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海城の計


 大型海賊船は、エスペランサに乗っていた勇敢な契約者達と、駆けつけた機晶高速艇の援軍によって制圧された。
 それは間違いない事実である。
 だが、依然として金元 ななな(かねもと・ななな)の取り仕切る機晶高速艇内には、緊迫した空気が流れていた。
 原因は、先の勇敢な契約者達による、制圧時の状況の報告書……。
 その内容をかいつまんで説明すると、こうだ。

 契約者の内の1人、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は、
 大型海賊船に侵入した後、敵のリーダーを探すために全ての船室をくまなく見て回ったらしい。
 ところが、どこにもそれらしき人物は見当たらなかった。
 それどころか……船の大きさや船室の多さに比べて、船員の絶対数があまりに少ないという事実に気がついた。
 制圧後、オルベール以外が捕縛した海賊団員を含めて再度確認したが、結果は同じだった───という内容。

 この情報から推察できることがある。
 まず考えるのは、なぜそんなに船員が少なかったのかだ。
 彼らは海賊行為を積極的に働こうとしていた……まさか、インフルエンザが流行していて欠席が多かったという事はないだろう。
 では、船内のどこかに隠れていたのか? 可能性はゼロではないが、とても低い。
 大勢の人間が隠れられるような場所は見つからなかったし、そもそも船が制圧されてしまうまで隠れている意味がわからない。
 となると、残る可能性は1つだけ。船外に隠れている可能性だ。

「考えてみれば……もともと怪しさ抜群だったわよね。今どきあんなドクロマークを正直に掲げた海賊船があるなんて」

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、足を走らせる。
 ドクロマークの旗といえば海賊の代名詞のようなものだが、こと海賊行為をするにあたっては邪魔にしかならない。
 早期に接近を気づかれてしまううえ、警戒心を抱かれてすぐ逃げられてしまうだろう。
 そんな旗をあえて掲げておく理由……それは、

「そっちに目を引きつけるため───ってところかしらね。……ななな、定位置に着いたわ。指示をお願い!」

 小型通信機を使って本部のなななに呼びかける。

「……あー、あー、こちらなななですー」

 あまり慣れていないような口調で敬語が返ってくる。

「先ほどの打ち合わせ通りです。中尉に、不審な小型商船への臨検の実施をお願いします!」

 それだけ聞き取ると、ローザは軽く「了解」と返して通信を切った。
 と思ったら、直後に新しく通信を開始する。
 今度の相手はなななではなく、上空で待機中のパートナー・上杉 菊(うえすぎ・きく)だ。

「───菊媛、聞こえるかしら?」
「はい、御方様。聞こえておりますよ」
「今から小型商船に乗り込むわ。私が合図を送るまでは、何かあっても絶対に撃っちゃ駄目よ」
「承知致しました。……ですが、わたくしの予想では……」

 菊はそこで言葉を切り、迷ったように視線を泳がせる。
 見えたものは、遠くにぼんやりと見える水平線だけだったが、それでも落ち着きを取り戻すには十分だったようで、

「いえ、なんでもありません。……ご無事で」
「ええ。そっちも頼むわよ」

 そこで通信は途切れた。
 予定では、この後はローザが『斥候』や『新衛隊員』らの従者と共に、小型商船に対する臨検を実施する。
 特に結果に問題がなければ、「よい船旅を」などと軽く挨拶して退去するだけだ。
 ただし、菊はそんな平和的に事が運ぶとは、まったく思っていなかった。

「あんな報告を受けた後じゃあ……警戒しない方が難しいですよね……」

 ボソリと、誰にともなく呟く菊。
 それは同じ報告を受けたはずのローザも同じだろう。
 だからこそ、すぐに菊に攻撃要請を出せるよう準備し、菊の爆撃が機晶高速艇への援護要請にもなるよう予め手配してあるのだ。
 上昇……高度を50mに、じわじわと近づけていく。
 標的となる小型商船との距離も調整し、反跳爆撃を行うのに最適な射程にもっていく。

(………………)

 そうして待っている時も束の間。
 ───決めておいた合図が、菊の持つ小型通信機に送り込まれた。
 つまり、小型商船は海賊達の潜む偽装船であり、ローザの臨検がそれを看破したということだった。





「攻撃が始まったであります!」

 機晶高速艇の甲板で、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は叫ぶように報告する。

「爆撃が開始されたということは、ローザ中尉は既に退避を終えているはずであります」

 報告を受けるのはコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)
 こちらも小型通信機を使用して、すぐにやり取りが可能な状態になっていた。

