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豪華客船での一日



 パラミタ内海。
 海面を切り開くように飛沫を上げて進むのは木造の帆船エスペランサ号。
 このエスペランサ号が本番さながらの試験航海を無事に終えた時、この船は正式に遊覧帆船として定期運行される。
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の鬼気迫る様な緊張を隣に立っていた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)はひしひしと肌で感じ、妻のひとつの妥協もを許さぬ姿勢に、気合が入っていると彼は改めて感じた。
 気合が入って当然だろう。
 シャンバラの鉄道王を目指す彼女がパラミタ横断鉄道とは別に進めていた一大事業の一つが、今まさに最後のステップを踏もうとしている所なのだから。
「試験航海成功するといいですね」
「ええ」
「声が少し硬いです。環菜も……緊張しますよね。緊張しない方がおかしいですよね。出発してどれくらい時間が経ちましたでしょうか、このまま無事に終えればいいのですが」
「しかし、経験は多いに越したことはないわ。今後のマニュアル作りにも十分役に立つんだから。それこそ立ち塞がる脅威すら見世物に出来るか考えたい所ね」
 自然を相手に何も起こらないはずがない。全ての出来事に迅速に対応出来る様、彼女の頭の中は様々な考えが入り乱れているのだろう。
「たくさんのデータが取れるといいですね」
 最悪船が壊れても次の機会に繋げられるから恐れずに行こうと語る陽太の心遣いに感謝しながらも、環菜はそれでも先ずは成功するのが大事と心構えを新たにした。
 奮起する環菜に陽太は頼もしい妻だと微笑み、自分は何が出来るか考えを巡らす。妻と同じく自分も持ち札は全て揃えてこの航海に臨んでいる。
 搭乗時招待した客人全てに挨拶を交わした陽太はこの一大プロジェクトを円滑に運用し発展させる為には何が必要なのか見定める必要があった。
 経営者の眼差しをしている環菜を見て、陽太は自分もまた商人の顔をしていることを自覚する。
「そろそろ海域が変わる頃ね」
「ダイビングスポット予定域があるんですよね。では、打ち合わせに行きましょう」
 船長室から直接会議室へと続く扉を陽太は静かに開いた。



 船長室の扉を開けて入ってくる陽太と環菜に気づいて、肩を寄せ合い気難しげにテーブルを眺めていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は顔を上げた。
 テーブルには数種類の海図、船の設計図、人員の配置状況、スタッフが定期的に入れる報告の書類等がこれでもかと広げられていた。一つの漏れもなく全て記録に残そうとする気概が見て取れて、環菜は軽く肩を竦めた。
「あら、まだ話し合っていたの? 顔に似合わず真面目ね」
「真面目にもなるわ。環菜がこっちにも力入れてるってわかってるのよ。力は抜けないわ」
 協力者を名乗り上げているのだ。彼女の手助けができることに誇りすらある。自分も参加している以上、例え重箱の隅を突かれようとその突く隅すら作りたくない。
「それにこっちは観光がメインなのだろう? なら、余計商品としての展開を要求されるのではないか?」
 情報は多いことに越したことはない。ダリルから知的に光る青い瞳を向けられ、陽太は頷き返した。
「そこでダリルとも話してたんだけど、ルカは環菜に提案があるんだ。聞いてくれる?」
 聞くが、答えを貰う前にルカルカは行動を起こした。テーブルの上に、新たに書類やら青写真やらが広げられる。
「当然のことだけどこのパラミタ内海は魔物が多いわ。今回もし襲撃されて無事に撃退できたと言っても次回、それこそ正式運行中にまた撃退出来る保証はどこにも無い。それは皆わかっていることだと思うし、魔物が出るのにわざわざツアーに参加しようなんて人間も居ない」
 そこで、とルカルカは言葉を区切った。
「どうせなら脅威を神秘に変えてサプライズショーとして扱おうと思うのよ。一種の名物って奴ね」
「事前に行われた調査から魔物の生息域やら時期やら色々計算してきた。それがこっち。そっちは安全対策とそれに伴う予算。資本との兼ね合いもあるが黒字転換までのシミュレートがこれだ」
 それこそこの試験航海の話が持ち上がってた辺りから計画を練っていたのだろう。その用意周到さに環菜は隣の陽太と顔を見合わせ、思わず笑った。
「大胆ね。あなたらしいわ。あたし達も今二人で魔物を一つのウォッチングツアーにできたら逆に人を集められるんじゃないかって話していたところよ。にしてもここまで数値化してくるなんて、仕事が早いわ」
「だからね、今回の試験航海はますます重要になってくると思うの。魔物がサービスしてくれるかどうかもきっちり見せてもらわなきゃって感じよね」
「ああ。今後も出会う事が必然の脅威ならがっちり利用しない手はないからな。果たして内界の神秘は目玉になるか、十分気になるところだ」
 騒動すら糧にしよう。宣伝広告の効果をも狙おうと不敵に笑い合うルカルカとダリルに、環菜がどれだけ安全対策に心を砕いていたかを知っているは陽太は、なんて挑戦的なんだろうと苦笑した。
「そうね。良い案だと思うわ。有り難く参考にさせてもらうとして、そろそろ一旦船を止めようと思うの」
「あれ、もうダイビングスポット?」
「ええ」
 運行予定表に赤字で実際にかかった時間をルカルカは記入した。
 シャンバラから出航してそろそろカナン側に海域が切り替わる。