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リアクション
第四幕
話が前後するが、その日の昼、甲斐 小七郎(かい・こしちろう)の屋敷には何人かの契約者たちが集まっていた。
小七郎の傍には丹羽 匡壱(にわ・きょういち)と野木坂 健吾(のぎさか・けんご)、義理の姉・千夏(ちなつ)、従者の堀田 卓兵衛(ほった・たくべえ)の姿があった。
千夏の紙のように白い顔色を見て、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は同情を禁じ得なかった。悲哀は、千夏と自分、亡き琢磨(たくま)と耀助を重ね合わせていた。もし自分だったら――気持ちが通じて結婚したのに、すぐ殺されてしまうなんて――。
「一つ確認したいのだけど」
中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)が、まず質問した。
「立花 十内(たちばな・じゅうない)を真犯人と断定した根拠は何かしら? 健吾さんと口論していたという話と脱藩だけ?」
「他に必要ですか?」
『老子道徳経』は呆れたように健吾を見た。この若者は大真面目に言っているようだ。
「それじゃあ、状況証拠だけじゃない」
「脱藩は、重罪です。藩命により、見つかり次第、斬られてもおかしくない。それだけの罪を犯す理由が他に何かあると?」
「あるかもしれないわ。あんたたちの知らない何かが」
「ありえませぬ。十内は取り立てて取り柄のない男です。仕事も人並み、容姿も人並み、争い事も好まぬ男と聞いております」
「争い事を好まぬ方が、口論を?」
おっとりとした丁寧な口調で、ヴェール・ウイスティアリア(う゛ぇーる・ういすてぃありあ)が口を挟んだ。
「そもそも、どういうお方なのでしょうか?」
「――某はよく知りませぬが」
健吾は千夏を見た。「義姉上なら、お詳しかろう。幼馴染なのだから」
えっ、と契約者たちは顔を見合わせた。
「家が隣同士だったものですから……」
「それ故、立花めは横恋慕しおったのでござる」
顔を伏せた千夏に代わって答えたのは、卓兵衛だ。
「殿はそれを宴席で咎め、口論になったと聞いてござる」
「十内様は真面目だけが取り柄のお方で……剣もそれほどではなく……」
「奥方様、また仇に『様』などと」
「……申し訳ありません。つい癖で……」
「生真面目ゆえに、奥方様が幼馴染として優しく接しておられたのを勘違いしたのでござろう」
「立花さんにご家族は?」
千夏はかぶりを振った。
「ご両親とも早くに亡くされ……ご縁談もなく……」
「独り身ゆえ、気楽に脱藩できたのでござろうな」
「全部状況証拠と伝聞……冤罪かもしれないじゃない。判官としては、認められないわ」
「仇討免状がございます」
「あの、それなんだけど、殺さなきゃいけないのかな?」
恐る恐るといった様子で、セルマ・アリス(せるま・ありす)が口を挟む。
「十内さんを擁護したいわけじゃなくて、もし冤罪なら、殺したら取り返しがつかないし――」
「それは先に確認しておきたいことの一つですね。仇討というのは、即ち、『殺す』ということですか?」
と言ったのはリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)だ。
「無論」
きっぱりと健吾は答えた。「奴のそっ首を跳ね、国に持ち帰る」
「で、でも、殺さなくてもいいじゃないか! 捕まえて、罪を償わせれば!!」
「考えてください。それは、あなた方の後の生活を脅かしてまで行うべきことなのか」
健吾は眉を寄せた。何を言っているんだ、と問いたげだ。
「あー……これは藩にもよるから一概にどうとは言えないんだが、仇を討たなきゃ野木坂家は多分潰れる」
「え?」
セルマは絶句した。
「仇を討ってそれをちゃんと証明しなけりゃ、健吾は跡を継げないし、そうなると野木坂家はその内自然消滅する」
「本当ですか?」
とリンゼイ。
「当然です。国に残した母のためにも、一刻も早く奴を討たねばならぬのです。しかし、我らは葦原島に不案内な上、もし奴が誰かと契約していたら――」
「そのために、貴殿らに力をお貸し頂きたいのでござる」
セルマもリンゼイも押し黙った。十内を殺すというなら、手伝うことは出来ない。だが十内が琢磨を殺したなら、罪を償うべきだ。だから。
「せめて、十内が本当に殺したかどうか、確認をしてくれないか。本人に。それを約束してくれるなら、俺たちも手を貸す」
「――十内が応じるなら」
「健吾様!」
「卓兵衛、武士の情けだ、あいつにも釈明の機会を与えてやろう。だが、もし奴が応じず逃げたり反撃した場合は、容赦なく斬り捨てる。それで構いませぬか?」
セルマもリンゼイも頷いた。『老子道徳経』だけは、まだ不満そうだった。
もし冤罪なら、と思っていたのは彼女だけではない。ヴェールも同じことを考えていた。そしてもしそうなら、裏にいるのは誰だろうか。十内は何か事件に巻き込まれているのだろうか……?
ふわり、とヴェールの前で黒髪が舞った。あっと思う間もなく、千夏がその場に倒れ伏した。
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