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古代の悪遺

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 scene2:Thermal run-away  

 
 


 ニキータが防衛システムを引き受けている内に、動力室に到着した面々は、即座に行動を開始した。

「もしも〜し、凶司ちゃん?動力室の防御システムは突破したわよん、今状況を伝えるわ」
 最初に動いたのは、ネフィリム三姉妹長女、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)だ。
 妹のディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)からHCを借り受けると、制御室にいるパートナー、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)へと連絡を送る。
「とりあえず全員無事よん。先ずは状況確認が必要、ってとこかしらん?」
『そうだな』
 自身は施設の外の調査員たちの下にいる凶司は、HCで各ポイントから送られてくる情報を整理しながら頷いた。
『情報をこっちに出来るだけ細かく流してくれ。対策を考えるにも、まず現場の状況を把握しないと』
「はいは〜い。ディーミアを飛ばして、見取り図を作って送るわよん」
 語調こそ間延びしているが、声色は真剣だ。
「キョウジ、ボクはどうすればいいの?」
 残されたエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が問う。
『エクスはセラフの傍で指示に従ってくれ。動力室の状況がわかるまで、迂闊に動かない方がいい』
「ちえ、つまんないの」
 一人だけ仲間はずれにされたような気分なのか、顔を膨らませる妹の頭を、セラフが宥めるように撫でてやる。
「それじゃ、お願いねディミーア」
「わかったわ!」
 言うが早いか、広い動力室を低い軌道で飛び回り始めたディミーアを見送り、こちらはどうする、とばかりに向けられる視線を受けて「今、ばらばらになりすぎるのは得策ではないでしょう」と口を開いたのは久我 浩一(くが・こういち)だ。
「まずはここに降りてきているはずの調査員の方と合流しましょう」
 彼が今、一番この動力室の状況に詳しいはずですから、と続く言葉に頷き、制御室にいる政敏から、既に場所を確認してあった浩一が先導するのに続いていく。

 動力室の機材はごちゃごちゃしているせいで、余り見通しは良くないが、繊細な機材も多いためだろう。流れ弾を警戒してか、地上側に防御システムが設置されている様子は無かった。
 ゴウン、ゴウンと重低音を響かせる動力室の中を足早に進みながら希龍 千里(きりゅう・ちさと)が「信用できるのでしょうか」と小さく漏らした。
「そもそも、この状況はツライッツさんが引き起こしたにも等しいでしょう」
 信用するのが難しい、と続けなかった言葉には含まれている。一瞬微妙な空気が流れる中「いや」と浩一が首を振った。
「それなら、クローディスさんが一人で動力室を任せるはずは無いと思いますよ」
 浩一は制御室でのクローディスのやり取りを思い出す。こんな状況下でも冷静さを失わない調査団のリーダーは、動力室の対処をツライッツに一任している。汚名返上できるだけの能力があると、彼女が信じているからだ。
「それに」
 まだ何か物言いたげなパートナーに、浩一は僅かに目を細めた。
「俺たちが信じれるかどうかは、自分の目で確かめればいいだけです」
 


