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遊覧帆船の旅を楽しもう!

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遊覧帆船の旅を楽しもう!

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 豪華客船と聞いて多数の人が思い浮かべるだろう有名な映画がある。
 映画には、燃えあがるような激しい恋模様が描かれる中、このまま時間が止まれば良いのにと思わせる印象的なワンシーンがある。
 舳へと歩み寄った遠野 歌菜(とおの・かな)は組んだ月崎 羽純(つきざき・はすみ)の腕を自分に引き寄せた。
「あのね、羽純くん。私、一つやってみたい事があるの!」
「ん?」
「それでね、羽純くんに協力して貰いたいんだ!」
 お願いと愛らしくねだられて羽純は予感を感じた。
「やりたいこと?」
「うん。至って簡単! あの有名な映画の再現だよ!」
 説明を受けて、羽純は一瞬却下しようかとしたが今回のツアーを引き当てたのは彼女なので二つ返事で了承した。
 歌菜は喜びににっこりと笑うと躊躇いなく穂先に立った。そういう人間を予想してか舳には安全に映画の真似が出来るようになっていた。
「私両手広げるから、羽純くん後ろから支えてね。抱きしめてもいいよ。というか抱きしめて欲しいな」
 それこそあの映画のように甘く。
 照れを滲ませ両腕を左右に広げる歌菜の背後に立った羽純はそれこそリクエスト通り抱き竦めるように彼女を背中から支えた。
 前方から吹き抜ける潮風は全ての雑音を後方へと押し流し、二人の視界には目の前の海と空と遠くの大陸と、世界は二人を残し自然に還っていた。
 海上の涼しい空気に風は冷やされ体感温度は動かない身では肌寒いくらいなのだが、羽純と触れ合う箇所がじんわりとぬくもりに暖められて、歌菜は幸せそうに目を閉じた。
「お二人さん、そのままで」
 と、割りこむように声が入った。驚く歌菜と羽純が反射的に動く前に、ぱしゃりとフラッシュが焚かれる。
「記念にどうぞ。勿論無料です」
 インスタントデジタルラジオから写真を取り出し、二人に差し出した。胸にスタッフのネームプレートを付けた男から歌菜はそれを受け取る。
 こんな写真サービスがあったのかと、歌菜は微笑んだ。
「羽純くん。今度羽純くんが前に立たない? ――いたッ」
 そしてもう一枚撮って貰おうよ。言う歌菜の額に羽純はデコピンをかました。
「あまり風に当たると風邪を引くぞ」
 両手で額を抑える歌菜に船内に戻るぞと羽純は右手を差し出した。



