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リアクション
■第34章 陽動(3)
ついにアバドンを追い込んだ。
神官戦士を相手の戦闘はまだ続いていたが、すでに雌雄は決している。
「さあ、おとなしく捕まってもらおうか」
クレーメックが、かたちばかりの手を差し伸べて一歩前に出た。
「くっ…!」
アバドンを庇うように前に出た神官がバニッシュを放つ。かなり乱発したあとらしく、光は弱々しい。
島本 優子(しまもと・ゆうこ)のオートバリア、オートガードがかかった状態でそんなもの、いかほどのものか。クレーメックはやすやすとはじき飛ばした。
バニッシュを放つのを見た瞬間、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)が放ったコクマーの矢が神官の眉間を貫く。神官は即死し、地に倒れた。
「あくまで抵抗するというならこちらも容赦しない」
「待って、ジーベック」
島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が横に並んだ。
「聞きたいことがあるの。
アバドン、あなたは一体何者ですか? 私には、あなたが単なるカナンの神官だとは思えません。もしかして、カナンを混乱させて力を殺ぎ落とすために送り込まれた、エリュシオン帝国の手の者では? だとしたら、カナンの民に対して、かくも無慈悲な態度がとれるのも肯けます」
「――答える必要があるのかしら? あなたはもう自分で結論を出しているというのに。
私はネルガル様に仕える神官の1人にすぎませんが、そう思いたければそう思えばいいでしょう」
「あなたが神官ですって?」
フン、と優子が鼻で笑う。
「神官が自分の信仰している神を簡単に裏切るなんて、普通では考えられないわ。あなた、一体彼らに何をしたのッ!?」
「考えられないというのはあなたの思い込みでしょう? 彼らは選択しただけ。イナンナよりもネルガル様の方がはるかに自分たちの王にふさわしいと。あなたが認められなくとも、それが真実なのです」
アバドンは静かに、淡々と答えた。その声には優越がふんだんに含まれており、とても追い込まれた側の者とは思えない。
捕虜となるだけで殺されることはないと踏んでいるのか? それとも……まだ何か考えがあるのか?
警戒を強めるゴットリープを知ってか知らずか、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)がのんきに肩をすくめて見せる。
「あーあー、つくづくもったいないねぇ…。こーんな美人がそんな辛気臭い神官の格好なんかして、ネルガルみたいなむさいオッサンの傍にはべってるなんてさ。
なあ、アンタ、一体、あんな白髪ジジイのどこがいいワケ?」
オレもあんな頭にしたらアンタ、オレの好きにさせてくれる?
「ちょっとハインリヒ、こんなときにまでナンパする気なの? しかも、相手はネルガルの右腕でしょッ!? 敵なのよ? あれは敵!!
まったく、あなたって人は、どうして、いつもいつも…」
にししししっ、と好色げに笑うハインリヒを横に見て、クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)は絶句した。それ以上言葉が続けられない。
「コイツのバカはいつもの事じゃない。いい加減に学習しなさいよ」
天津 亜衣(あまつ・あい)は腕を組み、どちらかというとハインリヒよりヴァリアにあきれているようだ。
彼女たちの前、アバドンはフードを下ろしてその顔を見せた。
袖から黒水晶を出し、見入る。何か仕掛ける気だ。
「ネルガル様の高邁な理念を理解できないそちらこそ、己の浅はかさを恥じなさい」
「おー、すっげー美女っ!!」
でも残念、とディフェンスシフトを発動させる。念のため、ファランクス、エンデュアも発動させておいた。亜衣の言う通りというわけじゃないが、敵をからかうのは時として命がけだ。
「亜衣、ヴァリア」
「はいはい」
ヴァリアがギャザリングヘクスで強化された火術、雷術、氷術をアバドンに撃ち込み、これを防御させている間に亜衣が間合いへ走り込む。
「くらえっ!」
ライトニングランスを至近距離から叩き込もうとしたときだった。
「愚かな!」
嘲笑が響き渡った。
エンドレス・ナイトメアが上空から亜衣を直撃する。
「きゃあああっっ」
吹き飛ばされ、横の岩壁に叩きつけられる。
「亜衣!!」
後頭部を強打し、がくりと首を落とした亜衣に、ハインリヒがあせってその名を呼ぶ。しかし亜衣は気を失ってしまったらしく、一切の反応を見せなかった。
「注意力散漫ね」
地獄の天使を解除したメニエスがミストラルとともに地上に降り立った。
「てめェ…!」
「ああ、暑苦しい。どうせなら外側も燃えたらどう?」
最大火力のファイアストームが、間髪入れず彼らに襲いかかる。
優子がすかさずオートバリアを強化した。クレーメックたちを包むオートバリアの輝きが増し、これを防いでいる間に、本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)が仕掛けた。
「ネルガルの背後にはエリュシオン帝国がいるのよ! あんたたちはそれを理解した上で、彼らに協力してるの?
