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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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4-03 鋼鉄の獅子
 
 様々な噂が飛び交った東の谷戦場。
 教導団の陣営には、鋼鉄の獅子の中でも情報の扱いに長け、且つ敵陣中に忍び込んでいたウォーレンや、策略を得手とする参謀科・天霊院等も従軍した記録のあるように、彼らによる流言や情報操作が相手を撹乱させたことになろう。
 しかし、ジャレイラの戦死……それは紛れもない事実であった。
 教導団にとっては、東の戦線のみならずこの黒羊郷において神とされた女性の、思いがけぬ舞台からの退場……しかも戦死とあらば神と言え一人の剣の花嫁。復活することはないだろう。またとない好機と言えたが、あまりに唐突なことであり、敵と言えある種のショックを隠し得なかった者もいる。だが彼らは軍人である。この機を逃さず、いよいよ敵と決着をつけねばならない。
「ここが正念場でしょうね。……最後の詰めですよ。
 鋼鉄の獅子の皆」
 静かに切り出したのは、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)。しかしその瞳には決意の火がともされている。
 彼の前には、同じく意を決した鋼鉄の獅子の面々。この激戦を勝ち抜いてきた。
 この戦でのおそらく最後の采配を、レオンハルトに代わってこのルースが執る。
 レオンハルトの姿は、今ここにはない。
 しかし、ルースの、鋼鉄の獅子の皆の、後ろには抜刀し指揮を振るうレオンハルトその人の姿が確かに見えている。ルースはごくりと唾を飲み込む。
 レオンハルトは、ジャレイラを捕獲する心算であったこと。そのための準備はできつつあり最終段階であった。
 ルースはレオンハルトと離れている間、ウォーレンと行動を共にし(「黒羊郷探訪」まで遡る回想になる)、黒羊軍後方陣地にいたことになる。シャトムラのことはそこで何度か見かけている。ジャレイラでなく網にかかるのがシャトムラでは、些か、貧相な獲物ではあるが……。
 作戦を遂行する。いよいよ獅子が動き始めた。
「私は吊り橋へ迎撃に!」
 精鋭100を連れるルカルカ・ルー(るかるか・るー)夏侯 淵(かこう・えん)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)らルカルカの将が続き、ルカルカらの隊の指揮官ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がルカルカを守りつつ、兵を率いる。
「レーゼセイバーズはこちらだ。続けぃっ」
 同じく100を率いる指揮官レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)
「レーゼ」
 そこには、レーゼマンの機晶姫イライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)の姿がある。
「イライザ……。う、うむ。遅れをとるなっ?」
「了解しました、レーゼ」
「う、うむ!」
 そんなレーゼマンをしっかり守らなきゃと傍に侍るイライザであった。
 前線に向かう者達を馬上にて見守るのはソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)。ルースの機晶姫である。
「皆さん、行かれましたね。どうかご武運を……!」
 ルース自身は、本陣を固める。
「さぁ、この戦争に蹴りをつけるとしますか」
 


 
 獅子の後陣には、教導団の橘 カオル(たちばな・かおる)そして、百合園のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はロザリンドが担っていた物資の護衛と救護班を代理しつつ戦いに備えている。後方もまだ予断を許す状況ではない。
 救護班には、前回、鴉の囚われとなっていた李 梅琳(り・めいりん)も預けられている。
 前回の、テング山からテント山にかけての戦いはまさしく死闘であった。テント山の罠等、回避できていなければ形勢は完全に敵側に傾いていたかもしれない。それでも負傷者は、かなりの数に上っていた。死者も多く出ていた。
「人が死ぬのはこれで最後にしたいですぅ……」
 メイベルも、大切な人たちを失った。?
 東河の近くに作った墓――シャンバラン、怒鳴堵濁酢憤怒一世、ユハラたちの。そして敵であったがジャレイラの戦死したということにも驚きつつ、メイベルは……「戦いに挑みますぅ」! セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も祈っている。「ごめんね」隣には、騎狼たちの墓もあるのだ。「イレブンさんたちも一度戦いに敗れて騎狼たちを失ったと聞くけれど、こんな心境だったのかな……」フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も同じように、無言で黙とうする。お墓に祈りを捧げると、陣地に戻る。「さあ、メイベル殿。まいりましょう。最後の戦いです」「ええ。私たちは後詰ですけど何があるかわかりませんから。守りぬいてみせますぅ。って、あれ? ユハラさん?」
 そこから陣地の周辺までには、兵たちの簡易な埋葬場にもなっている。鴉やナマズなど敵の死骸は河に打ち捨てられたものもある。「双方に大量の死者が出ましたが、後世の歴史はこれをどう評価するでしょうね?」フィリッパがそう呟いた。
 そのあとは、無言で歩いていくメイベルら。
 兵の姿がちらほらと見えるが、精神的にかなりまいってきている者も、少なくはない。これだけの戦だ。しかもかなり長引いている。物資が届けられたと言え、堅固な拠点はないのである。そういった点で東の谷は、三日月湖やハルモニア方面での戦いより死に近い場所と言えた。
「木刀剣士さん(橘カオル)はどうしていらっしゃるでしょうねぇ?」
 共に、後方を守ることになる。
 白兵戦のできる彼がいてくれて、心強く思っているメイベルだが、
「ちゃんとひやかしはしませんとね。ふふふ♪」後方の幕舎についた。「木刀剣士さん。大切な人をしっかり守ってあげないとだめですよぉ。
 !」
 幕舎を覗いたメイベル。「木刀剣士、さん……カオルさ〜ん?」
「はぁ、はぁ……」
「……」
 入っちゃいけないときだったですぅ? ……そう思ったが、「あ。メイリベルか。大丈夫だ」カオルも幾分精神状態がまいっているといった様子だった。テング山の戦いは熾烈であった。あの大将の一撃。助けが入らなければ……死んでいた、かもしれない。死。そう、もういつ死んでもおかしくない。多くの兵が死んだ。それでも、鋼鉄の獅子の仲間たちは、意気高く前線へ出ていく。もちろん、自分も最初の訓練(梅琳……)の頃から同じように戦い、その後もここまで実戦を生き抜いてきたんだ(梅琳……)。だけど、オレは……獅子の皆みたいに、どこか自信が持てないでもいた(梅琳……)。ルカルカやレーゼマン等は、指揮官としても才能を発揮し始めているが、オレはそういう才でもないし(梅琳……)……とか考えながら、訓練、と回想したところで梅琳梅琳梅琳の姿が頭に浮かんできていた。
「メイリン。はぁはぁ」
「……あの。……失礼しましたですぅ」
「あっ。メイリン」
 そうだ。梅琳とクロスワードパズルでもしに行こう。カオルは立ち上がった。梅琳。元気になっているかな。あのデートのとき、聞いた梅琳の趣味。うん。メイリン。はぁはぁ。……手を握るくらいはいいよな(?)。そうだ。伝えなきゃ。今しかない。
 カオルは、梅琳の休んでいる幕舎にふらふらと歩き出した。