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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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 ジャレイラの遺骸は、東の谷の決着がつく前に、黒羊郷本国へ戻されていた、ということになる。
 南部戦記文書においては、確かにジャレイラの死に関する記述が幾つか見られる。ジャレイラを討ち取ったのは鋼鉄の獅子の副官イリーナ・セルベリアであるという記述等が有力である。ジャレイラ戦死前後の布陣を見ると、確かに、教導団の陣の内でイリーナの陣が最も近くにある。また、イリーナとジャレイラの一騎打ちに関しても幾つか記述が残されている。ただ、最初の一騎打ちにおいては、数十合打ち合いの末、決着がつかず、一旦両者自陣で引き上げたということでどの記述も一致している。その後、二度目の一騎打ちがあってイリーナがジャレイラを討ち取った、という記述も少ないが存在する。他は、何らかの策を弄した、という記述や騙し討ちにした等の記述も見られるが、どれも明確ではないのである。
 また、副官イリーナについての記述についても、南部戦記の末期においては途切れ途切れになっており、その後については幾つかの説が書かれているが真相定かでない。

  
4-05 東の谷 最後の戦い(1)
 
 ルースは、いつも晴れることのない曇り空である東の谷の空を仰ぎ見ていた。
 シャトムラが動いた。敵の後詰から上がってくるという。
 ジャレイラは死んだが、やはり、戦いを選んだか。
 ルースはその男のことは敵陣に潜伏している折に幾度か見た。忠実な黒羊教信者であり、いかにも融通の効かない男の典型とも思えた。今回の作戦で奴を生け捕りにするつもりだが……彼はもしかしたら、殉教する覚悟ではないだろうか。
「ルース?」
「ソフィア。……」
 ルースは、一瞬、不安な瞳を覗かせた。しかし……レオン。イリーナ。オレは……
 それから、ルースはウォーレンのことを思った。
 ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)は、再び黒羊の陣地へ戻っていった。ルースも、共に行動していたので、ウォーレンのことを幾らかよくわかっているつもりだ。情報撹乱のためということもあったが、これまでの経緯から今のウォーレンにはいつになく思い詰めたところがあるのでルースは心配していたのだが。
 ウォーレンは、黒羊側の義勇軍として身を置いていた清 時尭(せい・ときあき)に、ジャレイラの死についてやその後を聞いた。清はジャレイラの死の身近にいたことになる。清はジャレイラの死の真相を、「ジャレイラ様を殺したのは教導団ではない」と同じ獣人の義勇兵らと話し合った。
 ウォーレンは、清と合流して彼の話を聞いてその思いを理解すると、ただ無言で背中を撫でてあげ、自身も怒りは胸にしまいこんだ。
 義勇軍の間では、「兵を退け、皆生き延びろ、無駄死にはするな」というのがジャレイラの託した最後の言葉であった、ということが囁かれた。だが、黒羊軍ではそうではなかった。獣人のなかには、後詰から出てくる残る黒羊兵は生粋の信者であるから、黒羊郷のために戦って死ぬことが無駄死にとは考えないのだろうと言うものもあった。しかしジャレイラを知る彼らには、彼らの間でささやかれたその最後の言葉を、ジャレイラなら言うだろうと思われた。
 これも、ウォーレンによる情報撹乱の一環であったのだが、これによって清の友である獣人の義勇兵らを守ることになる。義勇軍は、前に出てくるシャトムラらに代わって後詰につくことになるのだが、シャトムラの敗れたあと、彼ら義勇軍はもう教導団と矛を交えることはなく山へ帰っていくことになる。彼らの村々には、戦いの真相を記したとされる文書が残されることになるが、そこではジャレイラを殺したのは教導団ではなくある剣の花嫁であったと書かれている。この他に、レオンハルトとイリーナに関する断片的な伝説などもこの獣人の村落で見つかることになる。
 さてウォーレンは清を護衛に、出陣するシャトムラに挨拶に行った。丁寧に、しかし凛と構えて。
「貴殿の話は聞いておりました……真の使途たるお方だと」
 男はただ静かに頷いた。ウォーレンのことを、ジャレイラに仕える記録係として見知っていた。囚われたと聞いたがよく戻ってきたな、と言った。この男も、決して悪い男というようではなかった。覚悟を決めている目であった。もちろん、教導団にとっては敵である。
「あの方は貴方に前に立ってほしいと仰っていた」
 シャトムラの目に力がみなぎったように思った。嬉しく思うぞ、我らと共に最後まで戦おう。男はそう言った。
「……」ウォーレンはシャトムラのところを去る。鋼鉄の獅子は、シャトムラを捕縛する作戦に出る。そのために、前に出て戦ってもらう必要がある。
 ウォーレンはそうして陣地から後方へ退き、黙々と、この地に残されることになる文書を記していくことになる。
 


