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リアクション
■第32章 陽動(1)
東カナン神聖都の砦――
東と北の中間位置、連なるエリドゥ山脈のふもとに東カナンを監視するため設置されたこの砦は、現在反乱軍によって攻略、陥落し、今では反乱軍の駐屯基地となっていた。屋上には戦闘用に調教済みのワイバーンが16頭飼育されている。
「おはよう」
朝。火村 加夜(ひむら・かや)は彼らの朝食が入ったバケツを両手に、屋上のドアを開けた。
ワイバーンに人間のあいさつをしても仕方がない。だが、いくら調教されて人間に慣れているとはいえ、不用意に眠っている彼らに近付くと、頭からパクリといかれかねない。そして、どうせ声をかけて存在を知らせるのであれば、やっぱり朝は「おはよう」だと思うのだ。
ワイバーンたちは翼の付け根に鼻先を突っ込んだまま、片目を開けて彼女を見た。見知った相手だ。もう何度か食べ物をもらっている。ワイバーンたちは関心を失ったのか、また目を閉じた。どうやら食べ物より睡眠らしい。
「せっかく持ってきてあげたのに」
腰に手をあて、むうっとする加夜の上に、竜の形の影が落ちた。振り仰ぐと、1頭のワイバーンがすぐ間近に立っている。
「まぁ、えらいわ。ちゃんと待てたのね」
頭をかじられるとか、自分がエサと見られているとか、そういうおそれはないのか。加夜はぽんぽんと前足を叩くと、さっそくエサ箱にバケツの中身をあけた。
「あなたにしようかしら」
行儀よく、彼女が準備を終えるのを待って食べ始めたワイバーンを見てつぶやく。食欲もあるし、元気そうだし、なにより自分に対して紳士的なのがいい。
加夜は試しに、少しだけ龍の咆哮を使ってみた。ワイバーンの耳がピクピク動いて関心を見せる。さらにもう少し長く、友好的な気持ちを込めて龍の咆哮を出す。
ウルルルロウ――
鳥に似ていたが鳥にしては野太い声で、ワイバーンが鳴いた。それにあわせて、ほかのワイバーンたちも空に向かって鳴き始める。長く尾を引く、遠吠えのような、歌のような。
「うん。やっぱりあなたにする」
すり寄ってくる鼻先に手を添えて、加夜は頷いた。
「行ってらっしゃーい」
出発していく飛空艇やワイバーン、箒たちに向け、フラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)は外壁の上から手を振った。
だれもがアバドン隊攻略に意気込む中、彼女はあえて居残り組に名乗りを挙げていた。
なぜなら彼女には、きたる大戦を見越してこの砦を前線基地に改造してしまおう、という遠大な(?)途方もない(?)深謀遠慮な(?)計画があったからだ。
(ネルガルから人質奪還したら、やっぱり次は対ネルガル戦よね! そしたら北カナンに攻め込むことになるんだろうから、ここが前線基地になること間違いなしとみた!)
名付けて『オペレーション・増改築』……うーん、カッコイイ。
――いや、せめてリノベーションとかリフォームとか、もうちょっとうまい言葉があったような気がしないでもないのだが、フランは満足してるみたいだからまぁいいか。
「ふっふっふ。
やっぱ、世の中は常に先を見越して動かなくちゃ駄目よね。現在より未来! 明日よりあさって! チャンスの神様は前髪しかないんだもん。掴み損なったらアウトよアウト!」
「……もういいか? フラン」
コンコン。
鼻息あらく、目をキラキラさせているフランの後ろで、アンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)がノックの真似をして外壁を叩いた。
「え? あら…」
つい興奮してしまったと、ちょっぴり恥じ入りながら振り返る。アンリは、砦駐屯の反乱軍兵士と一緒に立っていた。
「おまえの壮大な計画は、どういうものだったっけ?」
外壁に背中を預け、手元の紙に目を落とす。
「飛空艇の大きさにこだわらない立派な施設。隣接して簡易的なドック付きの、まぁ船着場ね」
何が言いたいの? と首を傾げるフランに、アンリは「んー?」と考え込むそぶりを見せた。
「まぁいいか。
とりあえず調べてきたことを先に報告するとだな。まず、備蓄食料はないに等しい」
「え?」
「砦攻略の翌日、8割方がザムグの町へ戻る反乱軍兵士の手によって運ばれている。食糧難の村や町に配給してほしいという指示が出ていたそうだ。署名は六鶯 鼎」
