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リアクション
岩城の戦いを終えたのち、薔薇学の鬼院 尋人(きいん・ひろと)は戦後いざこざの生じ始めた教導団をすでに離れ、旅をしてきていた。
「異端の地、黒羊郷を目指す」
パートナーの呀 雷號(が・らいごう)とはお互いに話し合ったわけではないが、雷號はただ影のように尋人に寄り添い進む。無論、何も言わずとも常に超感覚で、戦闘を避けられる道筋を探している。それに、尋人の目的それ自体は理解している。
繁殖行為を目的としない人同士の愛情はよくわからないが……と、雷號は思うのだが、尋人が黒崎を大事にしている気持ちは、理解しているのだ。
栗毛色の馬に乗り、鎧は外し土地の少年の風貌に戻し、最小限の装備と持ち物で、騒乱を避けつつ砂漠を越え……雷號の超感覚もあってさいわい、彼らは無事砂漠を抜けた。辿り着いた先は……
哲学者や預言者らが住まうという辺境の都ハヴジァだった。
最初に会った髭で顔全体を覆ったような男は、黒羊郷と聞くと彼らの来た方角を指した。
「もと来た方角の……東だったのか。……」
だけど、目的地は黒羊郷というわけではなかった。
「黒崎天音……」
尋人はふと、そう小さく口にする。その名を、この見知らぬ土地の者に問うたところで、わかるものだろうか。しかし尋人はなんとしても、手がかりを得たい。
「黒崎天音(くろさき・あまね)を見かけなかったか、あるいは何かそういう夢を……」ふと、口をついて出てくる。夢?
向かい合う髭の男は、首を傾げ、「クロサキ、アマネ……」と異国のまじないかのように呟き返した。
「ああ」尋人はもしかしたら? と思い強く頷く。
しかし、男は尋人の胸の辺りを、つ、と指差し、そのまま何も答えずに行ってしまった。
「え? オレの……? あ、……」
呼び止めようとするが、男は振り返ることなく、「クロサキ、アマネ、アマネ、……」と同じトーンでまじないを繰り返すようにして街角に消えていった。
「……」
雷號は腕組みして、その様子を見つめる。
同じような髭の別の男が出てきては街角から街角を行き交っている。髭のまっ白いローブの老人。黒いベールの女たち、帽子を深々と被った商人らしき男、物珍しげに見てくる子どもたち……
「はぁ……ハヴジァか。ここで何か見つかるのだろうか」
尋人と雷號は、街を訊ねて回り、郊外にぽつりと立つ教会まで来た。黒羊教ではない。知らない異国の小さな教会だ。
山々が立ち並び、空は、澄んで青い。
教会には見慣れない紋章が古いしみのように張り付き、厳かな趣きのベルが、ずっと昔からそこにあるように建物に溶け込んでいる。ふと、緩やかに風に、ベルが揺れて、音を立てた。心が、妙に洗われるようであった。
こんな離れた見知らぬ土地まで旅をしてきて、不安も迷いもない。オレは、オレの大事なことを……
「そうだ」
尋人は、教会に足を踏み入れていく。優しげで、親しげな神父が、異国の旅人を出迎えてくれる。
尋人はここで、洗礼を受けプリーストとなった。
大事なこと……忘れないために。
雷號は、何も言わなかった。
神父にも、天音の名を尋ねてみる。
アマネ。それは、誰ですか。神父は優しげに聞き返した。
「この世でいちばん大切な、大好きな人」だと。尋人は答えた。
神父は微笑み、尋人にその人に会えるといいですねと祈った。
雷號はただ彼を見守り、
「何かを信じたいという欲求は確かにある。厳しい状況下で生きる者には自然なことだ。我々は常に祈りと共に存在している」
そう心で呟くのだった。
祈りながら、尋人は進んだ。
――自分が向かうところに彼が居るような気がする。
天音……どこかの地に捕われているのか、どこかを彷徨っているのかはわからない。のんびりと好き勝手に旅をしているだけかもしれない。彼は自分の意思で夢の中に残っているのかもしれない。だがそれでも。と、尋人は思う。迎えに行きたい、と。
「一緒に帰ろう」と手を差し出したい。黒崎の手をしっかり掴んで引き戻したい。
クロサキ、アマネ。ある預言者は、また、まじないのようにその名を返した。その呼び方はどこか不吉であった。
クロサキ、アマネ――戻って来ない者。彼は、深く深く入り込み過ぎた。
今、夢がその体を捉え、離さないでいる。美くて甘い夢の世界に彼は永遠に残ることになるだろう。預言者はそれもまたいいことだというように笑う。クロサキ、アマネ。もうここには存在しない者。彼はこの世の者ではない。
尋人は、その笑いを払い除けた。
「夢。夢なんかに、黒崎を奪われたりはしない。この世界は誰の夢でも何でもない。ここが現実だ。黒崎が存在する世界がオレにとってのすべてだ」
*
夢。
南部戦記では、様々な夢が交錯した。誰かにその夢を託し、消えていった者もある。未だ夢を見続ける者……これから永遠にその夢を彷徨う者もいるのかも知れない。
夢は夢であり、現実であり、夢は過去であり未来であり、現実であり、夢はただの夢であり、……
「最後の一発は自分に撃つか仲間に撃つか、それが問題ね。
……えっ。じゃなくて、私にとっての夢?」
一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)(は悩んではいなかった)。
――軍を抜け出してきのこ狩りにきてキャンプを張ってたらドラゴンに食べられて全裸でした。……あ、これは前回までのあらすじね。
はい、これで完璧ね。
気付けばクライマックスのようだけど何をすればいいのかしら。……と全裸で銃をかまえ辺りを見渡す月実。
南部戦記も、今回で最終回である。
「とりあえず奥に向かって何か面白いものを探してみるわ。行くわよ、リズ」
「う、うう、ん……」
こんな状況になってもマイペースはどうかと思うの月実……でも考えるのめんどくさいし、寝ちゃおうかな。――夢のなかで眠る
リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)。二人はこうして、徐々に夢の更なる奥深く、深くヘと……
「月実のおっぱいペチャパイ中学生ー むにゃむにゃ」
「あと、中学生じゃないから! 貧相っていうな!!」
先ほどまで、言葉ではないような言葉で、会話でないような会話が聞こえたり、風景でないような風景が流れていたりもした気がするのだが、今はもう二人以外にだれの姿も見えず、何も聞こえるものはない。何も、見えない。真っ暗の、全裸である。
「あ、ねーねー」リズが何か見つけた。「なんか変なシーン浮いてる。アレなに月実ー」
「ん、どうしたのリズ? ああ、これは私の過去ね」
「へぇ、月実の過去ねぇ」
いよいよ、南部戦記はその核心へと。そして、月実の秘められし過去、とは……!?
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