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第13章 ビューティ・ペアのセレブなお時間

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はこの日を楽しみにしていた。今日はパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と一緒に空京の高級ホテルのプールに行くことが決まっていた。セレブ気分を味わいながら恋人のパートナーとデートである。
 そう、思っていた。
「……何これ?」
 目覚めたセレンフィリティの目の前には、なぜかオープンリールのカセットテープデッキと1枚の店のチラシ、そして水筒が鎮座していた。デートを楽しみに起きてみたらセレアナの姿は無く、静かな部屋にこれだけが残されていたのである。
 このまま何もしないでいたら埒が明かないので、仕方なくセレンフィリティはカセットテープを再生することにした。
『……おはようシャーレット君』
 デッキからはセレアナの声が聞こえてきた。この時点でセレンフィリティは理解した。これはつまり「ミッション・ポッシブルゲーム」だと。
『今現在、私は君と一緒に行く予定だった空京の高級ホテル、そのプールに来ている。普段通りに普通にデートを楽しむのもいいのだが、たまにはちょっとした刺激があってもいいだろうと思ってこれを送りつけた次第である』
「……一体何を考えているのやら」
 セレンフィリティの呟きには答えず、セレアナの声は続く。
『そこで君の使命だが、本日、空京市内にある「知る人ぞ知る洋菓子店」で売られている1日10個限定の幻のフルーツゼリーケーキ、それから「空京百貨店の紅茶専門店」でケーキに合う紅茶とミネラルウォーターを購入し、それでアイスティを作ってそこの水筒に詰め、午後3時までに私のもとへ届けることにある。どうしても入手不可能な場合は、その店で売られている別のケーキでも構わない。何しろ10個だ、案外すでに無くなっている可能性はある』
「……結構ハードじゃない」
『なお、ゼリーケーキ入手までに殺気立ったライバルに足蹴にされ踏みつぶされたとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る』
 テープの回転が止まって数秒後、テープは白い煙をあげて文字通り消滅した。
「まさかこんなのを送りつけてくるとは、やるわね、セレアナ……」
 頭を抱えながら、それでも出かける準備は忘れない。確かに急がなければ限定のケーキは無くなってしまう。せっかくのデートなのだ、できれば確保したいところである。
「見てなさいよ、セレアナ〜!」
 意気込みを1つ、セレンフィリティは大急ぎで家を飛び出した。

「おっ、かわいい彼女、1人かい? 暇だったら俺たちと一緒に泳がない?」
「悪いけど、私はすでに売約済みなの。他を当たってちょうだい」
「ちぇっ、なんだよ。それならそんな格好してんじゃねーよ……」
 今頃セレンフィリティは空京を大慌てで走っている頃だろう。セレアナは恋人とデートする予定のホテルのプールサイドにて、そのすらりとした肢体を惜し気も無くデッキチェアに横たえながら、のんびりと本を読んでいた。ナンパしに来た男が言い捨てたように、今のセレアナの格好はハイレグのワンピース水着姿であり、これで声をかけるなとはさすがに酷である。
(ま、たまにはこういう日があってもいいよね……)
 読みかけの本を近くのテーブルに置き、パートナーが東奔西走している姿を想像しながらその場で体を伸ばす。
 セレアナがセレンフィリティに対して指令を出した理由の1つは、指令テープにあったように「たまにはちょっとした刺激があってもいいはず」というものだったが、実は他にも理由があった。
 シャンバラ国軍の軍人のくせに、いい加減で、大雑把で、気分屋で、しかもメタリックブルーのトライアングルビキニの上からコートを羽織っただけの姿というどう考えても軍人らしからぬ格好をし、しまいには何事も雑に行い何でも破壊するセレンフィリティは、普段からセレアナのことを振り回す――別にセレアナの体を持ってジャイアントスイングをするとかそういう意味ではないが――という悪癖がある。いつも「やられている」のは自分だが今回は状況が違った。世間では「スパイ小作戦ごっこ」が流行している。ならばこの際、それを利用して彼女に仕返しでもしてやろうではないか。
 それがセレアナがこのような行動を起こした理由だった。
(たまには主従逆転もいいじゃない。もちろん毎回やると逆につまらなくなるわ。たまにやるからこそ面白いのよ)
 時計を見る。近くに設置された大時計の針は午後2時30分を教えていた。
「後30分。さてセレンはどうなったかしら、そろそろ来てもいいはずだけど?」
 その言葉が予言になったのか、少し離れた所から大きな足音が聞こえてきた。セレアナがそちらを見やると、水筒を肩から提げ、片手にケーキの箱を持ったセレンフィリティの水着姿が乗り込んできたところだった。
「待たせたわねセレアナ!」
「タイムリミット30分前。やるじゃないセレン。それで首尾は?」
「この通りよ!」
 セレンフィリティが突き出したケーキの箱は、確かに有名洋菓子店のもの。そしてその中には、確かにフルーツゼリーケーキが2人分入っていた。

 セレンフィリティが空京についてからの行動は非常に早いものだった。
 まず指示されたように有名洋菓子店に急ぐ。場所はセレアナがカセットテープと共に置いていたチラシがあるからすぐにわかった。色々と軍人らしからぬところのある彼女だが、腐っても国軍の歩兵科所属の女。軍隊訓練で鍛えられた足をもって全力で走ったところ、見事にその店に辿り着いた。
「フルーツゼリーケーキ2個!」
 店に入るなりセレンフィリティはそう叫んだ。他にも買い物客はいたが、幸運にも限定ケーキは在庫があったらしく見事に購入することに成功したのだった。
 買ったケーキの箱に保冷剤を入れてもらい、ひとまず店の中――冷房が利いているため外に出るよりは保冷効果が高いのだ――で休憩する。
 その場で息を整えると、今度は特に急がず、次の目的地である「空京百貨店」へと足を進める。ケーキの箱には保冷剤がついているため、外に出ていても冷たいままだ。百貨店に着いた彼女はすぐさまミネラルウォーターと、2つのケーキに合わせるために水でも作れる紅茶を選ぶ。購入後はすぐに空いた場所へ行き、その場で紅茶を作った。

「十分よ。お疲れ様、セレン」
 空京内を疾走していたであろうパートナーに対し、その恋人は労いの言葉をかけてやる。
「それじゃ、3時にはちょっと早いけど、午後のティータイムにしましょうか?」
「そうね、そうしましょ。さすがにもう足が疲れたわ」
「でしょうね。……そういえばセレン、着替えてこなくていいの?」
 セレンフィリティから水筒を受け取り、あらかじめ持ってきておいたコップに紅茶を注ぎながら、セレアナは目の前の女の服装を確認する。
「残念でした。すでに着替え済みよ」
 言ってセレンフィリティはコートを脱ぎ去る。その下には今日のために用意した花柄のトライアングルビキニが身につけられていた。
「さすが【ホット・ビューティ】。その辺は抜かりないわね」
「あら、そう言う【クール・ビューティ】も今日は最初からその姿だったんでしょ?」
 軽口を叩きあうビューティ・ペアの優雅なお茶会は、たった今始まったばかりだ。