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第五章 本の誘惑

 新たに回収班として、男5人、女4人のボランティア学生が集められた。彼らを前に疲れきったクロセルが内容を説明する。顔や首筋に引っかき傷が、それを誰も口にできない雰囲気があった。
「……と言うわけで、皆さんにも協力して欲しいんです」
「面白そうじゃない。あたしはやらせてもらうよ。可愛い子が良いね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は「ちょっと……」と止めようとしたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を振り切って手を挙げた。
「あ……まぁ、いろいろいるようですから」
 クロセルはあわててリストに目を落とした。
「私達でも……できますか?」
 これまでモテた経験のないことを自負している琳 鳳明(りん・ほうめい)セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は、不安そうに周りを見る。
「大丈夫です。自信を持ってください」
 グッとポーズを取る。
「フェミニストの俺としちゃあ、女の子を騙すのは性に合わないんだがな」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の言葉にパートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が首を傾げる。
「むしろ女性の過ちを正すことこそ、真のフェミニストなのではないか」
 エースは「むぅ、そうかもな」と納得する。
「ベルテハイトには、もってこいの役目だぜ」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)に言われたベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は『心外な』とばかりに言い返す。
「女性が集まるのはあちらの意思であって、私が意図しているわけではない。まぁ役に立てるのならそれも良いだろうが」
 グラキエスのもう1人のパートナー、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)の足元には、ヴァルヴァラがうれしそうにまとわりついていた。


「あー、秋霜烈日、厳格な法の番人でなければならぬジャスティシアたる私としたことがー」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は1冊の本を前に頭を抱えていた。
 タイトルはらぶらぶぬこたんは今日も元気印、みんにゃにもみーたんの元気を分けてあげるニャン。猫がメインの写真集。
「百合園転校前という事は、去年暮れの東西決戦前ですから、軽く半年は延滞していたことになりますね」
 パートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)は、しげしげと本を眺める。
 千歳が忙しいからと代わって図書館からの電話に出たイルマは、その題名を告げられて耳を疑った。
「でもね。とっても良い話なんだ。それだけにこのハートフルストーリーを他の人が触れる機会を不当に奪ってしまった私は、なんと罪深いことだ。でもな、本当にほんとーに良い話なんだ。タイトルがちょっと長くて、そのせいで敬遠してしまう人も多いと思うんだが、中身はすごくよくできてて……何よりぬこたんがサイコーに可愛いにゃん、いや、もとい可愛いんだ」
「可愛いにゃんはともかく、まずは返却に行きましょう。その後のことはそれからです。幸いボランティアを募集しているそうですから、お詫びに書庫の整理を手伝うなり、問題になっているゴーレムの対処をするなりですね……」
 説教を始めかけたイルマを横に、千歳は届いたメールを熱心に見つめていた。
「……千歳、私の話、聞いてないですね」
「えっ? ああ、ごめん。ちょっと急用ができたから、図書館に行ってくる。その本、返しといてー」
 千歳は飛び出していった。
「図書館に行くなら、持って行けば良いのに……」
 イルマは眉をひそめると、自分も図書館へと足を進めた。

 図書館のロビーが見渡せる場所に来ると、千歳は携帯の画面を開く。


 朝倉千歳さん

 いきなりのメールごめん
 蒼学で知ってる人がいたんで、頼み込んでメルアドを教えてもらったんだ
 本当は直に告白しようと思ったんだけど、そこまでの勇気が出なくって
 かと言って諦めようにも、どうしても諦めきれなかった
 このメールを見たら、蒼学図書館のロビーに来て欲しい
 いつまでも待ってる

 グラキエス・エンドロア


 いくぶん緊張した面持ちの写真が添付されて送られてきたメール。昨年まで蒼空学園にいた千歳は、友人こそ多くはなかったが、アドレスを知っている生徒も皆無ではない。『いたずら? でも確認するだけ』と図書館に急いだ。図書館のロビーでは、グラキエスの赤い髪がすぐに見つかった。

