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巨大海蛇の縄張り


 パラミタ内海遊覧の旅───
 皆様、お楽しみ頂けておりますでしょうか?
 ですが、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の災厄体質は折り紙付きです。
 そのことを忘れてはなりません。
 必ず災厄はやってくる。引き寄せられるようにしてやってくる。

 ……とはいえ、それを理由に雅羅を乗せないようでは、事業として成り立っているとは言いがたい。
 そう、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)はこの事業を進める上で、想定し得る非常事態には全て対処できなければならないと考えていた。
 現に港で待機中の機晶高速艇は、災厄体質に対応する策として、彼女が教導団に依頼して手配したものである。
 そんな経緯で用意されたのだから、当然船内は厳戒態勢の重い空気で満ちている。
 ……わけでもなかった。

「はぁー、ヒマでありますね」

 船室の一角でぶうたれながら、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はテーブル上のお菓子袋に手を伸ばす。
 しかしカラフルなキャンディが入っていたはずの袋はいつの間にか空っぽになっていて、吹雪は余計に頬を膨らませる。
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は、やれやれといった表情で向きなおり、

「何回同じこと言ってるのよ。ワタシ達が暇なのは、むしろ良いことじゃない」

 それを聞きつけた金元 ななな(かねもと・ななな)もガタッと立ち上がり、「その通り!」と同意してみせる。

「そもそも我々宇宙警察は、抑止力として機能するべきなんだよ」
「抑止力……で、ありますか?」
「そう、ズバリななな達が待機しているだけで、敵は恐れて手が出せない今の状況のことよ」

 なななは胸を張って答えた。
 そろそろ誰もツッコんでくれない事実があるので念のために補足すると、彼女達は宇宙警察ではなく教導団だと思われる。
 その事実を除けば、なななの言っていることは全て正しい。

「実際、依頼主の環菜もそれを期待してるはずだぜ」

 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)が会話に加わる。
 この場合の彼には、無意識ながら友人であるなななの主張を支える目的もあったかもしれない。
 ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)もそれを読み取ってか、

「……まぁそうでしょうね。私達が何もしないまま終わるのが、一番いいと」

 噛み砕いて説明してみせた。
 そして壁際に設置された簡易ソファ(壁面から引き出すアレ)に腰掛け、一部始終を見ていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、耐えられず口にする。

「でも、雅羅ちゃんがこの手のイベントに参加して、何も起こらなかったことって……」

 ………………。

「「ないかな……」」

 重い沈黙を破り、皆が一斉に呟いた。
 そう、彼女の災厄体質は折り紙付き───つまり、環菜は期待を裏切られるとは承知の上で、この機晶高速艇を用意したのだ。

「よ、抑止力と言ったな……あれはウソだ」

 あえて目を向けないようにしていた真実に、なななは妙な口調で喋り出す。心なしか落ち込んでいるように見える。
 それを聞いたシャウラは、今度は意識的に彼女をフォローする目的で、

「いや、ななな! そこは本当でいいだろ? 例えば海賊とか、そういう人間絡みの敵性は間違いなく抑えられてるはずだ」
「そ、そうだよね! エスペランサの守りが堅いって知ってたら、迂闊に手を出せないもんね!」

 なななが落ち込む原因を作ってしまった。
 そう思った詩穂も、シャウラに乗っかる形で、ガッツポーズをとってみせた。
 ふむふむ……と、ここまでのやりとりで事の輪郭を掴んだ吹雪が質問する。

「それで、自分達の敵として想定されるのは、結局誰なのでありますか?」

 ユーシスはしばしの時を言葉を選ぶのに使い、

「情報による牽制が効かないうえ、災厄体質に引き寄せられる存在……やはりモンスターでしょうね」

 結論を導き出したその時だった。

 <!> Emergency Call <!>

 ビーッ、ビーッ、といういかにもな音を発し、詩穂が座っている壁際と反対に位置するモニターに、それは映し出された。

「エマージェンシー……!?」

 すぐさま、なななが通信機を取ると、画面が切り替わってリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の姿が現れた。
 この部屋は今は待機室として使われているが、実際は休憩室なのでエスペランサと直接通信することができない。
 そのため、別の部屋……リカインのいる情報処理室を通して、連絡を受けることになるのだ。