「わかったわ。ワタシの方で待機中のメンバーに情報を回す。あなたはエスペランサに海賊が乗り移るのを、防げるだけ防いで」
「了解であります。これより狙撃を開始するであります!」

 そこで通信は途切れた。

「さぁて、腕が鳴るであります」

 独り言を漏らしつつ、『軍神のライフル』で狙いをつける。
 菊の行った爆撃の影響で、小型偽装船は大きくグラついている。あれで無力化できた海賊団員も多いだろう。
 ただ、既に小型偽装船はエスペランサに向けて、巨大な銛や撃ち出せるよう改造した縄梯子を、無数に射出している。
 おそらく大型海賊船から持ち込んでいたのだろう……こちらは放っておくと、次々と海賊団員がエスペランサに侵入してしまう。

(まずはあれを撃ち落とすのが優先でありますね)

 そう判断した吹雪は、次々と弾丸を射出していく。
 ゆれる船上での狙撃は非常に難易度が高い。
 それでも彼女は、【ホークアイ】や【シャープシューター】を利用することで高い命中率を叩き出し、何本かの縄梯子を撃ち落とす。
 その際、なるべく海賊団員が登り始めているものを狙い、梯子ごと海中へ落下させていく。

「海賊なんて、生死問わずでもいいと思うんでありますがねー」

 それなら、あんなに細い的を狙う必要もなくなるのに。
 と、そんな事を考えていると……なにやら視界の端で白いもやもやが浮かび上がった。

(んん……?)

 吹雪が目を凝らしてそれが何なのかを確認する。
 だが、すぐにそれは目を凝らす必要がないほどに大きく広がっていき、やがて小型偽装船の周囲を覆いつくすほどになった。
 当然、狙撃どころではない。

(これは、しまった! 煙幕であります!)

 気がつくと同時、先ほど切った通信機に、コルセアから連絡が入る。

「吹雪? 見えてると思うけど、敵が機晶高速艇からの増援を撒くためか煙幕を張ったわ」
「み、見えてるであります。これでは狙撃は難しいかも……」

 コルセアは「そうね」と流すように相槌だけうって、

「エスペランサには機晶エネルギーを使用したスクリューがあるはず。連絡を取って、それで偽装小型船を牽引してもらうわ」
「……なるほど。海上を高速で動いて、風で煙幕を吹き飛ばすのでありますね」
「そういうことよ。で、そうなると機晶高速艇が密着し続けるのは難しいから、いったん帰艦してちょうだい」
「了解であります! ……でも、煙のせいですぐに突入できないとなると、この隙でエスペランサに侵入されてしまうのでは?」
「大丈夫よ。あちらにも乗客に紛れて待機中の教導団員がいる。既に連絡も届いているはずだから───」

 コルセアはそれだけ答えて、通信を切った。
 吹雪は通信機をしまい『軍神のライフル』を抱えると、言われた通りに船内へと駆け戻っていった。





 吹雪の狙撃が中断されたため、敵は煙幕に紛れて再び縄梯子を射出していた。
 海賊団員達がそれを駆け上って、一斉になだれ込み───ついに、戦場はエスペランサにまで至ってしまう。
 ……が、教導団はそこまで想定した配置をとっていた。
 なななと定期的に連絡をとっていた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は、彼らが登ってくる位置を予測し、
 パートナーの草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)らと共に、先回りしていたのである。

「そこまでだ」

 威圧感たっぷりの声色で、甚五郎は登ってきたばかりの相手の鼻先を制した。

「大方、エスペランサに侵入してしまえば、乗客を人質にとって立ち回れると考えていたんだろう?」
「そなたらのような、せこい輩の考えそうなことなのだよ」

 羽純が同意してみせる。
 それを見て、海賊の親分格なのか、他の者とは一際違った風格を持つ男が歩み出てくる。 
「てめーらも、教導団か……偽装船で気づかれないまま一気に乗っ取るプランだったのに、次々と邪魔しやがってよぉ」

 親分格の男は、憤りをあらわに手を震わせる。
 そこに、付近の船内へ続く扉を開け放ち、ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が現れた。
 彼女は甚五郎達と対峙している相手を見て、一瞬呆けたような顔をしたが、やがて納得したように、
 
