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【二 奇襲】

 アルゴンキン001のキャビン内に、どこかからの爆音が鳴り響いてきた。その位置は、遠くではない。アルゴンキン001の船体の何かが、爆発したのである。
 直後、キャビン内は右へ左へと連続して大きく傾き、001隊の面々はまともに立っていられない程の衝撃に晒され続けた。
 緊急事態発生を知らせるビーコンがけたたましく鳴り続け、搭乗員達の神経を更に逆撫でした。
「ねぇ、ちょっと、何!? 何があったの!?」
 キャビン内壁面に設置されている小窓から、激しく回転するように入れ替わる外の景色を眺めながら、刹那がやや焦りの色を含んだ声で叫ぶ。
 次いでキャビン内に視線を転じた刹那の目の前で直後、キャビンの床から天井に向けて、オレンジ色の光条が一瞬で繋がり、そして消えた。
 オレンジ色の光条が発生した床と天井には、縁が焼け爛れたような穴が開いていた。
「こ、これって……レーザー!? それとも光条兵器!?」
 叫びながら再度小窓の外を見ると、緑が広がるツァンダ南方山岳地帯の森のある一点から、断続的にオレンジ色の光条が放たれてきている。
 その狙いは、どう考えてもこのアルゴンキン001であった。
「こ、攻撃を受けている……のですよね!?」
 刹那と一緒になって小窓の外を凝視していたアレットが、刹那の横顔に叫ぶ。しかし、刹那はただ愕然とした表情のまま、オレンジ色の光条を撃ち続ける謎の存在に対してのみ、意識を囚われていた。
 一向に応えようとしない刹那にもう一度何かを叫びかけようとしたアレットだったが、不意に頭上から響いたセファーの、やや嫌味を含んだ声に遮られた。
「見て分からないんですか? この飛空船がこれだけのダメージを受けているのです。攻撃されている、と考えるべきでしょう。しかし今はそんなことよりも、どう対処するかが肝心です」
 内心腹が立ったアレットだが、確かにセファーのいう通りである。
 ここで攻撃を受けただのどうだの騒ぐより、この事態に対して如何に対処するのかが全てを決する。

「ベディのサポートを頼む!」
「あ、うん、分かった!」
 カイの指示に従い、渚はキャビンの床上を這うようにして、エージェント・ギブソンやベディヴィア達の居る位置にまで移動していった。
 その傍らで、カイは比較的近くに居たリカイン達に大声で呼ばわった!
「やぁ! こういうシチュエーションには、何かと縁があるな!」
 先般の、空京バーチカルビューランドでの一件を指していっているのである。流石にこの緊急事態に於いてそんな話が振られようとは思っても見なかったリカインは、壁際の支柱に掴まり立ちしながらも、苦笑で応じざるを得ない。
「今回ばかりは、歌声でどうにかしようって気にはならないわね! それよりも、後方デッキに積んでもらったアルバトロスが壊れないか、そっちの方が心配だわ!」
「こんな状態じゃあ、飛び乗って脱出、って訳にもいかないからな!」
 アストライトが若干、閉口したような顔つきで言葉を添えた。彼もまた小型飛空艇オイレを後方デッキに格納してあるのだが、とてもではないが、そこまで辿り着けるような状況ではない。
 だが、いつまでも軽口を叩いていられる程の余裕は無かった。
「いずれ墜落するでしょうな。脱出は、そこのキャビンドアから飛び降りるという算段で宜しいですかな?」
 ヴィゼントが酷く落ち着いた口調で提言してきた。落ち着いてはいるが、リカイン同様、支柱にしがみついている様は変わらない。
「飛空艇は、どうするの!?」
 シルフィスティが床に腹這いの格好で、リカインに顔を向けた。
 一応、マーヴェラス・デベロップメント社側で保険には入れて貰っているから、仮にここで失うことになっても後で補填して貰えるのだろうが、そんなことの為にわざわざ持参した訳でも無い。
 折角遺跡探索に役立つようにと用意してきたのに、ここで使い物にならなくなってしまっては、勿体無さ過ぎるであろう。
 だが、こうなった以上は仕方が無い。どこかで割り切るのも重要である。
「四の五のいったって、駄目な時は駄目よ! もし墜落した後でも使えるなら良し、駄目ならさっさと諦めるからね!」
「ま、それが妥当なところでしょうな」
 ヴィゼントの締めのひとことで、方針は決まった。後は、どうやって脱出するか、だ。

