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リアクション
★第二章・2★
とまあ、そんな青春汗と泥のかほり、という光景から大分月日が流れた地下街では、あの殺風景だったのが嘘のようにたくさんの建物が並んでいた。
「今回はニルヴァーナ初の地下にできた街、アガルタを取材してみようと思います」
マイク片手に地下街を歩いているのは六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)だ。街ができるまでの様子を撮影していたが、こうして店が並んだ今。この情報を多くの人に知ってもらおうと思っていた。
手始めに、と出入り口近くにある酒場兼宿屋へと入る。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは。少し取材させてもらってもいいですか?」
「え、取材っ? ええ、もちろんいいわよ」
笑顔で優希を出迎えたのはリネン・エルフト(りねん・えるふと)だ。
(フリューネ達も大瀑布でまた何か見つけたっていっていたし……私も頑張ってみんなの助けにならなきゃ!)
そんな決意の元、皆が拠点にできるような冒険者向けの店を開いたのだ。
「今回どうしてこちらにお店を作ろうと?」
「これから大瀑布やニルヴァーナ探索に向かうフリュ……人たちの拠点が必要かなと思ったの。探索を進めるのに片意地を張らずに休め、情報交換できるたまり場は需要あるだろうし」
最大の動機はフリューネの役に立つため、だが。さすがにそれは伏せて語る。それに皆の役に立ちたいのも本当なのだ。暴力はご法度だが、それ以外は誰でも身分を問わず利用できる開けた場所にしたいと考えている。
優希がふむふむと頷き、店内を見回した。まだオープンしたばかりだからか、客の姿はまばらだ。
「あの、あちらはなんですか?」
目がとまったのは、酒場とは違う雰囲気スペースだ。掲示板のようなものもある。
「あそこでは主に情報交換とか、依頼も出せるようにしてるの」
「へぇ〜、なるほど。……あ、では最後にこの店の目玉なんかがありましたら、どうぞ」
目玉、のところでリネンが嬉しそうに笑った。
「ここには宿泊施設もあるんだけど、なんといってもペガサスや他の巨大生物や騎獣向けの厩舎があることよ。ということで、巨大生物と共に冒険する人も安心してね」
「それはとても助かりますね。安心して冒険ができそうです。ではリネンさん、ありがとうございました」
「いえいえ〜」
最後に優希はリネンにお礼を述べてから、また次の場所へと向かう。
◆鍋焼きラーメン専門です
「そう言えばミラさんも地下街にお店を出店されると聞きましたが」
パートナーのミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)がラーメン屋を出すと言っていたのを思い出す。だがミラは究極の方向音痴。念のためにと事務員をどこにいくにも付き添わせているが……。
不安がぬぐい切れず、優希はミラの元へと行くことにした。
【オブライエン食堂】
広さはそうなく、10席しかない。全体の雰囲気は、どこかホッとする日本の食堂といった具合だ。店自体はできているが、まだオープン前のようだ。
「頼まれていた食材と調理器具だ。これが一覧だから、確認してくれ」
「はい……大丈夫なようですわ。ありがとうございます」
中ではハーリーとミラが話していた。そこへ優希が顔を出す。
「ミラさんお店の方は……あ、ハーリーさんもいらしてたんですか?」
「ああ。頼まれていたものを届けにな」
「まさかハーリー様が持ってこられるとは……優希様もいらっしゃいませ」
「見回りのついでだ」
ミラベルは2人へ微笑んでから、パンっと手をたたいた。
「ああ、そうですわ。良かったら鍋焼きラーメンを食べていってくださいませんか? オープン前に少しアドバイスをいただければ」
ハーリーも優希もその言葉に甘えることにした。
しばらく経ってから出されたラーメンは2人から絶賛され、ミラベルに自信を与えた。その後、優希は他の店を取材するため、再び街へと飛び出して行った。
◆にゃあカフェ
そう書かれた看板の喫茶店入口に立つエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、来店者に来店時刻が書かれたカードを渡し、店の説明をしていた。
「この喫茶は時間制なんだ。奥の部屋で猫と一緒にゆったりとした時間を過ごせるよ」
受付となっているその小部屋を抜けて奥へと案内する。
5匹の猫がキャットタワーに登ったり、丸まって寝ていたり、おもちゃで遊んでいたりと自由気ままに過ごしている。
「あそこにいる三毛猫は『ちまき』。お姫様気質でかなりきままな女の子だよ。今玩具で遊んでるのは茶トラの『きなこ』甘えん坊なんだ。