「ちょ、ちょっと! じゃあここ、食べ物ないの?」
「あと、武器もない。反乱軍の民兵に分配してほしいという指示だったそうだ。やっぱりこれも署名は六鶯 鼎」
ほれ、と指示書の写しがフランに向けてひらひら振られる。
その白い紙に六鶯 鼎のニヤニヤ笑いを見た気がして、フランは頭に手をあてた。
「……あ、めまいが」
「まぁ、食べ物は近くに町があって、そこの店から定期的に届けられる手筈になっているから困ることはない。次に宝物庫についてだが――」
「まさか、それもカラとか?」
「うーん。ま、似たようなものだな」
「って?」
「最初からそんなもの、ここにはありません…」
おずおずと、アンリの視線を受けて反乱軍兵士が答えた。
「ここは軍事要塞でなく、監視砦ですから。規模的にはそんなものです。収容兵員は200名そこそこ。食料庫もひと月分しか備蓄できません」
その報告に、フランは絶句してしまった。
「だから、まぁ結論的に言うとだな、おまえの望むような施設を造るには、増改築ではなくて新築しなければいけないということだ」
それもここではなくて、どこかほかの場所で。
なぜなら、土地がそんなにないから。
「あっ、あっ、でもフランさん、全くできないわけではないですっ」
見るからにガックリ両肩を落として消沈しているフランに、あわてて反乱軍兵士がフォローを入れる。
「神官兵たちですが、外壁前面部を地ならしした直後だったようで、地面は開けていますし、建材はあります。皆さんの小型飛空艇のポートは作れるでしょう。しかし残念ですが、隣接してドックを作るほどの敷地面積も資材もありません」
「――じゃあそれを造ろう」
フランはくじけなかった。ぐっと面を上げて、中へ戻るべく階段に向かう。
「まずは図面作りからね」
東カナンエリドゥ山脈のとある台地――
馬車を降りた直後。
びゅうと音をたてて、強い風が砂を巻き上げ通りすぎた。
メニエス・レイン(めにえす・れいん)は反射的、髪に手をあてて広がるのを押さえる。
見渡す限り、岩と、砂と、崖。
ここ数日ずっと、かわり映えのしない風景が続いているため、まるで同じ場所をグルグル回っているような気がすることさえ何度かあった。
その間、雨は1滴も降らず、樹木でもあれば燃え上がりそうなほど空気は乾燥している。
かなり高度なはずなのに、干からびた大地…。
ふと思いついて、足元に飛び出した塊を蹴ってみた。――割れるどころか、粉々に砕けてしまった。
……もろい。砂岩並だ。この岩山全部、そうなのだろうか?
そのとき、がちりと音がして、別の馬車のドアが開いた。
中から三道 六黒、両ノ面 悪路が出てくる。もう1人、ドライア・ヴァンドレッドは馬車にうんざりして、今日はワイバーンにすると宣言して朝からワイバーン隊に加わっていた。
崖の上で見張りに立つドラゴンライダーに目を向ける。
「飛べば1時間程度で着く距離なのに…。面倒だけど、仕方ないわね」
本当は、1分1秒も早くキシュに入りたかった。地獄の天使で飛べば1時間足らずでそれができるというのはかなり魅力的だ。
しかし。
アバドンとともに都へ入る。そうして、彼女の直属の者であると神官たちにしらしめす。それが肝心なのだということも分かっていた。格下になめられるのは好きじゃない。
それに、この数日一緒にいて分かったのだが、アバドンは何かを期待している様子だ。
襲撃? あるいは、その襲撃によってもたらされるもの?
では、それによって彼女は何を得るのか?
彼女の目的が何か分かれば自分たちも動きやすいのだが、全く分からない。
はじめ、彼女はバァルに本気で言いよっているのかと思った。
あの潤んだ艶っぽい視線、嫣然とした口元、何かと触れたがる指先。どう見ても意中の男を落とそうとしている女の手管だ。
だが、それもどうやら違ったらしい。ダハーカを隊に入れ、彼の立場が危うくなろうと気にもとめていなかった。彼が反乱軍の捕虜となっているのを黒水晶で見ていたが、救援も出さず放置だ。
東カナンの領主を籠絡しようとした。しかしかなわなかったために始末しようとした?
――いや、それではあまりに短絡的すぎる。はねつけられた女の虚栄心だの、私情で動く人間には見えない。
第一、バァルと関係を持とうが、ネルガルに知られてあわてるほどのことでもない。
東カナンはすでにネルガルの下についている。手勢の駒である東カナンにちょっかいを出し、弱体化させることに何の益が?
