校長室
ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3
リアクション公開中!
■5−1 にっこにっこ笑顔で差し出された四角の紙。それが何なのか、セラには分からなかった。 でも悪い人には見えないし、その紙もそれほど高そうな物にも見えなかったから、とりあえず受け取ることにする。 「ありがとう、ございます」 「んーん。礼を言うのはこっちやで。まっさかキミのような子にここで会えるとはなぁ。 キミをひと目見た瞬間、ティン、ときたんや! 俺の目は確かやで! キミはアイドルになれる、それもトップアイドルや!!」 両手を広げ、大風呂敷をぶちかます。 「アイドル?」 「そうや! お姫さんのような衣装来て、キラッキラのスポットライト浴びて、大勢の人を幸せにする仕事や!」 アイドルという仕事がどんなものか知らないが、幸せにする仕事という言葉に少女は興味をひかれた。 (よっしゃ! あとひと押しやな) 少女が食いついたのを感じ取って、社の弁舌はさらに増す。 「それでセラちゃん、キミ、何か得意なことってあるか?」 「得意…?」 「そうや! プロデュースはキミの一番いいとこを引き出すんや! キミ、歌うたえるか? ダンスは?」 「歌…」 さっき教わった幸せの歌を口ずさんでみる。 「幸せの歌やな。声もまぁまぁや。そんで、ほかには?」 「ほか…? あのぅ……マッチなら、売れます」 「マッチか! ふむ、なるほど…。 俺は今、マッチのようにあかあかと燃える情熱をキミの中に見出した!! 今日からキミは『マッチ系アイドル』や! マッチに火をつけながら歌って踊るんや!! 絶対うけるで!!」 ――どんなだ? それは。 「マッチを売るの?」 それならできる、とちょっとホッとする。 「マッチを売るんやない、マッチで夢を売るんや」 「でも、マッチ売らないと……お父さんが…」 「なんや、キミ、マッチ売りたいんか? なぁ〜にアイドルとしてデビューを果たせば、マッチなんて飛ぶように売れるようになるで! ふ〜む……むしろマッチに握手券をつけて売る『ASB(握手とサインでボロもうけ)商法』ができるかもしれんな。マッチ系アイドルやし! うん、こりゃあたるな!!」 社は自分のしている妄想にうんうんうなずいている。 「そうや! キミの決めゼリフも決まったで! 登場するときマッチに火をつけてこう言うんや!『マッチでーーーす!(某近藤さん風)』」 ――もうそこまできたら、いっそローラー履かせてはどうでしょうか? デビュー曲は『マッチつけねぇ』で。 ドヤ顔を浮かべ、少女を見下ろす社。 その後ろで、突然窓ガラスが全壊した。 「お話はすべて地獄イヤーで聞かせていただきました!」 サンタ姿のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の乱入である。 ロープを放して着地を決めると、手に持っていた箱を差し出す。 「セラちゃん、これはよい子のきみへのプレゼントですよ。受け取ってください」 「……え? は、はい…」 おっかなびっくり受け取る少女の前、クロセルの白い歯がきらりと光る。 「……おい。俺は無視か?」 クロセルの割ったガラスのせいでダラダラ流血状態になっている社がほおをぴくぴくさせていた。 「おや社さん。少し見ない間にずい分くたびれられて。そんなにパーティーは面白かったですか? いやぁうらやましいですねぇ。俺なんか、屋根の上でずーっと苦労してたんですよ? なにしろ、プレゼント入れた袋が全然煙突の穴より大きくて。 そのうち下では火まで焚かれだすし。難関であればあるほど燃える俺でも、さすがに突破法が思いつきませんでした! これを克服した先人サンタは偉大ですね! 俺は今まで以上にサンタをリスペクトするようにしますよ!」 ――それはそれで良いことだが、今はそういう問題じゃない。 「きさま、わざと話そらそうとしとるやろ…?」 怒りでますます血の巡りがよくなった社の頭から、ぴうーっと血のシャワーが吹き上がる。 「や、やだなぁ、そんな、見つめないでくださいよ。胸がドキドキするじゃないですか」 胸倉掴まれてスゴまれたクロセルは、必死に目をあらぬ方向へ飛ばしている。 そこへ、響 未来(ひびき・みらい)が乱入した! 「2人とも、私のために争わないでーーーっ!!」 突き飛ばされ、ごろんごろん転がった社とクロセルはもつれあったまま壁に激突する。 「い、いたたた……」 「なんや、未来! だれもおまえのことで争ってなんかないわ!」 「私には、ネットアイドルとして孤独に生きなければならない宿命があるの! みんなの響ミクなのよ!」 「いや、聞けよ、ひとの話をよ」 「クロセルさん、ちょっとこれ持っててね」 社のツッコミも全く耳に入れず、未来はケーキの乗った小皿をクロセルに渡して少女の前に進み出る。 