リアクション
第4章 東の谷 ある夢の坂道で…… すれ違った二人。 「我、主(ぬし)の剣嫁。主の大切な人の写し身也」 呼びかけるのは綺羅 瑠璃(きら・るー)。 「笑止。記憶無き輩に大切な人とは何ぞ?」 それに対し問い返す沙 鈴(しゃ・りん)。 「……」 記憶無き沙鈴にとって今の瑠璃は知らない存在なのだ。 「無意識にすら浮かばぬ大切な人を、求める道理無し」 「それでも我は主の剣嫁」 「吾が大切な人を思い描かねば、汝は吾にとって何者?」 「……」 「汝の存在意義は汝の中にあり」 「写し身たる剣嫁の中にありやと?」 「我と汝の関係は我が定める。だが汝と我の関係は、汝が定まるべき事」 「我が?」 「汝と印女(しるしのおんな)の関係も然り。印女と汝の関係も然り」 「しるし……」 「印女と世界の関わりも然り。世界と印女も然り」 「ジャレイラ……」 「名(=固有名詞)を呼んだな? それが汝の行きたい場所也」 「主よ!」 「我の名より先に呼びし者の元へ。去れ」 ジャレイラ・シェルタン(じゃれいら・しぇるたん)の死は様々な影響を投げかけた。 それは、沙鈴の剣の花嫁でありながら無意識世界での邂逅によりジャレイラに仕えることになっていた瑠璃にとっては、もとの主のところへ戻る契機ともなり得たはずだが、今は主たる沙鈴がそれを拒否した。 瑠璃は辺りを見渡す。沙鈴の姿声はなかった。 「ジャレイラ……」 そうだ、ジャレイラを呼んでいたはず。なのに……ジャレイラの姿もない。瑠璃は、延々と続く坂の下を見る。それ以外に何もない。ぼんやりした色の感じられない空。においや、風も感じられない。風。瑠璃は、風の吹いていた場所を思い出す。東の谷だ。 そこへ戻っても、もうジャレイラはそこにもいないかもしれない。だけど、やらなければならないことは残っている。 瑠璃は目を閉じ、風景を思い出す。風が肌に感じられるようになってくる。谷間に吹き付ける厳しい風…… 4-01 消えた琳 「ロザリアス」 メニエス・レイン(めにえす・れいん)だ。ここで、時は幾らか遡り、前回(第二回)の東の谷での出来事の直後を見ることになる。前章の黒羊郷決戦より数日を遡る。 「おねーちゃん」 「ティアを連れて、ひとまず黒羊郷本国へ帰還するように。 だけど……本国も、長くはないかも知れないね。敵の襲撃があれば、ただちに逃れるようにしなさい」 「おねーちゃんは?」 「あたしは……」もう、この地に用はないんだけどね、メニエスは呟く。「……教導団なんぞに負けたままただ帰るのは癪なのよ」 そうしてまたいつもの笑みを浮かべる。 「ミストラル」 「メニエス様。……」そうですね、もう少し、楽しませて頂きましょうか、メニエス様。そう、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は目で応える。頷き、二人は綺羅瑠璃(きら・るー)が指揮を執る前線に向かった。 ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)とティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)は、本国へ…… 「ティア」 呼ばれ、びくっと震えるティア。 「わ、私は悪くないもん……ご主人様の命令、だもん、……仕方ないもん……」 何か、ずっとぶつぶつと独り言を呟いている。そのことをまたロザリアスに言われ、叩かれ、引っ張られていくティア。 戦死したジャレイラが本国へ送還されることになるので、数十名はそれを守り黒羊郷へ戻ることになる。 ジャレイラの傍にあった地祇、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)も亡骸と共に戻る。 「……黒羊の衆か、教導団か。 どちらが勝つにせよ、黒羊郷が趨勢を決する場になろう。 この地に殉じたジャレイラの亡骸の傍で、この戦の決着を見届けようぞ」 見届けた後は……そうさな。 ヒラニィは、思う。 数千年ぶりにこの地を離れてみるのもいいか。と。 琳を道連れに、な。 琳。 「……にしても、姿が見えぬな」 何処へ行ったのだろう。ジャレイラの死が、相当応えたか? 偶然からジャレイラに付き従うことになったと言え、おそらく琳にとっての必然がそこに結び付けたのだ。そう自分の中で……答えを……しかし、その答えは出し切れなかったかも知れない。もっと、ジャレイラと話したかった。できれば、戦が終わってからのジャレイラと…… 「琳。……」 ジャレイラの魂に惹かれたか。 ふむ。 ヒラニィはしかし、少し考え込むと、先行くぞ、とここにない琳に呼びかけておく。戻る意志があれば、勝手に戻ってくるだろうが。そうでないなら…… 「そのときは、わしが首根っこ捕まえて戻さんといかんかも知れぬがな」 ヒラニィはそうは言いつつも、少し心配そうに辺りをうろうろとする。 「! ……あの男」 黒い法衣の男。ぬらりとやって来る。本国へ送られるジャレイラの亡骸に、最後の挨拶を告げている。 「シャトムラか」 あの目は……どう考えても、死ぬ決意を決めておるな。 それもまた避けられぬ道か。 そう言ってヒラニィはため息をつく。しかし、とにかく今は、琳が戻ってくるときのことで精一杯じゃな。と。 |
||