「どうかしましたか?」
東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が、メニエスの様子に気づいて隣に立った。
「……何も。ただ、あたしならここで襲撃すると考えていたのよ」
「それは私も思いました。ここは開けすぎている。隊の規模を思えばここで休憩をとらざるを得ませんが。10日近い行程を終えてキシュまであと数時間足らず。一番兵の気が緩むときでもあります。その隙を突こうとしてもおかしく――」
「うわああああああ!!」
隊の後方で、突然兵の叫び声が上がった。
坂道をのぼって現れた4頭の砂鯱の群れが、彼らに襲いかかったのだった。
本来、砂鯱は砂海に棲む生き物だ。砂にもぐり、砂をかいて進む。
西や南のように砂に埋もれた地ならばともかく、なぜ砂の降らない東にいるのか?
バキバキと地面を割り崩して迫ってくる4頭の巨大な砂鯱に完全に虚をつかれ、神官戦士はハルバードを構えることもできず、跳ね飛ばされた。
「ぎゃあああぁぁーーーっ!!」
腕を噛みちぎられる神官戦士。脇腹をくわえられ、ぬいぐるみのようにぶんぶん振り回される者もいる。
噴水のように飛び散る鮮血。
悲鳴に混じって骨の砕ける音がする。
横腹に体当たりを受けた荷車が、荷財を撒き散らして粉砕された。
「うわ」
「くそっ」
「静まれ!」
間近に迫った砂鯱におびえた馬たちがいっせいに暴れ始める。
「ぎゃあーっ」
なんとか静めようと馬の手綱を握った神官戦士が、あっという間に砂鯱に引きずり込まれた。
『今だ!』
ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)の声が銃型HCから流れた。
「了解」
隊の風上から気づかれないようそろそろと近付いていた天城 一輝(あまぎ・いっき)が、ヘリファルテで一気に距離を詰め、煙幕ファンデーションを撃ち込む。1発、2発、3発。
次に信号弾を撃ち込みかく乱を狙おうとしたのだが。
「うわぉ!」
暴動の限りを尽くした砂鯱が、隊を通り抜けてまっすぐ風上へ逃げてきた。煙幕ファンデーションが嫌なのか、もう飽きたのか。それはともかく、一輝はもう少しでヘリファルテごと跳ね飛ばされるところだった。
「うお、危ねぇ。事故ってたらジーベックに治療費請求だな! まったく」
もう戻ってこないだろうな…。
走り抜けた砂鯱の背を見送ってから、あらためて前方に目を戻す。
3発分の煙幕ファンデーションは巨大な、そして分厚い白幕と化して流れ、隊のほぼ全体を覆っていた。
「成功、成功」
にんまり笑って適当な位置に信号弾を撃ち込んだあと、一輝はヘリファルテを上昇させた。
「アバドンの範囲攻撃魔法はこれで封じられたとはいえ、煙幕によるかく乱だけではそう長くはもたないでしょうね。それに、この襲撃の意味に気づかれてもやばいわ。その前にアドバンを捕縛しないと。
それが無理なら、いっそ撤退してゲリラ戦に出るしかないかも」
白煙に覆われた台地を見ながら、三田 麗子(みた・れいこ)がつぶやいた。
「ああ。だが一番の目的はワイバーンだ。あれを残せばキシュに向かわれてしまうからな」
空を飛び、下の様子にまごついているふうに旋回しているドラゴンライダーたちを、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は見上げた。
逆光でよく見えないが……6頭いる?
