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第1章 止まらない十天君の悪意

 裏切られたかもしれないという友への疑いの気持ちが消え、オメガ・ヤーウェ(おめが・やーうぇ)は落ち着きを取り戻した。
「ドッペルゲンガーは新しい魂を得ようとしているみたいだし。彼女が襲わないように、友達が協力してくれているだけって言ってたね」
「えぇ・・・。これでわたくしのところに現れたり、狙われる心配はもうなんですのよね?」
「そうだよ、よかったね。(だけどアルファさんが新しい命を得ても、十天君がまだ仕掛けてくるかもしれないよね)」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は彼女のブレスレットにちょんと触れ禁猟区をかける。
「オメガさんは何かして欲しいことはあるかな?」
「そうですね・・・。ここで皆さんと一緒に、お話をしたいですわ。その前に・・・お茶を淹れてきますわ。北都さんばかりに、お任せ出来ませんから」
「えっ、ちょっと待って!」
 部屋を離れるわけにはいかないし、かといってオメガを1階に行かせたら、騒動に気づいてしまうと慌てて仲間に携帯で連絡する。
「あれ?北都さんからメールだ・・・」
 ぽちぽちと操作し神和 綺人(かんなぎ・あやと)はメールを開く。
「えっと・・・。万が一のこともあるから、部屋から出られないんだ。誰か、変わりにお茶を淹れて来てくれる人いないかな?―・・・うーん」
「なんだかオメガさんが部屋を出て、お茶を淹れようとするのを止めたいみたいですね」
 彼の傍らからクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が画面を覗き込む。
「ごめんユーリ、行ってきてくれるかな?」
「ふむ・・・さすがに綺人やクリスが、このフロアを離れるわけにはいかないからな」
「オメガさんはゴーストの襲撃のことを知りませんし。お友達をもてなそうと、キッチンへ行きたがるのも仕方ないですからね」
「まぁ・・・、そういうことだな瀬織。茶くらい俺が淹れてこよう。これだけ長い時間いて、あまり顔を見せないのも、不自然だからな」
「とりあえず、北都さんにメールを返しておこうかな」
 パートナーに任せたから大丈夫だよ、と返信する。
「ん、メールが返ってきた。―・・・よかった、淹れてきてくれるみたいだね」
「お茶を持ってきてくれるから、ここで俺たちと雑談していようぜ」
 狼の姿の白銀 昶(しろがね・あきら)は彼女の袖をはむっと噛み、くいくいっと引っ張って椅子に座らせる。
「話題かー・・・うーん」
 オメガに何か聞きたそうな顔をしている九十九 昴(つくも・すばる)へ視線を移す。
「(アルファさんと傍で共存は、今は出来そうにないですね・・・。あの怖がり方を見ると、やはり無理かもしれませんし。彼女が別の生命を得たとしても、変わらないのでしょう・・・)」
 同じ姿の存在と共存をまだ拒んでいるのか・・・。
 守りたいという気持ちに偽りはないが、いったいどんな心境なのか、昴はじっとオメガを見つめる。
「(確か・・・日早田村という村で、3分の1の魂を奪われてしまったんですよね)」
 魂の一部を奪われた恐怖を忘れることは無理というもの。
 それに加えドッペルゲンガーの本質として、アルファが本物に成り代わりたいという欲望を、完全に捨て去ることが出来ないからなのだろう。
 渇いた喉を潤すために、目の前の水を飲むなと言われていることと等しいのだ。
 たとえ奪った魂をオメガに返しても、簡単に許されることではないし、全てなかったことにもならない。
 この先も彼女たちは、ずっと相容れないのか。
 2人の行く末も気になるものの、今は・・・。
「あなたのことを、もっと知りたいのです・・・・・・駄目、ですか?」
 どうしてかオメガ自身のことを知ってみたい。
 昴自身にもその理由はまだ分からないが、この不思議な感情を抑えきれず、彼女の傍に座る。
「わたくしのことを・・・?」
 今まで自分について聞かれたことがなく、きょとんと目を丸くする。
「言葉とか・・・誰に教えてもらったのか、ちょっと気になったんです」
