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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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【歪んだ宮殿】


「うーん困ったな。初めの場所に陣取ろう……って考えたはいいけど、肝心の初めの場所が分からないや」
 前を見ても赤絨毯、後ろを見ても赤絨毯。明らかに“おかしい”空間に、フィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)はどうしたものかと頭を掻く。先程まではちゃんと行き止まりがあったし、入り口もあったはずなのに今はその入口が見当たらないし、どこまで歩いても行き止まりに当たらなかった。
「さっきの“ぐらっ”とした感覚、あれが異世界に送られたって事なのかな。ワンドは……ダメだ、何も反応していない」
 少々歪みのある自身のワンドを見つめても、特にこれといった変化はない。フィッツはワンドに異変を感じ取る力があればいい、と考えていたが、どうやら期待できる効果は発揮していないようだった。
「とにかく、なんとかしないとね。異世界の事はアッシュくんに悪影響を及ぼすだけだから。
 ……きっと、他にも迷い込んだ人が居る。みんなが迷わないようにするには……」
 考えたフィッツは、少し歩いた先の大広間に陣取ることにした。ここには四方へ伸びる道があり、つまりここへは四方から誰かがやって来る可能性がある。彼がこの場所に留まり続けていれば、少なくとも一つの場所は特定されたことになり、契約者の探索の助けになる。
(まずは一歩。さあ、次に出来る事は何だろう)
 少しでも友人の力になろうと、自分に出来る事を考える――。


「アッシュの家に行くっていう時点で、こうなることは覚悟していたけどね……」
「まあ、今さら慌てても仕方ないよね」
「そうだよね〜……って、慣れちゃってるのもなんかイヤ。
 何よりネトゲが出来なくなるってのがイヤなのよ。ペナルティだって私くらいのレベルになるとかなり痛手だし、魔穂香にも迷惑かけちゃうし」
「あはは……うん、そうだね。じゃあ早く解決して帰ろう――!」
 何度目かの異世界転移に慣れのようなものを感じつつ、ぶーぶーと文句をこぼす小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の相手をしていたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、彼らを狙う殺気にいち早く反応して盾を構え、飛んできた魔力と思しき力の凝縮された弾を防ぐ。
「コハク、大丈夫?」
「……うん、大丈夫。直撃を受けたら危ないかも、気をつけて、美羽」
 心配する美羽に微笑んで応え、盾の具合から生半可な威力でないことを伝えたコハクは、槍を手に周囲へ警戒の視線を送った。美羽も同様に視線を巡らせ、自分達を狙っているであろう敵の攻撃に備える。
「隠れて不意を打つつもりだろうけど、二度目は……っ!」
 そして、見つけた“気配の集まり”目掛けて、コハクが槍を振るう。手応えと共に黒衣を纏った人の姿が二人の前に現れた。
「あなたは誰!?」
 美羽の尋ねる声に、黒衣の人物、いや、“影”と呼ぶにふさわしいであろうそれは応えず、いつの間にか握り締めたソードを振るいコハクと切り結ぶ。
「なかなかやる! けど、僕は引かない!」
 黒衣の影の攻撃は熾烈を極めたが、コハクは冷静に対処し徐々に黒衣の影に対し有利に立ち回る。剣と槍では槍の方がリーチ差で優位に立て、動きもコハクの方が上回っている。
 しかし、有効打を何度か与えたにも関わらず、黒衣の影は一向に動きを鈍らせない。まるで不死者のような振る舞いにコハクの顔から一筋の汗が伝い落ち、胸元のオニキスに目が行く。
(このオニキスをどうにかすれば……!?)「美羽! オニキスを狙って!」
 考えは瞬時に言葉となって美羽へ届き、美羽も即座に反応して弓を構え、コハクが黒衣の影を後方に退かせた直後に光の矢を撃ち出す。矢は見事に影のオニキスを砕くと、糸が切れたように影はパタリと地面に倒れたかと思うと、フッ、とその場から姿を消した。
「……とりあえずは大丈夫みたい。殺気も消えてる」
 辺りに殺気のないのを確認して、ふぅ、と息を吐いたコハクは次の「あーーっ!!」という美羽の叫び声に身体を震わせた。
「魔法少女に変身するの、忘れたーーーっ!!
 ちょっと、さっきの! もう一度出てきなさいよ! やり直し!」
「…………早く、鏡を見つけないと、だね」
 もう誰も居ない空間に向かって叫ぶ美羽に聞こえないように、コハクが小声で呟くのだった。


