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〜眠れる城〜

「差し詰め茨姫の物語と言ったところでしょうか。
 ますます御伽話の城のようですねぇ……」
 周囲の異様な様子に驚く事も無く、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)はおどけた声で呟いた。
 さっきまであれほど賑やかだった宴会場は静まり返り、生徒達はすやすやと寝息をたてて机や椅子に身体を預けて居る。
「おや、あなたはまだ元気ですね」
 エッツェルに声を掛けられたのは椎名 真(しいな・まこと)だ。
 一部の起きている生徒が目を擦って何とか起きているところで、真はしっかり立って状況を確認していた。
 しかし、だからと言ってもただの人間、アンデットのエッツェルと同じようにはいかないらしい。
「そうでもないですよ、正直身体のだるさが半端ない……
 気力でどうにか持ってますけど、長く続くかどうか」
「ふむ。私はいいのですが、困った状況ですね。
 ”魔法使いの眠りの呪い”というのは冗談として。食事をしていた者がこうなるというのは、何かの薬物ですかねぇ」
「俺の隣に居た人はあんまり食事に手を付けていなかったけど、近くでは一番最初に眠ってしまいました。
 多分食べ物になにか……じゃなくて、氣や力に関するっぽいかなこれは」
「何か調べる術はないでしょうか。ジゼルは一体どうしたんでしょうねぇ」
「取り敢えず酷そうな人は外に出してやりたいけど……」
 疑わしい少女の名を出したのに敢えてそこを飛ばしたのは、真がジゼルを信じたいという証拠だろう。
 半身が異形に侵された自分を見れば目をそむける者もいるのに、この男は話す相手の真正面を見据えて話すのだ。
 その心根を映し出したような真っすぐな瞳に、エッツェルは駆け引きを辞めて真の話しに乗ってやる。
「転送されてきたからここが何処かも分かりませんねぇ。
 恐らく海の中なのでしょうが」
「海……そうすると深さが分からない事には魔法や何かで無理に出た所で水圧の問題も……」
「そうですねぇ」
「あのぉ」
 話し続ける二人の会話を割って入ったのは北都だ。
 パートナーを探すうちに何時の間にか元の場所に戻ってきていたのだ。
「僕のパートナーのリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)を探しているんですが、心当たりありませんか?」
「残念だけど見て無いよ」
「そうかぁ、戻ってないのかぁ……
 あ、ありがとうございます」
 ぴょこんと頭を下げると、北都はまた歩き出す。
「で、どうやったら外に出られるかですが」
 エッツェルが再び話し始めると、またもや
「あのぉ」
 と小さな声が下から割って入ってくる。
 今度は姿も小さなヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だ。
「ボクもちょっと皆を診てみてたんです。でもよくわからないです。
 だからジゼルおねえちゃんにお医者さんを呼んでもらうです。」
「それもそうだね。
 でも君一人で行って大丈夫かい?」
 ヴァーナーの目線を合わせて膝を曲げて話す真の上に、突然大声が降ってきた。
「そこは自分に任せてくれ!!」
 無駄に誠実な声で登場したのはハチマキ姿の男、刀村 一(とうむら・かず)だ。
「ヴァーナーちゃんの事は自分に! このかずおじさんに任せてくれ!!」
「はあ……あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ! 体調なら気合と幼女ちみっこ愛で!!」
「彼が心配しているのは身体ではなく、頭の方じゃないんですかねぇ」
「……

 


 え!?」
「……ボクはもう行くです。ジゼルおねえちゃんを探すですー」
「よし、おじさんが守ってあげるから! さぁ一緒にいこう!!」
 一はヴァーナーの手を引いて、竜巻の如き勢いで宴会場を後にする。
「行ってしまった……大丈夫かな」
 彼等が開いた扉の先を心配そうに見つめる真の横の空気が揺れ、黒い影が擦りぬける。
「俺が付いて行く」
 名乗り出たのは志位 大地(しい・だいち)だ。
 言うが早いか、大股で歩いている彼は扉のドアノブに手を掛けて居る。
「大丈夫でしょうか」
「彼なら大丈夫です。任せられます」
「成程。では私もそろそろ行きましょう。
 ここに留まるより外に出た方が状況が分かりそうだ」
「俺は探索で歩き回るにはちょっと体がきついから、ここで具合が悪い人達をみています。
 探索の拠点も食べ物も飲み物もあるここがいいでしょう」
「では何か見つけたら成るべくここへ情報を伝えるようにしましょう」
「お願いします」
 エッツェルは小さく笑みを残すと、その場を立ち去った。
 
 会場の隅、机に突っ伏しながら雅羅が呟いている。
「海の奴、何処に行ったのかしら……私、さっき嫌な言い方して……あやまらなきゃ……
 それにしても……なんだか、眠いわ……とても……頭が、重い……」
 そんな彼女の頭を静かに、白星 切札(しらほし・きりふだ)が撫でて居る。
「切札、私どうしてこんななんだろう……どうして……こんな体質……」
「大丈夫ですよ、雅羅。あなたの不幸は絶対に終わります」
 雅羅の傍から離れずに――時にはその柔らかい頬の感触を楽しみつつだが――見守る大助の姿を横目に、
切り札は柔和な表情で、続けた。
「あなたを想ってくれる人はあんなにもたくさんいるんです。これは幸せなことですよ?
 今は思いっきり泣いて、明日からまた私たちと一緒に笑いながら不幸をどうにかしてやりましょう……ね?」