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リアクション
■第31章 遭遇(2)
一見、コントラクターたちが優勢に見えた。
しかしやがてはメイベルたちの魔法攻撃も見切られ、なかなか当たらなくなった。次々と上がる龍の咆哮がメイベルたちやフレデリカの魔法攻撃を弱めたせいで、当たったとしても、アイスプロテクトやファイアプロテクトで氷術や火術はいなされてしまう。
彼らはいったん距離をとって体勢の立て直しを図ろうとしているようだったが、先々にワイバーンが回り込み、ランスやハルバードで立ちふさがった。
飛空艇よりワイバーンの方がはるかに機動力が上。
そうと知るエヴァルトは、早々に飛空艇を乗り捨てていた。
ワイバーンへ飛び移るや後の先で攻撃を流し、背後をとってすばやく相手の首を折る。極力同じワイバーンには留まらず、軽身功、神速を用いて近場のワイバーンへと飛び移る。なければ、空飛ぶ魔法↑↑を使う。
「はあっっ!」
胸を狙って突き出されたランスを反対に掴み、奪い取って相手の胸に突き刺したとき。
「きゃーっ!」
ついにメイベルやそのパートナーの飛空艇が一箇所に追い込まれ、チェインスマイトを同時に受けて墜落していくのが見えた。
混戦となっては、圧倒的な数の差はいかんともしがたい。
宮殿用飛行翼を使用して戦っているカイ、空飛ぶ魔法↑↑を使用しているフレデリカ。ワイバーンの動きについていけているのはこの2人ぐらいのものだ。ヴァルもまた、エヴァルトと同じくワイバーンを足場とする戦法をとっていたが、それと知ったドラゴンライダーたちが互いに距離をとったせいで次のワイバーンに飛び移ることができないでいるところを5人のドラゴンライダーに襲撃され、ワイバーンごと墜落してしまった。
ドラゴンライダーたちはネルガルの指示を受け、数名で1人を同時攻撃する戦法に出――それは味方が攻撃されていても襲撃するという非情さで――次に淳二を、戦っている味方のドラゴンライダーごと貫いて地上へ突き落とした。
「長原くん!!」
ハルバードに脇腹を貫かれ、落ちていく淳二を追って、フレデリカが降下する。ギリギリ、気絶した彼の体が地表に叩きつけられる前に掴むことには成功したが、持ち上げるには加速がつきすぎていた。
「ああっ…!」
淳二に引きずられ、2人して地面に激突し、もつれ合ってごろごろ転がる。
衝撃のあまり気を失って動かなくなった2人を見下ろし、エヴァルトは覚悟を決めた。
空飛ぶ魔法↑↑が尽きれば自分もああなるのは分かりきっている。いや、尽きるどころか……もはや10対1に近い勢力差だ。各個撃破は避けられない。
周囲のドラゴンライダーたちに目を走らせた。彼らはワイバーンに炎を吐かせ、今度は8人がかりでカイを囲い込もうとしている。
次は間違いなく自分だ。
(そうなる前に、いっそ…)
「ネルガーーール!!」
猛々しく声を上げ、龍の波動を発動させたエヴァルトはワイバーンを蹴ってネルガルへと一直線に向かった。
司令官をやることで、一発逆転を狙うしかない。
それは、カイと攻撃が二分されている今を置いてほかになかった。
ワイバーンにまたがり泰然と待ち受けるネルガルの体には、パワーブレスの聖なる光が流動している。
その皮肉さが、エヴァルトの口元を歪ませた。
「まったく、そんな悪人面でよく神官になれたものだ! その処世術、ぜひとも伝授してはくれんかね! 俺も悪人面だしな!」
ふてぶてしい物言いで、余裕を装う。
前に立ちふさがるドラゴンライダーたちを神速を用いた力技で確実に仕留めながら肉薄するエヴァルトに、ネルガルは薄嗤いを浮かべた。
「教えてやったとて、努力する者とも思えぬがな。短見な愚民の迷いに導きを与えるも神官の務め。うぬにはもっと確実で良い方法を教えてやろう。
今すぐ死ね。それだけ新しい己に生まれ変わる時間が短縮できるぞ」
ネルガルの手から放たれたバニッシュが、エヴァルトを襲う。
「おっと!」
ワイバーンの首をはね、向かってきた白い光をしゃがみ込んでかわす。死んだワイバーンを蹴り、宙に躍り出た。
「ほう……やるな。ジョークが分かる奴は嫌いじゃない!」
「冗談ではない。余からの慈悲だ。たしかにうぬは貧しい面をしておるからな」
「なんだと!?」
気分を害したと肩をいからせるエヴァルトに向かい、ネルガルはバニッシュを次々と放った。
「こんなもの!」
疾風の覇気とレッドラインシールド、そして肉体の完成で受けるか、あるいは避けて流す。連発するために出力を絞ったバニッシュが相手だからできたことだ。
「終わりだ」
嗤うネルガル。
自身をおとりとし、バニッシュで足止めしている間に、エヴァルトの周囲には十数人によるドラゴンライダーの包囲が完成していた。
「あっ、待て!!」
ネルガルの乗るワイバーンが、急上昇を始める。
同時に、周囲を埋めたドラゴンライダーからいっせいにランスが投げつけられた。
「くそっ!」
すり抜けられる隙間もない。下に逃げるか? いや、飛速は向こうが完全に上だ。数本受ける覚悟で横に逃げるしかない。
瞬時の判断で右に逃げたエヴァルトを、そうと読んだドラゴンライダーの龍顎咬が待ち受けていた。
龍顎咬に腕を噛みちぎられるか、降るランスに貫かれるか。
「くそったれが!」
悪態とともに突っ込んでいったエヴァルトの前、ヘルファイアの暗い炎が下からドラゴンライダーを焼き焦がした。
一矢報いたとばかりにニヤリと笑いながら、血まみれのカイが墜落していく。
「カイ!! ――ちくしょう!!」
(……?)
