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ぼくらの栽培記録。

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ぼくらの栽培記録。
ぼくらの栽培記録。 ぼくらの栽培記録。

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6日目

 温室の中に入った瞬間、一号と三号の無事な姿を見てほっとした。
「──おいしい?」
 バリケードを外して、静岡出身の透乃が名物の緑茶を飲ませていた。
「あぁ、うまいぜ」
 口の端から零れ落ちていく液体が、なんだかひどく卑猥に見える。
「ちょ、ちょっと、エロイね」
「そうですね……」
 透乃と陽子の言葉に、三号は訝しそうな目で二人を睨んだ。
「…お前ら……俺のこと狙ってやがんな?」
 葉を交差させて、まるで体でもあるかのように危険部位を隠す仕草をする。
「あ、あ、あ、アホじゃないの!! そんなわけないでしょう!」
「……」
「なぁ、植物たち。これ食べて見るか?」
 やって来た樹が手にしていたもの。触手だった。
「イカの薫製みたいな味がするんだぞ? どうだ?」
「うぇ……」
 一号が軽く引いている。
「コタローも食べてみるか?」
「えー……」
 露骨に嫌そうな顔を見せるコタロー。
「これ食べるとさ、日本酒が欲しくなるのだよ」
「え!? 日本酒?」
 途端に透乃が食いついてきた。
「この触手を肴にちょいと一杯……」
「いいねぇ〜」
「植物たちにもちゃんと分けてあげ…」
「ねーたん、おさけはおはなしゃんにあげちゃ、めーなんらおー」
 コタローの汚れの無い真っ直ぐな目に見つめられて、心が痛んだ二人だった。


6日目)朝:晴れ カロル・ネイ 海宝 千尋


ちひろん先輩が動画を録画していた。



「慣れてないから、ちゃんと撮れているか心配だな」
「どんなのが撮れたの? 見せて見せて」
「え、でも……」
 機械を奪うと、カロルはさっそく再生ボタンを押した。
「……なんか…写真みたいだね」
「栽培記録に動画はちょっと不向きだったかな?」
「ううん〜そんなことないと思うけど……あ、あれ…」
 数分に一回の割合で、カロルの姿が映し出される。
「これ……」
「あぁ、うん。なんとなく、カロルも撮ろうかなって……」
「ちひろん先輩…」
「カロルのビキニアーマー姿、しっかり収めとくわ」


……この格好するのは恥ずかしくないんだけど、別の意味で恥ずかしいというか、くすぐったかった。



「昨日は青色のマカロン、今日はブルーベリータルトです」
 エルシーが植物たちに食べさせていく。
「やっぱり、あれですね。植物って言っても、顔があったり喋ったるすると……お友達で…」
「エルシー様……」
 ルミが複雑そうな顔をエルシーに向けた。
「そうです。ここにいる全ての植物も同じなんですね。みんな心があって、見えないだけでお顔があって……生きているんです」
「……本当ですね」
 ルミは苦笑しながらエルシーを見つめた。
「大切にしなきゃ……」
 さわさわと体を揺らしながら、一号と三号が不思議そうにエルシー達を見ている。
「ねぇねぇエルおねーちゃん、ルミおねーちゃん。それ余った?」
 エルシーは笑って、ラビに一つ手渡した。
 いつもの如く、自分のお腹の中に入れるのかと思いきや、ラビはそれを半分に割って植物たちに食べさせた。
「はいどうそー」
「……ラビちゃん…」
 エルシーとルミは、にっこりと微笑んだ。

 ロザリンドは、お菓子を一号と三号に何度もあげた。
「しっかし、うめぇなんだこれ!?」
「ちょこって言うんですよ」
「めっちゃうんめぇ」
「あぁそうだな」
 きゃっきゃはしゃぐ植物達に、ロザリンドは顔をほころばせる。
 美人は三日で飽きてブスは三日で慣れる──
 そんな言葉があるように、なんだかこれも付き合っていくうちに可愛く思えてきた。
「…ん? なんだ?」
「え? ううん、可愛いなぁって思ったんです」
「ば……っ」
 三号は真っ赤な顔をして、そっぽを向いた。
「…ふざけんじゃねーや…」
 照れくさそうに言う三号がこれまた可愛くて、可笑しくて、たまらなかった。
「あ」
「え?」

 ぐん! と。

 三号の姿が、いきなり目の前から消えた。
 嫌な予感がして上空を見上げると、タネ子はまぐりの先に引っ掛けられて、ばっふばっふと奥へと飲み込まれそうになっている三号がいた。

「うわ、うわああああ〜〜!」


「三号〜〜〜〜!!!!」
「タネ子さん!」
「タネ子、やめろ!」
「やめてタネ子さん!」
「クビだ、クビを狙えば頭は落ちてくるはずだ!」
 叫ぶと同時に、エリスとナコトと真希が、茎を必死に登り始めた。
「待っておくんなまし! 今助けてはりますぇ!」
「今度は温室に巣食う邪悪な植物の退治ですわね! あー!馬鹿馬鹿愚か者ぉーーーっ!!」
「待ってて! 絶対に、絶対に今度は助けてみせるっ!」
 三人は同時にてっぺんまでやって来ると、目を見合わせて首の根元を叩きつけた。
「落ちろ〜〜〜〜〜!!!!!」

ぽこん!!!