「そっちはケーニッヒや美悠に任せるわ」
眉を寄せたクレーメックに気づかず、麗子は処刑人の剣を持ち上げた。
「今のうちに減らせるだけ数を減らしておかなきゃ」
「そうだな」
銃舞を発動させつつ白煙の中へ駆け込んでいく麗子に続き、クレーメックもまた白煙へと歩み寄った。
煙幕と銃撃により、これが野生の砂鯱の襲撃でなく敵襲だとようやく気づいた神官戦士たちは、咳き込みながらもあわてて得物を手に構える。しかし辺りは白煙の海と化し、自分の足元も見えない有り様だ。
「突入!」
反乱軍兵士たちに向かい、ユリウスの発した号令は、神官戦士たちにも聞こえていた。
「うおおおおおおーーーーーっ!!」
姿は見えないが、数十人規模の怒号と足音、鎧のかみ合う音が押し寄せる。
敵が来る。
「くそ! 各自、自分の身を守れ!! 2人以上いる場合は、その者と背中合わせとなって互いを守るんだ!」
どこからともなく指示が飛んだ。姿は見えないが、聞き覚えはある。神官の声だ。だからそれに習い、背中合わせになったのだが。
「あまいのぅ。それしきのことで防げると思うとは」
突然、白煙の中から少女の顔が現れた。
「う、わぁぁぁあっ」
おびえた神官戦士は愉悦の笑みを浮かべた少女――ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)に向かい、チェインスマイトを繰り出す。その瞬間、キン…と空間が震えるような小さな音を感じた。ファタの蒼き水晶の杖が発動し、スキルが一瞬で解除される。ただのハルバードによる突きとなったそれは、ファタの手に握られた氷術製の盾で防がれた。
次の瞬間にはもう、少女の姿が掻き消える。
「消えた…?」
実際には魔法仕掛けの懐中時計を使用して彼の速度を低下させたのだが、相対的に、彼には少女が消えたと映ったのだろう。
そして再び少女の姿を目にしたとき――それが彼の目に映る最後のものとなった。
蒼き水晶の杖を核として氷術で生み出された大鎌が、2人の首を同時に刎ねる。転がってきた生首を足で止め、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)はヒュウと口笛を吹いた。
「いいねェ、この容赦ない無法っぷり。だからアンタのパートナーなあたしってスキなんだよ」
なんでもできるからさァ。
チュッ、と投げキッスを飛ばす。
「何あほうなことを。いいからおぬしも働け。この煙幕もそう長くは続かんぞ」
風は常に下に向かって吹いている。煙幕としての効果はもって数分だ。
「あたしィ? あたしはサ、ダーリンを捜してんの」
「はぁ?」
ぺろりと舐めて濡らした指が、胸を這い、へそを伝い、下へと向かう。
「決着つかなかったからさァ、あれからどうにも疼きが止まンないんだよね。だからあれはあたしのダーリン。腕も足も引きちぎって、動けなくしてから目の前で突ッ込んで、教えてやんなくちゃ! この濡れまくった疼きをさァ」
アーッハッハッハ!
高笑う彼女をあきれ返った目で見て、ファタは大鎌を肩に担いだ。
「好きにせい」
さらなる敵を屠るべく、白煙の中に消えていく。
「ぐわあっ!」
「ぎゃ…っ」
ファタの消えた白煙の向こうで起きる、男たちの短い悲鳴。
「excitement」
いたる所で兵士同士の斬り結び合う剣げきの響きが聞こえる中。
「どこじゃ、アバドン!!」
ハルバードを手に、本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)はずかずかと歩いていた。
白煙は本来姿を隠して暗躍するためのもの。声を出して居場所を教えては意味がない。
「揚羽、もうちょっと声を落として…」
姫宮 みこと(ひめみや・みこと)がそわつきながら、後ろを歩いていた。いつでも敵と遭遇したら魔法攻撃をするつもりなのだが、出会わないにこしたことはない。
「むう? 何が悪い? わらわの目的はアバドン! 雑兵など相手にしていられるか!」
「いや、この襲撃の目的は足止めなんだけど…」
協調性って分かる? 集団行動をする上で大切なこととかは?
そんなもの、といった感じで、フンと揚羽は鼻で吹き飛ばした。
「足止め? そんな消極的なことを言うてどうする! どうせならアバドンめの首を取ってしまえ。そのくらいの意気込みで押しまくって初めて足止めもできようというものじゃ」
うーん。それはその通りかも。
大声での堂々とした押しに弱いみことは、アッサリ揚羽の論理に流されてしまう。
「だけどそんなに声を張り上げてたら、神官戦士たちを呼び寄せちゃって――うわっっ」
ブン! と突然白煙の中から突き出されたハルバードに脇腹を裂かれそうになって、みことはあわててとび退いた。
「ふんっ!」
ハルバードの来た方向に、すかさず揚羽がチェインスマイトを繰り出す。
「ぐはっ」
「げっっ」
2つの人影が、ばたばたと倒れる音がした。
「無事か?」
「……大丈夫」
心臓の方はバクバクいってるけど。
「あっ、揚羽!」
揚羽の真後ろに神官戦士らしき人影が!
