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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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仇討ちの仕方、教えます。(前編)

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   第六幕

 倒れた千夏を別室へ運び、一雫 悲哀は彼女の傍らで固く絞った布を額に載せた。少し熱があるようだ。長旅の疲れが出ているのだろうと、悲哀は思った。
 かたりと音がして顔を上げると、天井裏から紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が顔を覗かせていた。
「なっ……!?」
 悲哀が声を上げる前に、「しっ」と制し、唯斗は音も立てずに降りてきた。続いてリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)が飛び下りると、畳がどんと小さく響いた。
「ゴメン……」
 思わず口を塞いだリーズだったが、唯斗は苦笑し、
「内密に訊きたいことがあってな」
と、千夏を見下ろした。
「起きられますか?」
 千夏は唯斗とリーズを見上げ、ゆっくりと悲哀へ視線を移した。
「無理しないで下さい……」
「いいえ……大丈夫です」
 悲哀の手を借り、千夏は半身を起こすと、唯斗とリーズに向き直った。落ちた布は、リーズは素早く握り締めた。
「お聞きになりたいこととは何でしょう……?」
「あなたにとって、立花 十内とはどういう人物です?」
「それは幼馴染――」
 横から口を挟む悲哀に、千夏はゆっくりかぶりを振ると、こう答えた。
「私は、琢磨ではなく十内様と夫婦になりとうございました」
 驚いたのは悲哀だ。結婚相手を失くし、失意の底にいると思った千夏が、事もあろうにその仇と結婚したかったと言うのだ。
 千夏が話したのは、恭也が典膳から聞いた話と概ね内容は同じだった。
「夫は、乱暴で冷たく、陰湿な人でした……いいえ、私は何もされませんでした。あの人は、家族にだけはとても優しかったのです。私のことも、早くから妻にと考えていたのでしょう、何かされることはありませんでした。けれど……」
 人の口に戸は立てられない。琢磨が遊女や、貧しい武家の娘に何をしたか、噂ではあるが千夏も聞き及んでいたのだ。もっとも、彼女にとっては他人事でしかなかった。
「十内様は、とてもお優しい方でした」
 十内は目が細く、見えているのかいないのか分からないと、いつも周囲にからかわれていた。それでも怒ったり、相手を罵ることはしなかった。元来、荒事が苦手なタイプだったのだろう。
 子供の頃、拾った子犬の引き取り手を友達と探したことがある。日が暮れ、一人減り、二人減り、遂に千夏と十内だけになったが、二人は諦めなかった。月が真上に輝く頃、遂に飼主を見つけたが、親にはこっ酷く叱られた。
 その頃から、千夏は十内を好ましく思っていた。
 剣術も芽が出なかった十内だが、唯一、算術の才に秀でていたのが幸いした。父の跡を継がずに、長じて勘定方に抜擢されたのだ。――いや、今から思えば、災いだったかもしれない。ちょうど同じ頃、千夏の元へ縁談が持ち込まれた。
 噂を知っていた千夏はどうにか断ろうとしたが、既に親戚や親にまで手が回っており、どうにも断れない状況だった。「ただの噂だ。気にするな」と言い含められ、千夏は野木坂家へ嫁いだのだった。
 事実、琢磨は優しかった。あの噂は何だったのかと拍子抜けしたほどに。
「……やっていけると思ったのです。あの人と、仲良く、夫婦として。それが」
 三日後に、琢磨は殺された。
 下手人は十内だという。
「あなたは、それを信じるんですか?」
「……ええ。夫は嫉妬深い人でした。『裏切るなよ。俺を裏切ったら、お前もお前の家族もただではすまぬぞ』と、婚礼の夜に言われました。はいと答えたら、とても優しい笑顔を浮かべたのを今でも覚えています。従順であれば、あの人は優しかった」
 嫉妬深さゆえに、十内が妻へ色目を使っていると疑ったのだろう。
「それなら、どうしてそれを言わなかったの? もしかしたら、正当防衛かもしれないでしょ?」
とリーズは尋ねた。
 千夏はかぶりを振った。
「後ろ盾のない十内様、微禄者の私の実家、それに対して野木坂家は大身です。藩がどちらを取るかは明白でしょう」
 だからこそ、十内も逃げた。残れば、どんな理由であれ、腹を切らされることが分かっていたから。
「この五年……逃げてくださることを祈っておりました……。何とか逃がしたい、捕まらないでほしい、でも私が何かすれば、実家がどうなるか分かりません。私は、十内様を討つ他ないのでしょうか!?」
 絞り出すように声を荒げ、はっと千夏は口元を押さえた。健吾や卓兵衛に聞かれるわけにはいかない。彼女はあくまで、婚礼三日後に夫を殺された妻でなければならないのだ。
「あなたに覚悟があるなら」
と唯斗は言った。「俺たちは力を貸しますよ」