「円もか!」
 立派な黒塗りの重箱を円がドカンと置いた。
 嫌な予感がする、と思いながらお弁当を開けた亜璃珠だったが、案の定そこには……。 オークの足と豚足が大量に詰められていた。
「こんなゲテモノ料理、食べられるものですかー!」
 亜璃珠は怒りと共に2人のお弁当をぶちまけた。
「お、お義母さまもうしわけありません」
 持ってきたポン酢を盾に、ビクビクしながら円が謝る。
 円がビクビク……?
 とかつっこんではいけない。
「……山に物を捨てちゃいけないと思うけれど」
 控え目に意見する祥子に、亜璃珠は小さな溜息をついた。
「廃棄処分しただけよ。そこらへんの野生生物が餌にするでしょ。大体、これだけ女の集団でなんでまともな弁当一つ……」
 文句を言いかけて、亜璃珠はナガンがしゅんと落ち込んでいるのに気づいた。
「ちょっとナガン、何よ」
「なんでもねーぞ」
 いつも通りのつもりで返事したナガンだったが、亜璃珠はナガンの手袋が気になり、無理やりその手袋を剥いだ。
「あ……」
 傷だらけのナガンの手を見て、亜璃珠が手を止める。
 良く見ると腕の方まで怪我していた。
「チェーンソーでうっかり手やっちまってさ。ひゃっははは」
 道化のように笑うナガンだったが、亜璃珠がその首根っこを掴んだ。
「よしちょっとツラ貸せ、ナガン」
「へ?」
 亜璃珠がナガンの回答も聞かずに、ずるずると引っ張って行く。
「さ、私たちは私たちでお茶を飲んでましょう」
 小夜子に勧められ、みんな亜璃珠たちを見送って、お茶を始めた。

「まったく、せっかく人があの時の事件の借りを返してやろうと、お茶会に誘ったんだから、素直にお客様やってればいいのに……」
 引きずりながらブツブツ言う亜璃珠に、ナガンは弁当をぶちまけられた時よりもっといじけた。
「ごめんよう……つい、うれしかったからさ」
「ホント馬鹿ね。こういうところで調子に乗るなんて、まだまだ年下の……ってことなのかしら?」
 亜璃珠がたたみかけるがナガンからの反応はない。
(お弁当をぶちまけたこと、まだ気にしてるのかしら)
 とはいえ、ごめんなさいなんて謝るのは亜璃珠のキャラではない。
「ちょっとナガン」
 亜璃珠はナガンを引っ張ると、そのおでこにキスをした。
「え……」
 何だか急に元気な気持ちになってきたナガンが不思議そうな顔をすると、亜璃珠はナガンを突き飛ばした。
「アリスキッスよ。さっさと元気出しなさい。せっかくのお茶会なんだから!」
「…………」
 ナガンはキスされたおでこに触れ、カツカツという足音を立てて、みんなのところに戻ろうとする亜璃珠に声をかけた。
「亜璃珠ー」
「何?」
 振り向いた瞬間、アリスの額にナガンがキスをした。
「え?」
 驚く亜璃珠を見て、ナガンはイタズラが成功した子供のように、うれしそうに笑った。
「元気注入、なんだろ? 亜璃珠もいろいろあって疲れてそうだしー」
「……ナガンのくせに、気使ってんじゃないわよ」
 亜璃珠は悪態をつきながら、それでもなぜかいつもより弱い攻撃しかせずに、みんなのところに戻った。

「おかえりなさい。はい、どうぞ」
 エレンから差し出されたハンカチを亜璃珠が不思議そうに見る。
「何かしら、これ」
「おでこのあたりに白いファンデーションが付いてますわよ」
 指摘されて亜璃珠はハッとする。
 ナガンの化粧がついたのだ。
 しかし、エレンはそれについてはつっこまず、ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)たちに何か言われる前に、亜璃珠はそれを拭くことができた。
「何してたのー?」
 円が亜璃珠に寄って来て、不思議そうに見上げる。
「別になんでもないわよ。ほら、円は来なさい」
 亜璃珠は半強制的に円を自分の膝に乗せた。
 しかし、誰かの膝の上に乗るのが好きな円は喜んで乗る。
 そして、小夜子が持って来てくれたクッキーを食べながら、みんなに相談を始めた。
「これからさぁ、どうしようか」
「これからねえ。どう波風立てずに好き勝手するか……よね」
 先ほど書いたように、今回の【闇百合会】のメンバーは、いろんな意味での百合園の有名人だ。
 ヴァイシャリー軍指名手配犯だったり、パラ実送り候補だったり、同時に『白百合団』の重要人物だったり。
 およそ他校がイメージする『楚々としたお嬢様』から離れた感じなのだあ。
「お嬢様らしくなりたいな〜」「
 円がそんなことを言って、亜璃珠の膝の上でごろごろする。
「まあ、自分がしたいことするには、それなりのこともしておかないとダメよね。せめて表の顔だけはしっかりしないと。やっぱり一度、功でも立てればいいのかしら」
「功ねえ……」
 他校生なので発言を控えていたナガンがボソッと呟く。
「何よナガン、言いたいことでもあるの? この常識人」
「ナ、ナガンは常識人じゃないぞ!」
「そうですわね、ナガンさんは善人というか、良い人ですわ」
「あああっ、もう、ナガンをいい人とか言うな!」
 小夜子までツッコミに加わってきたので、ナガンが声を上げる。
 しかし、その声が弱いのは、みんなのこれからの話を聞きながら、(まともな恋愛がしてみたいなあ)とか思っていたせいかもしれない。
「これから……のことですか」
 ふとロザリィヌが紅葉を見つめて溜息をついた。
「どうかなさいましたか、ロザリィヌさん」
「ああ、小夜子様」
 物憂げな表情を瞳に浮かべて、ロザリィヌが小夜子を見つめる。
「実は小夜子様に相談に乗って欲しい事がありますの……」
「まあ……何か悩みがあるなら、ご相談に乗りますわよ」
「ありがとうございます。それでは少し人のいない方へ……」
 ロザリィヌに誘われて、小夜子は人目のつかない木陰の方に付いて行った。