 
「ルース隊長!」
 兵が急報に来る。
 隊長、か。そうなのですよね。今、オレは。……
「何。ルース! 敵の別働隊が」
 ソフィアがどうしますか、判断を、と問う。不安そうな、兵たち。
「船着点の方にも回して来ましたか」
 オレが……レオンの采配には数段劣るかも知れません、それでも……ここはやるしかないんです! レオン、どうか。
 ルースが指示を出す。ここは切り抜けてみせる。
「もうオレは立ち止まりません。突き進みますよ!」
 

 
 吊り橋の正面には、シャトムラが出てきた。
 率いるのは、純粋信者の兵だ。数は、多くはない。しかし彼らは死ぬ覚悟はできている。
 ルカルカがその真っ向に立ちふさがった。
「いざ、我らに勝利を」
 率いるは獅子の牙隊。これまでルカルカが親身に指導してきたいわば教え子たちともいえた。だれにも、死んでほしくない。だが敵は死を覚悟の兵。ぶつかれば無傷ではすまされない。
 ルカルカは、旗頭として立った。
 二刀流を抜く。
 そんなルカルカを恐れることなく早速、斬りこんでくる兵。ルカルカは最初にかかってきた二人を斬り下げた。次が、来る。夏侯淵がすかさず、弓で援護に入る。こちらの兵は、敵の勢いに、のまれてしまう。
 ダリルは、陣を固めるよう指示を出す。カルキノスはクロスファイアで向かい来る敵を牽制した。それでも、敵は踏みとどまることをしらない。ルカルカは兵を鼓舞するが、教え子たちを討たせるわけにはいかない。仕方ない、ならば。ルカルカは挑発するように叫んだ。
「黒羊教の神の名?
 なんだったかしら、ね?! 知らないわ」
 兵らは怒る。
「よし、なるほど。もう一押しだ!」夏侯淵(かこう・えん)はそれに加えて矢を射る。それは陣の中央まで勢いよく飛び、黒羊教の旗を見事射抜いた。
「うぬううう!」
 来たな、シャトムラだ。
 このとき、互いに正面同士ぶつかる両軍のそれぞれ左右に伏兵展開していたことになる、レーゼマン金住らの部隊が打って出た。
「うっ。伏兵か」
「迂闊だったな……弓兵、構え……てぇーっ!」
 レーゼマンの指示で敵勢に矢が降りかかる。
「続けて……突撃ぃっ!」
「了解。突撃部隊、前に出ます……!」イライザが先頭に立つ。イライザ、気をつけろ、討たれるな……レーゼマンは気遣いつつよく機を見て采配を振るう。
「突撃部隊、防御姿勢のまま下がれ! 弓兵、離脱の援護を!」敵がこちらに兵を裂いてきたら、ヒットアンドアウェイに切り替える。
「よし。敵め。私の戦法に翻弄されているようだな」
 金住の隊からも、射撃が行われ本隊を助ける。
 ルカルカは、出てきたシャトムラと打ち合った。
「ゴーレム! 盾となれ」
「うぬ。こしゃくなぁぁ」
 ルカルカは息を切らしていない。しかし、敵もしぶとい。
 

 
 鷹村真一郎(たかむら・しんいちろう)は、メニエス・レイン(めにえす・れいん)の率いてきた別働隊と遭遇した。
 鷹村と一緒にいるのはギズムたち元傭兵たちである。
「これは教導団の兵ではない。どういうことだ?」
 鋼鉄の獅子とは離れて行動した鷹村は、獅子との挟撃になるよう傭兵たちと駒を進めていた。いわば別働隊同士ぶつかったことになる。
「貴様、あのときの女魔法使いか!」
 傭兵たちはバンダロハムでメニエスに会っている。
「おうおう!」「貴様気に食わんかったのだ」「敵として出てきたからには殺す!」
「誰。あなたたち?
 ええいこの雑魚ども。引っこんでいろ!」
 ファイアストームが傭兵たちに襲いかかる。
「これは敵本隊ではない! このような輩には構うな。行くぞ!
 ……こんなところで兵を減らされるとは。だがもう今や黒羊軍の兵も要らないな。あたしたちだけで十分」
「ええメニエス様」
 メニエスは冥府の瘴気を纏い、アボミネーションで周囲を威圧すると魔法の箒で飛び去った。ミストラルもそれに続いた。
「ハハハハハ!」
 傭兵たちでさえそのおぞましさにはぞっとするものを感じた。
 しかし、メニエスの去った黒羊兵は鷹村やギズムらの敵ではなかった。元傭兵らもその腕を振るって各々に敵兵を討ち取った。
「ギズム!」
「タカムラ。さすがだな」
 二人は背中を合わせる。
「しかし……カナはもしかしておまえより強い?」
「……」
 たぁぁぁ! 敵兵を蹴散らしてここぞとばかりに暴れ回る可奈。「ストレスとか……はぁ、はぁ。ストレスとか、ストレス溜まってるし、ね!」