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第12章 性別はどっちだ!

 始まりは、葦原明倫館所属の東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)の元に、パートナーのキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)から矢文が届けられたことだった。
「や、矢文……!? キルティって、弓矢使ったこと無かったんじゃ……」
 知らない誰かに当たってしまったらどうするつもりだったのだ、と秋日子はキルティスの行動に冷や汗をかいた。ちなみにキルティスが矢文という方法を選んだのは「1度やってみたかったから」という理由からである。
『おはよう秋日子さん。
 世の中というのは実に色んな性別がありますよね〜。まず普通に男と女。ですが外見と中身を入れ替えた、すなわち「男装の麗人」や「男の娘」というのも存在するのは秋日子さんも知っての通りです。違う呼び方があるのはこの際気にしない方向で行くようにしましょう。
 ところで私はひとつ見てみたいものがあります。それはすなわち、「女装した男性」の姿です。何かしらのパーティであれば仮装と称して女装してくる人はいるでしょうけど、私が見たいのは「普通の状況においてそれをやっている人」の姿だったりするんですよね〜。
 そこでそちらの使命ですが、外見性別が男性の方を誰でもいいので女装させ、その証拠写真を撮ってくることにあります〜。
 言うまでもないでしょうが、秋日子さんもしくは秋日子さんのメンバーが女装を断られあるいは逆に男装させられたとしても、当局は一切関知しませんからそのつもりで〜。
 なおこの手紙はすぐに消去してくださいね〜。成功を祈ってます』
 追伸として、「指令が達成できたら、自分の本当の性別を教える」と書かれており、それを読んだ秋日子は、
「こ、こんなの難しいよ……!? でも成功させたらキルティの本当の性別がわかるかも……」
 男装時と女装時それぞれの状態に応じてキャラクターを変えるパートナーの本来の性別はわからない。だがこの指令を達成させることができればそれがわかるかもしれないというのだ。とはいえ、男を女装させるというのは非常に難題であったが。
「男の人に女装してくれって頼むなんて恥ずかしいよー! でも、性別のために絶対遂行しなきゃ!」
 結局報酬に釣られて、秋日子はこの指令を遂行することに決めたのである。女装させるための小道具として、百合園女学院の新制服は用意した。後はこれを男に着せるだけでいいのだ。

 だが現実は非情だった。秋日子が頼もうとも、女装してくれる男が見つからなかったのである。
 わざわざヒラニプラにまで行ったら、道の真ん中で奇妙な臭気を発している軍人――つまりはゴットリープ・フリンガーに出会うわ、空京で「女装してもあまり違和感が無さそうな男性」を見つけたと思ったら実はそれはすでに男装した女性――ローザマリア・クライツァールだったりするわ、はたまた空京にて道のど真ん中で銅鑼を連打する変な男――要は久多隆光に声をかけられるわと散々な目に遭ったのである。
「む、無理だよ〜……。っていうか、どこもかしこもゲームの『指令』に夢中になってるから、頼むことすら難しいよ〜……」
 最初は女装しても大丈夫な男を、無理なら適当に男を、と決めていた秋日子だったが、どちらにせよいい人材が見つからなかった。結局他人を女装させるのは不可能だと判断した秋日子は、キルティスにヘルプコールを入れた。ギブアップを宣言するためである。
「……もしもし、キルティ?」
『はーい秋日子さん、どうしましたか?』
 携帯電話の奥から快活な声――女装モードのキルティスのそれが聞こえる。
「ごめん、ギブアップします……」
『ありゃ〜、さすがに無理でしたか〜』
「ヒラニプラや空京まで行ったんだよ!? それでもなかなか見つからなくて……。それにみんな自分の『指令』で忙しかったし、その前に女装してくれる男の人なんて見つからないよ〜!」
『まさか秋日子さん、真面目に「男」を対象に探しちゃったんですか?』
「え、そうだよ? 途中で男装した女の人に会ったけど、さすがにそういう人に女装させるのはだめでしょ?」
『あらら……、真面目に取り組んじゃいましたか。惜しいですね〜、実はこれ、抜け穴があったのに……』
「ぬ、抜け穴?」
 実はキルティスの指令には落とし穴がある。キルティスは指令の文面に「外見性別が男性の方を誰でもいいので」と書いた。「外見性別が男性」の人間を誰でもいいというのであって、何も「見た目も中身も男」を女装させる必要は無かったのだ。すなわち、空京で男装していたローザマリア・クライツァールに女物の衣装を着せ「外見女」に戻せばいいという指令の抜け穴があったのだが、どちらかといえば真面目な方の秋日子はそこまで狡猾になれなかった。
『私は「外見性別が男性の方」と言っただけで、別に中身が男性の方を、と言ったつもりじゃなかったんですけどね〜』
 もっとも、実際に男装した女を女装させた場合、キルティスは
「いくら外見が男性だからって、女性を女装させたって意味が無いでしょ〜」
 と逃げるつもりでいた。
 そう、キルティスは初めから自分の実性別を教えるつもりなど無かったのである。これははっきり言って詐欺もいいところだが、そうでもしなければ自らの特徴の1つが無くなってしまうため、これは仕方が無いことともいえた。
 もちろんそんな事情を知らない秋日子は、電話越しにパートナーに叫んだ。

「……今回は運が無かっただけだよ! 次があったら絶対に遂行させてみせるんだからーー!!」