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リアクション
■第33章 陽動(2)
「煙幕が晴れてきたわね」
迷彩塗装を施したヴォルケーノの上で、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がつぶやいた。
乳白色だった地上が黄色みを帯び、人の頭が見え始める。
反乱軍、神官戦士、神官……その位置を把握しておいてから、やおらローザマリアはヴォルケーノを下に向けた。
狙いは馬車だ。中に人がいるわけはないが、破壊すれば周囲にかなりのダメージを与えることができる。
突撃する彼女に気づいて、神官戦士たちが指差した。神官がバニッシュを放ってくる。ヴォルケーノを操り、それをかわして馬車にミサイルを打ち込んだ。
「うわあっ!」
爆発は周囲の神官戦士を吹き飛ばし、その体を破片で切り刻む。吹き上がる黒煙で機体を隠し、ローザマリアは旋回して再度地上を見た。
(やっぱり攻撃魔法が使える神官が厄介ね)
先に片付けておいた方がいい。
狙撃銃型光条兵器で神官の1人に狙いをつける。
だがいきなり闇に横殴りされ、ローザマリアはよろめいた。
「……くっ」
まともにくらってしまった。
激しい苦痛を感じながらも、きりもみしかけた機体をなんとか立て直して離脱する。揺れる視界に、こちらを見上げるアバドンの姿が入った。
同時に、神官を狙いに行ったグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の姿も。
「駄目、ローザ……気づかれてる…」
大声で叫んだつもりだったが、喉に力が入らなかった。
グロリアーナもローザマリアがやられたのを見ていた。だがいちかばちかの賭けに出たのだ。
レッサーワイバーンを駆り、アバドンに向け、炎を吐かせる。彼女がそれを防いでいる間に神官を討って離脱する。
自らに向かってくる炎を、アバドンは風を操って散らした。
「いまだ!」
レッサーワイバーンの上からすれ違いざま疾風突きを叩きこもうとしたグロリアーナを、しかし次の瞬間サイドワインダーで撃ち出された2本の矢が襲った。
「……あ…っ…!」
「ライザ…!!」
背中に突き刺さった2本の矢に押され、グロリアーナはレッサーワイバーンから落下した。
「ご無事でしたか、アバドン様」
雄軒が鬼払いの弓を手に駆けつけた。
アバドンは答えず、ただ頷く。
「……うう…」
地面に伏せたグロリアーナが呻き声をあげる。
「おや、まだ生きている。とどめを刺してあげるのが慈悲というものでしょうね」
雄軒の弓が持ち上がる。
そこに、怒りに燃えた目をしたローザマリアが割って入った。
「あなたこそ死ねばいい…!」
対イコン用爆弾弓。こんなものを近距離でくらえば人間の体などひとたまりもない。
「ちィっ!!」
歴戦の防御術を発動。地獄の天使で空に舞い上がり、回避を試みる。実際、危ういところで直撃を避けることができたのだが。
「ダンナ! そりゃサイコキネシスつきだぜ!!」
下のドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)が叫んだ。
振り返ると、矢は変則的な軌道を描き、ターンをして雄軒を追ってきていた。
「距離があけば、こんなものは恐れるに足りません」
紅の魔眼、封印解凍で威力を高めた弓から矢を放ち、爆発させる。
だがその隙に、ローザマリアもグロリアーナも姿を消していた。
もともと雄軒の目的は彼女たちではない。「消えましたか」そのひと言で終わらせると、雄軒は再びアバドンのそばに戻った。
「アバドン様、これだけの数のコントラクターを相手にするには戦力不足です! どうかこのときだけで結構です、パートナーの石化を解いていただけませんか!?」
アバドンは煙幕の晴れた台地を見ていた。
反乱軍兵士はメニエスがエンドレス・ナイトメアとファイアストームでほぼ片付けていたが、神官戦士もまた、半数近くがやられていた。ワイバーンもすでに6頭のうち4頭がやられている。
「うわあああああぁぁぁああぁあっ」
