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魔術師と子供たち

リアクション

   15

 エディ、キーチ、ミホは無事保護され、アイール水路警備局に連れて来られた。エディはキーチとミホに誘拐されかかったことを自慢したが、飛んできたステラにそれはそれは、壁に吹っ飛ぶほどの勢いで引っ叩かれた。抗議しようとしたエディだが、姉がわんわん泣き出したので、その声を飲み込んだ。さすがにちょっと反省したようである。
“名無し”は四人の無事を確認すると、家に戻ることにした。既にハーパー一味の襲撃が行われていた頃だ。彼は橋の下にその身を滑り込ませ、何か呪文を唱えようとした。
 だがそこに東 朱鷺(あずま・とき)が、後方に斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が立ちはだかった。
「何か用か?」
 ハツネはクスクス笑いながら言った。
「お迎えに来たのよ、おじちゃん」
「ほう? 地獄からの死者というわけか?」
「面白えこと言うおっさんだな。肝も据わってら。……実はよォ、俺たちはてめぇの過去の知り合いって奴から『てめぇを探し出して連れてくる』ように言われて、こうして来たわけよ。もちろん、留守中のガキ共の面倒は見てやるからよォ……一緒に来てくんねぇかな?」
 これは嘘だ。サリーの依頼で、三人は動いていた。彼らへの指示は、“名無し”を牧場から引き離すこと。ただし、未知数の力ゆえに、事を荒立てぬよう釘を刺されてもいる。
「その言い方じゃあ“名無し”さんも反発しますよ」
 葛葉が前に進み出た。鍬次郎はフンと鼻を鳴らした。
「僕も、ジョーイさんたちの苦労と気持ち分かります。同じような経験をしましたから」
 葛葉は盗賊に滅ぼされた白狐の里出身だ。
「でもね、だからこそ、ハーパー一家に狙われているような家に住むよりも、違うところに移住すべきだと思うんです」
 葛葉たちは遅れて町に入ったため、ジョーイがあの土地にどれほど思い入れがあるのか知らなかった。
「この町にある『猫町館』という冒険者向けの宿屋をやっている僕の知人に根回しして、いつでも住めるようにしておきました。そこはジョーイさんたちのような『アイールの開拓』を志す同志がたくさんいます。協力してくれるでしょう」
「それを我輩から伝えよと?」
 葛葉は頷く。
「“名無し”さん、あなたが我々と一緒に依頼人のところに行ってくれれば、子供たちは今よりいい環境で夢を叶えるために生活できますよ」
「我輩に取引を持ちかけるか」
「悪い話じゃないでしょう?」
「旨い話には裏があるものよ。我輩の過ぎ去りし日々を知る者など、空事であろう?」
「交渉決裂、か」
 鍬次郎の言葉に、葛葉はさっと身を引いた。戦いは彼の役目ではない。鍬次郎がすっと片手を上げるや、ハツネがクスクス笑いながら、ブラックコートを翻した。羽のように軽く飛びながら向かった先は、水路警備局だ。
「今から警備局を爆破する。脅しじゃねぇぞ?」
「やってみるがいい」
「本当に肝が据わってらあ。――仕方ねぇ、やれ、ハツネ!」
 少し離れたところで閃光と地響きが起きた。だが、それだけだった。多くは地震かと思い、一部の人のみがまた地下ラボの実験かとため息をついた。
「壊れないの! 何で!?」
 ハツネの悲鳴が聞こえて来た。
「あの建物には鋼の教えと闇を司る術をかけてある。安息を求めし者が集う地にもだ。何人たりとも、破壊することは叶わぬ」
「『防衛結界』……」
 朱鷺は呟いた。「古代魔術研究所」で研究をしていた朱鷺は、ハーパーとジョーイたちの話には、何の興味も示さなかった。だが、“名無し”が不思議な術を使うと聞いて、古代魔術の一種ではないかと考えたのである。
 全ての物理攻撃を無効にする光の文字列、そして建物を守る結界――古代魔術かどうかは分からないが、それについては確かに聞いたことがあった。
 かつて第二世界と呼ばれた、パラミタともニルヴァーナとも異なる世界で魔術師たちが操ったという――。
「試してみる価値はありそうですね」
 朱鷺は袖に隠した手を大きく振るった。“名無し”に向けて、衝撃波が放たれる。“名無し”はそれを、両の手の平で受け止めた。
「これはこれは。魔法ダメージも効かないとは。無敵ですか、キミ」
「俺が試してやらあ!」
 鍬次郎が「無限刃安定・真打」を抜き放ち、唐竹割に斬る。
「それは効かぬと――」
 皆まで言えなかった。
 黒光りするノコギリのような刃には、これまで斬ってきた人の脂がべっとりついている。それを媒介にして、鍬次郎は炎熱魔法「迦楼羅焔」を呼び出した。
 刀そのものは、光の文字列によって弾かれた。だが、ただの武器と思っていた分、“名無し”は無防備になっていた。炎が“名無し”の胸元から足元まで、一直線に走っていく。
「くっ……!!」
 咄嗟に水を呼び出し、“名無し”は火を消そうとした。その間、彼はまた意識を鍬次郎から逸らしてしまっていた。
「てめぇ、記憶喪失なんだろ? だったら、思い出す手伝いをしてやらあ!」
 突き出した左手から【その身を蝕む妄執】が、“名無し”を襲う。“名無し”は両目を大きく見開いた。彼が何を視ているのか、それは誰にも分からない。だが、
「オ、オオ……」
 四肢を突っ張らせ、“名無し”はわなわなと震えた。体中から噴き出した汗がぽたぽたと地面に落ち、蒸発した。
「これは、熱が……」
 朱鷺は目を凝らして呟いた。
“名無し”の足元で、熱がどんどん上がっている。それは次第に彼の周囲へと広がり、汗は体から離れた瞬間、しゅっと音を立てて消えた。
 鍬次郎の放った「迦楼羅焔」が、まるで蛇のように“名無し”を螺旋状に包んでいた。――そう、それは生き物のように。
“名無し”の腕がすっと持ち上げられ、炎は餌に食いつくかのように、従った。
 朱鷺は感動に打ち震えた。素晴らしい。“名無し”はまるで手足の如く、炎を扱う。だが次の瞬間、朱鷺も鍬次郎も、隠れていた葛葉も息を飲んだ。
“名無し”の向こう側にいる互いの姿が見えた。“名無し”の体が透けていたのだ。
「……どういうことだ?」
 だが答えを得る間もなく、手を振り下ろすと同時に炎は大蛇の如く二人を襲い、“名無し”はすうっと姿を消した。