 ── 待てよ、あっちも似たようなメールで誰かに呼び出されたのかも。2人して騙されたって可能性もあるか ──

 注意深く周囲を確認するが、それらしい気配は無かった。普通に図書館を利用する学生、図書館の職員や関係者、そして最近募集していたボランティアらしき学生くらいだ。その間にもグラキエスの心配そうに待つ様子がありありと見てとれる。

 ── あっちの態度で対応を変えれば良いか ──

 千歳は意を決してロビーに進む。すぐに千歳を見つけたグラキエスが駆け寄ってきた。
「来てくれたんだ!」
 千歳はグラキエスの表情を見て彼が呼び出したことを理解したが、『まだ油断できない。彼もグルかも』と表情を引き締めた。
「目的はともかく、まずは誰にアドレスを聞いたのか教えて貰おうかな」
「ごめん!」
 グラキエスは大声で謝ると、その場に土下座した。
「ちょっと、こんなところで大声を出すなよ。他の人に迷惑がかかるじゃないか」
「無理に教えてもらったから、そいつに迷惑をかけたくないんだ。それに俺の気持ちを分かって欲しくって」
「とりあえず場所を変えよう。ここじゃあ話もできない」
 千歳はグラキエスを立たせたが「それなら良い場所がある」と反対に引っ張られる。しばらくして「ここだ」と一室に駆け込んだ。
「今、明かりをつけるから」
 いきなりの明るさに千歳は手をかざしたが、目が慣れると一匹のケモノに目が行った。その他の人間には目もくれずに。
「キャー! ネコたんだー!」
 女相手では興味なしと部屋の隅に寝っころがっていたヴァルヴァラに千歳は飛びついた。ライオン、トラ、チータ、そしてもちろん黒豹もネコ科の動物である。ネコ大好きな朝倉千歳にとっては、千載一遇のチャンスだった。
「ネコたんネコたんネコたんネコたん…………」
 襲ったことはあっても、襲われたことのないヴァルヴァラが、なすがままにされている。
「どうすんの、これ?」
 グラキエス達もあっけに取られていたが、ベルテハイトが「写真を撮っておこう。使えそうだ」とカメラに収める。その機会はすぐにやってくる。
 やがて千歳の熱烈な抱擁から逃れたヴァルヴァラが、懸命にアウレウスの影に隠れる。そこでようやく千歳は、他の人間に気がついた。
「あなた達、一体何? やっぱり私を騙したな!」
 グラキエスが頭を下げる。先ほどは土下座だったが、今度は軽い会釈。
「騙したのは当たり。でも随分と楽しい思いができたんじゃないか」
 指差す先にはカメラの液晶画面。ヴァルヴァラを抱きしめて転げまわる千歳の醜態が収められていた。
「返せ!」
 飛び掛かられたベルテハイトがアウレウスにカメラを放り投げる。千歳より30センチ近く身長の高いアウレウスがカメラを高く持つと、千歳にはなす術もなかった。
「何が目的なんだ!」
 そこに橘美咲が進み出る。
「やいやいやい、こいつが目に入らねーか!」
 芝居がかった動作で、葵紋の印籠でもなく桜吹雪でもない腕章を見せ付けた。そして長すぎて覚え切れなかった本のタイトルを書いた紙を広げる
「えーと、この……『らぶらぶぬこたんは今日も元気印、みんにゃにもみーたんの元気を分けてあげるニャン』……を返しやがれ!」
 本のタイトルを言ったところで、千歳以外の全員から爆笑が起きる。そこでクロセルが説明した。
「俺達は図書館ボランティアの回収班なんです。長期間返却が遅れている人に、こうして図書館に来てもらってるんです」
 千歳は原因が自らにあることを納得した。
「返す気のある人は、図書館に来るついでに返してくれるんですけど」
 反論できない千歳は、イルマに電話をかける。やがてイルマが部屋を訪れる。
「ですからあれほど言いましたのに、皆さん、申し訳ありません。私が先ほど返しておきました」
 イルマはボランティアの面々に頭を下げる。
「愚かしいとは思いますけど、仕方ないですわね。お詫びになるかは分かりませんが、書庫の整理でもなんでも、こき使ってやってください」 
 それだけ言い残すと帰っていった。
「ごめんなさい。頑張ります」
 残されて素直に頭を下げる千歳。図書館ボランティアが1人増えた。