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第三章 回収班の転機

 昨日のままに浮かない顔をしたリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)橘 美咲(たちばな・みさき)。その一方でクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はにやけ顔を隠さなかった。
「何か良い方法でも思いついた?」
 リアトリスならずとも聞いてみたくなるのは当然だ。
「実は……ヒソヒソヒソヒソ」
「ええっ! 僕達の写真っ?」
「それから……カクカクシカジカ」
「私達がそんな!」
「そこで最後に……ウンヌンカンヌン」
「グルルル♪」
 クロセルの説明に、出番の与えられたヴァルヴァラ・カーネーション(ばるばら・かーねしょん)までが喉を鳴らした。
 まずは撮影会。クロセルがリアトリスと美咲を一人ずつカメラに収める。
「良いねー。ハイ、そこでウインクしてみようか。そうそうポニーテールが良い感じだよー!」
 外見は女でも実は男のリアトリスは恥ずかしそうだ。写真の使い道を聞かされてはなおさらだった。
「そうそう、おしとやかでキリッとした具合に! そこでニッコリ微笑んでみようかー」
 袴姿の美咲はにこやかに笑顔をカメラに向けた。
 2人を映した写真の選定に入る。
「これなんてどう?」
 美咲の勧める一枚にクロセルが難色を示す。
「良い感じに映ってるけど、もっと『私、頑張ってます。よろしくお願いします』みたいなのが良いと思います」
 次にメール文章の作成に取り掛かる。
「基本的にはこのくらいかな」
 リアトリスが下書きを2人に見せた。


 突然のメールごめんなさい。
 あなたのことを見かけて忘れられなくなりました。
 ぜひお友達になって欲しいんです。
 本当は直接声をかけられれば良いんですけど勇気が無くって。
 それでつてをたどってメールアドレスを教えてもらいました。 
 今日の3時、蒼空学園の図書館のロビーで待ってます。
 
 あなたのリアトリスより


「ちょっと硬いかな。絵文字の一つも入れてみようよ。顔文字なんかも良いわね」
「でも軽く思われてはスルーされそうです。むしろ‘運命の出会い’とか‘一目見て電気が走りました’とか、もっと衝撃的な文言を」
「僕としては要点だけ短くまとめた方が、‘精一杯’の感じがして良いと思うんだけど」
「時間はもっと早い方が良いわ。考える隙を与えないくらいにしないと」
「じゃあ、1時間後くらいにして……っと」
 そしてメールの送り先、リストの中からヴァルヴァラが有無を言わさず選び出した。
 その人物にメールを送る。もちろん選び抜かれた写真を添付して。

