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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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1-01 わるきゅーれに集った面々
 
「瞑想から立ち戻ったようだな」
 キャバクラ・"わるきゅーれ"の奥の秘密の部屋(経営者室)に、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)菅野 葉月(すがの・はづき)が入ってくる。
 そこには、髭をたくわえたハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)がいた。
「イレブン」
「うむ。本当に長く世話になったな」
「ああ、本番はこれからだぜ?」
 イレブンは、キャバ嬢用シャワー室で髭を剃り、最終決戦に向け身を清めてきたところだ。
「よう。イレブン。いよいよだな。共に、久々に腕を振るえるので嬉しいよな? やはり、俺たちは戦場にいてこそ華のある人種だろう」
 ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)も遅れて部屋に入ってくる。
「これで役者は揃ったか。……む、ケーニッヒ。ドアを閉めといてくれないか」
「うん? ……ああ」
 露出度100%のお店のキャバクラ嬢たちが、ドアから覗いている。
「大事な話があるんだ。あっち行ってるんだ、お前たちは」
 「何の悪巧み?」「イレブンさん、ケーニッヒさんこちらで遊びましょうよ〜」など言って、けだるい様子で立ち去っていくキャバ嬢ら。ケーニッヒが無言でドアを閉める。菅野はちょっと苦笑いでそれを見送った。
 ハインリヒは特に連絡を密に取り合ってきた同じノイエ・シュテルンのケーニッヒや地下を探ってきたアクィラ(あきら)、そして菅野に、復帰したイレブン、と揃った面子との共同作戦で、蜂起勢力を引き入れる準備を進めるところなのであった。何者かが敵地において食糧庫を襲撃した、との報も入り一瞬緊張がよぎったが、かえって黒羊軍の警備はそちらに気を取られるため事は運びやすくなるかもしれないとも思い直す。無論、味方なら合流したいが、このままいけば黒羊郷が内外より総崩れになるのも時間の問題だろう。ハインリヒはほくそえんだ。
「菅野殿より話は聞いた。時は熟しつつあるようだな。我ら教導団の水軍が東河を北上しすでに水上砦に迫り、更に、東の谷では鋼鉄の獅子がジャレイラを破ったそうだ。ジャレイラは戦死した、との報も流れている」
「ジャレイラが……」「……」
 イレブン、菅野はこの地の神とされた敵将の死に少々驚き言葉をなくす。
「……(高潔な剣士であったと聞く。手合わせ願いたかったところだが。死んじまってはな。)」
 ケーニッヒも今はそう思いを馳せるにとどめた。
 イレブンは、「……となれば、あとはラス・アル・ハマル。……」黒羊郷の教祖が最後の相手となろう。
「蜂起勢力も、力を蓄え時を待っているようだな」
 ハインリヒが言う。
「デゼル……!」
「いえ、実はデゼルさんの姿は僕が訪れたときには見えず、そのあとお留さん、あ……デイセラ留さんができる限りを集めに行くとのことでした」菅野がそのことをイレブンに伝えた。「デゼルさんの呼びかけに応えた者たちが、裏手の山に潜んでいるということなのです」
「そうか……!
 む、……むぅ。な、何かムズムズするぞ」
「どうした? イレブン」
 ケーニッヒが訝しげに問う。
「……マーラ……マーラ……」
「お、おい。イレブン……」
 そこへ、先のキャバ嬢の一人が駆け込んできた。
「何だ。どうした。入ってくるなと……何?」
 ハルモニアからの進攻軍が関所を抜いて、正面に到達した、との報が入ったという。
「そうか。先日の食糧庫襲撃は、もしやこれに呼応してのものであったか。
 まさに時が来たのだな。我々も……」
「おい。ハインリヒ。イレブンの様子がおかしいぞ」
「イレブンさん? イレブンさん?」
「……マーラ……マーラ……マーラ……マーラ……」
 
 
 