 遊覧帆船でのお遊びで目玉なのはやはり大人系施設の部類だろう。その中でもカジノは一、二を争う人気がある。
 ちなみに今回は試験運行と招待した多くが学生と言うこともあり、金銭のやり取りは禁じ形だけのゲームとなっている。
 カジノルームのゲートを潜るとそこは地球のラスベガスを彷彿とさせる賑わいだった。あちこちでベットコールが交わされトランプとルーレット、ビデオボードにスロット他にも様々なゲームが行われていた。
 カジノというものに初めて足を踏み入れた杜守 柚(ともり・ゆず)は溜息しか出ない。
「先に来てるって聞いてるから早く行こう」
 圧倒されて言葉を無くしている柚の腕を掴み杜守 三月(ともり・みつき)はもっと奥に行こうよと誘った。
 トランプコーナーのポーカーテーブルに目当ての人物が居た。
「雅羅ちゃん! ――ってすごい量!」
 一ゲームを終えチップの配当を受け取る雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は聞こえた声に顔をそちらに向けた。
「凄い……勝ってるね」
 雅羅の前に高々と積まれているチップに柚と三月は絶句している。
「あれ、君の友達かな? いいね、こっちにおいでよ」
 同じテーブルに座っていた堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)が開いている席に二人を誘った。
「カジノは初めて? 緊張しなくても大丈夫だよ」
 不安そうな柚を一寿は雅羅と自分の間に座らせ、
「んー、君達は仲良さそうだから、君はそっちかな。こういうのは離れた方が隣同士より真剣になれるもんなんだよ。なんせゲームのライバルだからね」
 一緒にゲームに興じていたヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)と雅羅の間に着席してと三月に指示した。
「おや、人を増やして運の流れを変えるおつもりですか?」
 オレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)が含み笑いをした。
「そうだね君はずっと負け続けているからね」
「私がそんなに負けているとは思えないが、君こそ降りる回数が増えていますよね?」
 君は、と強調して一寿が挑発し、オレグはそれを受けず流し、逆に返す。柚は二人のやり取りにはらはらとしているが、これが駆け引きかと三月は感心した。
「それにしてもお嬢さんはお強い」
「そ、そう?」
 オレグの探るような視線に、あれよあれよとチップと積み上げた雅羅は戸惑いを隠せないようだった。
 彼女はトラブルメーカーであると聞いていたオレグはトラブルどころか自分に幸運を招き寄せている雅羅に、最初の一回こそ負けたがそれからずっと勝ち続けているので、その運を分けてもらいたいと感じはじめてもいる。否、彼女が周りの人間の運全て吸い取っているのかもしれない。考えが巡るほど興味が尽きない対象にオレグの笑みは増々と深くなっていく。
「じゃぁ、可愛いお客さんが二人も増えたことだし、ゆっくりやろうか」
 一寿の言葉に、ヴォルフラムがディーラーにレートを下げるよう頼んだ。
「ねぇねぇ、柚。ただ遊んでいるよりさ、それこそ賭け事なんだから何か賭けようよ」
「賭けるってお金は駄目ですって注意書きが」
「だから、お昼。負けたほうがお昼奢るってどう?」
「え、でも三月ちゃん。レストランのお料理ってサービスに含まれてるって聞いてますよ?」
「あー……」
「じゃぁ、船を降りたらってことで」
 何か賭けないと面白くないらしい三月に柚は仕方ないですねと笑った。実際、その方が面白いのだろう。そういうゲームなのだから。
 相談が終わったらしい二人を見てヴォルフラムがディーラーに目配せする。
「ルールはわかるかい?」
「えと……はい」
「よろしい。でも手加減はしないよ。大丈夫ゆっくりやるから」
 席についている時点でライバルだ。そうそう手取り足取り教えてはあげられない。
「にしてもさっきから君は手堅い勝負しかしないね」
 ヴォルフラムにギャンブラーな質の一寿は物足りないと嘆くが、船の揺れに調子を崩しているヴォルフラムは軽く目を伏せただけだった。
 一寿側から順繰りにトランプが配られていく。ポーカーは手札を全て隠すクローズド・ポーカーだった。配り終えたカードをそれぞれ手に取った。
「ベット」
 一寿が迷いなくチップを積んだ。
「こ、コール」
 ディーラーの目配せに柚も慌ててチップを積む。雅羅、三月、ヴォルフラムがコールし、オレグがチップと掴んだ。
「レイズ」
 一寿とヴォルフラム以外の全員がオレグを見た。
「リレイズ」
 一寿の一言で掛金が一気に膨れ上がった。
「まだ交換もしてないのに強気ですね」
「自信があるからね」
 全員がコールし終わり、カードを交換する。二度目のベットタイムに突入するが、コールとレイズの掛け合いに柚と三月が早々に降りた。ヴォルフラムもカードを全てテーブルに伏せる。
「よろしいですか?」
 ディーラーの問いに一寿はカードを表返す。
「ハートのストレート」
 綺麗に揃う幸運を目の当たりにして柚が目を丸くした。一寿がちらりとオレグを見るが彼の顔色は変わっていない。彼は何を揃えているのだろう。
「ロイヤルストレートフラッシュ……」
 降りなかった雅羅の宣言にオレグが立ち上がった。オレグと張り合っていた一寿も目を瞠る。
 勝ち続けていた彼女はやはり勝った。
 勝つだろうなと予想していたが、最強の手で勝たれて、ギャンブラー達は興奮を抑えられない。
 波乱はまだ終わらずに続く。