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ぼくらの栽培記録。

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ぼくらの栽培記録。
ぼくらの栽培記録。 ぼくらの栽培記録。

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お昼から戻ってきました。

温室は湿気はあるのですが、やはり暖かいので鉢の中の土は、すっかり乾いていました。



「どうしましょう……お水、あげた方が良いのでしょうか?」
「やり過ぎると腐るって言うがな」
 稲場 繭(いなば・まゆ)毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は頭を悩ませた。
「土がこんなにサラサラになっています……中は一体どうなっているんでしょう」
「まだ水分は残っていると思うが、表面がこれでは」
「軽くあげましょうか」
「そうだな」
 繭はじょうろに持参した水を入れると、鉢に優しく降り注いでいった。
(球根の段階では、まだ水ですよね)
「はーやーくおーきくなーれ♪ 美味しい紅茶を飲ませてあげますよ♪」
 歌うように、繭は話しかける。
「おーい、のど渇いたであろう? 稲場 繭の水は旨いだろう?」
 大佐が球根に声をかけた。
 勿論答えはしないが──それでもなんとなく、気持ちは伝わっている気がする。
「大佐ちゃんは、どんな飲み物をあげるんですか?」
「グァバジュースだ」
「わぁ、グァバジュース! 美味しそう! ……あ、ちょっとだけ味見をさせてもらっても…」
「………」
「え? あ、ダメ? もしかして、量が少ない、とか?」
「いやそんなことは無いのだが……」
「?」
「お腹壊さなきゃ、良いなと、ごにょごにょ……」
「……お、お腹?」
「いや全然大丈夫だ! 薬品混ぜたりなんかしてないぞ!」
「…もらうのは……またの機会にしよう…かな…」
 大佐の明らかな嘘の言葉に、引きつった笑みを浮かべる繭だった。

「──観察日誌なんて、久しぶりですねえ……綺麗な花咲くと良いのですが」
「花ねぇ……しかも顔付き? 人面花じゃねえよな?」
「まさか」
 翡翠は可笑しそうに笑った。
「さてと、では続きを……おや、絵が描けるんですか?」
 一番後ろのページを破ってスケッチをしているレイスに翡翠は問いかけた。
「じっとしているのは苦手だと思ったのですが……もしかして慣れてます? 細かい所まで、良く書きこまれていますね」
「ん〜…写真の方がよく分かると思うがな。一応、下手の横好きだからあんまり上手くはねえよ、俺」
 レイスは苦笑しながら続ける。
「字はヘタだけど……絵は、まあ、慣れてる。時間すぐ経つから、あんまりやらねえな…」
「こっちのノートに直接描いてくれませんか?」
「嫌だよ、下手なんだから」
(上手いのに……)
 翡翠はレイスの綺麗な絵を、皆にも見せたいと思ったが……頑ななレイスの態度に負けてしまった。
(……後でこっそり貼り付けますか)
 翡翠は気づかれないように小さく笑った。


管理人さんはいらっしゃいませんし、自分達で考えて栽培してくれとのことだったので……少し怖いです。

水の加減は合っているのでしょうか?

鉢には番号がふられていたので、球根達を一号二号……と、端から順に呼んでいる人が増えました。

ヴァーナーさんは『虹花ちゃん』と呼んでいるようでした。

早く芽が出ることを期待します。



「──カロル……他校に行く時もその格好なのね」
「あったりまえでしょ、ちひろん先輩! あたしはいつでもどこでもビキニアーマーよ」
 目のやり場に困る格好をしたカロル・ネイ(かろる・ねい)に、海宝 千尋(かいほう・ちひろ)は苦笑した。
「一応、念の為に動画で記録しとくわ。でも慣れてないから、ちゃんと撮れるか心配だな」
「逐一チェックしていけば大丈夫よ。さってと……書こうか」


1日目)14時:曇りだったけど晴れてきた?  担当 カロル・ネイ・海宝 千尋


繭たんと大佐たんが鉢に水を与えていた。

まやまやが、タネ子っぴに食われそうになっていました。

面白かったです。



「………」
「? なに、ちひろん先輩?」
「小学生の作文?」
「ひっど〜い、そんなことないよ」
「本当にそう思う?」
「うっ……」
「まぁ今までのを読んでいくと……書くことを捨ててる人もいるし、名前しか書いてない人もい…あれ? え? 犬の足跡!?」
「犬?」
「色んな書き方が……あるみたいね」
「結果オーライ!」
 カロルは胸を反らして豪快に笑った。


1日目)15時:ボクの心は快晴 真口 悠希(まぐち・ゆき)


鉢の土はすぐに乾いてしまいます。それはつまり、お水を元気に飲んでるってことですねっ

そういえば…ここから見えるあの窓から、静香さまのお顔が見えるです…

憂いを帯びたような表情で、きゅんって来ちゃうです……守ってあげたいです…



「あぁ……静香さま……」
 悠希は艶めいた吐息を漏らした。


静香さま、ティータイムのようですね

そうだ……温室の美味しそうな果物、静香さまに持って行って差し上げたいですっ

そうしたら…

「悠希さん、いつもありがとう…これはお礼だよ」

とかいう感じで「ちゅっ」とかしてくれちゃったりして…

キャーーーーーキャーーーーーーきゃーーーーーーー!!!!!!



