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リアクション
水晶と化した村、ガラク。その中央に落つる滝は、村の奥に聳え立っている岩山から生じている。
生ずる水は、岩山の中腹から勢い良く飛び出し落ちて滝となる。故に滝の始まりは虹の始まり。飛沫に陽の光りが刺せば、常に虹を見ることができる。
そんな岩山には幾つかの入り口が存在する。自然に出来たもの、またヴァルキリーたちが掘り開けたものがあるのだが、滝生ずる窟口から、または滝裏の巨口などから、生徒たちが洞窟内に侵入していた。入り口は皆違えど、その目的は、おおよそ一致しているようだった。
洞窟内に明かりは無い。いや、正確には光りを発生させる物体は何もなかった。しかしそれでも洞窟内は、うっすらと明るいのだった。その原因は、岩肌の性質にあった。
木漏れる光りが一筋あるならば、岩肌は自身に色を付けるだけの光りを取り込むと、残りを強く反射する。元々、取り込む量は微量だし、反射する場所も一定ではないため、反射を繰り返すうちに広範囲が光りを得ることになる。もちろん、黒く塗りつぶしたように暗い部分もある、しかし、多くの場所が裸眼だけで50m先も見える程に、明るいと言えた。
そんな仕組みの洞窟だから、空間が大きくなればなる程に光りは弱くなるわけで。入る光りが少なければ、余計に光りは薄くなる。
以前は水が流れていたのだろうか。川底のように抉られた中央部、そして両脇は谷のようで、その上は土手であろうか。サッカーのフルフィールド程に広い空間。目が慣れれば、ようやくに見えてくる程の暗く広大な空間に、跳びまわる一つの人影と甲殻類の足音が響いていた。
波動の弾が放たれる。岩壁を削る音がした、そして爆発音。対象物には避けられたようだ。
大量の甲殻類の足音が一斉に動き始める。地響くその音は、迫り来る津波にも似た恐怖を桐生 円(きりゅう・まどか)に思い沸かせた。
「円、あれ」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が向けた視線の先で、再び人影が横切った。そしてその人影に、3つの線がほぼ同時に追い打たれていた。円が目を凝らして見たならば、捉えた人影はフリフリのスカートをなびかせて跳んでいた。
駆け寄りて見れば、空間はより開けて、視界が少し明るくなった。
まず飛び込んできたのは、幾つもの巨大な影が川底を埋め尽くしている光景だった。影が動けば先程の甲殻類の足音が鳴り響いていた。
そして次に円の瞳が捉えたもの、それは、
「パッフェルちゃん!!」
ローズピンクの長い髪、ゴスロリのファッション、右腕に装着されたランチャー。十二星華の一人、パッフェル・シャウラの姿が見えた、その瞬間に彼女の姿が消えた。巨大な影の攻撃をランチャーで防いだが、その衝撃で吹き飛ばされたのだった。
「はいよっと」
彼女が壁に叩きつけられる直前に、跳び出したミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が彼女を背中から抱きしめた。
「がっ!」
彼女を抱えたまま飛ばされたミネルバは、その背が岩壁を砕き埋まると、ようやくに止まる事ができた。
叩きつけられた衝撃に苦悶するミネルバに、パッフェルは振り向いて視線を向けた。
「…… あなたは…………」
「痛てててて。あっ。えへへへ〜、また抱っこしちゃった〜」
「………… 覚えてる」
パッフェルははっきりと覚えていた。イルミンスールの森にて、自分の背後をミネルバが護ってくれた事を。そしてその時にも、今のように盾になってくれた事を。
「ミネルバ、大丈夫?」
円が2人に駆け寄りたが、パッフェルの視線は円やミネルバには行かず、巨大な影を捉えていた。
「あれは…… 蠍かぃ?」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がパッフェルに並んで影を見つめた。徐々に見えてきた影の正体は、3トントラック程の体長と重量を持つ蠍であった。
「…… 三槍蠍(サンソウサソリ)」
硬い甲羅のような皮膚と、3つに分かれた尾を持っている。尾の先には剣のような針がついていて、獲物へ向かう際には、しなる鞭が槍のように鋭く襲いかかる。
「蠍? 戦車みたいに見えるねぇ。火で炙れば良いのかしら」
「余計な事しないで」
「よく見たら、ボロボロねぇ、先にお着替えする?」
「…………」
応える事なくパッフェルは再び蠍の大群の中へと飛び込んでいった。蠍たちも、すでにパッフェルを敵と認識しているようで、近き者から次々にパッフェルに襲いかかった。