     * * *

「それで、どうするんですか!? このままだと全員、ナラカ行きですよ!」
 真人が支柱から支柱へと飛び移るようにしてキャビン内を移動してきて、エージェント・ギブソンに大声で呼びかけた。
 本来であれば真人は、エージェント・ギブソンを監視し、怪しい点が無いかどうかをひたすら観察する腹積もりだったのだが、このような非常事態に陥った際では、そんなこともいっていられない。
 そこへ、腹這いになりながらキャビンの床を移動してきた渚が、ベディヴィアの裾を引っ張った。
「キャビンドアを開けて飛び降りるしか無さそうなんだけど、ロックが外れないみたいなのよ!」
「……と申しておりますが?」
 ベディヴィアは硬い表情でエージェント・ギブソンに問いかけた。エージェント・ギブソンは、トルーパー・シートの手摺を力一杯握り締めてバランスを保ちつつ、難しい表情をキャビン後方に向けた。
「最初の攻撃で、電気系統の一部がやられてしまったようですな……こうなっては仕方が無い。キャビンドア近くにいらっしゃる方々に、破壊をお願いするしかありません」
「破壊するのね!?」
 いうが早いか、渚は斜めに大きく傾くキャビン床をゴロゴロと全身で転がりながら、キャビンドア付近にまで一気に移動してきた。
 傍から見ていると遊んでいるようにしか見えないが、本人は至って真面目であり、そして最も効率の良い移動方法であるとも考えていた。端整な面の女性がこういう思い切った行動に出たものだから、周囲の男性陣はついつい、ぎょっとした表情でその様を眺めてしまっていた。
 ともあれ、渚はキャビンドア近くに陣取る勇刃や要、或いは唯斗達といった者達のところまで辿り着き、エージェント・ギブソンの判断をそのまま伝えた。
「破壊するんだな!? よし、任せろ!」
 叫んだ直後、勇刃はリディアに顔だけを向け、大声で指示を出す。
「怒りの歌だ!」
「了解! それにしても、今朝は茶柱が悉く寝てたから、嫌な予感してたのよねぇ」
 ぶつぶつとぼやきつつも、リディアは支柱にすがりついたままの不安定な姿勢ながら、腹の底から勇刃を力づける旋律に全神経を集中した。
「はいはいぃ、それじゃあ俺もやっちゃいますよぉ」
「右に同じく」
 スプレッドカーネイジを構えた要と、陰陽拳の構えを取る唯斗が勇刃の左右に位置を取り、キャビンドアに向けて一斉に攻撃を加える。
 足場の悪さが多少気にはなるが、所詮ただの金属製ドアである。破壊には、さほどの労力を要さなかった。
「仕上げは咲夜、行け!」
「はぁい!」
 勇刃の指示を受け、咲夜は両腕で前方にかざすように構えていた大楯をキャビンドアに叩きつけた。すると、その直前に受けていた攻撃でほとんど外れかかっていたキャビンドアは、咲夜が押し込んだ大楯によって、難無く船体外側へと外れ落ちていった。
「きゃあ!」
 意外にも簡単に外れたキャビンドアに、勢い余って船外へ飛び出しかけた咲夜だったが、慌てて駆け寄ってきたリディアとセレアに支えられ、船外に放り出される危機からは辛うじて免れた。
「あ、危なかった……ありがとうございます、リディアさん、セレアさん」
「こんなところで早々に脱落してしまっては、健闘様の顔が立ちませんわよ?」
 にっこりと笑うセレアに、咲夜は申し訳無さそうに頭を掻いた。
 だがとにかくも、脱出路は確保した。後は、20メートルの高さから地上へと飛び降りる覚悟だけが必要であった。
「……で、誰が最初に行きますか?」
 キャビンドア開口部の縁に掴まり立ちのままで、唯斗が問いかけた。さすがにこの高さ、飛行能力の無い者には、ちょっと勇気が必要であろう。
「飛べるひとは、さっさと飛んじゃいましょう〜。飛べないひとは……さっさと落ちましょう、っていえば良いのかなぁ?」
 要の台詞は、あまりにあんまりないい草ではあったが、事実なのだから仕方が無い。
 すると、そんな要の脇をすり抜けるようにして、リカイン達が支柱を伝いながら、キャビンドア開口部へと移動してきた。
「じゃ、お先にねぇ」
 いうが早いか、ロケットブーツを装備しているリカインは、ヴィゼントの長身を後ろから苦しそうに抱える格好で船外へと飛び出していった。
 続いて、ヴァルキリーのシルフィスティがアストライトを両手でぶら下げる格好で飛び出してゆく。
「……本当に、飛んでっちゃったねぇ」
 呑気に見送っている要だが、猶予はもうあまり無い。
「どうしましょう……私も飛べるのは飛べますけど……」
 睡蓮がいささか困った様子で、唯斗、エクス、プラチナムら三人の顔を見渡したが、ここでエクスは僅かに胸を張って、ぐるぐると景色が激しく入れ替わる小窓の外を指差した。
「心配無用。妾が連れてきたワイバーンがおる」
 一瞬、天空方向に景色が変わった瞬間、確かにレッサーワイバーンの影がちらりと見えた。であれば、そのまま飛び乗れば問題は無い。
「では、そういうことなので、後でまた合流しましょう」
 睡蓮は僅かに心配げな表情を浮かべたものの、プラチナムの言葉に背中を押されるようにして、キャビンドア開口部から船外へと舞った。

