天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

図書館ボランティア

リアクション公開中!

図書館ボランティア

リアクション


ひとまずの落着

「随分と通いましたね」
 身にまとった漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)に話しかけられた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は本から顔を上げた。
「ゴーレム騒動が収まるまでと思っていたら、読みたい本をかなり読めましたわ」
「でも結局、あの書庫へは入れませんでしたね」
「ルールを破る楽しみもあるけれども、無理をしようとは思いません。私の知的好奇心を満たすためにも、ボランティアの皆様にはがんばっていただかないと」
 綾瀬は笑みを浮かべる。
「好奇心と言えば、人手が足りない理由はなんでしょうね。綾瀬から聞いてもらえませんか?」
 
「仕事の波が大きすぎるのが原因かしら。定期テストの前や新入生が入るころは随分と混雑するの。反対に春、夏、冬の休みはガラガラね。その時に溜まっていた仕事を片付けたり、前倒ししたりするんだけど、今回はその波がいつも以上に大きかったようね」
「根本的な対策はあるのかしら?」
 司書は笑顔でうなずいた。
「ボランティア希望の生徒さんに登録して貰うことになったの。急いで人手が欲しい時には、彼らにお願いしようって。それで業務の波にもかなり対応できるはずよ」
 綾瀬はうなずいてカウンターから離れる。



 ボランティア活動が始まって1週間。
 図書館の混乱は峠を越していた。特に顕著な成果を見せていたのが、蔵書整理だった。特にボランティウア学生が、それぞれの得意分野を生かしたことが大きくメリットに働いた。
 イルミンスール魔法学校の非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)はパートナーのユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)と一緒に、科学分野の蔵書整理に取り組んでいた。
「なるほど……基礎科学関連の本は、イルミンスールより此処の方が揃っているし、新しい感じですね」
 ざっと棚を眺めただけで、近遠は大まかに把握する。気になるタイトルの本に関しては、パラパラとめくって内容をチェックした。
 思わず本にのめりこみそうになったけれども、「近遠さん?」とアルティアに話しかけられて、「おっと、危ない」と踏みとどまる。
「それでは整理に取り掛かりましょうか」
 3人から「はい!」と元気の良い返事があった。
 アルティアが未整理の本を書架ごとに仕分けする。イグナがそれを運び、ユーリカが棚に収めていく。近遠はアルティアにアドバイスしつつ、科学分野の書架全体を見回っていた。
 分厚く重い本もたくさんある。4人がかりで整理をするのだが、空調の効いた図書館でも次第に汗が浮いてくる。
 そこに八日市 あうら(ようかいち・あうら)達が声をかける。
「こんにちは! 男手、要りませんか?」
 男手と言うには、ヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)はいくらかくたびれた風貌だったし、ノートルド・ロークロク(のーとるど・ろーくろく)は痩身ゆえに頼りがいが感じられない。しかしシギ・エデル(しぎ・えでる)は内も外もやる気満々だ。
「よっしゃ!力仕事は俺に任せとき!」とイグナを手伝う。シギほどパワフルではなかったが、ヴェルとノートルドもユーリカの助けにはなった。
「ありがとう。あうらさんは蒼空学園なのですね」
「ええ、試験前には良く利用するんだよ。試験勉強にはここが一番なんだよね。しかもタダで本が読めるんだから」
 読書ばかりで過ごしていた過去を持つ近遠が微笑む。目的はどうあれ、本が好きな者は好ましく感じた。
「でもね。私より、ヴェルさんの方が本を読むんだよ。ノートルド君は絵本とかが大好きなんだ」
「もう1人の方は?」
「うーん、シギ兄ちゃんは、あんまり読まないなぁ」
 2人の会話が聞こえたのか「俺はこっちが得意やからな!」と腕に力こぶを作ってみせた。
「それも良いとは思うんですが、週に1冊でも読む習慣をつけると良いですよ」
「あんたに言われるとしゃあないな。でも月に1冊くらいで勘弁してや」
 男手が増えたこともあったが、シギ・エデルの陽気な言動に、整理のペースがどんどん速まった。科学全体の棚がわずか半日足らずで完璧に揃う。
「他のコーナーに行ってみましょうか」
「もっちろん!」
 近遠&あうらグループが他の分野も着々と攻略を進めて行く。
 この台風に巻き込まれた1人に静かな図書館護る者を冠する風森 巽(かぜもり・たつみ)がいた。今日も今日とて仮面ツァンダーアクションスーツを来て作業をしている。
 1人で作業をしていた風森巽は蔵書整理だけではなく、館内の見回りや本探しの相談など、二つ名通りの活躍をしていた。スーツを奇異に思う利用者もいたが、風森巽が自然に接すれば、利用者も深く追求することはなく、むしろ彼の図書に対する知識と愛情を理解した。
「さて、この本は何処の棚かな……と」
 そこに近遠&あうらグループが「お手伝いしまーす」と取り囲んだ。ただしヴェルだけは「おじさんに無茶言わないでくれ、そこまでの元気はねえよ」と何歩か遅れてついてきたが。
「貴公達の助力感謝する! 我も全力を尽くそう! トウ!」
 最後のジャンプは余計だったが、「俺も負けちゃいられんでー」とシギを発奮させた。
 次いでユーリカ、イグナ、アルティアが近遠の指示で本を整理していく。ノートルドの影は薄く、ヴェルに至っては「ちょっと腰と膝がなぁ」とリタイヤの気配だ。
「うむ、1人でやるよりもはるかに早く進む。これが仲間のパワーと言うものか」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)仁科 響(にしな・ひびき)が担当した『魔術』の分野は、近遠&あうら&風森巽グループが来る頃にはほとんど終わっていた。
「協力はありがとうー。でもワタシ達のところは、大体終わってるしねぇ」
 頭を下げるとニコニコ笑って手を振った。
「満足すべき成果なのでしょうけど、こうなると不満にすら感じます」
 近遠が言うと、あうらも「そうだよね」と同意する。
「じゃあ、次はどこに行こうか!」
 新たな目的地を探すと、奇妙なお面が飛んでいるのを風森巽が見つける。
「む! あれは怪人? 今こそ仮面ツァンダーの出番だな!」
「トゥ!」と言いかけたところで、ヴェルが風森巽のマフラーをつかんだ。派手にスッ転ぶ、風森巽。
「待ちな! 確かありゃあ禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)ってので、ボランティアで見かけたぞ。オレ達と同じ蔵書整理をしているヤツだ」
 飛ぶ先にはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)がいた。
「手伝い? 良かった。人手はあるんだけど、2人とも愚痴ってばかりなので、効率が悪くって」
 ここでもヴェルを除いた8人は存分に力を発揮した。
 禁書写本 河馬吸虎は、空飛ぶ天狗の面にモザイクがかかっている微妙なデザインだったが、分かっているものはあえて口に出さないし、分かっていないものは口にできないと、なんとなく平穏な雰囲気で作業が進んでいった。
「ありがとう。私達はこれで失礼するわ。あいつらをねぎらってやらないと」
 リカインは2人を連れて帰っていった。
「皆様方、もっと面白そうなのがございましたわ」
 アルティアは早足でグループに戻ってくる。彼女に付いていくと、たくさんの触手が本をつかんでいた。
「今度こそ! トゥ!」と風森巽が飛びかけたところで、またヴェルが風森巽のマフラーを引っ張る。しかし今度は転ばなかった。
「あれもボランティアだな。なんとかって言う手記だったと思うぞ」
 ヴェルの記憶どおり、イルミンスールのラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)だった。
「手伝いとはすまないな。さすがボランティアを希望する生徒さんだけのことはあるか。ただこっちは手数は足りてるんですよ」
 ラムズはのんびり業務をこなしていたが、シュリュズベリィ著 『手記』はそれを補って余りあるくらい忙しく働いている。
「意外とこう言った雑務を進んでやられる方はいないと思ったんですが、世の中もまだまだ捨てたもんじゃないですねぇ」
 年長者に誉められて、ユーリカやアルティアが照れる。
「そう言えば『昔』はよくお手伝いして……? 何時の出来事でしょうね? んー……かなり前のような気もするんですが……」
 考え込んでしまったラムズを、皆が不思議そうに見つめる。
「あ、すみません。手が止まっていましたね。忘れてしまった思い出を探るより、こうして本に触れていた方が有意義ですからね」
「ここは大丈夫ですよ」と繰り返しラムズに言われた面々は他の書庫へと歩いていった。 
 2人……1人と1匹に戻ると、シュリュズベリィ著 『手記』がつぶやく。
「懐かしいな。どうせ覚えていないだろうが、主がまともだった頃は図書館に通うついでと称して、よく整理しておったんじゃぞ? あの時我を手に取らなければ、まだ正気のまま……いや、出会う前から既におかしかったか。止めじゃ。思い出しても陰鬱になるだけじゃしの。偶には時間も過去も忘れて、同族(本)に触れ続けるのも悪くない」
 触手は一段とスピードを上げた。