 図書館のロビーに楚々として腰掛けるリアトリスに声をかけてくる空京大学の学生がいた。彼は少し疑り深い視線を送ったが、リアトリスの恥ずかしそうにそれでいて待ち焦がれていたかのように笑顔を見て、すぐに表情が緩んだ。
「ここじゃあ他の人もいるので、もっと静かなところに行きませんか?」
 リアトリスに手を引かれた男子学生は、興奮を隠し切れない様子でついてくる。
「この部屋は使われていないはずです。スイッチは壁際にありますから」
 それだけ言って、男子生徒を部屋の中に押し込むと、外側から鍵をかけた。無論、あの作業部屋である。
 部屋の明かりがついたかと思うと、「うわああああっ!」と叫び声が響いた。
「大丈夫……ですかぁ?」
 リアトリスが扉を開けると、ヴァルヴァラにのしかかられて、しゃぶり回されている男子学生が目に入る。
 鋭い爪でシャツを引き裂くと、胸元に顔を擦り付けて首筋から顔を嘗め回す。両の前足は絶え間なく全身をまさぐっていた。ヴァルヴァラ自身が選び出しただけあって、好みにピッタリ渋めの学生だった。
「やめろよ! 誰か止めてくれ!」
 数分の後、リアトリスが「もう良いでしょ」とヴァルヴァラに声をかけると、渋々離れた。
「お婿にいけなくなったらどうしてくれるんだ!」
 男子学生は、よよと泣き崩れる。
「何、言ってるの! これが目に入らないのかーっ!」
 いつの間に用意したのか、美咲が一日図書委員の腕章をしている。間近で男子学生に見せ付けると、「大人しく返却期限の過ぎてる本を返しなさーい!」と怒鳴りつけた。
 間に割って入ったクロセルが事情を説明する。端から見れば明らかにやり過ぎ感はあるのだが、図書館の本を延滞している男子学生には負い目があった。
 誓約書で一筆とって、返却を確約させる。「もし今度遅れたら、家に乗り込むかも」とリアトリスがヴァルヴァラをけしかけようとすると、男子学生はシャツの切れ端をつかんで逃げていった。
 これと同じ調子で、午後には美咲が男子学生を呼び出して、2枚目の誓約書を取った。
「次は俺がターゲットになって、女子学生をおびき寄せよう」
 クロセルは意気込んだが、リアトリスと美咲は複雑な表情をした。
「うーん、まずその仮面を外した方が良いんじゃ……」
「当たり前よ」
 美咲がクロセルの顔に手をかけようとすると、クロセルは必死で抵抗する。
「これは俺にとって、顔の一部とも言えるものなんです」
 抵抗むなしくはぎ取られる。次いでマントも引っぺがされて髪型も整えられた。
「もう、お婿に……行けない……」
 嘆くクロセル。しかし美咲とリアトリスは問答無用とばかりに、クロセルの服装を整える。
「これなら……なかなか」
「僕もそう思います」
 2人が見下ろす先には、ヴァルヴァラに顔を嘗め回されているクロセルがいる。渋さの点では物足りなかったが、精悍な顔立ちは十分に食欲がそそられたらしい。
「それでも3人では少ないわね。助っ人を頼みたいものだわ」
「他にもボランティアの方がいるんだから、事情を説明して手伝ってもらおうよ」
 そう決めた2人は、人手を集めるべく部屋から出て行った。
「おーい、俺はどうなるんだ! あっ、そんなとこまで! ホントにお婿に行けなくなるっ!」
 相変わらずヴァルヴァラに嘗め回されているクロセルを残して。


 鼻歌交じりに軽々作業をこなしていたのは昨日のこと。その時、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)から「あたしって意外にもこういう仕事向いてるかも」「将来は図書館司書になろうかな」などの言葉を聞いた気がした。
 しかし今日になると、明らかに作業がペースダウンしている。
「ねぇ、セレアナー」
 何か言い出そうとしたセレンフィリティの口に、セレアナが人差し指を当てる。
「面倒になった、なーんて言葉は聞かないからね。昨日のやる気はどこに行ったの?」
「昨日は昨日よ。ちょっとゴーレムの様子を見に行かない?」
「行・き・ま・せ・ん。書庫や貴重な本を壊しでもしたらどうするの? 弁償なんてゴメンだからね」
「ほら、その時はあたしの貯金でさ」
「貯金? どこの銀行に口座があったかしら」
「嫌だなぁ。忘れたの? ホラ、机の上に子豚ちゃんの貯金箱があったじゃ……イタッ!」
 分厚い本がセレンフィリティの頭に落とされた。
「小銭が何枚か入ってるだけじゃないの! 良いからホラ!」
 手渡された本を棚に並べていく。
「…………ねぇ、そろそろ……夏も終わるわね」
「えっ?」
 したくもない本の整理をさせて、ついにセレンフィリティの頭がどうかなったかと思ったセレアナ。セレンフィリティの目は遠くを見つめていた。
「な、何言ってるの? 夏はこれからじゃない」
「ううん、そうじゃないの。あたしの夏は終わったの……」
「セ、セレン、あなた……」
「セレアナ、夏が終われば、次はどうなると思う?」
 遠い眼差しをセレアナに向ける。その深い視線にセレアナは動けなくなる。
「そうね、秋の季節……よね。……どこか寂しく、物悲しい」
「うん! 秋よね。つまり‘飽き’が来ちゃったの!」
 ゴン! と大きな音がして、セレンフィリティが後頭部を抱えた。
「イッテー! 角は反則だよ!」
 いつまで続くかと思われた、夫婦? 漫才だったが、橘 美咲(たちばな・みさき)が話しかけてきた。
「お2人に頼みたいことがあるんです」