義憤に震えるエヴァルトの後方――かなり距離があったため、はっきりとは分からなかったが――通りすぎた飛空艇らしきものを見て、ネルガルは目を眇めた。
「あれは……まさか」
その隙をついて、飛来する影あり。
魔鎧戦闘舞踊服 朔望(せんとうぶようふく・さくぼう)をまとった赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が放ったサイドワインダーである。
彼は、コントラクターたちの猛襲にドラゴンライダーたちの意識が集中し、ネルガルの周囲が手数になるのを上空でずっと待っていたのだ。
たとえ仲間が危機に陥ろうとも、じっと動かず、必ず彼らが作り出してくれるに違いない好機の訪れを待っていた。
「むぅ!」
ネルガルは左右から迫る銃弾にバニッシュを放つ。本来の銃弾が相手であればできない行為だ。弧を描き、左右からの同時着弾となる技であるがゆえの欠点だった。だがすでにそれを見越していた霜月からは、第二、第三のサイドワインダーが放たれており、そのうちの1発がネルガルの左肩を背後から貫いた。
「ネルガル様!!」
襲撃に気づいたドラゴンライダーたちがあわててワイバーンを旋回させる。
「うろたえるな!」
肩を押さえ、一喝するネルガル。
「このような小技でどうにかなる余ではないわ。それよりも、うぬらはそやつを確実に仕留めろ!」
「……ちっ。読まれてたか」
ワイバーンの下にもぐり込んでいたエヴァルトの手が、ドラゴンライダーの足を引っ張って引きずり下ろす。落ちていくドラゴンライダーの代わりにワイバーンに飛び乗ったエヴァルトは、ワイバーンに炎を吐かせた。
「うわああっ!!」
「おらよ!」
強引に首を振らせ、けん制をかける。
「まだまだだ!! 俺様もいるぞ!」
ワイルドペガサスに乗ったヴァルが、下から駆け上がってきてその横についた。
「――勝敗は決したというのに、往生際の悪い者たちめ」
圧倒的な数のドラゴンライダーに、たった2人で向かっていくヴァルたちを見下ろし、見苦しいと言わんばかりにネルガルはつぶやいた。
「勝敗よりも大切なものがあるのを知らないのですか?」
霜月はすらりと狐月を抜いた。感情を排した静かな――それでいて無情な目が、ひたとネルガルを見据える。
歴戦の戦士の目。
ネルガルは、己の肩を撃ち抜いた若者を振り返った。
「たとえば?」
「仲間です」
「自己犠牲というわけか? ただの自己満足、自画自賛の陶酔でしかない。そんなものは敗者の幻想にすぎぬ」
「幻想?」
「うぬらは自分が役に立ったと思いたいだけだ。だが真実は違う。現実はもっと非情であるという事実から、うぬらは目をそむけ、耳をふさいでいるにすぎんのだ。己が無力であることを認めたくないばかりにな。
仲間がそんなに大事か? なるほど、たしかにあの者たちはそうした戦い方をしておった。互いに庇い合い、不足を補って戦っておったな。しかしその甘さがこの結果を招いたのだ。仲間を見捨てられぬから、結局は自分の足を引っ張られた。
余に手傷を負わせられたのは、その甘さを排したうぬだけではないか」
とうとうと語るネルガルの後ろで、ヴァルがエヴァルトを庇って龍顎咬を受け、墜落していくのが見えた。エヴァルトもまた、自分の身代わりとなって落ちたヴァルに目を奪われている隙をつかれ、ドラゴンライダーの一斉攻撃を受けてしまう。
振り切られた数本のハルバードが、彼の体を朱に染める。エヴァルトは声もなく、全身から血を吹き出してまっすぐ落ちていった。
「…………」
(霜月……霜月、駄目です…)
朔望は魔鎧となって霜月にはりついたまま、胸の中で祈るように両手を握りしめた。
認めるのはいやだったけれど、霜月が怖かった。
メラムでの惨劇から、霜月の中の何かが欠けてしまった気がする。少しずつ、少しずつ、バランスが崩れて、今ではもうはっきりと、水平を保てなくなっているのが分かった。
(以前はこんな戦い方、する人じゃなかったのに)
けがを負い、次々と墜落していく仲間をまばたきひとつせず見下ろしていた霜月に、朔望は肌があわ立つ思いだった。はっきり言えば、ぞっとした。
冷厳? …………冷酷?