 システムとホームページは劇的に改善…………は、しなかった。もちろん利用者の掲示板やお勧め書籍など項目は増えているものの、見かけはほとんど変わっていない。しかし検索レスポンスを含め、見えないところで効率は格段に上がっている。
「使い勝手を考えて、画面には極力手をつけないでおいた」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の説明に、他の5人が納得する。
「良いと思いますよ。この手のコトでは、やたら変えたがるエンジニアが少なくないけど、利用者のことを考えれば、変えない方が良い場合のことも多いですわ」
 ニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)がホームページで各項目をチェックしていく。入荷希望のコーナーでシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)の手が伸びる。
「そこには『パラミタ名酒百科事典』を入れておいてくれ。ただの酒紹介本だと思ったら大間違いじゃぞ。酒ごとの美味しい飲み方や会うオツマミ、一番美味しく飲める季節なども載っておる! まさに酒飲みにとっての聖書と言って良い一冊じゃ!」
 “オツマミ”に反応したのか、ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)のお腹がクゥと鳴った。
「ひと段落したことですし、美味しいもの食べに行きましょ」
 ここでも異論は出なかった。 


「ここでお勧め図書の入力ができるって聞いたのですけど」
「早いのね。明日から運用開始ですけど、入力はできるわよ」
 司書に案内されて佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)仁科 響(にしな・ひびき)は端末の前に座った。
「あなた達で2人目ね。最初の女の子は何だったかしら『らぶらぶぬこたん……』とか言うのを推薦して行ったのよ」
 長い題名が画面に現れる。2人は気にする様子もなく、『フィンマックール』シリーズを登録した。
「知識の鮭かぁ。ボクも一度味わってみたいな」
「飛び跳ねるくらいだから、随分と脂が乗ってそうだ」
 登録が終わっても、2人の会話は長々と続いた。