「あ……」
 悠希は、ハッと我に返ると、ノートに書きなぐった叫び声を見て照れくさそうに笑った。
「…ふぅん。キミ校長狙いなんだね」
「え!?」
 悠希は、慌ててノートに身体を覆い被せ、見られないように隠した。
 そんな様子を気にするでもなく、繭住 真由歌(まゆずみ・まゆか)は何処吹く風で答える。
「もう遅いよ、ばっちり見ちゃったし。それにしても栽培日誌、ねぇ……小学生でも有るまいし」
 真由歌はパートナーのノートリアス ノウマン(のーとりあす・のうまん)の顔を見上げると。
「記録は任せたよ、ノウマン」
「…………」
「ボクはコーヒーでも飲んで寛いでる事にするよ」
 ノウマンに持たせていた道具一式、設置されているテーブルの上に広げてコーヒーを淹れる。
「う〜ん…美味しい」
 目を閉じて香りを楽しみ、味わう。
「………」
 三メートルの巨躯を持つ西洋鎧型の機晶姫ノウマンは、真由歌の命令を受け、記録を取る事にした。
 ペンとノートが小さい。
 小さすぎる。
 傍から見れば異常にシュールな光景だが、ノウマンは起こった出来事を淡々と箇条書きで記していった。


1日目)15時30分:晴れ  担当 繭住 真由歌/ノートリアス ノウマン



「植物達にあげるの、これなんてどうかしら?」
 妹尾 静音(せのお・しずね)は、某保健室にたくさんあったボトルを一本持ち出して来ていた。
「…静音さんが持っているボトル何だか見覚えが……って静音さん! それはもしかしてわたくし秘蔵のトマトジュースでは!?」
 パートナーのフィリス・豊原(ふぃりす・とよはら)が、気付いて詰め寄る。
「…あ、あは、えっと、バレた? たくさんあったし……」
 静音はフィリスの迫力に圧倒されて背筋に冷たい汗が流れる。
「たくさんあるとか、そういう問題ではありませんわっ! よろしい、あなたの血を干からびるまで吸って差し上げます。それで無かったことにいたしましょう」
「な、何だか怒ってるみたいだけど……って、そんなに吸われたら死んじゃうじゃない〜〜〜!!」
 静音は一目散にその場から逃げ出した。
 タネ子さんを盾にすれば幾らなんでも諦めるはず!
 一瞬にして静音の姿が見えなくなった。
「……行ってしまいました。冗談だったのですけれど……」
 フィリスは小さく笑った。
 一応、百合園女学院内で養護教諭っぽく思われているのですから生徒をどうこうしようとするわけがありませんのに。
「触手に襲われなきゃ良いですが……」
 静音の安否を気遣うフィリスだった。
「…あっちに行ったでありますな」
 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、木の陰からこっそりと静音とフィリスの様子を窺っていた。
 タネ子さんの触手に捕まった女子を見たい!
 以前、触手に捕まった女子があられもない姿を曝したと小耳に挟んだ剛太郎は、恥ずかしい姿の女子を見たさに、花の栽培は二の次でここにやって来た。
 静音が消えた先には触手の森がある。
 もしかして──
「何が、あっちに行ったんですか?」
 パートナーのコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)が不思議そうな顔をして、剛太郎の視線の先を追ってみる。
 剛太郎が温室に行くと聞きつけ、無理矢理付いてきたコーディリア。
「なんかさっきからソワソワしてますけど、何があるんですか?」
「うえっ!?」
「……ちょっと…どこから出すんですか、そんな声? 初めて聞きましたよ」
「な、ななな何も無いぞ! 別になんにも無いであります!」
「………」
 怪しい。
 剛太郎は、ほとんど息だけの口笛を吹いて誤魔化した。
(コーディリア…本当に邪魔だ……)
 心の中で剛太郎は舌打ちをする。
 女子を見に行くのにあたり、コーディリアをどうやってまくか。
 悩む。
 剛太郎の頭は、名案を求めてフル回転していた。