「ななな君、聞こえる?」
「聞こえるよ! リカちゃん、何かあったの?」

 若干のタイムラグを経て、通信機越しの会話が行われる。
 そして、待ちわびたわけでもないが確実に皆が待っていた、その時が訪れた。

「予想通り来たみたいよ……災厄。時間が惜しいから説明は現場に向かう途中でするとして、出動の許可をもらえるかしら?」





 ちょうど、お昼頃の事である。

 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は個室を出て、エスペランサの甲板に上がってきていた。
 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)らの3人と共に、ダイビングを楽しむこと。
 そうだ。それが彼女達の当初の目的だったはずだ……それは間違いない。

「なのにどうして、こんな状況になってるんですかぁ!!」

 それは楽しいダイビングとは程遠い、命がけのバトルだった。
 眼前にそびえる海洋生物は、シーサーペント。
 どうやらこの辺りを縄張りにしていたようで、侵入してきたエスペランサに怒りを抱いているように見える。

「ふぇぇん……私は、何か船に当たったような衝撃がしたので、ちょっと見にきただけなのにぃ」

 こんなことなら気づかなければよかった。
 もしくは、皆で来てれば少しはマシだったかな。

(……というわけにもいかないですよね)

 仲間を呼びに行っている間に、船に接近されては今以上に厄介になる。
 思い直し箒に跨ると、リースは覚悟を決めて飛び立った。
 迎え撃つシーサーペントの牙を、『空飛ぶ箒スパロウ』の小回りを生かしてギリギリ回避する。
 その際、【ブリザード】を応用した氷の槍を残しておき、シーサーペントを自らそこに突っ込ませることで反撃を行った。

「ギョァアア!!」

 鋭利な物体をもろに喰らい、苦痛のような呻きをあげるシーサーペント。
 が、全長が数十メートルにも及ぶだけあって、さすがにタフだ。
 それほどダメージは受けていない様子で、再びリースに向きなおる。

(でも……思惑通りです。無理に倒そうとしないでも、できるだけ船から遠ざけることができれば……)

 最悪の事態は、エスペランサが沈められてしまうことだ。
 シーサーペントというモンスターは、どういうわけか船体を巻き取って海に引きずり込もうとする習性がある。
 それを危惧したリースは、咄嗟の判断で自分が囮になって、シーサーペントを引き付けることを選んだのである。

「リース!」
「あらあら、なんだか大変なことになってるみたいねぇ」

 増援だ。
 異変に気がついたマーガレットが、セリーナを連れて来てくれた。
 少し遅れたのは、セリーナの車椅子を押してきたからだろう。

「みんな! ……あれ、ナディムさんは?」

 素直に助かったと喜んだリースだったが、1人足りない事に気がついて首を傾げる。
 マーガレットは『空飛ぶ箒エンテ』に跨り、リースと同じ位置まで飛んでくると、

「ナディムは連絡係! こういう時に備えて、教導団の機晶高速艇が待機してくれてたはずだよ」
「あー。それで救援を頼みに行ってくれたんですね。でもなんでナディムさんが?」

 彼が連絡係に選ばれた理由……4人の中で唯一の男であるナディムとしては、非常に悔しい思いをしたかもしれない。
 それは、リースやマーガレットのように空中戦ができず、セリーナのように泳ぎが得意なわけでもなく、

「単に、水上での戦闘に不向きだったからだねぇ」

 セリーナが核心を突いた。
 4人の中で唯一の男であるナディムは、たった今くしゃみをしたかもしれない。
 特に気にかけた様子もなく、セリーナはペットのレラをそっと撫でると、