「ジナマーマ、音が聞こえます。誰かが戦っているような」
 絶え間なく響く優雅な舞踏会の調べに混じり聞こえてきた騒音を感じ取ったソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)に、富永 佐那(とみなが・さな)も同様にして頷く。
「どうやら、鏡を渡したくない奴が裏で手を引いているようですね。それだけ鏡が重要な、まさに“鍵”であるということ。
 行きましょう、ソフィーチカ。鏡を持っているフランツィスカを探しましょう」
「はい、ジナマーマ」
 頷いたソフィアを連れ、佐那は装着した『キーウィアヴァターラ・シューズ』の力で軽快に移動しながら、部屋を探索していく。とはいえ宮殿内には1441の部屋があり、今は非公開となっている部屋も全て入ることが出来てしまうため、もし観光目当てで来ていたなら普段見られない箇所も見ることが出来てラッキーかもしれないが、探索となると流石に骨が折れる。
「部屋数の多さに加えて、妨害者……なるべく見つかりたくはないけれど――」
 呟いた佐那が、前方の違和感に足を止める。見上げてくるソフィアを抱きかかえ、天井に移動した佐那はそこから通り抜けを図るが――。
「くっ!」
 通り過ぎようとした所に魔法弾を撃ち込まれ、佐那が地上に着地する。逃がさぬとばかりに姿を現した黒衣の影は間髪入れずに次の魔法弾を発射してくる。
「見つかっては仕方ありません。ソフィーチカ、応戦します!」
「はい!」
 佐那に応え、ソフィアは『ドラゴンアヴァターラ・ループ』を展開すると、蹴り技で応戦する佐那を援護するべくそれを投擲する。背後から戦輪と化したギフトが飛んでくるが無論巻き込まれるなどという真似はせず、壁と天井をも駆使して移動しながら徐々に黒衣の影を追い詰めていく。
(実体はあれど、攻撃を与えたという感覚に乏しい。こういう場合はどこかに力の源があるはず――)
 何度か攻撃を放ち、違和感の正体を探っていた佐那は、黒衣の影の胸元で光るオニキスを見つける。
「そこかっ!!」
 確信を得た佐那は『パラキートアヴァターラ・グラブ』から複数の風の力を凝縮した弾を発射すると、それを次々に蹴り出していく。弾は左右上下に曲がりながら黒衣の影を襲い、その一つがオニキスを砕くと影は動きを止め、その場に崩れ落ちた。警戒しながら佐那が近付こうとするとしかし、黒衣の影は忽然と姿を消し辺りには再び優雅な調べだけが残る。
「消えた……? 消滅したわけでは無さそうですね」
 とりあえずの危機は去ったことに気を緩めつつ、再び襲撃される可能性を考慮しながらフランツィスカの捜索を続ける――。


(……最低でも2箇所で、契約者が謎の敵の襲撃を受けているようですね。
 しかも倒した後忽然と姿を消したとあれば、こちらにもやって来る可能性は高い……用心しておきましょう)
 端末から流れてくる情報を確認し、今もシャンバラで子育てに忙しくしているのだろう御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が万一の事態に備えつつ探索を続ける。行き止まりのない、かつどことどこが繋がっているか分からなくなっている空間では、一度探した場所を何度も探してしまう事態が頻繁に発生しかねない。
(フィッツ様が一点を決定してくれていますから、そこを中心に一定距離内の範囲を設定……探索結果を随時記録……)
 少しでも探索の効率を高めるため、舞花は端末を駆使して探索範囲を設定、契約者が今どこを探索しているかを把握すると同時に次どこを探索すればいいか検討が付けられるようにする。
(これで、効率の向上が見込め――!)
 作業が終わった直後、舞花は自分を狙う殺気に咄嗟に飛び退き、飛んできた魔弾を回避する。続けて飛んできた魔弾は身に着けていたリングから生み出したシールドで弾き、銃と剣の2つの形態を取れる武器を銃形態にして展開、姿を見せた黒衣の影へ向けて放つ。
(弱点は胸元のオニキスとのこと。それ以外は効果が薄いか見込めない)
 情報から、目前の黒衣の影が胸元のオニキスを破壊することで行動不能に陥ることを知っていた舞花は、攻撃でもオニキスを狙う作戦に出る。とはいえ影もそう簡単に狙わせてくれるわけでもなく、一人での遭遇となった舞花は遠距離での撃ち合いでは決着がつかないと判断した。
(……多少危険は伴いますが、接近戦で勝負をかけるしか無さそうですね)
 物陰に隠れながら作戦を改めた舞花は、飛び出すと同時に自身の影を住処とするものたちを呼び出し盾としながら、黒衣の影に接近を図る。影もまた手にソードを握り締め、やがて二人は交錯する。
「っ――」
 黒衣の影が振るったソードは舞花の片腕に裂傷を作るが、舞花の突き出した剣はオニキスを砕いていた。バラバラと砕けるようにその場に崩折れる影は、他の契約者が見たように忽然と姿を消してしまった。
「……はぁ。避け切れませんでしたか……私もまだまだですね」
 負った傷の具合を確かめ、舞花が自身に評価を下す。行動に問題は無いが、再び襲撃がある可能性を考慮して一旦その場に留まり、体勢を整える。
(慌てることはありません、皆さんも居るのですから)
 端末を開き、先程の情報を他の契約者が共有できるようにして、舞花は少しの間流れてくる音楽に身を委ねていた。


* * *



 空京、プラヴダの基地。――時刻は少し前に溯る。
「おーいジゼル、俺様ちょっと小腹が空いちゃったんだけどさぁ、何か食べるもの――」
 喋りながら入室してきたアッシュは、部屋の応接用ソファに腰掛けるエリザベートと目が合ってしまい、慌てて口を噤んだ。
 ――何でこんなところに校長が?
 疑問を含んだバツの悪そうな表情に、誰も答えをくれるものは居ない。
「役者が揃ったようですねえ、……さあ、話しを始めましょうかぁ」
 口を開いたエリザベート。部屋を包む異様な空気に、ニコライ少尉は踵を返して廊下へと出た。
「ルカシェンコ、ノヴァク」
 丁度通りがかった二人の一等軍曹を呼び止めると、ニコライはひそめた声で彼等へ命じる。
「暫くの間人払いを」
 上官の命令に従い、兵士達が迅速に動き出すのを見て、ニコライは詰まった襟に指を差し込み天井へ向かって息を吐いた。
(あれってきっと大尉がお調べになっていた件よねぇ。
 エリザベート校長まで出てきて一体何なのかしら。……酷い話じゃなきゃいいんだけど――)
 あの物々しい雰囲気では、きっと面白い話ではないのだろう。
 だったら自分に出来るのは、せめてこの後の未来が、明るい方へ向かってくれるのを祈るばかりだと、ニコライは静かに瞳を閉じた。