なんだかおかしな人たちがたくさんいます。

花の世話はしないんじゃないでしょうか。



「………」
 ノウマンは、こくりと頷いた。
 表情は読み取れなかったが、日誌を書き上げたノウマンは、自分の文章にご満悦そうだった。

「──まだかなぁ?」
 のんびりした口調で、清泉 北都(いずみ・ほくと)がパートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)に尋ねた。
「?」
「タシガンコーヒー飲ませたいんだけど」
「お、おぉ…さすがに今はマズイんじゃねえか?」
「う〜ん、そっかぁ残念」
……今度は花の栽培か? ま、暇つぶし程度にはなるかもな。確かお菓子が肥料って…これ植物だよな? 何かかなり怪しい感じかするんだが…
「ソーマ、暇だったら採ってきて」
 つまらなそうな顔をしているソーマに、北都は言った。
「? ……何を?」
「タネ子さんの蜜」
「………タネ子の蜜!? 美味しいのか? って言うか、蜜なんかあるのか!?」
「う〜ん…実がなるくらいだから蜜もきっとあるんじゃない? 大きいから量もある程度はあるんじゃないかな?」
「あるあるって、憶測だろソレ!」
「うん」
「北都……」
「最近考え事ばかりしているみたいだし、身体を動かした方がいいと思うんだ」
「……あ」
 ソーマは愕然とした。
 北都、心配してくれてたのか……
 久途との関係が最近微妙だったから、悩んでいることは確かだった。
 やっぱり俺のパートナーだな。見てる所は見てるよ…
「分かったよ。あんまり気は乗らないけど考えてみる」
「えぇ〜すぐ行かないのぉ?」
「あそこは触手だらけなんだぞ? 一人じゃ危険だ」
「なら他に誰かいたら……あ」
 北都は、気だるそうにガラスの壁に寄りかかって何か喋っている、篠宮 悠(しのみや・ゆう)とパートナーのミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)を見つけた。
「ねぇねぇ〜、そこの人たち〜! これからタネ子さんの所に行かないぃ〜?」
 北都の言葉に、悠は口の端を緩めた。
「ナイスタイミング。今ミィルに、タネ子特攻を命じてたんだぜ」
「まったく! 本当に悠には付き合いきれないわ」
「と、言いながら一緒に来てんじゃん」
「………」
「なぁ、タネ子の実を、花にも与えたらどうなると思うよ?」
「実って言ったって……」
「採ってこれたら、イルミン魔法学園散策の旅……連れてってやるぜ?」
「え」
「イ・ル・ミ・ン・魔・法・学・園・散・策・の・旅」
「そ、そんなもので私が釣られるとでも…釣られ…釣ら……分かったわよ!」
 餌に釣られ、ミィルは渋々承諾した。
「もちろん悠も一緒に来てくれるわよね」
「えぇ〜めんどくせぇ」
「私がタネ子さんや触手に襲われたらどうすんのよ!」
「……傍観?」
 ミィルは悠の首を絞めた。
「や〜め〜ろ〜…! …ったく、分かったよ。行ってやるよ! でも行くのは明日な」
 頭を掻きながら、悠はだるそうに歩き始めた。




薔薇学の北都が、無理難題タネ子のもとへ蜜を取りに行けとかなんとか言っている。

なんて恐ろしいことを考えるんだろう。

明らかにやる気のなさそうな悠がトバッチリをくって、仲間にさせられていた。

哀れ。

今のところ、お菓子やら変な飲み物を与えようとする人はいない。

皆、常識は持ち合わせているようだ。

しかしお菓子を与えるタイミングとはいつなのだろう?

管理人さんはいないから聞くことも出来ない。

球根は……あぁ、なんだか芽が伸びてきている気がする。

まだほんのちょっとだが、最初の頃よりは大きくなっているんじゃないだろうか。

成長促進剤の威力は計り知れない。

一体どんな花が咲くんだろう? 成長過程に興味が沸く。



「早く大きくならないかなぁ…」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、頭の先だけちょこんと出している球根をつつきながら呟いた。
「明日にはもっと大きゅうなっているんじゃないどすか?」
 パートナーの水無月 瑠璃羽(みなづき・るりは)がネージュの隣にしゃがみこんで、頬杖をついた。
「明日かぁ、待ち遠しいね」
「はい」
「そしたらあたしの栄養ドリンクあげてもいいかな?」
「そ、そうどすなぁ……」
 例えば今やってみたらどうなるだろう?
 この球根の上に、ドリンクをどばどばと……
「…危険な予感がしますわぁ。変化が現れるまでは普通の飲み物が良いんじゃおまへんやろか。べとべとになりそうどすし、腐りそうどすわぁ」
 その言葉にネージュは固まった。
「く、腐らせたら……責任問題?」
「いいえ〜、そんなご大層なもんでもないと思いますぇ? でなきゃ、わらわ達に頼むはずがありまへん。もし何かあったとしても、想定内ではないでっしゃろか」
「だよねぇ〜」
 ネージュは安心しきった顔で笑った。


