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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 02

 やがて空に黒いカーテンが降り、星もちらちらと顔をのぞかせる。灯りは星ばかりではなく、提灯に電灯、オイルランプやイルミネーションの輝きもあった。地上の夜店もライトアップされ、夏の残り香を惜しむ夜が始まる。どこからともなくお囃子が聞こえたりして幻想的な雰囲気だ。
「さぁ、ねーさまっ! 早く早くっ♪」
 浴衣姿の久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、同じく浴衣を着た藍玉 美海(あいだま・みうみ)の手を引っ張って蒼空学園の門をくぐる。そこに広がるは、普段の学園敷地とはまるで違う光景……まさしく夏祭りなのだ。会場にはどんな店があるだろう? どんな出会いがあるだろう? どんな思い出ができるのだろう? 気が昂ぶって仕方がない。
「そんなに急がなくとも」
 という美海は、沙幸よりは落ち着いているようだ。
「ねーさまはワクワクしてないの?」
「そりゃあ、ワクワクしておりますわよ。可愛い女の子もたくさん来ているでしょうし……コホン、冗談ですわ……でも、縁日は逃げませんわよ?」
「違うもん、追わないと逃げちゃうんだもん。今日は遊び倒すんだもん♪」
 と言って太陽のように、沙幸は目を輝かせるのだった。輪投げに射的、金魚すくいやヨーヨー釣り……ねーさまと遊びたいものはたくさんある。
(「それにしても」)
 と美海は思う。
(「いくら残暑が続いているとはいえ、夜は風も涼しくなってきているはずですし、そのミニ丈の浴衣では少々肌寒く感じるんじゃありません?」)
 そう、沙幸の浴衣の丈は、平素のスカート同様、マイクロミニといっていい切り詰めたものになっているのだった。
 そのとき、はたと美海は気づく。
(「それともこれは……ひょっとするとわたくしを誘っていますのね?」)
 ちょっとでも沙幸が寒そうなそぶりを見せたら、抱きついて暖めてあげようと思う美海だった。

 ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)の軽食の屋台も暖簾を上げたところだ。
「よし、いよいよオープンだ!」
 彼はリーズ・マックイーン(りーず・まっくいーん)ユウガ・ミネギシ(ゆうが・みねぎし)にてきぱきと指示を出し、ニューヨークの街角にありそうなハウスサンドの屋台を作り上げていた。
「二人とも頼むぞ。たまには校長に良いところを見せておきたいからな」
 蒼空学園の屋台として成果を上げたいところだ。
「料理なんて久しぶりです……上手くできればいいのですが……」
 リーズは笑みを返した。自信があるとはいえないが、今日、こうやってジェイコブと働けることは純粋に嬉しい。
「心配するな、俺の言うとおりにやってくれれば何も問題はないから。ただ、熱い物を扱うから火傷には気を付けてくれ。あとは、お客さんに対する笑顔だけは忘れずに頼むな」
「はい」
 リーズの笑顔が増す。リーズは、ジェイコブに勇気づけられるのが好きだ。彼が「心配するな」と言ったとたんに、すべての不安が吹き飛ぶような気になるから。
「それからユウガ」
 ジェイコブは半人半虎の相棒を振り返り、雷のような声で告げる。
「ユウガへの指示は禁止条項ばかりだ! 一つ、女の人にちょっかい出さない。一つ、若い者と喧嘩しない。一つ、落ちてる物を食わない。一つ、勝手に買い食いしない。解ったか!!」
「ちくしょー、なんだその『○○しない』連呼はよ! そもそもなんでオレがこんな事をしなきゃいけねーんだよ……」
「おまえそのままだったらただのケダモノだろうが、こうやって文化を学んで立派な人になるんだよ」
「文化だとー!? 俺は会場でいい女を捕まえてからどこかに連れ込んで一緒に文化するほうがいいぜ」
「どんな文化だ! だからそういうの絶対禁止だからな! あと、お客さんには愛想良くするんだぞ」
「ガミガミうるせえな。まーやってやるよ、俺の文化っぷりに腰抜かすんじゃねえぞ、へっへ」
 なんだかんだ言いながらユウガも楽しげにテーブルと椅子を並べ、リーズとジェイコブは呼び込みを始めた。