だとしたら、その行為は明白なシャンバラへの裏切りだわ! 所属学校に連絡して厳しい処断を求める事になるから、覚悟しておきなさい!」
鬼眼でメニエスを見据えると、リカーブボウを射る。
「いまさら?」
せせら笑うメニエスは、次の瞬間めまいを感じた。
この感覚には覚えがある。しびれ粉だ。
いつの間に……そう考えた間隙を狙って、ブラインドナイブスで放たれた矢が死角をついた。
「させません」
ミストラルが自分の腕を盾とし、メニエスに刺さるのを防ぐ。
「一気に行くぞ!」
「おうっ!!」
襲撃前に定めていた通り、前衛群が突っ込んだ。
「自分はマーゼン・クロッシュナー、ジャスティシアだ。君の行為は、カナン人への敵対行為であるのみならず、カナンの国家神たるイナンナを助けよ、とのシャンバラ王国とアイシャ女王のご意志への反逆でもある!」
マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は猛然と警告を発しながらメニエスに向かって行く。
「そんなこと、聞いたこともないわね!」
メニエスはせせら笑った。
「シャンバラ王国の法と秩序の執行人、ジャスティシアの名において命じる。ただちに抵抗を止めなさい! これに従わない場合、武力をもって抵抗を排除した後、所属学校に連絡して厳正な処分を求める!」
泡沫にもならないくだらないことを、延々と。
伸びたメニエスの手から、エンドレス・ナイトメアがほとばしった。
「イナンナへの信仰を棄てて、ネルガルに媚びへつらう背教者ども! おまえたちに神官を名乗る資格などありはせん! 女神に代わって、このわしが神罰を与えてやろう!」
天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)は達人の剣を手に神官たちへ迫った。バニッシュを打たれる前にバーストダッシュで一気に間合いへ飛び込み、スタンクラッシュで瞬殺する。
彼女を狙う神官戦士たちは、ゴットリープがスナイプつきの矢でことごとく射抜いた。
「イナンナに頼らず、自分達の意志でカナンを動かす……確かに立派なお題目です。でもあなたたちが現実にやってる事は何ですか? 封印したイナンナの力で砂を降らせ、反対者を石化刑にして、その恐怖で民を従わせる。つまりイナンナの力を支配に利用しているじゃないですか?
あなたたちは、口先では「国家神など不要だ」と唱えながら、結局女神の力に頼っている。そもそもカナンの大地は国家神であるイナンナの肉体そのもの、カナンに生きる者でイナンナの加護を享けていない者など存在しません。
本当にイナンナには頼らないというなら、カナンを離れ、異郷の地に移住しなければならないんじゃないですか?」
最後、皮肉げに素っ気なくつけ足す彼を見て、アバドンは言った。
「そういうあなたたちはどうなのです? いきなり現れ、他国の者でありながらこの国に干渉しようとする、その傲慢さは。何をもって、あなた方は自身を正義とみなすのですか? 最初に助力を請われたから? 後先ですか? それとも弱者だから?
己に驕った、盲目の愚か者たち。ネルガル様のお気持ちも察することができないとは。
そちらの方こそ、カナンの争いに首を突っ込むのではなく、自国、いえご自分の学校の出世争いでもやっていなさい!」
闇術が放たれ、暗黒の気がゴットリープを襲う。
「ゴットリープ! ――おのれ!」
幻舟がバーストダッシュですれ違いざま繰り出したソニックブレードは、しかし上空から飛来し、間に割って入ったバルトによって防がれた。
「きさま!?」
巨躯でありながらそのすばやい動きに、驚きに目を瞠った幻舟に向かい、お返しとばかりに疾風突き、乱撃ソニックブレードを放つ。ヘビーアームズにさらに金剛力を上乗せされたその技は、小さな幻舟の体など軽く吹き飛ばし、剣を砕いた。
その後、一番近くにいる麗子へと向かっていく。
「麗子!」
防御を固めたハインリヒが麗子を庇うべくその前に走り込んだ。
「遅くなりました、アバドン様」
地獄の天使を解除して、雄軒がアバドンの横についた。
「やはりこれは陽動でした。われらをここへ足止めするのが目的。別働隊がキシュへ向かっている可能性が考えられます。ここにとどまっても意味はありません。われわれはキシュへ向かうべきです」
「キシュの守りをあなどってはなりません。
しかし…………そうですね、これだけ時間を与えてあげればもう十分でしょう…」
最後、だれにも聞こえない声でつぶやいたつもりなのだろう。しかし雄軒は耳聡く、その言葉を拾っていた。
(――やはり敵襲を待っていたということか)
そちらを見るような愚かな真似はしない。一切の反応を見せず、雄軒は前方の敵に対し、ファイアストームを撃ち込んだ。
アバドンの両手が肩の向こうに回り、まるで髪を広げるようなしぐさをする。
その背に、地獄の天使が展開した。
「あっ、あれ見て!!」
ワイバーンの始末を終えて駆けつけた美悠がアバドンを指差す。
「なによ? ワイバーン関係ないじゃない! このばか!!」