1日目)16時30分:晴れ アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)


今日は初日よ。蒼空学園で園芸部の私としては、色々な植物の栽培方法を学んでおきたい。

さっそくレポート開始……といっても今はまだ普通の花と同じみたいね。

童心に帰って絵をつけても良いかも。

花が生長した時の事を思い浮かべて……並んだ5つの顔…に食虫…植…物……

絵は止めておこうかな。



そこまで書いて、アリアは顔を上げた。
「ノルンちゃん〜、そっちの子にもお水をあげてくださいですぅ」
「分かりました!」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)と、そのパートナーのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が、仲良く水を撒いていた。
「美しい七色のお花、見たいですねぇ〜」
 じょうろから落ちる霧状の水に、虹が出来ている。
「明日香さんは、水以外に何をあげるつもりなんですか?」
「え……」
 途端に歯切れが悪くなる。
「えっとねぇ〜…な、内緒ぉ」
 えへへと、笑って誤魔化す明日香に、ノルニルは首を傾げた。
「それにしても、温室はやっぱりあったかいねぇ!」
「本当ですね」
 さりげなく明日香は話題を反らした。
(……あげようとしているものが、ノルンちゃんの飲み物だってバレたら、怒られるかなぁ〜)
 でもきっと許してくれるよね。
「た〜っくさん飲んでくださいねぇ〜」
 明日香は鼻歌を歌いながら水を与えた。


私が見ている限り、結構な頻度で水をあげているんだけど、根腐れとかしないのかしら?

温室だし、成長促進剤を使っているから、かなりの量が必要になるってこと?

本当、温室は不思議なことがありすぎて一般常識が通じないわ。



1日目)17時00分:夕日 リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)


夕方の当番はわたくし、リリィ・クロウです。

西日が差して、ちょっと暑いですわ。でも……夕日のオレンジ色が、とても綺麗でした。

そう、とても綺麗でしばらくそれを眺めていたら、あの三人がやって来ました──



「まだ、あげちゃダメだよね? さすがに…この土の中に埋め込むわけにもいかないし…」
 秋月 葵(あきづき・あおい)は、鉢の中の土をいじりながら呟いた。
「そうですね……もしかして土に混ぜて堆肥にするのかもしれないですが…、もうちょっと様子を見てみましょうか。でも、お菓子が肥料なんて…本当に変わってますね」
 パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が、くすりと笑う。
「堆肥かぁ。でもせっかく作ったからやっぱり食べてもらいたいな。形は崩れてたりするんだけど…」
「え? 何か美味しいものあるの??」
 もう一人のパートナーのイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が、目を輝かせて葵に尋ねてくる。
「あ…ううん、そんなに量がないし、ちょっと焦げちゃったりしてるから」
「な〜んだ〜」
 イングリットは残念そうに肩を落としたが、ふいに視界の隅に果実を捉え、途端に顔が明るくなった。
(温室は美味しい果物がいっぱいあるから、葵についてきたんだもん。タネ子や葵達にばれないようにこっそりとつまみ食いするもんね♪)
 じりじり移動しながら二人の死角に入ると、一気に駆け出し果物に貪りついた。
「うぉいすぃいいいいぃ〜〜♪」
 エレンディラは、そんなイングリットの方ににちらりと視線を向けると苦笑した。
「あれで気付いてないと思ってるんですから……」
「……えっとぉ、え、エレン…?」
「?」
 もじもじしながら、葵がエレンディラを見上げた。
「エレンにこれ……あげる! バレンタインチョコのお返しっ!」
「…葵ちゃん……」
「それね、それはねっ、ちゃんと綺麗に出来てるから! たぶん、美味しいと…思う…よ?」
 最後は不安そうに葵は言った。
「イングリットちゃんが戻ってこない前に、隠しといて…」
 エレンディラの視線から逃れるように、葵は、耳まで赤くなっている顔を逸らした。
「葵ちゃん……? 顔が真っ赤ですよ?」
 少し意地悪な質問。
「こ、これは夕日のせいだもん!」
 恥ずかしさに背を向ける葵──…