しかし揚羽も気づいていたらしく、身を落としてこれをかわし、相手の腹部をハルバードで引き裂いた。
みことが火術を放つより全然早い。
「やはり声は出した方がよいようだぞ。相手から近付いて来てくれるからな」
平然と言い、ぴしりとハルバードについていた血のりを振り飛ばした。
「う、うん……そうだね…」
「よし。では行くぞ。
どこじゃ、アバドン!! 姿を見せい!」
再び歩き出した揚羽のあとをついて行きながら、みことはどうしても腑に落ちなかった。
「……なんで声出してる揚羽じゃなくて、ボクがあぶない目にあうの…」
伏見 明子(ふしみ・めいこ)は反乱軍兵士の陣頭に立ち、前方に広がる神官戦士たちに向かいスプレーショットを放っていた。
「いまよ! 行きなさい!!」
ファランクスの体勢が崩れた神官戦士に対し、突撃の合図を出す。
わっと兵士たちがそちらに駆け出そうとしたとき、突然上空からワイバーンの炎が彼らを襲った。
「うわーーっ」
一瞬で炎に巻かれた兵士が、ばたばたと倒れていく。
「……ちいッ!」
低空を走り抜けたワイバーンの風圧に押され、地面に伏せたものの、すぐさま立ち上がり、旋回して再び向かってきたワイバーンに向け、明子は天のいかづちを放った。が、空中戦闘に長けたドラゴンライダーは、軽く真上からの光を避けてしまう。
龍の咆哮が明子に向けて放たれ、破れそうなほど鼓膜がビリビリ震えた。
思わず両手で耳をおおった明子に向け、すれ違いざまランスが突き出される。
「ふざけるなっていうの!」
頬をかすめたランスを握る手に向かい、倒れながらもレガースで蹴りをぶち込んだ。口笛を吹き、ワイルドペガサスを呼び寄せこれに飛び乗る。
「待ちなさい、そこのあなた! 私が相手よ!」
明子の言葉に従ってか、それとも再び地上の兵たちに炎攻撃をしようとしたのか、とにかくドラゴンライダーはワイバーンを旋回させた。
「くらいなさい!!」
ドラゴンライダーに向け、水晶ドクロを突き出す。
目がくらんだところへすかさず怯懦のカーマインを撃ち込んだ。連射し、同じ1点をひたすら狙う。
「龍鱗化していようが、くらう衝撃は同じなのよ!」
ドン! ドン!! ドン!!!
距離が縮まるにつれ、その衝撃はさらに重さを増す。
ドラゴンライダーは左肩の痛みに持ちこたえられなかった。ぐらりと体勢を崩し、まっさかさまに落ちていく。
この高さ、あの体勢、まず助からない。
そう判断すると、今度は明子はワイルドペガサスを下に向け、反乱軍兵士をとり囲む神官戦士のまっただなかに飛び降りた。
銃舞発動。血と鉄で両手に持った怯懦のカーマインで、眼前の神官戦士を次々と撃ち倒していく。
「さあ! この煙幕が晴れる前に、一気に片付けてしまうわよ!」
勝利の女神さながらに、血に染まった怯懦のカーマインを突き上げる明子に応え、おお!! と周り中から反乱軍兵士の声が高々と上がった。
一方、上空では。
5頭のワイバーンとドラゴンライダーを相手に、加夜と一輝が戦っていた。
「ひゃっはぁーーーっ!! これだよこれ! こうでなくちゃなぁ!」
ワイバーンに乗ったドライアが、虚刀還襲斬星刀を振り回している。
「1頭倒したのになんで残り5頭いるのよッ! 全部で5頭じゃなかった? 情報!!」
投網を手に、地上の神矢 美悠(かみや・みゆう)が歯噛みした。
「4日前までは5頭だったんだろうなぁ」
手で作った日よけの下から空を見上げ、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が飄々とした声で答える。
「古ッ! 情報古ッ!!」
5人のドラゴンライダーたちが持っているのは打突のランスだけだった。薙ぎ斬るハルバードはない。投網で地上から絡めとる作戦を立てたのだが。
「あいつ邪魔! あんなの持ってたら、網切られちゃうじゃない!」
「うーん」
唸りながら、ケーニッヒは自らの小型飛空艇に向かった。
「とりあえず、投網作戦は今のとこ中止な。様子見して、できると思ったらおまえの判断でやれ。
あー、それからジーベックに下から加勢してもらってくれ」
「ああっ…!」
