校長室
ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3
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■5−2 「毛布……毛布はいりませんか…?」 遠野 歌菜(とおの・かな)扮する毛布売りの少女が、夜更けの街を歩いていた。 キコキコ、キコキコ。 少女が1歩前に進むたび、かまくら型リヤカーの車輪がきしみ音をたてる。 雪の積もった街路を8歳のセラが引いて歩くのなんか無理、と歌菜が同化したわけだが、歌菜にもかなり重労働だ。 「でも、私でもそうなんだから、セラちゃん1人でなんて絶対できないよね」 はーっとかじかむ両手に息を吐きかけ、毛布の前を掻き合わせる。 「どうしよう? もうこんな時間だし、毛布を売るっていったって、肝心の通行人がいないのに、どうやって売ればいいの? まさか戸を叩いて訪問販売するわけにもいかないよね」 ――そんなことしたら確実に通報されますから。 行き場を見いだせず、そうして立ち止まっている間も、雪はどんどん降り積もる。 空を見上げていた少女は、ふと何かを聞いた気がしてそちらを向いた。 ドーン! パパーーーン! パパパパパッ! しんと静まり返った街の中心部にある公園で、花火が上がっていた。 石畳の上に設置された筒に火を投げ込み、打ち上げているのは笹野 朔夜(ささの・さくや)そしてその助手を務めるアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)である。 昼間のうち、街を散策がてら購入してきたさまざまな花火。それは、星も見えない夜空に美しい光の花を咲かせていた。 「一体何の騒ぎ!?」 音と光を聞きつけた者たちが、こぞって窓を開け、彼らに文句を投げようとする。しかしその目はすぐ花火の美しさにひきつけられて、呆けたように開いた口は言葉を発することはなかった。 花火に見とれていた彼女たちの視界に、ふいに下の方でひらひらと舞う何かが入る。 それは、無数に散ったトランプだった。 「やあ、幸運なるレディース&ジェントルマン」 桃色の長い髪をしたピエロ面の道化師クラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)が、彼らを振り仰ぐ。 舞うトランプの中央に立ったクラウンは、彼らの注意が自分に集まるのを待ってトランプの1枚を人差し指と中指ではさみ取る。 パチン。 指を鳴らした瞬間、トランプはすべて発火した。 「うわっ!」 強い光を放ち、一瞬で燃え尽きたトランプに人々の目と心が奪われる。 「僕たちは流れの芸人一座。来たる新年を祝って、この待ちで今宵限りの特別公演を開演中です。どなたさまも、ぜひ瞠目されてご覧いただければ幸いです」 すっと頭を下げたクラウンの指には、いつしかトランプの代わりに小さな花束がはさまっていた。 「旅の一座ですって!?」 「だれが呼んだの? 粋な計らいをするじゃない!」 バタンバタンと次々に扉の開く音がして、またたく間に公園に大勢の人々が集まった。 輪となった彼らの中央では、クラウンがトランプを用いて花や鳥に変える手品を披露したり、複数のリングやボールを用いたジャグリングでハラハラドキドキさせている。 また少し離れた所では、イリス・クェイン(いりす・くぇいん)がサイコキネシスを使って、飛び散らせた噴水の水をシャボン玉のように浮かせたり、火術で無数の人魂を作り、一瞬で消して見せたりしていた。 彼女たちが手を振り、身をねじるたび、マジックが起きて、その不思議さにわっと声が上がる。 そんな中、クラウンの目が、人混みの向こうに毛布売りの少女の姿をとらえた。 「おいき!」 さっと振られたクラウンの手の先で、トランプは野鳩に姿を変える。 花火の光が明滅する中、野鳩は少女の元までまっすぐ飛んで、その肩にちょこんととまった。人々が振り返り、とまどっている少女へ彼らの関心が集まった瞬間、野鳩はまたもや花束に変身する。 「すごーーーい!!」 いつの間に移動していたのか。少女のとなりに立ったクラウンがおじぎをするのを見て、割れんばかりの大歓声と拍手が上がる。 「あの、これ…」 「いいよ。きみにあげる」 花束を差し出す少女に向け、持ち上げたピエロ面の下でウインクを飛ばし。 クラウンは次に、リヤカーの上に乗っていた膝掛け毛布を取り上げた。毛布にはパステルカラーのキャンディがいっぱい描かれている。 「そこの子たち、おいで」 大人たちの隙間から見ていた子どもたちを手招きする。 「手を毛布の下に差し出して――ほらっ!」 