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【九 白刃の邂逅】

 同じ頃。
 辛うじてエメラルドアイズの脅威から逃れたばかりの002隊であったが、再び厄介な事態に直面しようとしていた。
 木立を抜け、山林の中の開けた空間に出たところで、恐るべき光景に出くわしたのである。
「し、師母殿……これは!」
 思わずシズルが、得物の柄に手をかけ、すぐにでも抜刀出来る態勢を取りながら、幾分狼狽した様子で傍らのつかさに振り向いていた。
 問いかけられたつかさも、その面には厳しい色が張りついている。
「さすがに、これだけの数は予想外……ですね」
 つかさがそう応じたのも、無理は無い。
 今、002隊の前に展開している光景とは即ち、十数体にも及ぶバスターフィストの群れなのである。それはいうなれば、001隊が直面している危機と全く同じ状況であった。
 だが、つかさやシズル以上に難しい表情を浮かべているのは、リアトリス達であった。
「こんなに一杯居るんじゃ……夢幻神楽は、無理だね」
 夢幻神楽とは、リアトリス、ベアトリス、メアトリスの三人が、まさに三位一体となって仕掛ける戦法なのだが、相手がこれだけの数にも膨れ上がって乱戦にもなってしまうと、使いどころが非常に難しいという欠点を孕んでいた。
 が、そこへスプリングロンドの容赦無い突っ込みが入る。
「いや……仮に相手が一体だけだとしても、そもそも無理なんじゃないか?」
 狼面で表情は分かり辛いのだが、決して茶化していっている訳ではなさそうである。実際、声の調子には一切笑いの響きが含まれていなかったのである。
 つまり彼は大真面目な分析結果として、夢幻神楽が通用しない可能性が高いといい切っているのだ。
 思わずメアトリスが噛みついた。
「どういうことだよ!? 夢幻神楽が通用しないなんて、例えお義父さんでも許さないからね!」
 だが、スプリングロンドが答える前に、ベアトリスがいささか悔しげに唇を噛み締めながら、興奮気味のメアトリスの肩に、後ろからそっと抑える格好で手を触れさせた。
「残念だけど……お義父さんのいっていることは、正論かも知れないよ」
「何だって!? アトリまでそんな馬鹿げたこというつもり!?」
 だが、ベアトリスはどこまでも冷静だった。
「聞いたでしょ……マーダーブレインやエメラルドアイズ、それにバスターフィストの速さは、僕達の千倍だ、って」
 さすがにそれをいわれると、メアトリスも二の句が告げなくなった。
 相手の周囲をフラメンコで幻惑させながら旋回し、隙を誘って同時攻撃を仕掛けるというのが夢幻神楽の基本戦術だが、敵がこちらよりも圧倒的に速い場合、フラメンコでの旋回軌道などあっという間にすり抜けられてしまい、逆襲を喰らうのは火を見るよりも明らかであった。
 しかし、ここで内輪揉めを続けていられるような状況ではなくなってきた。
 バスターフィストの群れが、一斉に動いたのである。当然、こちらを目指して殺到してくる気配であった。
「やるしか、ないか」
 半ば諦めたように、リアトリスは溜息混じりに呟いた。
 そう、たとえ夢幻神楽が使えようが使えまいが、敵はこちらの都合など気にすることもなく、襲いかかってくるのである。

