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首狩りの魔物

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首狩りの魔物

リアクション

「急げ! 水竜」
 地祇を乗せた水竜は超高速で空を駆けていく。その背には契約者達も乗っている。彼らは鏡から飛び出した無想の首を追って、赤津城村を目指しているところだ。
「早くせねば、取り返しのつかぬことになるぞ」

 水竜を急き立てる地祇に向かって緋雨が尋ねた。

「ねえ、こんな時にこんな事聞くのもどうかと思うんだけど」
「なんじゃ?」
「無想の首を封印していくれといった高僧って、どんな人なの? そんなに強い無想を倒せるなんてよっぽどの達人よね。その人に頼めば無想をもう一度倒せるかもしれないわよね」
「知らぬ」
 地祇は振り返りもせずに答える。
「奴は、まともに名乗りもせねば、顔も見せなんだ! どのみち100年も昔の話じゃ。とうに死んでいてもおかしくはない」
 言ってしまってから地祇は首を傾げた。
「……いや、しかし今思えば不思議な男だったの。坊主とは思えぬ程たくましい体つきをして……」
 そして、さらに考えてからつぶやく。
「もしや……いや、そんなはずはない……しかし」
 

***

「ふーん。そういう顔をしてたんだ」

 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が無双の正面に立つ。

「結構男前なんじゃないの?」

 無想はぎょろりと竜造を見下ろした。その目を見返し竜造は言う。

「そう、睨むなよ。お前にゃ、親近感を持ってるんだ。なにしろ、ひたすら強者を求めて戦い抜いたその生き様は決して他人事じゃねえ。お前の姿は俺が辿る一つの末路だ。だがな……」

 と竜造は無想を睨めつける。

「どんなに強かろうが首掻っ切られて絶命した時点でお前はもう終わってるんだよ。それが化け物になってまでこの世にしがみつきやがって……未練がましいったらありゃしねえ。なら、俺がその未練きっちりぶった斬ってやるよ!」

 そして、梟雄剣ヴァルザドーンを構えると砲弾を一発ぶっ放し、一気に接近。近接戦闘に持ち込む。
 接近して注意するとしたら無想が通った後に見られる瘴気だ。竜造は、そう判断すると【歴戦の生存術】を自らにかけて瘴気対策とする。そして、無想の挙動から次の動作を【行動予測】し、つかず離れずを保つ。
 無想はひたすら大太刀を振るうばかりだ。しかも、どういうわけかその動きにはキレがない。あさっての方向を斬っているよう。
「どうした? 調子が出てねえぞ」
 竜造は揶揄するように言った。無想は向き直り、今度は竜造の真っ芯に太刀を振りおろす。
 竜造は、向かって来た太刀を武器で流して対処。しかも、ただ流すのではなく【百戦錬磨】の経験と勘を駆使して少しずつ負担を蓄積させるように力を加えて流していく。そして、すぐに攻撃を仕掛ける竜造。無想の攻撃に合わせ、得物の柄部分に【金剛力】で使った一撃をぶち当て、蓄積させた負担で攻撃を鈍らせるよう仕向ける。

 ガ!

 その勢いで無想がよろめいた。それを見て竜造は笑う。
「どうしたんだよ? 首がしっくりと合ってないんじゃねえのか?」
 さらに、そのまま無想に滑り込むように肉薄し、【アナイアレーション】をぶちかます。

 ザク!

 竜造の刃が無想の体を斜めに切裂く。
 真っ赤な血が無想の体からほとばしる。

「うおおおおおおおおおおーーーーー!」

 無想は、咆哮を上げた。
 そして、電光石火の速さで竜造に飛びかかると、その体をつかみ恐ろしい力で地面に投げつけた。

「!!」

 竜造は地面に叩き付けられ昏倒する。
 無想は、気絶した竜造に体の上にまたがり、頭をつかみその首をへし折ろうとした。
 その時、


「まてーーーーー」

 上空から声がする。

 水竜に乗り地祇達が現れる。
 地祇は無想の姿を見ると目を丸くした。

「あれが無想? ……では、やはり」

 無想は、地祇達を一瞥しただけで再び竜造の頭をつかむ、そして、力をこめてへし折ろうとした。

「よせ! 無想! お前がしたかったのは、そんな事か?」

 不可思議な言葉を吐き、地祇は水竜から飛び降りる。

「こんな風になるために、私にその首を預けたのか?」
「え?」
 緋雨がいぶかしげに地祇を見る。
「ちょっと、それ、どういうこと?」

 地祇が答えるより先に、無想が血の涙を流し始めた。どうしたのかと見守る一同の前で無想は泣きながら言った。

「違う。私の求めたのはこのような事ではない。しかし、遅すぎたのだ。私の『意志』とは別に私の『体』は救いようのない程魔道に落ちていた。この私の存在をすら受け入れられぬ程……」

「やはり、お前であったか」

 地祇は無想の『顔』を見据えて言う。

「私に首を預けに来た高僧と名乗る人物。傘を深くかぶり決して顔を見せようとはせなんだ。しかし、その体躯のたくましさは覚えておる。まさに、今、目の前にいるお前だ。あの時、流行病のため顔は見せられぬというておったのは、うそだったのか……」

「その言う通りだ」

 無想は言う。

「まってよ。じゃあ、無想の首の封印を頼んだのは、無想自身だと言う事?」
 緋雨の言葉に地祇はうなずいた。
「どうやら、そのようじゃ。私も今の今まで気付かなんだ」
「でも、なぜ、そんな事をしたの?」
 緋雨のの問いかけに無想は泣きながら答える。