クラウンが毛布を振ると、本物のキャンディがバラバラっと落ちた。 「うわーーーっ!!」 両手に山盛りになったキャンディに、子どもたちの表情が輝く。石畳に転がった1つを拾い上げ、包み紙を開けたクラウンは、周囲の観客たちのようにぼうっとして自分を見ている少女の口にそれを指で軽く押し込んだ。 「おいしい?」 質問に、少女はこっくりうなずく。 クラウンはさらに花の描かれた毛布を取り上げ、そこから取り出した花を人々の上に振りまいた。 「不思議ねぇ」 クラウンが去ったあともリヤカーの元に残った一部の者が、毛布を持ち上げてつくづくと言う。真似て振ってみたが、当然ながら花もキャンディもこぼれてこなかった。 「でも、かわいいわ。ふわふわでやわらかいし!」 女性はそう言って、花柄の毛布を少女から受け取った。 「そうね。じゃあわたしも娘用にこれいただこうかしら。――はい、お代」 差し出された銅貨を、両手をお椀にして受け取る。 「ありがとうございました」 「繁盛してるようですね、よかった」 花火を打ち上げる途中、手を止めてそちらを振り返った朔夜は、ほっと息をつく。 「ねえ、アンネリーゼさ――」 同じく花火をあげているアンネリーゼの方を向いて、不自然にそこで言葉を止めた。 「うふふっ。そうですわね、お兄さま」 にっこり笑ったアンネリーゼが持っているのは、ロケットランチャーである。 「アンネリーゼさん、それは…」 「ロケット花火です」 ――いやいやいや。絶対違うでしょ! それ!! 「でもアンネリーゼさん、それはランチャーで――」 「お兄さま、わたくしの国ドイツでは、大晦日の夜になると新年を祝っておうちの窓から外に爆竹を投げ込む風習があるのです」 言葉をさえぎって、アンネローゼは説明する。 なんだか目がすわっているように見えるんだけど、これは周囲がうす暗いせいか? 「そ、そうですか」 へたな刺激を避けるため、朔夜はあたりさわりのない言葉を返す。 「ええ。パンパン路上で弾ける爆竹の音と光は、する方も、見る方も、スッキリするものなのですわ。ですからわたくし、今回もたくさんご用意させていただきましたの、爆竹とねずみ花火」 ――それはそうかも。でもそれとランチャーに何の関係が? 「いえね、爆竹とかねずみ花火って、一度にたくさん撒かれてこそ、景気よく感じるものでしょう? でも、わたくし1人ですと、たかがしれてしまいますわ」 ――ふんふん。 「それで考えましたの。1人で1回にたくさんねずみ花火を放つ方法を。それがこの、ロケット花火なんですわ! これには100個の爆竹が入っていますの!」 「なるほど」 「ふふっ。見ててくださいな、お兄さま。子どもたちをビックリさせてみせますから。よっこら――あら? 重っ」 ランチャーの意外な重みにバランスを崩し、ひっくり返りかけたアンネリーゼ。持ち上がった砲口が朔夜を向く。 「ちょっ…花火は人に向ける物じゃなっ…!?」 身の危険を感じ、朔夜は逃げ出した。 そこにやってきたのがクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)だった。 「ふっふっふ。あんな突風なんかで俺をどうにかできると思ったらそれは大間違いですよ」 雪と泥にまみれていながらも、彼の不屈の闘志はわずかも消えていない。 いやむしろ、ますます燃え盛っている! きょろきょろ公園を見渡して、かまくら型リヤカーと毛布を売っている少女を発見した。 「むっ。あんな所で毛布を売っているとは……なるほど、ランクアップにより新しい購買アイテムにシフトしたというわけですね! たしかにマッチよりはレベルが上がっています! 抱き合わせで売るにはマッチと毛布の相性はよくないかもしれませんが……いいでしょう! このゴーストライター・クロセルがなんとかしてあげましょう! 突然燃え上がった炎により商品を全焼させてしまい、家に帰ることもできなくなって途方にくれた少女は公園でダンボール生活を余儀なくされるのです! そして何も食べる物がなくダンボールをかじっているところをスカウトされ、きら星のごとくデビュー、マッチ系アイドルとなって芸能界を制覇する! これなら大ヒット間違いなし! なんといっても大衆が求めるのは不憫属性からのサクセスストーリーなんですからっ!!」 目指せ、(俺の)印税生活ッ! 意気揚々、靴音高く少女の元へ向かうクロセルの肩を、そのときだれかが引っ掴んだ。 「お兄さま、かくごっ! ですわッ!!」 「は?」 ぐりんっと方向転換させられて、いきなり少女のかまえたランチャーの矢面に立たされる。 わけも分からないまま、クロセルは全身に爆竹100個を撃ち込まれた。 「うあちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃっ!!」 ばたばた叩いて火消しに躍起になるクロセルの後ろから、ひょこっと朔夜が顔を出す。 「覚悟って何ですか、覚悟って! アンネリーゼさん、あなたわざとやってるでしょう!?」 「ああっ、重い。なんて重さなのかしらぁっ、方向が定まりませんわぁ?」 素知らぬ顔をして、ランチャーを再び発射しようとするアンネリーゼ。 逃げる朔夜と追うアンネローゼの後ろでは、人知れず消し炭と化したクロセルがぴくぴく断末魔のけいれんを起こしていた。 大盛況なんだか大混乱なんだか。 今が夜中とは思えないほど人のあふれた街の中心部を、月崎 羽純(つきざき・はすみ)はかなり複雑な心境で離れた場所から眺めていた。 手には歌菜から事前に渡されたメモが握られている。 そこには羽純の役割として『通りすがりの白馬の王子さま』と書かれていた。 その言葉の意味は分かる。意味は分かるが、わけが分からない。 (たしかにこれは童話だが、白馬に乗った王子さまが通りすがって出てくる童話っていうのは、こう、お城があって、村があって、森があって、魔法使いとか魔女とかがいて……そう、ファンタジックな世界じゃないのか?) 少なくとも19世紀のデンマーク、石造りの建物があって、街路があって、マッチが売られている世界ではないように思う。――偏見かもしれないが。 (まぁ馬車があるから、人が馬に乗って移動していてもなんらおかしくないのが救いか…) はーっとため息をついて、羽純は馬を前進させた。 気はすすまないが、歌菜の相手役をひとに譲る気はない。そしてやるなら徹底的に、だ。 (歌菜……俺にこんな役を振った罰を、あとで受けてもらうからな) クラウンやイリス、朔夜たちによる興行のおかげで、毛布は順調に売れていった。 「これが最後の1枚ね」 リヤカーの底に残っていた毛布を取り出して手にかける。雪降る街の様子が淡く描かれた毛布だ。 「きれい。これならきっとすぐ売れるわ」 (私が欲しいくらい) ふふっと笑ったとき。 カツカツとひづめの音を立てて、気品あふれる白馬が彼女の前までやってきた。 白馬には赤いはみがついており、ひと目で上流階級と分かるいでたちの男性がまたがっている。 「あなたは…」 「娘、マッ――」 チを売ってくれないか、と言おうとして、羽純はピタッと言葉を止めた。 歌菜と二重映しになった少女が持っているのは毛布で、マッチではない。 『マッチ売りの少女』じゃなかったのか? これは。 ちら、と手の中の紙をもう一度見て確認。自分が言うセリフはやっぱり「マッチを売ってくれないか」だ。 「…………」 (これまでのどこかでリストラを失敗したな) 羽純は伏せた目で数瞬の間考え込み、おもむろに紙をもじゃくってポイした。 「娘、毛布を2枚売ってくれないか」 「2枚、ですか?」 「そうだ。わたしはここより南の国から来ているのだが、母がこの寒さのせいで眠れないと言うのだ。その毛布はなかなか暖かそうだ。わたしの分と母の分、2枚ほしい」 「……でも…」 少女はうつむいた。毛布は残り1枚しかない。 「あのっ……あの、1枚しかないんです! もう1枚、は、こちらでよければ差し上げます!」 少女が差し出したのは、自分が使っていた毛布だった。 「だがこれは、おまえが使っている物だろう? これがなければおまえが寒い思いをする」 「いいんです。わたしはここの生まれで、寒さには慣れていますから。お代はいただきません、どうかこれをお持ちになってください」 「そうか」 低い声でつぶやく羽純の口元に、してやったりとの笑みが浮かぶ。 「では、これで万事解決だな」 突然ぐいと強い力で腕を引っ張られたと思うや、気付いたときにはもう歌菜は馬上の羽純の膝に乗せられていた。 「ええ?」 「母にはこの毛布を贈ろう。これで母はもう寒い思いをせずにすむだろう。そしてきみはこの毛布ごと、わたしのベッドでわたしを温めてくれればいい。そうすればわたしもきみも温まることができる」 「は、羽純くんっ、せ、せせせせせセラちゃんはまだ8つで――」 そこでようやく歌菜は気がついた。自分と少女が分離して、歌菜はもとの歌菜に戻っていることに。 セラは言葉の意味が分からなくてか、きょとんとした目で2人を見上げている。 「少女よ、覚えておけ。心きよらかに正しく生きていれば、どのような娘にも王子は現れるのだ。このようにな!」 羽純は馬の向きをかえ、街路を走り去っていく。 「羽純くん、悪ノリしすぎです〜〜〜っ」 耳の先まで真っ赤になった歌菜を胸に抱き、くつくつ笑いながら。 さあ、甘いおしおきの始まりだ。