……な、なんなんでしょうかねぇ、あの人たちは。

見てるこっちが恥ずかしくなりますわ。温室でイチャイチャするなんて…なんて…なんて……羨ま…



 管理人が用意したのはペン。
 消しゴムでは消せない。
 リリィは途中まで書いた文を慌てて塗りつぶし、その部分をカムフラージュするためにタネ子の絵を描いた。
「これでなんとか誤魔化せましたわ」
 絵はだいぶ歪んでいた……

「今回は、タネ子ちゃんやケロちゃんにはあまり関わらないようにしておこうかな」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)の言葉に、パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が敏感に反応する。
「そ、そうですか。あまり近寄らない、と……」
「ん? なんか、残念そう?」
「そんなことないですよ!」
「それなら良いんだけど……」
 陽子は、明らかに動揺していた。
「明日あたり、あの植物大きくなってるかもしれないね」
「ですね……」
 心ここにあらずな陽子。
「ねぇ、陽子ちゃん。触手、どうだった?」
「タネ子さんの触手にされるのは……って、何言わせようとするんですか! どうもありませんよ!!」
「………」
(う〜ん、陽子ちゃん…タネ子ちゃんのことがめちゃめちゃ気になっているみたい…)
 透乃は球根を植えた鉢の前で、考える。
(捕まっちゃったら離れてしばらく見ておかずに……あぁ、違う違う! 考えてないよ? 本当だよ! ……陽子ちゃんが満足したあたりで爆炎波で陽子ちゃんごと触手を吹き飛ばして助けてあげようか)
 思わず笑ってしまった透乃に陽子は訝しそうな視線を向ける。
「透乃ちゃん?」
「落ち着いたら温室の中探索してみよっか」
「えっ……」
「皆も動くんじゃないかな?」
「わかりま…した」
 期待と不安を胸に、陽子は触手の森を目に焼き付けた。

 荒い息を吐きながら、エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)が温室に駆け込んできた。
「遅く…なっちゃ…いまし…た」
 少し遅れて、パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)ラビ・ラビ(らび・らび)もやって来た。
「エルシー様…もう少し警戒心を持って…頂きとうございますわ。温室の中は…危険な植物がいっぱいいるんで…ございますよ?」
 よほど急いで追いかけてきたのか、ルミは言い終えるとひどく咳き込んだ。
「綺麗な七色のお花を咲かせて貰えるように、絶対、毎日綺麗な色のお菓子を持って行こうと思ったんです。でも…」
 エルシーの視線の先には、うんともすんとも言わないほとんど土しか見えない鉢が五つ。
「今日は苺のムースケーキをあげようと思ったのですが、これじゃ無理ですね」
 しょぼんとエルシーは肩を落とした。
「あ? え? それ余り? お花はねー、肥料でも大丈夫なの。でも、ラビはお菓子じゃなくちゃ食べられないんだよ? だからお菓子はラビにちょうだい? ね? ね?」
 無邪気なラビに、エルシーとルミは顔を見合わせて苦笑すると、持ってきたケーキを渡した。
「わ〜い♪ ありがとうエルおねーちゃん!」
 はぐはぐと、口の周りを汚しながら食べ始める。
「良く噛んで、ゆっくりと食べるんでございますよ?」
 ルミの声に何度も頷くラビ。
「五つ持ってきたから……三個はラビちゃんにあげます。そして──どうぞ」
 エルシーは、ルミの前にケーキを差し出した。
「……エルシー様…」
「食べましょう、一緒に」
「はい」
 優しいエルシー様……
 わたくしは…七色のお花にもきっと頭が3つあるような気がしてならないので、とても不安でございます……
 必ずわたくしが守ります!
 ルミは固く心に誓った。




すっかり夜なのだよ。いや、忘れていたわけではないよ?

その日の一番最後に書くのってオイシイかなぁと思ったんだけど……とっぷり日が暮れると、温室は何だかオカルトちっくだ。

早く書き上げて帰ろうと思う。

皆のやり方を真似して記しているんだが、明日からはデジカメなどで写真を撮りながら、事細かに『七色の花』の観察日誌をつけることにする。

コタローが、春休みの宿題に『七色の花』の観察日記を提出したいんだそうだ。……危険だと思うがなぁ。

あぁ、コタローが自分も書きたいと言ってるから替わることにする。


こんにちは、はじめましてコタローれす。

これからおはなしゃんの、おせわをはじめるんれす。

コタローがんばるれす。おんしつのそとはまっくられす。

たにぇこしゃんが、ふよふようかんでいるお。

こっちにこないかな。


……コタローはこれで良いらしい。

残りは私が……って、もうこんな時間だ。明日に備えて帰ることにする。



 樹は静かにペンを置くと、コタローを引き連れて温室を後にした。