「あ、もしかして海賊殿ですか? 残念でしたね! 乗客の方々はみんな避難してもらっちゃいましたよー」

 実は臨検が行われる直前から、万が一に備えるため、教導団による避難誘導は開始されていたのだ。
 たった今合流したホリイと、先ほどまでは羽純も、この避難誘導に協力していた。
 それを聞いた親分格の男は、観念したように、

「つまり、人質作戦も失敗……っと。仕方ねえ、力づくで通らせてもらうか」
「……念のために聞くが。降伏する気はないんだな?」
「ないねッ!!」

 海賊団員達は、親分格の男の言葉で一斉に武器を取り出す。
 応じて、甚五郎・羽純・ホリイ・ブリジットも陣形を整えた。
 4人だけの甚五郎達に対して海賊団員らは10人以上。
 が、それだけで劣勢とはならない。そもそも踏んできた場数が違う。

「くくく……足りんなぁ」

 口を衝いて出た。そんな様子で甚五郎は笑うと、

「足りん、足りん、足りんぞぉぉぉお! 気合が全然足りてないぜ!!」

 いきなり大声を張り上げた。
 数だけ見て優勢であると思い込んでいた海賊団員は、それだけで認識を改め、怯み、隙を露呈する。
 そして、その程度の小さな隙でも、羽純のような戦闘のプロ相手には致命的だった。

「な……に……!?」
「悪く思うでないぞ。わらわと対峙したのだ。当然であろう?」

 何が起きたのか、理解できないまま倒れた者も多かったはずだ。
 彼女は【歴戦の立ち回り】を駆使して、ベストなタイミングで瞬時に距離を詰めると、
 【我は射す光の閃刃】で人体の急所とならない部位をことごとく撃ちつけたのである。
 そして、その規格外の急接近を可能にしたのが、ブリジットの【ゴッドスピード】によるアシストだった。
 不意を衝かれた海賊団員達は、これだけで戦力の半分を無力化される。

「どうやら今回も、ワタシが自爆する必要はなさそうですね……」

 なぜか残念そうに肩を落とすブリジットを横目にホリイは、

「どっちかっていうと、あの人達が失血死しないように気をつけないといけないですよ」

 確かに、羽純が結構派手にやっちゃったので、わりと凄惨な状況になっている。
 一部の仲間を囮に使うような連中だから、それを理由に留まってはくれないだろうが……

「「くそ、舐めやがって!!」」

 やはり、といった印象しか受けない。
 残った海賊団員達は、特に策もないのか一斉に突撃してきた。

「少し痛むかもしれないが、心配はいらないぜ。生きる意志があるのなら、これくらい気合で乗り越えられるものだ!」

 断言した甚五郎は、【ライトニングウェポン】で『剛腕の強弓』をエンチャント。近接戦闘になる前に2人の敵を射貫く。
 ホリイも『流体金属槍』を変形させることで擬似的な遠距離攻撃を繰り出した。こちらも2人の敵を刺し貫く。
 そして残った2人の海賊団員と親分格の男は、豪華客船らしく装飾された壁面に叩きつけられて気絶した。
 クラーケンの触手によって薙ぎ払われたのだ。

「───!?」

 海賊達があからさまに突っ込んできたので、気づくのが遅れた。
 横合いから強力な海洋モンスター・クラーケンが現れていたのである。
 また……遠くまで目を凝らしてみると、他にも無数のモンスターが船上に出現している。

「どういう事だ。この船は高速移動中だったんじゃないのか!?」

 甚五郎は自分自身に言い聞かせるように言葉を漏らす。
 無理もない。彼の言う通り現在のエスペランサは、機晶エネルギーを使用した高速移動の真っ最中なのだ。
 クラーケン一匹が頑張ってよじ登ってきた……程度ならばまだ説明はつくが、
 こんなに大量のモンスターが、それも一斉に現れるのは不自然以外の何者でもない。

「クラーケンがっ!」

 はっと我に返る。
 眼前にいるクラーケンが、甚五郎らに迎撃されて動けない海賊団員達に、トドメをさそうと蠢いていた。

「……まずい!」

 クラーケンは頑丈な巨体を持つモンスターだ。生半可な攻撃では止められない。
 しかし止める事が出来ない場合、間違いなく海賊団員達は命を失ってしまうだろう。
 敵ではあるが、教導団の一員としてそれは避けたい。……時間をかければ、彼らだってやり直せるはずだ。
 だったら、残された手段は───これしかない!

「……当機ブリジットの自爆を承認しますか?」