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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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 トカール村に沿い流れる川の河原は、短い草の絨毯が敷かれていた。村と河原の境目辺りには、五月葉 終夏(さつきば・おりが)を始めとした生徒数名と、比較的幼いヴァルキリーたちが集められていた。
「うわぁぁぁぁあぁあぁぁああ〜」
「あ… その… ぁ…」
 泣きじゃくる幼子の体は動いている、それが微弱であれ大きかれ常に動いていた。漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、そんな幼子に触れる事も出来ないでいた。
「うわぁぁああぁああぁあああぁあー」
「ぁの… そ… だから…」
 触れようと、なだめようと、しゃがみ込んで視線の高さを合わせて、両腕を伸ばして両手を体の傍まで寄せている、それなのに。幾ら手を近づけようとしても、上半身は後ろに下がりっぱなしなのである。
「わぁぁうあああぅぅうぅぁああぁあぁあー」
「ぁ… うぅぅ…………… ぁっっ!!!」
 キュアポイゾンの光りが幼子に当てられた。
 幼子が急に声量を増したから、驚いた拍子に心を決めた。月夜は瞳を閉じたまま、幼子にキュアポイゾンを唱えたのだった。
 幼子の全身の紫色が消えるまで。そして消えた瞬間に、続けてヒールを唱えて続けた。
「月夜… 何もそんなに怖がらなくても…」
 一気に顔を赤らめて、月夜は俯いてしまった。今のやりとりをパートナーである樹月 刀真(きづき・とうま)に見られていた事が、何よりも恥ずかしかったようだ。
「だって…… どうしたらイイか… わからなくて…」
「いや、そっと抱きしめる、で良いのでは」
「ぅぅ… 刀真は、できるの?」
「えっ、俺は、男なので」
「ぅうっ… そんなの… 関係ないと思う…」
「あぁっ、ほら、彼女みたいにすれば良いんじゃないですか?」
 視線を避け流すように刀真終夏へと顔を向けた。
「さぁ、みんな、よーく見ててね」
 膝を抱えて座っている幼子たちに笑みを見せると、終夏は光術を放ち、鳥の形にして見せた。
「鳥〜! 鳥さん!!」
「せいか〜ぃ! すごいな〜、じゃあ次は何か分かるかな〜?」
 続いては雷術を放ちて猫の顔を。力を加減して丁寧に繊細に。手先の器用さを魔法の操作加減に生かし、特訓した結果であった。手の平大にしか出来ないのだが、それだけで十分だった。
 さっきまで泣き出しそうになっていた幼子たちも、体の痛みも忘れて終夏に釘付けになっていた。その隙に、
「じっとしててね」
 と願いながら、シシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)は幼子の背後からキュアポイゾンとヒールを唱えてゆくのだった。終夏がパフォーマンスを披露してからは幼子達たちは一切に泣く事もなく、治療も楽に進められていた。
「さーて、この形はなんでしょう?」
「くまー」
「とらー」
「ねこー」
「猫! せいか〜ぃ! 猫でした〜」
 作る度に、話す度に、幼子たちは笑っていた。被害に苦しむ村の中で、唯一、明るい声が響いていた。
「次はどんなのが見たい?」
「師匠師匠! 僕、ペンギンが見たいです!」
「あれっ、大きな子供さんに先に言われちゃったぞ〜、ペンギンさんで良いかな〜」
 ペンギンが見たいと言った事で、幼子たちがシシルに気付いてしまったが、口も揃えずに「ペンギン」「ペンギン」と言い跳ねていたので、終夏は氷術でペンギンを作り始めた。
 子供の声は笑顔の源。子供たちの笑い声は、生徒たちにもホッと一息の笑顔を与えたのだった。
「アリシアさ〜ん♪ エースからの報告だよ〜♪」
 川原の端から端にまで聞こえる程の大きな声で、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)アリシア ルード(ありしあ・るーど)を叫び呼んだ。
 クマラが跳ね寄った時、アリシアレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)と共に膝を着いていた。