「き、き、来たよぉ!」
 ミルディアが慌てた調子で叫んだ。すると真奈が、珍しくヒステリックに吼える。
「だ、だからいったでしょうに! こういう話に乗るなら、最初からちゃんといっておいてくださらないと、こちらにも準備というものがあると、あれほど口すっぱくいってきましたのに!」
「しょうがないじゃん! まさかこんなに一杯出てくるなんて、思っても見なかったんだもん!」
 自分でもいい訳じみているなぁと思いつつも、しかし今のミルディアにはそう答えるのが精一杯だった。そうしている間にも、バスターフィストの群れは急速に002隊との間合いを詰めてこようとしている。
 最早、今更四の五のいっている場合ではなかった。
「ほら君達、危ないから、さがって!」
 ミルディアと真奈にとって幸福だったのは、トマス達がすぐ横から駆けつけてきて、防御の壁を形成してくれたことにある。
 トマスの左右をテノーリオとミカエラが固め、子敬が後ろから支えるという形の陣形を、ほとんど一瞬で構成していた。
「ここは俺達に任せなって。そもそも戦う為に参加したようなもんだからな」
「そうはいっても、相手がマーダーブレインではないっていうのは、予定外だったわね」
 腕を撫すテノーリオとは対照的に、ミカエラが幾分気落ちしたような色を見せているのが、傍目から見ても可笑しかったのだが、今はとにかく、目の前の敵に集中するしか無かった。
「それで先生、どうしますか?」
「中央がいささか突出しているようです。出鼻を挫きましょう」
 子敬がトマスに応じるや、前列の三人は鏃型陣形を維持して、正面の敵に相対しつつ、突撃を開始した。
 味方が敵と交戦に入るのであれば、ミルディアと真奈にも仕事が生じる。即ち、後方支援であった。
「よし、皆の防御はあたしが固めるよ!」
「そうですわね……っていいたいところですけど、こんな着の身着のままじゃあ、大したことも出来ません! 分かっておられますの、ミルディ!?」
 相変わらず真奈はミルディアに吼え続けているが、火術や雷術といった攻撃はしっかり仕掛けているいるのだから、流石というべきか。

 ところが、バスターフィストの群れと遭遇し、002隊が交戦に入ろうとしたところで、この戦いから背を向けようとする者も居る。
 エヴァルトであった。
「よし、行くぞ、ファニ」
「あ……うん」
 最初から、このようにする計画だった。
 エヴァルトはファニの華奢な体躯を抱えるようにして、大慌てで002隊から離脱した。誰も咎める者が居ないのは、気づいていないのか、それとも気づいてはいるが、そこまでの余裕が無いのか。
 とにかくも、離脱するのであれば、今こそ絶好の機会であった。
 途中、一度だけファニが、後方で繰り広げられる乱戦にちらりと一瞥を与え、不安げに小さく呟いた。
「皆……大丈夫、かな」
 これに対し、エヴァルトはいささかぶっきら棒に答える。
「あいつらはチームだ、何の心配も無い……だが、三沢は今もひとりで、電脳世界の中で戦っている。俺達がまず真っ先に手を差し伸べなければならないのは、何を措いてもまず、三沢の方だ」
 だから、こんなところで余計な時間を食っている暇は無い、というのがエヴァルトの結論であった。
 決して個人の利益や損得で動いているのではない。目的はひたすら、孤独に戦う学友を少しでも早く助ける、というのが動機の全てであった。
 何も知らぬ者が今のエヴァルトを見れば、仲間を残してひとり抜け駆けをしようとしていると思うかも知れないだろうが、エヴァルトの中の熱い思いは決してそんな卑小な考えではないのである。
 そしてエヴァルト自身、誰にどう思われようと気にするつもりもなかった。
 卑怯だと笑いたければ笑え。自分はただひたすら、友を救う。
 ただ、それだけであった。