「レラちゃんは今回はお留守番。ちょっと行ってくるわねぇ」

 甲板を後にして、その身を海に投じた。
 彼女はいわゆる人魚なので、地上を動けない代わりに、水中での戦闘は特に得意なのだ。
 そのままシーサーペントの巨体の下に潜り込むべく、潜水を開始する───。





 それから間もなくして、救援要請を終えたナディムが、甲板に戻ってきて顔を出した。

「フッ……なんか、言われたい放題言われてた気がするが、連絡係だけで終わる俺じゃないぜ!」

 そう宣言すると、ナディムは戦いに加わるべく『フタバスズキリュウ』に乗って海上へ繰り出した。
 前述したが、彼はそれほど泳ぎが得意ではないので、海上でシーサーペントに襲われればひとたまりもない。
 敵に気づかれず、かつ『豪腕の強弓』で援護射撃が届く絶妙な位置……それを見極めて慎重に動く。

(姫さんが見当たらない。おそらく得意な水中に潜って戦ってんだな)

 たぶん、リースとマーガレットが視線を奪っている隙に、がら空きの胴体を下から攻撃する作戦だろう。

(だったらその攻撃に合わせて、頭を狙うか)

 それができれば、敵が怯むぶん命中率は跳ね上がる。
 他にも、セリーナを守りたいナディムとしては、シーサーペントの注意を海中に向けさせないための策でもあった。
 ……じりじりとチャンスを待つ。

「ゴ……グギァァア!!」

 すると、シーサーペントが唐突に胴体を仰け反らせて硬直した。
 セリーナが水中の死角から、【虹色の舞】で突き上げたのだ。
 その後のシーサーペントは予想通り海中に目を向けて、自分を攻撃した敵を探しに潜ろうとしたところで───

「今しかねえぜっ!」

 頭部に『コクマーの矢』が突き刺さった。

「よっしゃ、作戦成功!」

 雷電属性を持つうえ正確に頭を捉えただけあって、『コクマーの矢』は相当のダメージを与えたらしい。
 シーサーペントはどこから攻撃を受けたのかもわからず、海面上をのたうち回って苦痛に身を躍らせた。
 それを見てチャンスと見たマーガレットが、上空から一気に加速して『ダンシングエッジ』によるトドメを繰り出そうとして、

「きゃあッ!!」

 横合いから、大きな尾に薙ぎ払われて吹き飛んだ。
 一応、マーガレットは咄嗟の機転で『フルムーンシールド』による防御に成功したので、大した怪我は負わなかった。
 しかし勢いを殺せず、そのまま海中へ落下してしまう。

「マーガレット!」

 リースが悲鳴をあげたが、シーサーペントの逆襲は止まらなかった。
 マーガレットが沈んだ海中へ向けて、追撃をかけるように尾を叩きつけだしたのだ。

「クソ、あの野郎……!!」

 ナディムは追撃を止めるため、今度は『ケセドの矢』を海面に放った。
 海面の一部が凍りつき、尾による攻撃を鈍らせる。
 その隙のおかげで、もともと水中にいたセリーナが、マーガレットを救出することに成功した。
 リースは2人が顔を見せた海面まで飛び寄り、【歴戦の回復術】で治療を試みる。

「大丈夫ですかっ!?」
「慌てないで、リースちゃん。見たところ、大した怪我はしてないみたいよぉ」

 セリーナがそう言うので、とりあえず安堵するリース。

「ただ、少し海水を飲んじゃったみたいねぇ……」

 マーガレットは苦しそうに胸を押さえて咳き込んでいる。
 どうやらこれ以上、戦い続けるのは難しいかもしれない……

「うぅ、機晶高速艇さんは、まだ到着しないのでしょうか」

 そう思い、リースが周囲を見やった時のことだった。
 
「よくやった、後は任せろッ! 宇宙怪物よ、俺達が相手になるぞ!」

 声の主はシャウラだった。
 気がつくと、近くまで機晶高速艇がやってきていた───間に合った!
 言葉を残したシャウラは搭乗している『小型飛空挺ヘリファルテ』を加速させ、シーサーペントに突撃していく。
 続けて、ユーシスと詩穂も姿を見せた。
 それぞれ水上バイク『ホエールアヴァターラ・クラフト』と、幻獣『ヒポグリフ』を駆り、シャウラの後を追う。