ずずずずずずずず〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん



 音と同時にまう土煙。
 みんなは駆け寄ると、力任せにハマグリの蓋を開け始めた。
「く、か、かたい…ですわ……」
 リリィは歯を食いしばって力を込める。
 思いっきり締まっている。でも開けなきゃ三号が──
 一号がその様子を心配そうに見つめている。
 ようやく棒を差し込むことが出来て、テコの原理を利用して20cmくらいのの隙間を作った。
 三号を中から引きずり出す。
「……っ!!!」
 粘液と一緒に吐き出された三号は、半分……溶けかけていた。
「さ、三号……!」
 アデレイドは傍に駆け寄った。
「…へ、へへ……ドジっちまったな……」
「あ…………」
 もう助からない。
 瞬時に脳裏によぎる。
 半分の顔で、息も絶え絶えになりながら、三号は話を続けた。
「ざ、残念だよ……お前らに、俺の、本当のすがた……みせられなくて……」
「………」
「大佐……」
「え? な、なんだ?」
 三号の、今にも消え入りそうな小さな声を聞くために、大佐は口元に耳を近づけた。
「お前…のグァバジュース…美味かったぜ…」
「さ、三号……」
「……悠希の…鼻血は……ひ、酷かったな…でも…おもしろか…た」
「そんなこと…」
 悠希が顔を歪めて泣きそうな顔をする。
「プレナの梅干…甘酸っぱかったな……ドリンクは、どんな味がした…んだろう? 波音…の、桜餅……もう一回、くいてぇ、な」
 その言葉に、プレナと波音は手をきつく握り合って涙をこらえた。
「弥十郎のホットケーキ……」
「なんでありますか!?」
「店…出せんじゃ……ねぇ、か…?」
「何言ってるんですか…」
 泣き出しそうな顔で無理に笑う弥十郎の背中を、斉民が優しく撫でる。
「…ヴァー…ナー……」
「なっ…なんですか? なんですか!? ここです!」
「虹…花…って、呼んでくれて…たよな……悪ぃな、その名前に見合った姿…みせられね…ぇよ……」
 ヴァーナーの目から、滝のように涙があふれた。
 首を何度も何度も横に振る。
 そんなこと気にしなくていい! それを言葉にすることが出来ない。
「酒は…ちょっとなぁ……旨かったけど…ありゃかなりキツかったぞ…。でも、またどっかで会ったら……、一緒に酒をのみかわそうぜ……明日香」
 明日香が泣きながら頷く。
「言いたいこと……いっぱい…いっぱいあるん…だけど…時間が、ない、みたいだ…」
「三号!!!」
「お前たちが…真剣に日誌書いてる姿……楽しそうにしている姿……好き、だった、ぜ……」
「……ぁ、三号…」
「おぃ………兄弟……」
「……」
「花……咲かせろ、よ……」
 一号が、まっすぐな目を三号に向けて大きく頷く。
 途端に三号の息が荒くなった。
「三号!!」
「……あ、葵……」
「なに? なにっ…!?」
 葵は三号に擦り寄った。粘液で地べたは汚れているが、そんなことは気にならなかった。
「お前の…クッ…キー……う、ま……、……」
「………?」
「──」
「ねぇ……三号? ……続きは? ね、続きは!? 続きっ!!」
 葵は三号の体をゆすった。
 顔は半分に溶け、葉もほとんどが無くなり原型を留めていない、見るも無残な姿になっている三号を。
……三号は、息をひきとっていた。
「美味しかったんなら美味しかったって…素直に言えばいいじゃない……っ!」
 葵は三号を胸に抱きしめた。
 その哀しい背中を、エレンディラが優しく包み込む。
「エレン……」
 顔を上げると、葵はエレンの胸に顔を埋めて泣いた。
「……っく、ひっく」
「し、死んじゃったの、三号ちゃ、ん……?」
「うん、そうだよ……。もう二度と目を覚まさないの」
「……ひ〜〜〜〜〜ん」
 イングリットは葵に飛びついて、泣き喚いた。それに釣られるかのように、みんなが涙を流した。
「──…一号は必ず守ります」
 翡翠が小さく呟いた。
「………」
「安心してください。必ず無事に花を咲かせてあげます」
「三号の遺志は継がなきゃ駄目だぜ、一号。な…」
 レイスが一号に向かって大きく頷く。
「お前ら……」
「今日は寝ずの番だ」
「温室は暖かいですから、風邪をひく心配もないですしね…」
 皆、力なく微笑む。
 歩は、震える唇をきつく結んだ。
 泣きはしない、泣くもんか。三号は土に還っただけで、そしてまた生まれくる。
 ぐっと、息をのんだ。
「埋めようか」
「……うん」
 真希がこくりと頷いた。
「テルちゃんも手伝って」
「はい……真希さん」
「またきっと……生まれ変わってくるよ。きっと……」
 皆が眠っている場所の隣に、三号の墓を作った。番号の入った鉢が、並べられている。
「またここから新しい命を育んでね」
 歩が土を被せながら言った。
「もう一号だけですね……」
「うん……。絶対……守ってみせるからね」
 真希は三号に誓った。


6日目)夕方:くもり  担当 牛皮消 アルコリア・ナコト・オールドワン・樂紗坂 眞綾


三号が、永眠した。

皆に優しい言葉を残してくれた……

私達は誓った。残された一号を守り抜くと。

……今日は寝ずの番をすることになる。

交代で見張りを立てて、タネ子から守ることにした。


北都さんと悠さんが、タネ子を植物に食べさせたいと言っていたのを小耳に挟んだが……

もうなんだかそんな気分じゃないだろう。

落としたタネ子の頭は温室の外に持ち出し、しばらくするとケルベロスが表皮ごと食べていた。


タネ子さんを恨むような意見も出たが……冷静になって考え、仕方ないことだと分かった。

タネ子さんだって生きている。生きるためには、食べなきゃいけない。

それがたまたまあの植物達だっただけのこと。

恨んじゃいけない……