「わ、私は神に使える身ですので、そういうことは……。神様もきっとお許しには……!」
「おーーほっほっほ。大丈夫ですわぁ、小夜子様。神様が許さなくても、わたくしが許しますわあ」
 相談が始まって1分後。
 小夜子のシスター服が、ロザリィヌによって剥かれようとしていた。
 最初のうちは、ロザリィヌの懺悔から始まった。
「実は……小夜子様が神に仕える身だと知りながら、妹にするという気持ちを抑えられないのですわ! 罪深い私を赦してくださいませ……」
 妹というのは、百合園的な意味での妹である。
 それを理解し、小夜子は戸惑った。
「ロザリィヌさんはたくさんのご姉妹がいらっしゃることですし……」
「受け入れてはくださらないのかしら、迷える子羊を」
「いえ……その……」
 なんとか穏便に済ませようとする小夜子だが、ロザリィヌは遠慮なく手を伸ばしてくる。
「ロ、ロザリィヌさん! いけませんわ! 私は神に仕える身ですのでっ……」
「それは先ほど聞きましたわー」
「ああっ!」
 小夜子のシスター服の首元がはだけて、少し肌が露出する。
 胸元までざっくり開いたロザリィヌのペーパードレスと違い、いつも顔と首しか素肌の出ていない小夜子なので、それだけで過激に見える。
「ああっ……一度、こういう背徳的な行為をしてみたかったんですわよねー! こんな機会を与えてくれた神様に感謝ですわ!」
「神の名を妄りに……」
「おーっほっほ、妄りにというより、これから淫らに……ぶはっ」
 いきなり大量の水がぶっかけられ、ロザリィヌの動きが止まる。
「何ですのー!」
「はい、小夜子さんがんばってくださいな」
 大型の水鉄砲をエレンが小夜子に投げ渡す。
 ロザリィヌにかかった水はこれから、発射されたものだった。
「わ、は、はい」
 武器?をもらった小夜子が反撃に入ろうとする。
 しかし、そんなことでめげるロザリィヌではない。
「ほーっほっほ。むしろ、服を脱ぐ手間が省けて好都合ですわ!」
 露出した太ももやウエストあたりを隠そうともせず、ロザリィヌが腰に手を当てて高笑いする。
「さあ、小夜子様はわたくしのどこが見たいですか? 小夜子様が狙い撃ちして、ドレスが溶けた部分を、お互い触りっこいたしましょう」
「ええっ」
 ロザリィヌの提案に小夜子は困惑する。

「……援護にはならなかったかもしれませんわね」
 押される小夜子を見て、エレンが呟く。
「大人の恋って激しいんだなぁ」
 肌の様々な部分を晒して、小夜子のシスター服をいかに剥くかを目論むロザリィヌを見て、円がしみじみ言う。
 しかし、その円の言葉もどこか途切れ途切れだった。
「眠いの? 円」
 亜璃珠が髪を軽く撫でると、こてんと円が俯いた。
「眠いなら寝なさい。山道なんていう慣れないのを歩いて疲れたんでしょ」
 百合園の騎士たちに比べて、円は体力のある方ではない。
 小さな円は亜璃珠の膝を借りて、うつらうつらとし始めた。
「カオスね」
 祥子がそんな様子を見て、少しだけ微笑みを見せる。
「少し、気が晴れましたかしら?」
「ええ……」
 ゆっくりとお茶を飲む祥子を見つめながら、エレンは優しく声をかける。
「失恋を癒すならやっぱり新しい恋がおすすめですわね。可愛い子でしたら私がいつでも癒して差し上げますわよ。フフフ」
「ありがとう、エレン」
「後でみんなで占いに行くものいいかもしれませんわね。これからの方向性について、みんな悩んでいるようですし」
「そうね。でも、その前に」
 祥子は立ち上がり、崖のそばに行った。
 そして、向かいの山に向かって、口元に両手を当て、大きな声で叫んだ。
「レイディスのロリコンーーーーーー!」
 ロリコーン、ロリコーン、ロリコーン…………。
 山彦が返ってくる。
 紅葉の山に登った他の誰かに聞こえたかも知れないが、それくらいは許されるだろうと祥子は思った。
 なにせ、いくら好きになった相手が決めたこととはいえ、10歳の子に負けた祥子としては、プライドが大いに傷つけられたからだ。
 女としての自信すら無くしてしまったくらいなのだから、ちょっとくらいは許して欲しいというものだ。
「ありがとう、さようなら……」
 それでも、祥子はそこで思いを断ち切ることにした。
 人の夢は儚く須らく醒めるもの。
 醒めるなんて思いたくなかった。
 幸せな時間がずっと続けばと思っていた。
 でも、常に時間は残酷で、止まることなく、人の心も変わり続ける。
 だとしても、時が止まらずに、人の心が変わるならば、祥子の失恋の痛手も、いつか消えることだろう。