「逃れたかったのだ」

「逃れる?」

「私は、かつて強さを求めてひたすら殺戮を繰り返し続けていた。しかし、ある日、突然己のしている事の恐ろしさに気付いたのだ。もうやめたいと思った。しかし、頭はそう望んでも、この体は血を求めてやまぬ。私は死のうとした。死ねばこの苦しみから逃れると思った。それで己の首を己で落とした。しかし、わしは死ねなかった。むしろ、頭が切り離された事で、この体はますます血を求めて彷徨うようになった。わしは気付いた。何千もの血と恨みを浴び、すでにわしは魔道へと落ちていたのだと。わしは逃れたかった。そのため、渾身の力を振り絞り地祇に封印を頼んだ」

 皆、驚いてその話を聞いた。
「無想の首の封印を頼んだのは、無想本人だった……」
 誰も、そのような事を予想だにしなかったからだ。

 突然、無想が立ち上がった。そして、己が首をつかむと、ギリギリとねじって外した。そして、片手に持ち片手に大太刀を構える。

「哀れな……」

 無想はつぶやいた。

「『わし』ごときではもう足りぬと言うか。もっと『強い首』が欲しいか。それほどに強さに執着するか」



 そこに、三道 六黒(みどう・むくろ)が現れ、立ちはだかった。その手に刀を持っている
 
「お主は誰だ?」
 無想の首が尋ねる。
「三道 六黒」
 六黒は答えた。
「『こやつ』を殺す気か?」
 無想は尋ねた。
「そうだ」
 と六黒はうなずく。
「無想に挑み、これを切伏せる。わしこそが最も強き者だと知らしめるために。修羅の相手は修羅がする。力を求める者達の妄執を。若い人間に、こうなってはならない半面教師をしめすために。無想よ。既にぬしの天命は尽きておる。その名その伝説のみを残し、わしの手で散るが良い」

「いいだろう」

 首は答えた。

「殺してくれ、これ以上魔道におちぬように」

 首の言葉に六黒はうなずき、そして無想の『体』に向かって言った。

「完璧な強さを求め、さすらい続ける武芸者。犠牲を厭わぬ姿勢。わしと同質の存在。違うのはお前が『既に終わった存在』であること。何を想う事も無く、そこから先は何も生まれないこと」

 そして、六黒は奈落人 虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)をその身におろした。
 波旬は、肉体の完成により六黒の身体を支え、六黒の身体を強化。掌に龍鱗化を施す。しかし、六黒に憑依すれど、六黒の意識を奪う事は無い。

あくまで力を貸してやるスタンス。(それも全ては、己が完全復活した際の器となる六黒の肉体を完成させるため。)
 さらに、六黒は魔鎧葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)をその身に纏う。
 彼の持つ能力により、力の渇望を、強者との戦いを、最強への道をただひたすらに求める六黒の戦いを支える。

(六黒が力を求め最強を求めるのは、己の道半ばで踏みにじった全てを嘘にしないため。自分が散らした者、自分のせいで散った者。全てを背負い、それが無駄でないことを証明するため。そのための餞としての最強。故に、無想を討てば、それも背負う。最強の道を進む事に覚悟もあれば、迷う事も無い)
 さらに六黒は肉体の完成と鬼神力で上背いを増し、金剛力で力を増加。勇士の薬をあおり、黒檀の砂時計と彗星のアンクレットで高速化し、梟雄剣ヴァルザドーンを構えて打ち込んでいった。無想の体は片手で太刀を受け止める。そして六黒に斬り掛かる。しかし、六黒は先の先を取り、相手の斬撃を受け流し、神速の斬撃を返した。
 こうして二人は何合でも打ち合う。
 六黒は一合一合に奈落の鉄鎖をを乗せ、重い一撃を繰り出し、更に力に対する妄執、そして痛みを感じぬ我が躯、リジェネレーションで限界を超える動きを強制的に引き出す。妄執に囚われようと、強者との戦いに歓喜しようと、心頭滅却(精神集中により、火、冷気、眠り、毒に抵抗力を得る。)で一瞬たりとも隙は生まない。

 長時間に渡る戦いで、無想の体も疲弊していた。再生速度も鈍り、なんども受けた傷跡が再生できぬままに残っている。加えて、片手に持った首が彼の動きを著しく制限していた。

 ガ……!
 
 六黒の刃が無想の脇腹を貫く。無想の片膝が折れ、地に倒れ込む。抱えていた首を手から取り落とす。

「わしごと斬れ」

 『首』は言った。

「始めからそうするべきだったのだ。それで、全てが終わる」
 
「その前に……」

 六黒は言うと、魔鎧を解除、奈落人も下がらせた。

「おぬし(首)が潰されれば無想との戦いも終わる。無想が消える前に、最後の一合を決める。せめて最後は魔物でなく、武人としての最後を飾らせるべく」

「そうか、感謝する」

 首は涙を流して言った。

 六黒は刃を構えて無念無想。
 片膝をつく無想に向かって正眼に構える。

「この程度の力で、最強として足を止めるなど。力を求めし強者「無想」、その名を残して散れ。その伝説はわしが喰らう。ぬしの名も背負い、わしの道は終わらぬ」

 無想の体は立ち上がった。同じく、六黒に向かって正眼に構える。そして行動予測で互いの空気を読みあい、抜き、切結ぶ。動・静・動と一連の流れにより、静のみ(無想)を上回る速度を出す。百戦を越えて猶、この戦いの中で己を練磨。

 やがて……

 六黒は一瞬の隙を敵にみつける。そして、上段から思い切り振りおろす。

 斬!

 刃が無想の体を二つに引き裂く。同時に首も両断される。無想の体はゆっくりと崩れ落ちて行った。