寝ている子は黒白ハチワレの『おはぎ』。のんびりやさんだよ。四肢の白靴下がすごくキュートだよね。
サバトラ(グレーに黒のトラ模様)の『ごましお』は大人しくて引っ込み思案。なかなか触らせてくれないんだ。
タワーの上からじっと見下ろしてるサビ(茶・黒のまだら)猫の『そぼろ』は穏やかな性格で頭がいいんだ」
自慢げに猫を紹介するエースは、とても幸せそうだ。そして案内されている客――東雲も猫好きなのだろう。説明を真剣に聞き「可愛い」と小さくつぶやいている。
そうだろうそうだろうとエースが頷く。
「飲み物や軽食なども用意できますからね。ではゆっくりしていってくださいね」
エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がそんなエースに苦笑しつつ、説明を補足した。
この喫茶は猫を眺めてまふまふして癒される場所を提供する、のを目的としているが、エースもエオリアも空京やその他の街で保護した猫たちの里親探しの場所としても使いたいと考えていた。
一応ハーリーにはその旨を告げ、許可ももらっている。
「エオリアー、パウンドケーキ2つお願い。俺はハーブティの用意するから」
「分かりました」
◆雑貨商・薩摩屋
「軍の放出品は、さすがに無理だったか〜」
そんな呟きから店を開いてみた天璋院 篤子(てんしょういん・あつこ)は、少し残念そうな顔をした。
店でそれらを売ろうと考えていたのだが、上手く手に入れることができなかったのだ。
「でもなんとか調査隊の使ってたものは手に入ったし、よしとするか」
調査隊の使っていた道具や備品がわずかではあったが手に入ったのだ。特別便利、というわけではないが『調査隊が実際に使用した』というプレミアがついているので需要があり、そこそこの値で売れる。
しかし問題もある。
「商品の数が少ないんだよねぇ。新しいのが入るわけでもないし、もっと別のを探さないと」
最初はこれを売っていけばいい。問題は次にどんなものを売っていくかだ。先先を見ていかないと。
「上手く行けば、人気ショップになれるかもしれないんだ。がんばらないと」
◆ローズのアトリエ
独特の薬の匂いが漂うその店は、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が建てた診療所も兼ねた薬屋だ。レンガ造りの小さな店である。
中は木製になっており、温かい雰囲気がある。調合器具や薬品棚。薬草のプランターに医学と薬学の書物を収納する本棚とソファー。
「今度からニルヴァーナ校で先生のお仕事をさせてもらうし、ここを拠点にしよう。勿論、医者や薬剤師として皆の役に立つように頑張らなきゃだけど」
本棚は医学部に入る生徒のためでもあった。貸してあげてもいい、と思っている。
「値段は……まだ駆け出しだし、そんなに高くしたくないなぁ。自信がないわけじゃないけど」
さすがにタダではできないので、なんとかやっていけるぎりぎりの値段に設定した。
後、まだ病院が建設中だ。仮の診療所はあるらしいが、できるまではここが街唯一の正式な診療所になる。 とその時、店に誰かが入ってきた。顔色が悪い。
「すみません。吐き気がして」
「どうぞこちらへ」
早速やってきた患者をみて、ローズはしっかりしなくてはと気を引き締めた。
◆
「やっぱり衣食住が大事だしね」
「そうだね。でも本格的にいきなり建物造ると時間も建設費や維持費も掛かるし、まずは簡素なオープンカフェみたいな感じで行こうか」
宿屋兼食事処をオープンさせたのは日向 茜(ひなた・あかね)とアレックス・ヘヴィガード(あれっくす・へう゛ぃがーど)。
これからのニルヴァーナに必要なものということで、店を出すことにしたらしい。メインは食事処だが、宿泊施設も一応そろえておいた。
茜自身が傭兵なので、客層は傭兵や冒険者が対象になるだろう。
「まぁ雇われて戦ったりするだけが傭兵じゃないってことだな」
もちろん、住民も歓迎だが。
「じゃあ頑張ろうか。本格的な改装は後々考えるとして」
とにかくすぐに営業できるように、と内装も外装も至ってシンプルにした。だがそのシンプルさが却って素朴な味わいを出している。
「よしっと。がんばって繁盛させますか。そろそろご飯時だし」
「改装費用も稼がないとだしね」
気合いを入れなおした2人の元に「取材させてもらってもいいですかー」という声がかかったのは、そんな時だった。
「冒険者の店に、猫カフェ。食堂。ホスト喫茶にギャラリー。鍋焼きラーメン。薬屋。お食事処。ランプ屋。なんでも屋……などなどいろんなお店があり、さらには噴水や夜景もおすすめです。アガルタの街は大変賑わっておりますので、ぜひ一度来てくださいねー」
こうして優希が撮影した映像は、アガルタの街をより一層盛り上げたのだった。
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