3つ槍を避けた着地点に、次なる槍が降り注ぐ。パッフェルはそれを、波動の弾で撃ち弾くが、何しろ槍手の数が多すぎる。すぐに追い詰められていった。
「見ーつけた♪」
ほぼ同じ瞬間に、違う場所からこの言葉が呟かれていた。パッフェルを見つけた瞬間に零れたものだったが、零し主たちは、ようやく出会えたパッフェルに槍が襲いかかっていたのを見て、何の躊躇いもなく飛び出していた。
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はバーストダッシュの勢いのままに、試作型星槍で蠍の槍を突き弾いた。
「パッフェルちゃん、大丈夫? きゃっ!」
強い光に、落ちる音がして、詩穂は思わず跳び上がった。パッフェルが迎撃した槍の本体に、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が雷術を放ったのだった。
ヴェルチェは、3mはある光条兵器の鎖で蠍の槍を束ねると、その本体へ再び雷術を放とうと構えた。しかし、その手を止めたのはパッフェルだった。
「…… 邪魔しないで」
「邪魔? 独り占めしたいの? ♪それとも動物愛護?」
「…… そろそろ頃合い」
「パッフェルちゃん?!!」
パッフェルは蠍の体を、そして槍の柄を駆け上ると、そのまま宙に飛び出した。構えたランチャーが撃ち狙ったのは、皮膚が淡い白色をした蠍だった。
「あの娘ね♪」
空中のパッフェルに襲いかかる槍を、ヴェルチェは鎖の先端にある円錐で撃ってゆき、バーストダッシュで飛び出した詩穂が彼女を抱きかかえて槍を避けた。
「…… このまま…… 真っすぐ」
「えっ、あ、うん。任せて!」
3度続けて詩穂は駆けた、彼女を抱いて槍を避けながら。白色の蠍が見えた時、パッフェルは一人、白蠍の上空に飛び出した。
頭上に光る大きな赤い目をめがけてランチャーを放つと、白蠍は悶え、呻き声を上げた。声を聞いて詩穂がパッフェルに瞳を向けた時、彼女のランチャーは直径3メートルを超える巨大な波動を放った所であった。
轟音、そして爆発音。硬い皮膚が破られた音、そして波動の光が収まろうとする中、パッフェルは右瞳の眼帯を取り、瞳を蒼く輝かせた。
破った皮膚からは紫に輝く白蠍の体液が噴き出していたが、それらは全てパッフェルの瞳に吸い込まれていった。
体液の全てを吸い終えると、パッフェルは顔を歪めて膝を着いた。
「おっと」
「大丈夫か?」
同時に差し伸べられた2つの手。
「あっ!」
「あんた、確か…」
はち合わせとなった手の主たちは驚きの声をあげたが、蠍たちの足音に気付き、直ぐに目を鋭く引き締めた。
「行くぜ、シャウラ」
李 なた(り・なた)はパッフェルの腕を首に回すと、思い切り跳び出した。
小さくて、軽かったから。李は思っていたよりも高く跳べたのを利用して、そのまま蠍の背を跳び渡って行った。
「ほらよっ!」
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は煙幕ファンデーションで辺り一面に煙幕を張ると、詩穂とヴェルチェ目掛け叫んだ。
「あんた達も早く逃げるんだぜ! ベルナデット!!」
「了解じゃ」
空飛ぶ箒に跨ったベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)は、李が駆けて過ぎた土手を雷術で砕いて障害を作り、続けて氷術でそれを補いて、防波堤の如くの壁を作り上げた。
「威力は良いが、SPの消費が激しいのう」
「いいぜ、ベルナデット、俺たちも撤退だ」
ベルナデットの箒を掴み、トライブも宙に浮かび上がった。パッフェルを含めた一同は、円たちの傍に集まったのだった。
傷つき、息の上がったパッフェルに、ベルナデットがヒールを唱えていた。
「随分と出しゃばってくれたねぇ」
「じっとしてられないタチなの♪ オリちゃんも来れば良かったのに♪」
オリヴィアとヴェルチェは言葉と笑みを交わし合った。集まった面々の中には、以前もパッフェルに協力した者もおり、しばしの再会を果たしていた。
「なあ… ーつ聞くがアンタの右目… どうなってんだ?」
顔色に赤みを取り戻してゆくパッフェルに、李が問いかけた。
「さっきの… 何か吸い込んでたみたいに見えたけど…」
「それは、俺たちも聞きたいな」
李のパートナーである グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は、切らぬように続けて訊いた。
「お前の為に、これだけの生徒が協力したんだ… 話してくれないか」