「……私達は、どうしたものかしらね」
 珍しく(といっては失礼かも知れないが)教導団生指定の迷彩服に身を包んだセレアナが、支柱に掴まりながら傍らのセレンフィリティに問いかけてみた。
 いや、聞くだけ無駄だったかも知れない。セレンフィリティの回答は、セレアナの予想の範囲内であった。
「そりゃもう、えいやぁって飛び降りるわよ」
 矢張りこれまた珍しく、セレアナと同様の迷彩服を着込んだセレンフィリティが、どこか嬉々とした調子で間髪入れずに答えた。セレアナは、苦笑せざるを得ない。
「やっぱり、ね……」
「大丈夫だってば。セレアナが一緒に居てくれるんだもん。ちょっとぐらいのピンチなんて、刺激にもなんないわよ」
 しかし、そこまで思い切りよく飛び出そうという気になれない者の方が普通である。例えば澪の場合、仲間である刹那にしろアレットにしろセファーにしろ、誰ひとりとして自力で飛行する能力を持っておらず、このまま墜落しかかっている飛空船から、どうやって脱出したものかと思案に明け暮れていた。
「ねぇ刹那……どうしよう?」
 いささか諦めた調子でのんびり問いかける澪だったが、刹那はそれ以上に落ち着いていた。
「それは矢張り……落ちるしかないんじゃないかしら」
 と、その時。
「あの、良かったら、どなたかお一方ぐらいでしたら、お手伝い出来そうですけど?」
 リースの笑顔が、この時ばかりは慈愛の女神に見えた。彼女は守護天使である。ひとりぐらいであれば、連れて脱出することが可能であった。
 更に真人が光る箒を抱えて、よろめきながらも刹那達の前にやってきた。
「さすがに全員は無理ですけど、良かったらどなたか、後ろに乗っていきませんか?」
 結局、ジャンケンで誰がリースと真人の世話になるのかを決めた。幸運を掴んだのは、刹那とアレットであった。
 そんなやり取りを眺めながら、勇刃達も脱出の段取りに入っていた。こちらは一応、ハーフフェアリーに機晶姫まで居る。安全に脱出を果たすことが可能であった。
 だがここで勇刃は思う。
 自力で飛べる能力や装備は、矢張り持っていて損は無いなぁ、と。