今また1人、地上から銃撃されたドラゴンライダーがすぐ近くに墜落してきたのを見て、アバドンは不承不承といった様子で黒水晶を取り出した。
「……分かりました。ただし、戦闘が終われば再び石化しますよ?」
「構いません!」
アバドンの黒水晶を持つ手が、全壊した馬車の方を向いた。
ヴォルケーノにミサイルを撃ち込まれた馬車は燃え上がり、中の物は飛び散っていたが、3体の石像には傷ひとつついていない。刻が止まっているからだ。そこには「壊れる」という概念も存在しない。
石化のときと同じく、黒水晶から放たれた強い光が3体の石像を打つ。
光が収まったとき、そこには以前と同じミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)、九段 沙酉がいた。
「――メニエス様」
離れた所で戦っているメニエスの姿を見止めて、ミストラルがその名を口にした。
「今、お守りいたします、メニエス様」
馬車の残骸を飛び越え、そちらへ走り出す。
「むくろ……どこ」
きょろきょろと辺りを見回し、砂塵でけぶる向こう側に六黒の姿を見つけ出すと、沙酉もまた駆けて行った。
「やったぜダンナ!!」
動き出したバルトを見て、ドゥムカが感極まった様子で快哉を叫ぶ。
「これで百人力だ!! くーっしびれるねぇ! さぁ、派手にパーティ――」
「みーつけた♪」
ぎくり。
ドゥムカはこれからの生涯、二度と復活することができないくらい壊れきるまでもうぜっっったいに聞きたくないと思った声がすぐ背後で起きたことに、硬直してしまった。
「こんなとこにいたんだねェ、ダーリン」
ああ、この声。思い出したくもない、色狂い戦闘狂。
「幻聴だ、こんなのあり得ねェ。まさかこんな所にまで…」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。現実逃避を始めたドゥムカの肩に、親しげにヒルデガルドの腕が乗る。身長差があるので、ぶらーんとぶら下がっている格好だ。
「ねェ、この前の続きをしようよ。まだ途中だったろ? あたし、あれだけじゃあ全然物足りなくてさァ。ずっとスイッチ入りっぱなしなンだよねェ」
ぺろり。耳の辺りを舐められた。(耳かどうか不明だが)
「……ヒイイイィィィッ!」
バッと振り返ると同時に彼女を振り払う。
「ハッハァー! ヤろうゼ、ダーリン。ほらほらほらッ! あんただってあたしのこと忘れられなかったんだろぉ? 一緒にあたしのここの疼きを止めようヨ! あんたが欲しくて欲しくてたまンないって、ほら、ここンとこが震えてんだよぉ!!」
へその下をぱんぱん叩き、きゃははっと腹を抱えて笑う。その目が、きらりと光った。
「人の道外れた化物同士で、壊れきるまで思いっきり楽しもうゼェ?」
等活地獄発動。
「……ちくしょおっ。つぶす。全力でぶっつぶす…!」
バーストダッシュで向かってくる彼女に向け、ドゥムカはレーザーガトリング、碧血のカーマインによる十字砲火を放った。
「――ドゥムカが心底おびえていますが?」
生身の女性相手に。
一体自分が石化されている間に何があったのだろう? そう言いたげなバルトの口ぶりに、雄軒は口元が緩むのをどうしても止められなかった。
「まぁ、いろいろあるんですよ。ほうっておいてあげなさい」
声が笑いに震えているのが自分でも分かる。
「それよりバルト。あなたの力が必要です」
「…………」
雄軒の言葉に、バルトはスキルを発動させることで応えた。
金剛力、ヘビーアームズ、龍鱗化……次々と発動していくバルトを見て、雄軒はガーゴイルに飛び乗った。
「急ぎましょう。ここは戦場です」
上空から地上の戦いを見ながら、雄軒は彼らの攻撃に不自然さを見てとり、嫌な予感を感じていた。
普通奇襲をするからには、敵の司令官を狙ってくるものだ。そう思い、雄軒はアバドンに目を配っていた。だが彼らが主に狙っているのは神官戦士と神官……殲滅が目的かもしれないが、こんなことをすれば、時間がかかるだけで奇襲の意味がない。殲滅したければ頭をつぶしたあと、掃討すればいい。
とすれば、何が考えられるか?