「だいぶ弱っているみたいですが、油断は禁物ですよ。シャウラ……君は特に調子に乗り易いからね」
「へいへい、わかってるって。詩穂も気をつけてな」
「大丈夫! こう見えても、モンスターの扱いには自信あるんだよね!」

 新たな敵が現れたことを察したのか、攻勢に出ていたシーサーペントは尾を引き戻して構える。

「俺相手に慎重さを取り戻せた、その冷静さは褒めてやる……だがッ」

 シャウラは叫び、更に加速して眼前に迫ると、

「逃げ出すとこまでいかなきゃ、半分で50点ってところだぜ!!」

 構えた『グレネードランチャー』で、『機晶爆弾』をぶっ放した。
 リース達との戦闘でもともと動きが鈍っていたこともあり、シーサーペントは攻撃を避けられず直撃する。

 ドォォォォン!!

 その破壊力を誇示するように、凄まじい爆音が響き渡った。
 巨体を持ちタフなシーサーペントだが、これではひとたまりもないだろう。
 まだ息はあるようだが、自重を支える力を失って海面に崩れ落ちる。

「ユーシスさん! 後の事は詩穂に任せて、受け止めてあげてっ」
「……助かります。ではお言葉に甘えて」

 受け止めるというのは、無鉄砲に接近しすぎて自分で使った『機晶爆弾』に吹き飛ばされていった、シャウラの事をだ。
 ユーシスは『ホエールアヴァターラ・クラフト』を旋回させると、外見からは想像できない速度で水上を走り出す。

「───よっと」

 間一髪のところでシャウラを受け止める。
 少しでも遅れていたら、シャウラも海中へ落下していただろう。

「やれやれ。敵を倒して自分も吹っ飛んでるようでは、君も50点ってところですね」
「おぉ……そうか、俺も吹っ飛んでたのか」

 シャウラは何が起きたのかようやく理解した様子で、

「助かったぜユーシス。やっぱ持つべきものは親友だよな」
「……いつでも私が助けてあげられるなんて思わないようにと、前から言っているでしょうが」

 そんな他愛の無いやり取りができるのも、死線を潜った後だからに違いない。
 2人はしばらくそんな様子で会話をしつつ、行方不明となった『小型飛空挺ヘリファルテ』を探し続けた。

 一方、後の事を任された詩穂はというと。

「ゴゴゴゴゴ……そう、そうだよ。詩穂の方がシーサーペントちゃんより強いんだよ……」

 【適者生存】のオーラを身に纏い、【ビーストテイマー】で動けなくなったシーサーペントの調教を試みていた。

「これからは……うん。無闇に船舶を襲っちゃダメ。めっだよ? 縄張りを奪う気はないの。ちょっと通り過ぎるだけだからね」

 やがて調教が完了したのか、やり遂げたような面持ちでリースの方に振り返り、

「この子はもう大丈夫! 帰してあげれば、きっと他のシーサーペントちゃんのことも説得してくれるよ」
「ふぇ? そうなんですか?」
「うん。ただ、このままだと帰れないと思うから……治療してあげれる人がいたらお願いしたいんだけど……」

 それなら、とリースとセリーナが名乗り出る。
 彼女達の治療によって傷ついたシーサーペントは元気を取り戻し───
 その後、海へ帰るまでを見送って、この場は一件落着となった。