「くっ、随分と時間がかかるな」
「もう少しです」
「くそっ!」
 レイスはキュアポイゾンに一層の力を込めた。ゆっくりではあるが、横たわるヴァルキリーの肌の紫色が薄くなっているように見えた。
「完全に紫色が消えたら、ヒールを唱えて下さい。発症した箇所は回復してあげないと激痛は消えないようですから」
「おぅよ、ったく忙しいんだな、人を治療するってのは」
「えぇ、でもあなたなら彼女を助けられるんです。お願いしますね」
 優しさに溢れた顔で笑みかけられたら、レイスも思わず小さく息を吐いて笑んでしまっていた。
「あらら、こんな所にも患者さんが居たんだね」
 クマラがヴァルキリーを覗き込んだ事に、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が後方で気付いて声をかけた。
「えぇ、この先の川原に倒れていたのを自分とレイスが見つけたのです。アリシアさんにも御鞭撻の程を頂きました」
「そっか、じゃあやっぱり、まだ見つけられてないヴァルちゃんたちも居るのかなぁ」
「? どういう事です?」
 クマラは、村中で発症していたヴァルキリーたちの殆どが応急処置を終えた事、またパートナーのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が設置した野外診療所での治療も一段落し、まだまだ対応できる、という事を翡翠に伝えた。翡翠に伝えて、思い出した。
「あっ、これはアリシアさんに伝えるんだった。アリシアさ〜ん♪ 実はーーー」
「聞こえていましたよ。治療の事、お任せしてしまいまして申し訳ありません」
「アリシアさんは、ずっと調べてくれてたんでしょ、謝ることなんてないよ」
「何か分かったのですか?」
「えぇ、皆さんのおかげで色々と分かってきましたわ」
 アリシアが川に向かった歩き出そうとした時、先程のクマラの叫び声と同じ程の叫び声が聞こえてきた。
「アリシアは〜ん! 持って来たでぇぇぇ!!」
 叫んだ日下部 社(くさかべ・やしろ)の声は確かに大きかったが、それ以上にクマラ翡翠三つ足一コブらく蛇の巨体に驚かされた。
「アリシアさん、新鮮な水をお持ちしましたわ」
「ありがとうございます。これでより安全な治療ができます。早速村に届けましょう」
 息の上がったに代わり、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が挨拶をした。腰を下ろした三つ足一コブらく蛇の額を撫でて笑むアリシアに、ブリジットは得意気に尋ねた。
「今回の猛毒事件、原因は水晶化にある、そうでしょう?」
「水晶化に?」
「えぇ、ここより上流のガラク村では水晶化の被害がある。水晶化はある種の毒の、最も強力な症状、その毒が川を流れてくる間に薄まってしまった、だからこの村のヴァルキリーたちは水晶化まではせずに、皮膚への炎症で済んだというわけ」
 息もつかずに一気に駆け抜けた。
「どう? これが私の推理よ」
 ここまで言ってもブリジットの息は乱れていなかった。推理を披露する事が楽しくて仕方がないという様子が、体から溢れていた。
「上流から毒が流れてきた、というのは合っています」
 落ち着いた声でアリシアはゆっくりと話した。まるで教壇に立つように堂々と背筋も伸びていた。
「今回、ヴァルキリーたちは毒に侵された川の水を口にした為に感染したと思われます。えぇと、キュアポイゾンは使えますか?」
「えっ、あっ、はい」
 突然に言われて橘 舞(たちばな・まい)は慌てて応えたが、そんな彼女にアリシアは試験管を手渡した。
「この中には先程採取した川の水が入っています。薄いですが赤色が混じっているのが分かりますか? これが毒です」
 アリシアに促されて、は試験管の水にキュアポイゾンを唱えた。すこし手を震わせながらのであったが、魔法は成功したようだ。水はすぐに無色透明へと変化していったのだった。
「色が消えた…」
「そう。これにより、毒性がなくなったとも言えます、しかし、この毒が恐ろしいのは、おそらくここからなのです」
「…… どういう事?」
「空気感染が無い事、香生草を原料とした塗り薬で痛みが引く事、そしてこの川の上流にはガラクの滝がある事などを踏まえると、毒の原因は三槍蠍でしょう」