(これは陽動である気がする…。われわれの足止めを図り、もしやキシュの方へと少人数で奇襲か、潜入をされてるのではないか? それで人質が解放されでもしたら、今まで従っていた他の所も反乱を起こす。ならばそれを防ぐ為にも機動性に優れる者を割き、急いでキシュへ向かわせるべきだ)
そう思わずにいられなかったが、しかしこの圧倒的な戦力を前に、割ける兵力がないのも分かっていた。アバドンもそうと分かっているから、バルトの解放に同意したのだ。
「あっちを立てればこっちが立たず。バランスというのはなかなか難しいものですね」
ひとりつぶやき、雄軒はこれはと思う相手を見つけて、ガーゴイルを下に向ける。
そこでは魔鎧ルータリア・エランドクレイブ(るーたりあ・えらんどくれいぶ)をまとったウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が、神官を追い詰めていた。
「すまないが、貴様らにはここで倒れてもらう」
神殺しの覇気、鬼神力、龍鱗化、ドラゴンアーツ、ヒロイックアサルトと発動させたウィングは、ハイアンドマイティを両手で構えて突っ込んだ。
「く、来るなぁっ!!」
巨大な斧におびえた神官は、懸命にバニッシュや光術を放つ。しかしそんなもの、今のウィングに効くはずがない。そのことごとくをはじき飛ばし、ウィングは一閃した。
神官は頭から真っ二つに割られ、即死する。
巨斧の勢いは人1人を切ったくらいでは止められない。地面に減り込んだそれを引き抜こうとするウィングの周りには、いつしか神官戦士の輪ができていた。
ハルバードを水平に構え、殺気立ったその目を見れば、何を考えているかは一目瞭然。
「――はあっ!!」
四方から同時に突いてきたそれを、ハイアンドマイティの柄を蹴って空中に逃れると同時にハイアンドマイティを引き抜く。
「終末の怒り、全てを飲み込み無と帰さん。焼き尽くせ、『レーヴァテイン』!!」
ハイアンドマイティの破壊力に煉獄斬を乗せ、神官戦士たちに叩きつける。ウィングが地に降り立ったとき、そこに立つ者はだれもいなかった。
「これはすごい。一瞬ですね」
ガーゴイルの上から雄軒が手を叩いた。
「……駆けつけるには少し遅すぎましたね」
雄軒としては、べつに神官や神官戦士がどうなろうとどうでもよかったのだが。とりあえず、こちらの側として立っている以上、そういうことを口にするのは慎むべきだいうのは分かっていたので、口端を歪ませる程度で答えを避けた。
壁に耳ありと言うし。
「あなたを倒せば天秤が釣り合うかもしれません」
「こいつらと私が?」
クッと笑いに喉を詰まらせる。
「そういうことにしておきませんか? 私を助けると思って。あなた方にここで決着をつけるつもりはなくても、アバドン殿にはそんなこと分かりませんからね。襲撃を受けた以上、私もある程度成果を見せる必要があるのです」
肩をすくめて見せる雄軒に、ウィングはぴたりとハイアンドマイティを突きつけた。
「では、私もこの命を賭けて釣り合うものとして、貴様の命をもらいうけよう」
「それはさすがに欲張りすぎです」
(否定なし、か。なるほどね…)
手綱を持つ雄軒の手の動きに応じて、ガーゴイルが石化を放った。
横っ飛びに避けるウィング。
「ウィング、後ろだ!」
「――はっ!?」
背中を狙って突き出された疾風突きを、ルータリアの言葉と勘で避ける。パッと自分に正面を向けたウィングに向かい、バルトは加速ブースターで突撃した。疾風突きから乱撃ソニックブレードへ。巨躯でありながら、流れるような連続技でウィングを後ろの壁に追い詰める。
「くっ…!」
間近から繰り出された疾風突きを、身をひねって回避した。
ガチリと食い込んだ裂天牙が、ビシィッ! と壁の上まで大きな亀裂を走らせる。
「とんだ馬鹿力だ。こんなもの、龍鱗化しているとはいえ、まともに入ったらたたではすまんぞ」
「なら、受けなければいいだけのこと」
構えたハイアンドマイティを用いて煉獄斬を導く。
「行くぞ! リミットブレイク『覇炎斬』!!」
狂ったように燃え盛る、赤き炎をまとったハイアンドマイティをバルトに叩きつけようとするウィング。彼は眼前の強敵に集中するあまり、雄軒への注意がおろそかになっていた。
ガーゴイルがカッと口を大きく開き、石化を放つ。
「しまっ――」
ウィングは驚きの表情を浮かべたまま、石像と化した。
「彼は強敵です。残しておくのは今後のためになりませんね」
雄軒の言葉からその意を汲み取ったバルトが前に出て裂天牙を構えた。そのまま、疾風突きで石像を粉砕しようとしたとき。
「させません!!」
怒声が響き渡った。
撃ち出されたファイアストームが、大蛇と化してバルトを飲み込んだ。続いてサンダーブラストの白光が天を裂き走り、無数の稲妻が雄軒を狙い撃ちする。ガーゴイルを操り、白光と白光の間を抜けて離脱しようとした雄軒の上に、人影が落ちた。
近い!