そんな言葉を霜月に対して思い浮かべるなんて。朔望はおびえた。けれど、これは自分のせいでもあるのだ。最初から一番近くで見てきたのに。そんなはずはないと目をつぶり、そむけたせいで、とうとうこんな事態になってしまった。
「たしかにあなたの部下は、仲間を犠牲にしても確実に敵を仕留めていましたね。仲間ごと貫き、切り裂き、炎で焼き殺そうとしていた」
「皆、覚悟の上だ。分かるか? この違いが。それはうぬらの用いる仲間のための自己犠牲という生ぬるいものではないのだ」
「勝利が何よりも優先すると? 自身よりも、仲間の命よりも」
「何事も、まずは勝たねば始まらぬ。何を主張しようともな」
ぎゅっ、と霜月の手がこぶしを作った。狐月を握る手の力が強まる。
(どうしたらいい? みんな。どうしたら以前の霜月に戻ってもらえる?)
ぎゅっと目をつぶって、クコや……家族の姿を思い浮かべる。だけどみんな、ここにはいない。ここにいるのは朔望だけだ。自分がどうにかするしかない。
朔望が思い悩んでいることも知らず、霜月は櫟の背を蹴った。
下のネルガルに向かい、まっすぐ狐月を立てる。
「きさまのような者がいるから、自分は…!」
ネルガルの両手が伸びた。その手には、いつの間にか黒水晶が握られている。
「駄目!! 霜月!!」
朔望は魔鎧化を解き、霜月にしがみついた。
その背を、黒水晶から放たれた力が割る。
「!? さく――」
「……駄目、です、霜月…。霜月は、あいつらとは違う……あいつらと同じになんか、ならなくていいんです…。それが、みんなのためであっても。
……ね? 霜月……自分たちは、もっと大切なもの、知ってるでしょ…?」
「朔望…」
痛みに耐えかね、気を失った腕の中の朔望とともに、霜月はまっさかさまに落ちて行った。朔望を抱きしめながら…。
はるか下、レッサーワイバーンの櫟が彼らを受け止めるのが見えた。
「ネルガル様、ご無事ですか」
生き残ったドラゴンライダーたちが周囲を埋める。上昇してくる者がいないか、魔法は飛んでこないか、油断なく下方に目を配している彼らをざっと見回し、ネルガルは肩から手をはずした。
撃ち抜かれた肩は、ヒールによって跡形もなく癒されていた。服にあいた穴と数箇所の血のにじみが、わずかにその痕跡をとどめるのみだ。
「これだけか?」
「今、地上に落ちた者を見に行かせています。ワイバーンを下敷きにすることで若干、助かった者がいる様子です」
「あとで拾いに来させろ。今は捨ておけ」
ワイバーンがなければ、どのみち随伴は不可能だ。
それよりも気にかかることがある。
「隊をまとめろ。即刻空挺部隊に連絡をとり、全部隊を集結させておけ」
「ははッ」
(――先ほど通り過ぎた飛空艇……あれに乗っておったのは、まさかバァルか…?)
北カナンへ向かったシャンバラのコントラクターどもとバァル――――これは偶然か?
(東カナンが、余を裏切った? まさか。あり得ぬことだ。他の2人と違い、バァルは絶対に余を裏切れぬのだから)
だが、それならこれは何と読む?
東カナンに配した神聖都の砦からの連絡は一切なかった。砦の兵に知られずに北カナンへ進軍できるはずはない。つまりは、既にあそこも東西シャンバラ人どもの手に落ちたということ。
「――何かが起こっておるのだ、何かが。余の知らぬうちに…。――ええい」
奥歯をきしらせ、ネルガルはワイバーンを北に旋回させた。
「ネルガル様?」
「ついて来れる者だけついて来い! キシュへ急ぐぞ!」
巨大なワイバーンは王者のごとき猛き咆哮を上げ、フルスピードでまっすぐキシュを目指した。
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