ワイバーンの炎を真横に受けて、加夜は左に重心を寄せた。その動きに合わせてワイバーンが傾く。グゲゲと鳴いたワイバーンの右の翼の一部が黒く焼け焦げているのが見えた。
「ごめんなさい。でも、もう少しだけ我慢して」
手綱を片手で短めに持った加夜は鞍の上で膝立ちをする。
歴戦の必殺術を発動させ、ドラゴンライダーめがけて鬼払いの弓を放った。
「――駄目、浅い」
肩に刺さったのが見えた。だがすぐに抜けたということは、龍鱗化しているに違いない。とすれば、遠距離からの弓では無理だ。
ワイバーンを旋回させ、下にドラゴンライダーたちを見る。
へたに近付くと龍顎咬でやられる。ワイバーンの炎もかわしきれない。
「あとはもう歴戦の魔術しか…。これが効かなかったら、ワイバーンを攻撃するしかなくなる…」
できればそれはしたくなかった。ワイバーンはただドラゴンライダーを乗せて、その指示に従っているだけだ。ドラゴンライダーさえ排除してしまえば殺す必要はない。
「お願い、効いて…!」
祈る思いで加夜はドラゴンライダーに接近した。
できるだけ近く。でも近付きすぎないように。
そしてギリギリの距離で歴戦の魔術を放った。
「ぐわっ…!」
ドラゴンライダーがワイバーンから吹き飛ばされ、落ちていく。
「よかった、効いた――はっ!」
すぐ真後ろで、ワイバーンの羽ばたき音がした。
「しまった!」
後ろをとられた!
振り返ったとき、もうドラゴンライダーはランスで攻撃の構えをとっていた。
突かれる! そう思った次の瞬間。何者かがワイバーンに乗り移った。
「はぁっ!」
背後から鳳凰の拳を浴びせるケーニッヒ。神速でスピードを上げているため、そのこぶしは全く見えない。
ドラゴンライダーは血を吐きながらワイバーンから落ちた。
さらにワイバーンの首を闇黒ギロチンで落とし、乗り手を失って落下していた自分の飛空艇に戻る。
この間、わずか数秒。
「――よっと。
無事だったか? 怪我は?」
機首を上げ、通常飛行に戻したケーニッヒは、あらためて加夜の隣に寄せたのだが。
「この……ばかっ!!」
感謝どころか罵倒されてしまった。
「は?」
「どうしてワイバーンまで殺す必要があったのよ! ワイバーンに罪はないのよ!? 信じられない! 最低っ!」
あっけにとられたケーニッヒからプンッと顔そむけ、向こうに飛んで行ってしまう。
「……ワイバーンを残したら、逃走に利用されるかもしれないじゃねぇか…」
答えたものの、もう遅い。とっくに声の届く域は出てしまっている。
「女ってのは分かんねェな。ヴェーゼルのやつはよく相手できるよ、マジすげェ」
ぽりぽり、あごを掻いた。
そこに。
「てンめぇ! やってくれンじゃねーか!!」
ドライアが虚刀還襲斬星刀を構えて突っ込んでくる。
「やっぱ、おまえみたいな野郎相手がいいや、単純で」
にやりと笑って、ケーニッヒはドライアのワイバーンを待ち受ける。振り回された虚刀還襲斬星刀の下をかいくぐり、すれ違いざま刀を握った手を掴んだ。
「うお!?」
腕を引かれ、バランスを崩したところに地上のクレーメックから銃弾が飛んで、ドライアを貫く。
「いっちょあがり」
「ちくしょおっ…!! 覚えてろよ!!」
撃ち抜かれた肩を押さえつつ、ドライアは仰向けに落下していった。
「ま、あれだけ元気なドラゴニュートならこの高さで死にはしねぇだろ。大けがは負うだろうが」
満足げにつぶやいたとき。
「わぶっ…」
ケーニッヒの上に投網が落ちた。
飛空艇にも絡みつき、操縦できずキュルキュルと落下する。
「あっ、ごめーん。隣のワイバーン狙ったんだけどー」
「……美悠! てンめぇっ!!」
なんとか墜落は免れたものの、横倒しになった飛空艇の下から這い出すケーニッヒの前、失敗失敗と頭を掻いて美悠が近寄ってきた。
「ま、いーからいーから。早く残りのやつら始末して、あのオバサンやっつけに行こーよ!」
「……美悠…」
「――って、あたし、今、とってもヒドイ事言っちゃった気がする、てへ(笑)」
ケーニッヒの脱力の理由を勘違い――それともわざと?――して、舌を出して見せる美悠。
まぁ、こんなものだろう。
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