「読み書きや言葉などは、レヴィアさんに教えてもらいましたわ。でも、パラミタの地に生まれた時は、独りきりでした・・・」
「答えづらいなら、答えなくてもいんですけど。オメガさんを生んでくれた親は・・・。―・・・・・・。(いないみたいですね・・・)」
 首を左右に振り寂しそうにする彼女に、気まずいことを聞いてしまったのかと口を閉ざす。
「この世に生まれた時から、今の姿でしたから。―・・・ただ、レヴィアさんが言うにはパラミタ内海から見える平原に、青色の魔力の結晶が集まっていく様子が見えたそうですわ」
「その集まった結晶がオメガさんという存在になった・・・ということでしょうか」
「えぇ、おそらくは・・・」
 白銀 昶(しろがね・あきら)のふさふさした黒い毛に覆われた背を撫で、オメガは考えるように言う。
「となると・・・生みの親は、パラミタの大地ってことになりますね」
「へぇ〜、そりゃ凄いなー」
 カーペットの上にちょこんと座っている昶がオメガを見上げる。
「(だけどその親と、ずっと会えていないんだよね・・・)」
 友達に囲まれて独りの孤独はなくても、生まれた地から引き離されたように暮らすのは、やっぱりちょっと寂しかったりするのかな・・・と、北都は独りぼっちだった魔女を見る。
「(外でゴーストと戦っている彼は、屋敷に入れないみたいだし)」
 十天君が屋敷にかけた術のせいで、育ての親にも触れられない状況だ。
 妖怪の女たちが術を解くとも思えないし、やっぱり彼女をここから出してあげるためには、研究所に向かった仲間が彼女たちを倒すしかない。
 今、封神されているのは6人・・・。
 少なくとも後2人、封神しなければ彼女に自由をあげることは出来ない。
「逆に、オメガさんが僕たちに聞きたいこととかないかな?」
 寂しい気持ちを少しでも減らして、幸せな時間を過ごしてもらえるように、話相手になってあげている。
「そうですわね、それじゃあ・・・」
 言葉を続けようとしたその時、トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「たいぶ話が盛り上がっているようだな」
 お茶を淹れてきたユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が扉を開け、テーブルにカップを置き、オメガたちの方へ寄せてやる。
「ありがとうございます、ユーリさん。よろしければ、一緒にお話しませんか?」
「いや・・・もう少し、屋敷の中を見てみたいからな。今は遠慮しておこう」
 見回りに戻ろうとユーリはお盆を抱え部屋から出て行った。



 その頃、2階のフロアでは・・・。
 綺人たちが窓付近を見回し、ゴーストどもが壁を登って侵入してこないか警戒している。
「ゴーストの襲撃が激しくなってきたね。鬼灯とミィちゃんも、見回りよろしくね」
 2人は彼の頼みにふよふよと飛んでいく。
「あ、おかえりユーリ」
「少し離れていたが、侵入されたりしていないか?」
「うん、今のところ大丈夫だよ。―・・・どうしたのかな、ミィちゃんたちがもう戻ってきちゃった・・・」
「綺人、ゴーストが接近しています!これは・・・1匹じゃないですね」
 ディテクトエビルで身体に纏わりつくような醜悪な気を察知し、神和 瀬織(かんなぎ・せお)は窓側へ視線を移す。
「ねぇ2人とも・・・。屋敷の中で見たの?」
 まさかと思い綺人がミィたちに聞くと、2人は焦ったようにふるふると首を左右に振る。
「この様子だとだいぶ近くまで来ているみたいだね」
 ゴワァッと地獄の天使の羽を背に生やし、壊れた窓の外から出る。
 クリスに抱えられては彼女の両手が塞がり、攻撃が出来ないし女の子に負担かけたくないからと、今度は自分の翼で挑む。
「無理はしないでくださいね、アヤ」
「うん。クリスもね」
「瀬織は万が一の時のために、そこにいてくれ」
「すばしっこいやつらですから、誰か1人でもいませんとね・・・」
 クリスとユーリも飛んでいってしまい、瀬織はポツンと廊下に取り残されてしまった。
「防ぎきれなかったら呼んでね」
「了解です、綺人・・・。(ネクロマンサーの翼だから、仕方ないんでしょうけど。何だか・・・2人と真逆な雰囲気ですよね)」
