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遊覧帆船の旅を楽しもう!

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遊覧帆船の旅を楽しもう!

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 休憩用のアンティークチェアに座る佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)は隣の佐野 悠里(さの・ゆうり)ににっこりと笑いかける。
「悠里ちゃん、お料理美味しかったわね」
「はい!」
 船内の至る所に置かれているパンフレットは、当然とルーシェリアの手に届くところに置いてあって、彼女はそれを手に取った。
「試験運行とは聞いてたから船内イベントとか無いかなと思っていたんですけどぉ、なんか本格的ですよねぇ」
 パンフレットには半日では到底遊び尽くせ無い程の施設とイベントが紹介されていた。
「海の上でこんなに遊べるなんて。あ、お母さんショッピングセンターもあるよ」
「ほんとですねぇ。これお店ですかね。可愛い雑貨がありますよぉ。あ、悠里ちゃんが見たいって言っていた映画がやるみたいですよぉ」
「船内探検ツアーってのもあるんだ」
 クルージングと聞くと少し気が引けてしまうが、こうやってパンフレットを開くと楽しいことばかりが連なっている。
 可愛い子供がいるのでカジノやバーとかの大人な遊びを避けたいルーシェリアは選び尽くせない内容の濃さにどれにしましょうかと娘に問いかけた。
 母に聞かれて悠里は一番大事なことを思い出す。
「お母さん。悠里はまだ海を船の上から見てません」
「そういえば、そうですねぇ」
 船内の様子に圧倒され、上に続く階段を見つけられないルーシェリアはパンフレットに再び視線を落とした。
 エスペランサ号の船内案内図から階段の位置を確認して彼女は立ち上がる。
「じゃぁ、食後の散歩も兼ねてお散歩しましょう」
「はい! お母さん。写真取りながら散歩したいです」
「悠里ちゃん名案ですぅ。素敵な船内ですものねぇ」
 クルージングで何よりも嬉しいのが、手ぶらで好きな所を好きなだけ回れる事だろう。気の向くまま楽しいことを求めて親子は磨かれたセンスのアンティーク調に整えられた船内を手をつないで歩み始めた。
「お土産に、あと記念品が欲しいですねぇ」
「こういうところには記念硬貨があると聞きました。お母さんとお揃いで悠里も欲しいです」
「では見つけたら一緒に選びましょう」



 ポップコーンとパンフレットを器用に片手で持ってリフィ・アルクラド(りふぃ・あるくらど)は少しだけ興奮で目に赤色を滲ませたヒデオ・レニキス(ひでお・れにきす)の名を呼んだ。
「楽しいね。クルージングって中々体験できないからすっごく楽しい。ほんと応募していて良かったぁ」
「ああ、当たってよかったよ。試験航海っていうからそんなに期待しなかった部分があったが、これは相当力入れてる」
 レストラン、アミューズメントセンター、カジノ、バーもあるし他にもジムやヨガ、ダンス教室もある。そう言えば、タレントショーも予定されているとか。
 あれもこれもと欲張れば欲張るほど身動き敵わなくなっていく内容の濃さにヒデオとリフィはパンフレットを真顔で睨む。
「そういえばレザーグはどこに行ったんだ?」
 楽しさで忘れていたが、ふと、もう一人の当選者を思い出した。ヒデオはレザーグ・ラグディオン(れざーぐ・らくでぃおん)が応募して当選したことに驚いた。しかし、それならと一緒に船まで引っ張っていたが、部屋に荷物を置いたら速攻でどっかに行ってしまっていたのだ。
「全く当たった意味がないのか、一人で堪能しているのか」
 今から捜して見つかるだろうか。
「そうだな。リフィ、この海中ラウンジってとこに行こうか」
「え?」
「そんな気配がする」
「わかった。休憩ついでに海の生き物が見て、ついでのついでにレザーグも発見しよう」
 果たしてヒデオの予想通りレザーグは船の中頃に作られたラウンジで強化ガラスの前に立っていた。
「やっぱり居たな」
「ヒデオ」
「鳩が豆鉄砲食らったような顔してんな。レザーグのことだから研究か調査かと思ってな」
 海中水族館をコプセントに設計されているラウンジはシャンバラの魔法建造技術を駆使した結果、とても幻想的な雰囲気を醸し出していた。決して暗くは無い室内、しかし、揺蕩う水中かと錯覚する内装。まるで窓の外の魚と一緒に泳いでいる気分になる。
「ここは他と違って時間がゆっくりね」
 賑わいに満ちていた場所にいたリフィは打って変わったロマンちっくな空気の色に、こういうのもありねと内心うっとりした。
 人目を気にしなくてもいい場所を探し求めて行き着いた場所の心地よさにレザーグはもうしばらくここに居たいとヒデオに申し出た。
「わかった。俺もここにしばらく居ようと思う」
「え?」
「いいわね。私何か飲み物探してくる」
「え?」
「リフィは気が利くな」
「ヒデオ」
「海の上も魅力的だが、海の中からってのもオツなもんだな」
 そして本当に三人仲良くしばらくそこで海中を鑑賞していた。



「あーもう。絶対勝てるんだからね。巻き返せるのに!」
「カジノの時間は終わりよ。ほら、頭冷やしましょ」
 ダイビングポイント到着のアナウンスを受けて退場を余儀なくされた先ほどのカジノゲームを引きずっているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)をスタッフに持ち物を預けてきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はいつもの様に宥める。内心これ以上熱を入れあげると手に負えなくなるのではと危惧していたところでの船内放送にいい口実ができたとセレアナは救われた気分であった。
 何より二人で楽しみにしていたのはカジノよりもこっちだ。本命と断言してもいいのかもしれない程に。おかげでカジノにお熱なセレンフィリティの腕を引く手に知らず力が入りそうだ。
 事前にダイビングサービスを希望していた二人は、カジュアルな服装から色やデザインは違うものの再び水着姿になりそれぞれシュノーケルを装備した。
 飛沫を上げて飛び込んだ海は南側の海域ということもあり思ったよりも暖かかった。
 素肌に触れる海水の感触にセレンフィリティは更に海の底を目指した。
 透明度の高い海は水中も素晴らしく、浅瀬では見られない大型の魚が優雅に泳いでいる。それらと一緒になって母なる海をたゆたうのは何とも心地よいものだった。
 体を反転させて中から空を見上げると、差し込んでくる陽光は水面を通すとこう目に映るのかとわかっているが感動を止められない。絵の具では決して出すことのできない碧めいた色調の青さを堪能するセレンフィリティの視界に恋人の影が入った。
 上に被さるように追い泳いできたセレアナはおもむろにセレンフィリティの手を取り、彼女の指に自分の指を絡めて、体を引き寄せる。
 引き寄せられる流れでそのまま抱きあう形になったふたりはどちらともなく己のシュノーケルを外し、唇を寄せ合った。
 危険が無い海ではない。また、サービスとして対策されているが安全が保証されているわけではない。このダイビングサービスだって自分たちが契約者だから許されているようなものだ。
 決して気持ちよさに流されて油断できる状況ではないのだが、
 ――このまま、時間が止まればいい。
 言わなくとも、二人の想いは重なって、この海の中たゆたうのだった。