 合流は、そのほんの数十秒後、と言ったところだった。
「ツライッツさんですね?」
 呼びかけられて、男は振り返ると「ああ」と大きく息を吐き出した。
「ありがたい、来てくださいましたか」
 到着した契約者達を見て、ツライッツがくしゃりと顔を崩した。
 どうやら武器を所有していなかったことで、防御システムの網に引っかからずにいたらしいが、裏を返せば丸腰で殺傷兵器の傍にいたのだ。生きた心地がしなかったのだろう。
「時間が無いので、詳しい説明は省かせていただきますが、あそこに見える台座に繋がるこのケーブルを伝って、この動力室からエネルギーが充填されているようです」
 説明しながら、分厚い手袋に守られた掌でなぞるようにしたのが、そのケーブルであるらしい。大人二人の胴回りほどはありそうな太いケーブルが、いくつか絡まって巨大な綱のようになって床を何割かを埋めてしまっている。
「幸いというべきか、出力の大きさのおかげで、エネルギーの充填はまだ40%にも満たないようです」
 とはいえ、町ひとつ焼き尽くすほどの出力の「4割」だ。軽く見れるものではないが、それでも充填を完了しない限り発射される心配が無いなら、残る6割分時間はある、ということだ。
「それから、エネルギーはいったんあの台座の方に集約され、発射する直前になってから装填されるようです。おそらく直前まで砲身に負担をかけないためでしょう」
「つまり最悪、あの台座を破壊してしまえば……」
 浩一の問いにツライッツは頷いたが、難しい顔だ。
「発射は止められると思います。ただ、あの台座もロビーの奴と同じで、容易に破壊できるものではなさそうです。それに、仮に破壊した場合、この施設にどのくらい被害が及ぶかわからないですから」
 ただ単に壊れるだけなら良い。だが、今現在この施設の中には、クローディスら調査員のほかにも、救助に訪れてくれた契約者たちがいるのだ。巻き込むわけにはいかないですよ、とツライッツは苦笑した。
「最悪、それしかないとなれば、俺がやりますよ」
「どうやってですか?」
 訝しげな顔で千里が問うと、ツライッツはあっさりと「内部から起爆させます」と答えた。
「台座の内部修理のためのハッチは確認できてますから、そこから入り込んで誘爆させるんです」
 内部とはいっても、エネルギー供給を止めるための中枢はこじ開けられないので、単純に爆薬などで破壊することはできないらしい。なので、中の回路を弄ってエネルギーを暴走させることで、内部を爆破に導くことで、砲台全てを誘爆させるのだ、というが。
「勿論、皆さんの避難を確認した上で、ですよ」
 声音はどこかのんびりしてはいるが、言っていることは一人犠牲になる、ということだ。顔を強張らせた千里が何か口にするより先に、困ったような顔で「犠牲になるわけじゃないですよ」とやはりゆっくりとした口調で、しかしきっぱりと言った。
「俺のしでかしたことです。責任を取るのが、俺の仕事ですから」
 口調とは逆に深い覚悟の透ける声音に、千里はクローディスが一人この男を動力室に向かわせた、信頼ともう一つの意味を悟って唇を噛み締めた。その横で、浩一が軽く肩を竦める。
「まだ時間はある。悲壮の覚悟を決めるには早いですよ」
 ぽん、と千里の肩を叩き、浩一が振り返ると、刀真は頷いて制御室に残った自らのパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に「そっちの状況は」と尋ねた。
『芳しくないわね』
 応える声は、少々苦しげだ。
『こっちでも動力をカットできないか試しては見てるんだけど、発射シークエンスを止めるために、容量を目一杯食ってしまってるの』
 制御室では、多重かつ堅固なセキュリティを破るための戦いの真っ最中なのだ。一斉の干渉を受けている制御装置そのものの容量が不足しつつあるらしい。そのおかげで、一部の施設の情報は手に入りやすくはなっているものの、ユビキタスなどのスキルを駆使してサポートへ当たっても、動力室のほうへ割く余力は余り無いようだ。仕方ない、と刀真も直ぐに諦めると、質問を変えた。
「動力装置そのものを破壊するのは、問題ないか?」
『ちょっと待って』
 間を置くこと数秒。
『難しいわ』
 返ってきた答えは苦かった。
『先ず第一に、動力装置そのものの強度の問題』
 この設備を見ても判る通り、殆どの素材は頑強なものが使用されている。イコンの火力でも破壊の難しいものを生身で扱うのは難しいだろう。
『次に、制御装置へのエネルギーの問題ね』
 どうやら、この動力室で賄われているのは、兵器だけではないらしい。制御装置や施設の機晶エネルギー全てが、ここで生成されているようだ。つまり、全てを破壊してしまうと、修復中の制御装置が止まってしまう恐れがあるということだ。
「制御装置の電源を落とせば、兵器を止められないか?」
 刀真の続く質問に、首を振ったのはツライッツだ。
「試すには少々危険だと思います」
 まだ制御システムの全貌は明らかになっていない。もし、既に幾分かエネルギーの充填がされている兵器単体で発射シークエンスを完了可能なのなら、それこそ破壊するしか止める手立てが無くなってしまう。
『とはいっても、そもそも破壊できれば、の話よ』
「動力装置そのものは今の装備で破壊出来なさそうですが、冷却装置ならどうでしょうか?」
 口を挟んだのは浩一だ。政敏からの情報によれば、動力炉とセットになっている冷却装置の制御は、中央制御室とは別の装置で制御されているらしい。
 その制御装置を破壊することができれば、動力炉を破壊することも出来るのではないか、というのだ。

「熱を放出する機械なのだから、同じ素材を使うわけにはいかないでしょうし、破壊できる可能性は高い筈です」