 こくりと頷きながら彼の禍々しい翼とクリスたちの翼を見比べる。
「さっきから僕のことを、瀬織がじっと見てるけど。どうしたのかな?」
「ゴーストが入り込もうとしているわけじゃありませんし。私たちを見守っているんじゃないですか」
「えー・・・そうかな」
「それよりもアヤ。余所見をすると、狙われてしまいますよ!」
 腑に落ちない顔をして注意力が欠けた綺人を叱り、彼に迫るヒューマノイド・ドールの触手を斬り飛ばす。
「ごめん、ありがとうクリス」
 彼はアルティマ・トゥーレの冷気を放ち、強酸を凍らせ胴体を断裂させる。
 亡者は真っ二つにされながらも、壁に足をかけて登ろうとする。
「しつこいやつだね・・・。半分になっているのに、反撃してくるなんてさ!」
 シュパッ。
 斬り裂いた触手がビタンッと地面に落ち、ぐねぐねと蠢く。
「うっ、もう半分のやつがこっちに!?」
 シュゥウウウーーッ。
 背後を狙われ振り返って返り討ちにしようとする前に、ゴーストの心臓の裂け目から強酸が噴出す。
「振り返らないでください、アヤ!」
 噴出された霧を吸ってしまわないように叫び、彼の背を守ろうとクリスが氷術で酸を防ぐ。
「自らの翼での飛行はまだ慣れていないのだから、あまり無茶をするな」
 ユーリは凍てつく炎でターゲットを砂利の上へ叩き落す。
「(まずいな・・・これ以上、飛び続けられないよ)」
 初めて飛ぶせいか綺人は疲労困憊してしまう。
「しばらく中にいたほうがいい。地獄の天使の翼で飛び続けるのは、走り続けることと同じことだからな」
 彼を休ませようとユーリは肩を貸して2階へ連れて行く。
「ユーリは大丈夫なの?」
「俺もずっと飛んでいられるわけじゃないが。慣れている分、多少は平気だ」
「うーん・・・そうなんだね」
 クリスだけじゃなくってユーリにも心配かけちゃったし、もっと体力作りしなきゃな・・・と心の中で呟く。
「(綺人の表情が暗いな・・・)」
 沈んだ顔をする彼にユーリは、クリスに抱えられたことを気にしているのか・・・?と見つめた。



「リュース、俺がいるからには怪我など許さんからな」
「分かってますって。それに満身創痍だと、オメガさんに挨拶して帰れませんからね」
 睨むように言うロイ・ウィナー(ろい・うぃなー)に、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)はいつもの爽やかな笑顔で言う。
「(とは言っても接近戦ですし、得にあの酸には気をつけませんと・・・)」
 洞窟の天井を這い回り忍び寄るゴーストの足音を聞き取ろうと耳を澄ます。
「それにしても・・・オメガさんやレヴィアさんの瑞々しい肌に嫉妬してるんですかね?。勿論、小僧のオレも瑞々しいお肌で皺知らずですけどね」
「ふむ・・・我はそのようなことを気にしたことはないが」
「あはははっ。気にならないってことは、それだけ若々しいってことですよ」
「それは別として、なめてかかっては痛い目をみるぞ」
「えぇ、分かっていますよ。それに・・・やられる前に、やってしまえばいいんですから」
 レヴィアに微笑みかけ、天井を這うゴーストたちの方へ視線を戻したとたん、冷徹な表情へ豹変させる。
「何度踏み殺しても懲りない、害虫みたいなヤツらだ。ゴミ虫のように、暗闇に逃げようと無駄だ」
 あの妖怪たちは醜悪な姿の玩具と同じような存在だと失笑して見上げる。
 バーストダッシュの加速を利用して地面を蹴り、その衝撃で土煙を巻き上げ・・・。
 ドゥッ、ゴキャァアッ。
 鳳凰の拳で抱き潰すように、オメガの大切な友に殺意を向けるキラーパペットの背骨を圧し折る。
 亡者の断裂した身体が地面へ崩れ落ち、潰れた臓物から汚らしくドロリと血が流れ出る。
 2度と立ち上がるなと見下ろし頭部を踏み潰す。
「―・・・くっ、しまった。まだいたか」
 ベタベタと壁を登ろうとする亡者の方へ振り返り舌打ちをする。
「1匹そっちに行ってしまいました!」
「窓から侵入する気か」
 剣の刃を滑らせゴーストの手首から腰にかけて裂き膾に突き殺す。
「ふぅ・・・やっと片付きましたね」
「しかし、またいつ仕掛けてくるか分からないからな」
「でしょうね・・・」
 あの女どもが諦めるまで、襲撃は止まらないだろうとリュースは嘆息した。