只でさえ口数の少ないパッフェルから、奇行の意図や情報を語らせるのは困難だとグレンは身にしみて理解していた。グレンたちも以前に彼女に近い位置で行動を共にした事があったが、交わした言葉は極端に少なかった。それ故に、彼女がダメージを受けている事、そして生徒たちに助けられた直後である今ならば会話になるのではないかと考え、柔らかい口調の中に、話せよという威圧の意を込めて言っていた。
彼女はというと、上下する肩が静まるのを感じながら、集まった面々の顔を見渡し、顔を俯けてから口を開いた。
「…… 三槍蠍は死に近づく程に、毒性を強める。だから…… 痛めてた」
痛めてた?…… あぁ、嬲っていたということだろうか。
「あの白い蠍は?」
「…… 脱皮したての蠍。皮を作る前の状態が、一番満ちている」
「その強力な毒を、右瞳で吸ったのか?」
いつものようにパッフェルの右瞳には眼帯がついている。毒を吸った時の蒼い瞳は、今は見えない。
「…… 持っていない毒…… だから吸いきった」
右瞳に毒を吸い込んだ、封印に近いものであろうか。そしてその毒を弾に込めて撃ち込むことも出来る。彼女自身の力なのか、それとも十二星華、ランチャーの力なのか。その力と特性に、 グレンは改めて脅威を思えた。
「蠍の毒を取り込んだのは分かった。だが、2つの村を襲ったのは、なぜだ? あんた、そうとう評判悪いぜ」
「………………」
「でも私は、それほど悪い人には思えません」
グレンのパートナーであるソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)は優しい笑みでパッフェルに言った。
「以前に、青龍鱗の浄化の力を見せたあの時、自分の瞳を突き刺した人だというのに、その人の毒まで治していましたし」
ソニアと同じく、小さな体に眩しい笑顔。神代 明日香(かみしろ・あすか)もソニアに続いた。
「私も同じ理由で、あなたが嘘を言うような人には思えないですぅ」
「あなたはきっと、根は良い人なのだと、私は思います」
「………… 別に……………」
瞳を背けてしまったパッフェルに、明日香は真剣な面持ちで静かに問いた。
「ひとつ、訊かせてください。1人だけ、青龍鱗で治療できなかった剣の花嫁がいるのですが、それは、あなたの意図した事ですか? それともイレギュラーなのですか?」
「…… 1人だけ?」
「えぇ、私のパートナーです」
「…… あの子が…… あなたの?」
あの子? やはりパッフェルは覚えている、ユイードちゃんを「狙って」水晶化したんだ。
明日香のパートナは神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)、青龍鱗の力で治療できなかった剣の花嫁はユイード・リントワーグである。彼女が意図してユイードの水晶化を特別なものにしたのだとしたら、再びユイードを狙って何かを仕掛けてくる可能性がある。ユイードが自分のパートナーだと誤認させる事ができれば、彼女の策に対して先手を取る事も出来るかもしれない。
明日香は、夕菜とパッフェルは以前に出会っているものの、彼女は覚えていないだろうと踏んでいた、しかし、先程の言い方は……?
彼女が夕菜の事を覚えていたなら、先程の嘘もバレているという事に。
「…… ミルザムが、青龍鱗を使っても?」
「えっ、あっ、うぅ」
彼女に対しては、もう少し慎重になるべきですぅ? そんな事を考えていた明日香は、彼女の問いに戸惑いながらも、必死に会話の繋ぎ目を見つけ出した。
「そう、そうですぅ、ミルザム様が幾らやっても、水晶化は解除されなかったですぅ」
「…… そう…… 解除、出来なかったの……」
いつもの面持ちに戻し、のんびりとした口調で応えた明日香に対抗する様に、パッフェルはゆっくりと頬を上げていった。
「そう言えば、もうすぐミルザム様がガラクの村に到着すると思うよ」
「!!!」
一同の視線が詩穂の元に集まった。
「あれ? みんな知らなかった? ヴァンガードと一緒に向かってる、みたいだけど、あれ?」
ミルザムが来るという事は、パッフェルの水晶化も毒も無力化されてしまう可能性があるという事である。多勢のヴァンガード隊員を引き連れて来ていると考えると、戦いはより激化する。
「そう…… ミルザムが来ているの」
一同が皆、ほぼ同じ危機感を抱く中、パッフェルは今にも笑い声が零れそうな笑みを浮かべていた。
「一度外に出る。彼女にも会いましょう」
彼女の表情も、言葉の量も、その艶も。戦いの際に僅かに見せた時のパッフェルのそれをしていた。
「あの壁、壊しておいて」
「おっ、もう良いのか?」
「壊してから来て」
トライブに告げてから、パッフェルは窟内へ向けて歩みを始めた。一同は、自然と彼女を護衛する様に位置につくと、彼女と同じく歩みを始めたのだった。
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