「は〜い、セラちゃん♪ 間近で見ると、あなた本当にかわいいわね! ちょっと痩せすぎで血色悪いけど、そんなのすぐ改善できちゃうから無問題よ!」 「おねえちゃん、だれ? すっごくきれい…」 「や〜〜〜〜ん! 正直な子ねーっ」 いや、少女は着ている服を見て言っているのだが。 「私は超絶ネットアイドル響ミク! あなたの先輩よ! まずはそのやぼったい服からアイドルにふさわしい格好になりましょ!」 未来がさっと手を振るだけで、少女の服がフェルト地のダッフルコートからフリルとリボンのキラキラ衣装に変わる。 「わああ…! おねえちゃん、魔法使い?」 「ふふっ。アイドルはみーんな魔法使いみたいなものなのよ。見ている人を幸せにするんだから! いい? 今から私がアイドルに必要なことを伝授してあげるから、真似してみて! まずは笑顔よ。アイドルにとって笑顔は武器よ! みんなの心を撃ち抜くつもりで、最高の笑顔を見せるのよ〜。 空いた手でポーズを作って〜ウインクも忘れないで〜」 「こ、こう…?」 少女は一生懸命未来を見て、その真似をする。 「そして十分観客の目を引きつけたと思ったら……今よ!『キラッ☆』」 「キラッ…?」 「そう! いいわ! 完璧だわ!!」 セラのしたポーズに、大げさなまでに拍手する。まずは自信をつけさせないとね! 「うんうん、かわいいぞーセラちゃん」 腕組みをして、社もうなずく。 「でも……私…」 うつむく少女の肩を、ぽんとたたいた。 「大丈夫、キミは絶対成功する! 俺には人脈があり、キミには金がある! 芸能界っちゅーとこは、それがあればある程度どうにでもなるんや!」 ――汚い。大人って汚い! 「私……私こんな……いいおうちの子なわけない!」 少女は震えながら全身で叫ぶと、外に飛び出して行った。 「セラちゃ――」 「セラちゃん!」 クロセルが邪魔と放り出したケーキが社の顔面を直撃する。 それはなんと、当たりのわさび入りケーキだった。 「!!!!!!!!!!!!……ッ!!」 大半を口に入れてしまった社は悶絶してその場にぶっ倒れる。 「キャーッ! マスターが死んじゃったっ!!」 パニクる未来。 あとを追ったのはクロセルだけだった。 「待ってください、セラちゃん」 追いついたクロセルがセラを振り向かせる。 「きみの言いたいことは分かりました。天は自ら助くる者を助く、手に職をつけることが確実とはいえ、たしかに芸能界は不安定な世界。なんたって銀行でローンも組めない因果な商売ですからね。もっと堅実な商売をした方がいいでしょう。 例えば、今の経験を本にするのはいかがでしょう? とある芸能人のホームレス経験を綴った本がブレイクする世の中です。キミだって似たようなことができましょう。 どうです? 一度芸能界デビューして、そこそこ売れてから印税生活に入るというのは? なんでしたら俺が代筆してあげてもかまいませんよ。報酬は売上げのニーパチ――」 そのとき、クロセルの背中を嫌な寒気が駆け上がった。 「どうかしたんですか?」 「――いや、今俺のヒーローとしてのシックスセンスが妙な予感をビビビとキャッチしてですね」 「……ダル……マー」 「雪……マー」 かすかに闇の向こうから聞こえてくる声。 「雪……ダル……マー」 「雪……ダル……マー」 ブリザードの中から現れた、それは雪ダルマの化身! ――とゆーか、雪ダルマそのものだった。 「雪、ダル、マー」 「雪、ダル、マー」 お互い掛け声をかけ合いながら、2つの雪ダルマが雪中行軍をしてくる。 きらりと光る、黒炭の目。 「はっ! 殺気!!」 身構えるよりも早く、クロセルは雪ダルマによってぶっ飛ばされた。 「うわああああああああああああーーーーーーーーーーーっ!!」 天の采配によって、さらに遠くへ吹き飛ばされてゆくクロセル。 こうして腹黒い大人Bは退治された。 「雪、ダル、マー!」 言葉もないほど驚いている少女を見下ろし、クロセルをぶっ飛ばした雪ダルマがニコリと笑う。その体に刺さっているのはマッチ棒――彼は、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)だった。 体の汚れをとり、腕をつけてもらった少女に恩返しにやってきたのだ。 「雪、ダルダル」 もう1体、童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)は、毛布で寒そうなアイドル姿の少女を覆う。 「あ、ありがとう…」 「ダル、マー(意訳:いえいえ。とんでもありませんよ、かわいらしいお嬢さん。 ←発している言葉より確実に文字が多いぞ)」 雪ダルマはフッと男前に笑うと、もう1体の雪ダルマ、ルシェイメアと一緒に再びブリザードの向こうへ去って行った。 少女の傍らに、かまくら風リヤカーと、たんまり山となった毛布を残して。 「雪、ダル、マー」 「雪、ダル、マー」 ――これ、全部売れってんですかい!? 鬼や、アンタら!