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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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第二章 女王の資質

 トカールの村が前方に見えた所で、アリシア ルード(ありしあ・るーど)は救助部隊に制止をかけると、自身はトランクを開いて薬瓶を取り出した。
「アリシアさん? それは一体…」
 不思議そうにアリシアの手元を覗き込む樹月 刀真(きづき・とうま)の視線を受けながら、アリシアは薬液を霧吹きへと移していった。
「刀真さん、両手の平を見せていただけますか?」
「手の平を、ですか?」
 指を軽く曲げて開いた刀真の手の平と爪の境に、薬液を吹きつけた。
「次は顔です。目に吹きつけますが、害はありませんので」
「め、目? 目ですか? あっ、」
 刀真の両目に、そして開いた口にも吹きつけると、更に鼻と耳にも続けて吹いた。
「終わりました。次は北都さんですね」
「えっ、あっ、いやあの僕は」
 説明の言葉を告げる事無く、アリシア清泉 北都(いずみ・ほくと)にも刀真と同じに薬液を吹きつけると、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)にも続けて吹きつけていった。有無を言わさず、説明もせずに、アリシアは救助部隊の面々に淡々と吹きつけてゆくのだった。
「急いでいるというよりは、焦っている、ですかね」
「うん、責任感の強い人だからねぇ、自分が何とかしないと、って思ってるんだよ、きっと」
 素早く、事務的に手を動かしているアリシアを見ながらに、刀真北都は肩を並べた。
「俺は彼女の護衛をしようかと。万が一の事も考えられますから」
「それは助かるねぇ。僕はヴァルキリーたちの治療をしようかな」
 アリシアが吹きつけた薬液は、彼女が調合した抗毒液であった。薬液は体温を感知すると、ナノレベルの液泡が互いに液橋を渡し、薄網を構築する。この薄網は毒性のある菌はもちろん、ナノレベルで粉塵の類も防ぐ事が出来る。報告のあったヴァルキリーたちの症状から、原因が毒物である可能性、そして空気感染の恐れも考えられる事から、アリシアは全員にこの薬液を吹きつけたのだが、その効果と意図をアリシアが説明したのは、一行が再びに村に向かいながらの事であった。
 村に足を踏み入れれば、誰もが言葉を失っていた。
 呻き堪える声、悶え叫ぶ声に泣き叫ぶ声。地に伏せ、じっと蹲っている事も許されない。患部に触れるなら、張り付いたまま離れなくなるのではないか、離す事は剥がす事になるのではないか、そんな恐怖を覚える程に皮膚は焼き剥がれるような痛みがヴァルキリーたちを襲っていた。
「ぐっ、ぐぅぅぁああ゛」
「落ち着いて!」
 悶えるヴァルキリーの胸元に、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)がナーシングを唱えた。
 紫黒に変色していた胸元から上半身の皮膚は、次第に純白さを取り戻していった。
「ナーシングは効くみたいだね。ちょっとゴメン」
 ラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)が腹部に触れると、ヴァルキリーは顔を歪めて体を跳ねさせた。
「痛みはあるんだね。繭螺、ヒールは自分がかけるから、繭螺はナーシングを続けて!」
「うんっ」
 ヒールをかけてからラズが再び腹部に触れた時、ヴァルキリーは顔を歪めたものの、痛みは和らいでいるようだった。
「ナーシング、その後にヒールを唱えれば痛みは和らぐみたいだね」
「繭螺さん、ラズさん。折を見て彼女を運びこんで下さい」
「愛さん、どうするつもりですか?」
 大神 愛(おおかみ・あい)は気負った瞳で、惨状が広がる村中を見つめていた。
「感染者を一カ所に集めましょう! その方が治療も検証もしやすいはずですから」
「そいつは良い考えだ! 乗ったぜ!!」
 の提案に賛同したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が一同に向けて声をあげた。
「一刻を争う! とにかく解毒魔法とヒールで応急処置をしたら、こっちへ運んでくれ、段階ごとに分けて治療する!」
「エース、小屋から布団を持ってきました」
「あっちの広場にも運べば良いー?」
 エースのパートナーであるメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の2人は、よろける様に布団を抱えながら歩み寄り来た。エースエオリアが視線で示した広場を目で確認すると、大きく指差して皆に伝えた。
「よし、あっちに野外診療所を作る! 治療魔法を使えない者は布団を運ぶのを手伝ってくれ!」
「エースさん、助かります。あたしも!」
 そう言ってはポケットからもう一つ、花柄のかんざしを取り出すと、既に刺しているかんざしの傍に、もう一輪の花を刺し咲かせた。
「おぉう、愛ちゃんが燃えている…」
「正義! 遊んでないで、ヴァルキリーさんたちを運んで!」
「おぉぉぅ! 了解したぁ!!」
 のパートナーである神代 正義(かみしろ・まさよし)は、繭螺の傍にしゃがみ込んで、両手を開いた。
「さぁ、いつでも良いでござる」
「正義、ふざけない!!」
「おぅっ!!」
 腰の低い正義の味方は体を小さく畳んで座り込んだのだった。
「… はい… 足のナーシングと… ヒール… 終わった…」
「ありがとう日奈々。次はあたしね」
 包帯を取り出すと、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)はヴァルキリーの右足首から包帯を巻いていった。パートナーである如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は手の平に感じる千百合の背中の温もりに、思わず小さく呟いた。
「… 千百合が… 同じになったら… 嫌…」
「… もしそうなっても、日奈々が助けてくれるでしょ?」
「………」
 日奈々千百合の背中をぎゅっと抱きしめた。先日のパッフェルによる襲撃事件の時に千百合が全身を水晶化された時以来、過剰に千百合の身を心配するようになっていた。
「日奈々、ちょっ… 包帯、巻けないよぅ」
 言われた日奈々は強く、強く。頬を潰して抱きしめていた。
 村の奥に進めば進むほどに、苦しむヴァルキリーの姿も多くなっていった。体から溢れる汗さえも、皮膚を伝い流れる事で呻き声を上げさせる。まるで拷問を受けているかのような光景に、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)は言葉を失っていた。
「コーディリア」
 小さく、静かに、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)コーディリアの背に手を添えた。
「できる事をするのです、彼女たちの為に。苦しみを拡大させてはならない」
「……… はい」
 コーディリアは意識的に瞬きをしてから、頬を押さえているヴァルキリーの手を取ってキュアポイゾンを唱えた。
 水筒を取り出してから歩み寄ったとき、しゃがみ込んでいるコーディリアの首筋と、その慈愛に満ちた横顔に、剛太郎は思わず見惚れてしまったが、ヴァルキリーたちの呻き声が、すぐに彼に正気を取り戻させた。
 痛みと苦しみを訴えているヴァルキリーが溢れている。村の調査をしたいと考えていたフェデリコ・フィオレンティーノ(ふぇでりこ・ふぃおれんてぃーの)だったが、どうやらそんな事は言ってられないようだった。
「目の前で、放っておけないよ」
 ヒールを唱えながら、フェデリココーディリアにキュアポイゾンを唱えてくれないかと願い出た。
 ヒールだけでは、唱えている間しか痛みは引かないようなのだ。やはり毒性を持っているのだろう、解毒魔法で解毒をすれば焼かれる様な皮膚の痛みは消える、そこに回復魔法で皮膚を回復させれば、ようやく患部を自分で動かせるようになるようだった。
 発症者の数が多い上に、今も激痛がヴァルキリーたちを蝕み続けている。応急手当とはいえ、みなが連携して全力で治療に当たることが求められていた。