「へやーっ!!」
ブレード・オブ・リコが振り切られ、雄軒の二の腕が裂かれた。ガーゴイルの手綱が切れ、バランスを崩した雄軒は地上に落ちて転がる。
「ちぇっ、浅かったか!」
ぱちん、と指を鳴らすセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)に
「セルファ……「へや」はないでしょう、「へや」は」
攻撃魔法を放った御凪 真人(みなぎ・まこと)は、はーっと深いため息をつきつつ首を振った。
「えっ? えっ? 私そんなこと言った?」
本気で分かってないらしく、とまどって真人を振り返る。
「言いましたよ、「へや」って」
「言ってないもん! そんな変な掛け声!」
「はっきり言いました」
真人も結構頑固だ。受け流してやればいいのに、変なところでこだわったりする。
「言ってないってば! 真人のばかっ! いーっだ!」
「なっ――ばかとは何です!? ばかとは!?」
「ばかはばかだもん!」
私、絶対そんなこと言ってないんだから!
「……小学生ですか、あなたたちは」
立ち上がった雄軒が、ぱんぱんと服についた砂埃を払った。
「ちなみに、言いましたよ、たしかに。「へや」って。ずいぶん脱力系の掛け声を」
「言ってないんだってばーーーっ!!」
自分でも「あれ? 言ったかな?」とか思い出していただけに、顔を真っ赤にして突撃する。
「あいにくと、剣は持ってきていませんので」
振り切られたブレード・オブ・リコをぎりぎりで避け、持ち手を掴むや雄軒はアボミネーションを叩きつけようとした。
だがそんなものを食らうセルファではない。しゃがみ込んで空振りさせると、逆に手を掴まれていることを利用して、両足蹴りを胸に叩き込んだ。
「いまよ! やっちゃえ、真人!」
後ろへよろけた雄軒に、ビシッと指を突きつけるセルファ。
「言っておきますが、俺は君の従者ではありませんよ」
と言いつつも、この場合セルファが正しいので、サンダーブラストを放つ。
「くっ…!」
歴戦の防御術で避けようとするが、先の折り紅の魔眼と封印解凍を発動していたため、効果が薄い。ファイアストームから立ち直りかけていたバルトにも効率よく稲妻が当たり、バルトは再び倒れた。
「まいりましたね…」
がっくり膝をついてうなだれていた雄軒の体で、リジェネレーションの輝きが増す。
「やはりこういったことはわたしには向かないようで」
そう言いつつ身を起こした雄軒の手には、しかし鬼払いの弓が握られていた。
「! 真人、下がって!」
サイドワインダーが発動し、2本の矢が真人に向かう。
セルファを狙うよりこちらがよほど効果的だ。短時間にそれと見抜いた雄軒は、さらにもう2発サイドワインダーを放つと、その効果も見ずに地獄の天使を展開し、一気に舞い上がった。
「バルト」
雄軒の呼び声にバルトもまた、機晶姫用フライトユニットで空に上がった。
「あっ、待てっ!! ――にやッ!!」
6本の矢を叩き斬り、あるいは蹴り落として、セルファが言う。けれども2人はすでにその声も届かないけど遠くへ離脱していた。
「セルファ……「にや」はないでしょう、「にや」は」
ふーっ…。
「えっ? そんなこと言った? 言ってないよね? 言ってないもんっ!!」
「あー、はいはい」
あ、ついに投げた。
「さて、石化解除できる人を捜して呼んできましょうか」
言ってないんだからっ、と追いすがるセルファを無視して、真人はさっさと歩いて行った。
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