 戦いに参加しない、という意味では、クドや加夜、あゆみ、或いは泰輔、フランツといった面々も同様であった。最初に参戦せずの意志を表明したのは、クドであった。
「ね、どうして行かないの?」
 あゆみが不思議そうに問いかける。
 今も視界の片隅では、忍と信長が二体のバスターフィストを相手に立ち回っているが、そのすぐ近くではマクスウェルとシズルが別のバスターフィストと勝負していた。
 あゆみの問いかけにクドは、妙な表情を浮かべて頭を掻いた。
「いやぁ、何っつぅかねぇ……お兄さん、ちょっとおかしいなぁって思ってね」
「君もやっぱり、そない思う?」
 同調したのは泰輔であった。傍らでフランツも、いささか渋い表情で乱戦を眺めている。
 いや、参戦すること自体にはこれといった抵抗も無いし、恐怖を感じている訳でもないのだが、何かこう、釈然としないものを感じてならないのである。
「何っちゅうかなぁ、敵から変な闘志みたいなもんを感じて、ちょっと気持ち悪いっちゅうかなぁ」
「そう……妙に人間臭い、とでもいいましょうか」
 泰輔とフランツの分析に、加夜が心底驚いたといった調子で、声を裏返した。
「皆さんも……矢張り、そう思われていたのですか?」
 加夜は一度、フィクショナル内でマーダーブレインと遭遇している。
 あの時の、一切の意志や感情を感じさせず、不気味な程に無機質な殺気だけで攻撃を仕掛けてきていたマーダーブレインの動きと、今002隊の面々と激突しているバスターフィストの群れとでは、明らかに戦闘の質が異なっている。
 それこそ泰輔とフランツが分析したように、人間臭過ぎるのだ。それが気になって仕方が無かった
「うーん……実はピンクレンズマンも、レンズが戦うなっていってるんだよねぇ……」
 あゆみが自信無さげに頭を掻きながら、左手の甲で陽光を反射するレンズをじっと眺めた。
「それにさぁ、どう考えてもあのバスターフィスト達って……遅くない?」
 ほとんど、とどめにも等しいひとことであった。002隊の面々と交戦に入っているバスターフィスト達の動きは、普通のコントラクターと何ら変わりがないのである。
 あゆみのその指摘に、その場の全員が思わず、あっと声を漏らした。
「ほ、本当ですね……いわれてみれば、確かに」
 加夜が半ば呆然と、あゆみの指摘を口の中で反芻する。その隣ではクドが、なるほどと手を打っていた。
「あぁ、そうかぁ。なぁんだかさぁ、おっかしいおっかしいって思ってたんだけど、そうかそうか。いわれてみれば、確かにそうだねぇ。ありゃどう考えても、遅すぎるさぁね。お兄さん、こりゃ一本取られたよ。山田くん、あんパン一枚〜って感じかなぁ」
 その時だった。
「おい、何やってるんだ! 味方同士で戦うなんて、正気か!?」
 斜面の遥か下方から、勇刃の怒声が響いた。

     * * *

 カイは戦闘中であるにも関わらず、突然鼓膜を打った勇刃の叫びに我を忘れ、ついそちらに視線を飛ばしてしまった。
「み、味方同士!?」
 思わず叫び、そして今まさに鍔迫り合いを演じている相手の顔を見た。カイは、仰天した。
 目の前に居たのは、直前までは確かにバスターフィストだった筈である。が、勇刃の声に気を取られ、再度視線を戻した時には、その姿は信長の端整な面立ちへと変じていたのである。
 対する信長も、すっかり目を丸くしていた。
「な、何じゃ!? どういうことじゃ!?」
 ふたりは慌てて跳び退り、互いの得物を下げた。
 周囲でも、同様の困惑が広がっている。
 バスターフィストの姿など、最早どこにも残っていなかった。ただ、お互いに激闘を繰り広げていた001隊と002隊の疲弊した顔立ちばかりが、そこかしこに見えるだけである。
「あ、危なかった……危うく同士討ちになるところだったのか」
「なんてこった。俺達、皆一杯食わされてたってことなのか?」
 マクスウェルが脱力したようにその場にへたり込み、すぐ隣で忍も、恐ろしく疲れた様子でしゃがみ込んでいた。
 忍と剣を交えていたベディヴィアなどは、珍しく苛立った様子で、手近の木の幹に何度も右の拳を叩きつけていた。
 僅かに距離を置いて渚が、自分自身に対する怒り心頭といった様子のベディヴィアに不安げな視線を送る。
「ベディ……相当、悔しかったみたい、ね……」
「誰だってそうさ。だが、相手を傷つけてしまう前で良かったと、考えるしかない。もし何かあった後じゃあ、な」
 カイとてそう答えるのが精一杯であった。
 ところが、そのような沈鬱な空気が漂う中へ、クドのどこかふにゃふにゃした声音が飛んできた。
「いやぁ、皆さん大変だったねぇ。ま、お互い怪我も無かったし、無事に合流も出来たんだから、めでたしめでたし、ってことで。ところで、あんパンなんてどう?」