 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がオープンしたのはたこ焼き屋の屋台だ。さすが定番だけあって評判がいい。真っ赤なのれん、そこに書かれた文字も気持ちよかった。
 メッセージはシンプルだ。すなわち、
『たこ大きいです!』
 この一言!
『たこ大きいです!』
 嘘偽りはない。本当に、採算度外視のざっくざくサイズで入っているのだ。
「いけるじゃねぇか、これ。食い甲斐があってよ」
 さっそく店を訪れたラルク・クローディスもカレンのたこ焼きには太鼓判を押すのである。
「ありがとう! なるべく作り置きをせずその場で焼いてるからね。喜んでもらえて嬉しいよっ!」
「焼き加減も絶妙だな。いい腕だ!」
 闘神の書も絶賛してくれるのだが、ここでカレンは恥ずかしげに言う。
「ありがとう……でも、実は僕が焼いたわけじゃないんだよ」
 カレンの視線の向こうには、調理台の裏で懸命に仕事するジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の姿があった。残暑厳しい夜ゆえただでさえ暑いというのに、それをものともせず強火にて、ガンガンたこ焼きを焼いているのである。
 すっと戻ってきたカレンが、
「大丈夫、ジュレ? 疲れたらボクが替わるけど」
「構わぬ。開店前にカレンが試し焼きをしたら、生焼けだの形グズグズだの、まともにできたものが一つもなかったではないか。タコの切り方もバラバラで、とてもではないが売り物にならぬわ。我のことは気にせずとも良い、カレンは接客に専念せい」
「けどさ〜。いくら機晶姫でも暑いよね? ここでの連続作業は〜」
「気にするなと言っておる!」
 きっぱりと断じて、ジュレールは胸を反らせて命じた。
「我のことを少しでも気にするのであれば、その笑顔で一パックでも多く、熱いうちに売ってくるがよいのじゃ。冷めてしまってはせっかくの努力も無駄になるゆえのう。我は我の得意なことに専念する。カレンはカレンで得意分野に邁進せい」
 根が真面目なジュレールである。会話しながらも作業する手を止めない。このとき、カレンはイタズラっぽい笑みを浮かべて、
「ボクの得意分野? ……ってことはつまり、ボクの笑顔はとても良いってことだね? ジュレ、もしかして褒めてくれたの?」
「ばっ……馬鹿な勘違いをするでない! とっとと売ってこい!」
「なんというツンデレ〜」
 あははと声を上げながら、カレンは新たに焼けたパックを受け取り、声を上げて売り子に行くのだった。
「たこ焼きいかが? たこ大きいです! 一パック八個だけど特別増量版もあるよー。そこのキミ、食べていかない? 席なら十分あるからっ」

 たこ焼きのように小麦粉から作られる屋台料理を通称『粉もん』と総称するのだが、その粉もんを総合的に扱うのが和原 樹(なぎはら・いつき)の屋台だ。この店の名物は箸巻き、ごく薄く焼いたお好み焼きを割り箸にくるくると巻いてソース味で食べるという一品である。西日本の屋台ではよく見かけるが、このあたりでは珍しいらしくよく質問にあっていた。
 今も樹は屋台から首だけ出して、お客の問いに答えている。
「もちろん箸巻きだけじゃなくて、普通のお好み焼きもあるけどどうする? 変わり種として、うずらの目玉焼き、焼きそばライスバー入りも選べるよ。ライスバーはバター&ガーリック味ね」
 答えながらせっせと焼いている。じゅうじゅう熱い鉄板の上、焼けゆくお好み焼き、返しを使って手際よく裏返す。
「ありがとう、目玉焼き入りね。半熟と固焼きも選べるよ。マヨネーズたっぷり? おっと」
 手元のマヨネーズ入れが空だ。タオルで額の汗をぬぐいつつ樹は声を上げた。
「ショコラちゃん、マヨネーズ新しいの取って!」
「待っててね、樹兄さん」
 言葉少ないながら行動の素早いのがショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)、下ごしらえの調理台から離れ、材料入れを探ってマヨネーズのボトルを取り出す。彼女のいる場所は、鉄板周辺と違ってひんやりと涼しい。細かなところまで気の届くショコラッテが、材料が痛まぬよう氷術で周辺の気温を下げているためである。
「どいてね、セーフェル」
 途上にいたセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)に、淡々と一言告げて場所を空けさせた。
 接客担当だったセーフェルが、いつの間にかバックにいるのはなぜだろう。それには理由があった。
「丁度良かった。ショコラッテ、私の杖を知りませんか? そこに置いてあったのがなくなってしまって……」
「のれん」
「え?」
「のれん、かけておく棒が古くて折れてしまったから使わせてもらったの」
 ショコラッテは端的に述べてさっさと行ってしまう。セーフェルは店の正面に回って、彼女の言葉が真実であることを確認するのだった。
「……私の杖が」
 セーフェルは本来の姿(権杖)に戻っているときも時々ショコラッテに物干し竿代わりにされているが、人間の姿を取っているときも彼女の彼への扱いは変わらないようである。色々な意味で。
「セーフェルーっ、接客係〜! どこ行ったんだ−!」
 焼きそばを炒めながら、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が呼ぶ声が聞こえる。いつの間にかどっと客が増えて行列になっているではないか。この忙しさでは樹もフォルクスも共に、焼きながらの接客は難しい。
「ただいま参りますよ。お待ちあれ、マスター……フォルクスも」
 ちらりと杖を見上げセーフェルは行列に向かった。小さな女の子の前に屈んで商品の説明を行う。
「いらっしゃいませ。箸巻きというのは……」
 セーフェルの丁寧な接客は好感度が高い。店の繁盛の原動力となることだろう。