「地獄の天使を持ってるなんて、だれが知ってたって言うんだよ? 我ァ知らなかったぞ!?」
ケーニッヒも負けじと言葉で噛みつく。
「……くそっ!!」
両横についたメニエス、雄軒ともども飛び立とうとするアバドンを狙って、マーゼンがライトニングランスを撃ち込もうとする。しかしそれもまた、間に入ったバルトが阻んだ。
舞い上がった上空から、メニエスは地上の者に対して置き土産のようにたわむれにエンドレス・ナイトメアを打ち込む。
そうして彼らは戦場を離脱して行ったのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
後ろを振り返り、振り返り、神官戦士たちは走っていた。
切れた息。鎧が胸を圧迫し、うまく息ができない。足元がよろける。
敗走だった。
完璧な敗北。200名はいたはずの仲間はほとんどやられてしまった。アバドンが飛んでいくのを見て、戦うことを放棄し、散り散りになった仲間もどのくらい助かっているのか……もしかすると、自分たちだけかもしれない。
岩陰から岩陰へ。
背後だけでなく、上空も気にしながら、ひたすらキシュを目指して走る。
キシュにたどりつければ……せめて、その領域へ入れば。
もしかしたら巡回中の地上部隊か空挺部隊に気づいてもらえるかもしれない。……もしかしたら。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ふと、後ろを振り返って、仲間の数が少ないことに気づいた。
ついて来れなかったのかもしれない。途中で斃れたのかも。
助けに戻る余裕はない。あとで……助かったあとで……報告して……救助を…。
「! ――うわっっ」
何者かに肩を掴まれ、岩陰に引き込まれた。
直後、全身に重い鎖がジャラジャラと巻きついたような感じが起きる。
口をふさいだ手は白く、細く――そして冷たい。
「今度は、あなたの番」
「……うーっ……うーっ」
前を走り抜けて行く仲間に気づいてもらおうとしたが、腕はぴったり体の脇についたまま、持ち上がらなかった。
自分は闇の中で。
光はあんなにも遠い…。
「ふふっ。存分に楽しみましょう、死の恐怖を」
なぜならそれは、生きているってことだから。
もっと生きたいと願っている自分を、一番感じられる瞬間だから。
「でも残念。あなたに割ける時間はあと数秒なんです」
正面に回り、恐怖のあまり口がきけなくなっている彼にほおずりをして、ほうっと耳元でため息をつく。
「今日は、ほかにもたくさん、この生きるすばらしさを感じたがっている人がいるから」
ごめんなさいね。
レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)はとても申し訳なさそうにささやいて。
兵士の胸をとんと突いて距離をとると、すばやくサイス・オブ・ノワールで喉を切った。
切断はしない。そんなことをすれば即死してしまうから。
ぱっくりと割れた喉に手をやり、断末魔の声も出せず死んでいく兵士を見下ろす。
「ね? 生きるって本当にすばらしいでしょう?」
ぴくぴく痙攣している体を残し、レイナは岩陰から出た。
光学迷彩とベルフラマントを腕にかけ、次の敗残兵を物色しようとする。
そこに、ようやくウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が追いついた。
「ま……待っ……待て…」
うう、脇腹が痛い。
「あら、ウルさん。どうしたんです?」
「……どう、したも……ないっ」
ぜいぜい、はーはー。膝に両手をつき、必死に酸素を取り込もうとする。
趣味にあかせ、ずーっと敗残兵の掃討をしている2人だった。
しかしレイナには光る箒があって、片付けるたびに別の方角へ逃げた兵を捜して追うことができるが、自分の足しか移動手段のないウルフィオナには、これは結構な運動である。倒しては次へ、倒しては次へ。レイナを追って、岩山中を長距離フルマラソン。
最初のうちは「ひとっ走りがんばっかねっ!」とか軽い気持ちでやっていたのだが、これがかなりキツイ。
「も……体力が……尽…」
今にもその場にバタンキューしそうなウルフィオナを見て、レイナは、んー? と考えた。
兵士たちを殺すのと、ウルフィオナを介抱するのと。
さあどちら?
「――ウルさん、ごめんなさい」
「……ほえ?」
「ワタシを待っている人たちが、まだあんなにいるんです。彼らにはワタシが必要なのよ」
たらったらったー♪
光学迷彩とベルフラマントをまとい、姿を消したレイナ。ウルフィオナに感じ取れるのは、地を蹴るかすかな足音だけだ。しかも軽やかに遠ざかっていく。彼女を岩山のどこともしれない場所に置き去りにすることに、まるでためらいがない。
「ちくしょおっ」
がばっと顔を上げ、ウルフィオナはわずかに回復した残り少ない体力で、再び走り出した。
「待て、レイナ! あたしにもちったあ残しておけっっ!!」
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