1-02 内地における動き

 敵地において頻発しだした食糧庫襲撃。ユウの言葉の中にあった、勇敢な先遣として向かった者たち……
 すなわち、高月 芳樹(たかつき・よしき)らの組である。「僕に、考えがあります。僕たちは一足先に黒羊郷の方面へ向かい、ゲリラ活動を行ってきます」――そう言って、パートナーらとたった四人、内地へ潜り込んだのであった。無論、この少数だからこそ潜り込めた。彼らはその後、
「間もなく、ユウさんたちの正面からの攻撃が始まるでしょう。僕たちは、何とか内部を撹乱せねば……さて。アメリア?」
 アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が前に出る。
「ええ。……敵連絡線遮断、物資集積所や補給のための輸送部隊襲撃。
 そう言ったけれど、他にも肝要なところがあるわね。
 現在の黒羊教による弾圧に対して反感を持つものは少なからず居る筈。そういった勢力を糾合してのゲリラ活動を行うこと」
 高月は頷いた。
「噂によると、かの騎狼部隊が黒羊郷の各地にて潜伏して機会を伺っているらしいとのこと。きっとハルモニア軍の進撃に合わせて蜂起できれば……!
 彼らとも連携を取れたらと思いますが、いずれは合流できるでしょう。その時こそ黒羊郷における最後の戦い、本城攻略戦になるはずです」
 どこに潜んでいるかは、わからない。勿論、見つからぬよう、周到に潜んでいるのだろう。
 だが、攻撃が始まれば、きっと彼らも呼応して動くことになる。そうなれば、きっと一緒なれる。高月はそう読んだ。そう、心に祈った。
「では、それまでは私たち四人で、できることをするしかない……そういうわけね」
 高月は再び、頷く。決意を込めて。
 そのあと、アメリアは、静かに言った。「……私たちはあくまでハルモニア軍の支援する影の存在。歴史に名を残す事無く、消え行く存在。ただ偶さか立ち寄った時の旅人というようなもの……」
 マリル・システルース(まりる・しすてるーす)伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が前に出る。彼女らも、高月たちと共に命を懸けてゲリラ活動に従事することを誓った。
 マリルはまず何をなすべきかについて、中でも食糧や物資集積所の襲撃を強く進言した。
「そしてとくに敵から奪った食糧については、近隣の村に配るようにしたいと思うのです。戦争が長く続いたせいで、黒羊軍により食料を徴発されたところもあるでしょう。反黒羊郷の勢力ならばとくに。子どもが多いところは苦労していることと思います。優先的に配ってあげたい……」
 そこにはマリルのそんな願いもあった。
 金烏玉兎集は、注意深く述べる。
「敵食糧は奪っても安易に食さない方が良いかもしれないですじゃ。こちらが奪うことを想定して毒を予め仕込む場合も有るやも知れぬ」
 マリルもそれに頷く。「村へ行く際にも、こちらの姿自体、できるだけ見られないようにしたいところですね。通報を恐れる意味も有りますが、こちらの姿を知られることにより、村人に迷惑がかかる可能性がありますから」
 まずは敵食糧基地の襲撃……。
「ただ気をつけるべきは、回数を重ねるごとにこちらの襲撃を警戒して、場合によっては伏兵を潜ませる可能性もあるですじゃ。たとえば、荷物等にも伏兵を仕込む可能性もある。殺気看破なり、ディテクトエビルで感知しないとな?
 それに毒を制するには毒を。
 わらわにも奇策ありですじゃ。ほほほ……」
 高月らは行動を開始した。
 とりわけ、金烏玉兎集の策――中国古典にして四大奇書の一つ『水滸伝』の挿話に倣い、集積所の役人達を毒酒にかけ食糧・物資を奪った。敵は、高月らのことを探し出すことはできなかった。
 黒羊軍はいよいよ内地に敵が入り込んできた、と慌てるが、幹部はこの時点では、事をそう大きくは見なかった。何故ならば、
「我々の物資の多くは、ここにはない。我々にはとっておきの貯蔵庫があるのだ。ふふ。
 襲撃を行っている者も、手法と行動範囲から察するに少数が潜り込んでいるのであろう。慌てるな。しっかり、正面の守備を固めておれい」
 高月らは追っ手を逃れ、奪った食糧を持って付近の村を目指すことになる。