「三槍蠍?」
「えぇ。ガラクの滝付近にしか生息していない巨大な蠍です。蠍の毒による症状と今回の被害者たちの症状が酷似している事からも、ほぼ間違いないでしょう」
「では、その蠍の毒が何らかの理由で川に溶け、それを知らずに生活用水として使ったヴァルキリーたちが被害にあった、という事ですか」
「恐らく。屍骸が流れてきていない事、それから、今は川に溶けている毒は薄まっている事から、数日前に上流で何体かの蠍の毒が川に流れた、と考えられるのですが…」
「凄い! そこまで分かってるなら、もう安心だね!」
 表情が曇ったままのアリシアに、ブリジットは声に苛立ちを見せながらに問いた。
「まだ他に何かあるの! 原因が解明できたなら、あとは治療するだけでしょう!」
「通常はそうです。でも、三槍蠍の毒の場合はーーー」
「アリシアさん!!」
「アリシア殿!!」
 これまた叫び声が聞こえてきた。今日の川原には叫び声がよく響く。
 ヴァルキリーを抱きかかえた神代 正義(かみしろ・まさよし)大神 愛(おおかみ・あい)が駆け寄りて来た。
「大変です、アリシアさん! みんなの容態が急に悪化して!」
「この娘も、一度は治療を終えたのだ、しかし、先刻から急に苦しみだして」
「と言う事は、村のヴァルキリーたちは皆、再び発症しているという事?」
 アリシアに言われて正義は顔を見合わせた。
「そこまでは… すみません、この娘が急に苦しみ出したので、あたしたちも慌ててしまって」
「治療を終えたヴァルキリーの殆どが、再び発症しています」
 軍用バイクから降りた因幡 白兎(いなば・はくと)が報告をした。
「わたくしたちは村の内外を警戒していました。不審者は発見されていませんし、お二方が仰った様に再び発症した者が現れた事で、村はパニックになりかけています」
「ちょっと退いて」
 同じく白兎のバイクから降りた霧咲 命(きりさき・みこと)が発症したヴァルキリーにヒールをかけた。
「再び発症したって事は、余計に体力は消耗してるはずだよね!」
「えぇ。そのまま、ヒールをお願いします」
 正義がヴァルキリーをそっと降ろした。がヒールをかける中、アリシアは彼女の診察を始めた。その手元を見ながら、白兎が控えめに切り出した。
「この方にも解毒効果のある魔法で治療はしたはずです。ならば、同じ処置をした所で、時間の経過と共に再び発症してしまう、という事なのでしょうか」
「その可能性はあります。三槍蠍の毒は、蠍の状態によってその毒性が変わります。川に流れた毒も、軽傷を負った蠍のものなのか、それとも死の間際の蠍のものなのかによって症状は変わるはずでした。それなのにヴァルキリーたちは皆一様に皮膚の痛みを訴えました。その症状をベースとして、再び発症した際に異なる症状が現れるのかもしれません」
「それでは、早急に症状の把握と検証を行う必要がありますね」
「えぇ、でもこれまで通りの治療も効果はあると思います。解明するまでは、引き続きの治療をお願いします」
「大変だ!!」
 今度は上空から。巨大甲虫に乗ったアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が川を指さして言った。
「川の水が減っているんです! それも、凄い勢いです!」
 一同が川へと視線を向けた。確かに、目で見てはっきり分かるように、川幅が狭くなっている、水が少なくなっている。
「さて、あれは何かのう」
 白兎のパートナーであるアルカリリィ・クリムゾンスピカ(あるかりりぃ・くりむぞんすぴか)が川の向こう岸に瞳を向けて言っていた。
「大きな狼のように見えるが」
「炎毛狼(エンモーロウ)!!」
「アリシア。おぬし、知っておるのか」
「えぇ…… あぁ、やはり。そうですね、炎毛狼は寝ている時以外は炎の毛を逆立たせています、その為、極端に水を嫌います。香生草の香りに誘われてやってきたのでしょうが、このまま川の水が引くと、村は彼らの襲撃を受けるかも知れません」
「治療と解析をせねばならぬというのに、この上、狼の相手もせねばならぬとは」
 川の水は減り続けている。このままでは高さ3m近い化け狼が襲いかかって来る……。
 どうする。どの選択が正しいのか。何にせよ、考える時間も多くは無いようだ。