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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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【危機を脱し、脱出せよ!】


「は、離せよ! 僕をこれ以上どこへ連れて行く気だよ!」
 フィッツが抵抗するも、三体の『黒衣の影』の前には無力であった。三振りのソードを突きつけられなすがままのフィッツは黒衣の影に連れられ、王の間へと足を踏み入れる。長く伸びた絨毯の先、本来ならば玉座があるであろうそこには、どうしてか処刑台が設置されていた。
「な、なんだよ。僕を生贄にでもして、邪悪な化物でも復活させようってつもりかい?」
 精一杯の強がりも、何も語らぬ黒衣の影には意味がなかった。フィッツは処刑台――いわゆるギロチン――に据えられ、二体が彼を押さえつけ、残る一体が刃を固定しているロープを断ち切るべくソードを振り上げた瞬間、投擲されたカードがソードを弾いて地面に転がせる。
「ひゅう、やるねぇ、真。ちょっと間違ったらあそこの兄ちゃんの首がぽーん、だぜ」
「そんなヘマはしないよ、兄さん。諒も手伝ってくれ!」
「面倒くせぇな。ま、憑く身体に壊れられちゃ困るからな。
 ……しかし、まさかここでこんな役立ち方するっつーのも、物ってのは分からねぇ」
 流体の金属を盾にして椎名 真(しいな・まこと)の護りに入った椎葉 諒(しいば・りょう)は今『ナラカの瘴気石』によって実体を保っている。彼はくすりと微笑み、籠の中に入っていた紙切れを開く。それは本来銀の鏡の手掛かりを知るために入れたものだが、入れたのを忘れていたため取り出した時には無意味なものになっていた……と思いきや、『もう一騒動あるから王の間行ってね』という冗談みたいな書き残しがあった。結果としてフィッツの危機を救ったことになるのだから、諒の言う通り分からないものである。
「お前らの弱点は、とっくに把握済みなんだよ、っと!」
 居合の刀を手に、原田 左之助(はらだ・さのすけ)が接近した一体の胸元を斬りつける。見事彼らにとっての弱点であるオニキスを砕いたことで、一体は活動を停止するもののまだ二体残っている。一体は真が応戦しているがもう一人、戦っているはずの諒の姿が見当たらなかった。
「……は、ん。こいつは金になるか?」
「物色してんじゃねぇ! 手伝えっていってんだろ、諒!」
 商人の性か、置かれている装飾品を品定めしていた諒を急かして真の応援に向かわせる。その間にフィッツを処刑しようとしていた残る一体へ左之助は接近し、抜いた刀の一撃で行動不能に陥らせる。
「おっし。もう大丈夫だ。怪我は? 調子はどうだい」
「すみません……助かりました」
 フィッツを救出した所で、真と諒も対峙していた黒衣の影を行動不能とする。今度は三体ともどこかに消えることはなく、その場所に留まり続けていた。
「……で、どうする? こいつら」
「そうだなぁ……放っておいたらまた復活してしまうって話だし、なんとかしたいけど……」
 対策を決めかねていた所へ、悲鳴を聞いて豊美ちゃんと姫子、他の契約者が駆けつけてくる。事情を真から説明された豊美ちゃんは誰も怪我が無かったことにほっとしつつ、目の前で倒れ伏し積み重ねられている三体の黒衣の影を見つめる。
「……分かったぞ。奴らもまた、皇后の一部じゃ。気配がフランツィスカに宿っていたものと同じだ」
 姫子の分析を耳にして、改めて黒衣の影を見れば、身に着けている物に雰囲気を感じ取れるような気がした。
「皇后さんは鏡を託して消えた……なら、鏡で照らせばこの人たちも消えるでしょうか」
「分からぬが……やってみる他あるまい。皆、万一の事態に備えてほしい」
 姫子の申し出を受け、契約者が身構える。準備が出来たのを確認して姫子が合図を送り、頷いた豊美ちゃんが鏡を黒衣の影へ向けると、鏡から生まれた光がゆっくりと影を消し去っていった。
「おやすみなさい……皇后さん」
「まるで妖精のような無邪気さだったのぅ」
 完全に影が消えたのと時を同じくして、再び豊美ちゃんと姫子、契約者を揺らす感覚が襲う。しかし今度は元の、観光地としてのシェーンブルン宮殿に戻ってきていた。
「……戻ることが、出来たようですね。皆さん、お疲れさまでした」
 ぺこり、と頭を下げた豊美ちゃんの耳に、バタバタと騒がしい音が聞こえてくる。そして次に聞こえてきたのは――。

「たすけて豊美ちゃーーーん!!!」


 * * * 



「皆さんが壊してしまったものは、姫子さんと手分けして元に戻しました。
 あのような事態だったとはいえ、ここにあるものは長い間大切に保存され、手入れされてきたものです。
 壊してしまったこともそうですが、もしも皆さんの中に、『壊しても勝手に元に戻るだろう』『後でどうにかなるだろう』などと考えていた方が居たら、それは良くない考えですのでしっかり反省してください」
 宮殿の外で戦っていたアレクやハインリヒ、契約者達を正座させ、豊美ちゃんがお説教をする。全員が積極的に物品を破壊したり庭園を荒らしたりしたわけではないだろうが、そこは連帯責任ということらしい。
「ごめんなさい」
 アレクの言葉を聞いた豊美ちゃんが、それまで浮かべていた険しい表情をふっ、と笑顔に変えた。
「皆さんが私や讃良ちゃん、姫子ちゃん、契約者の皆さんを助けるために戦ってくれたことはとても嬉しいです。
 ありがとうございます。私たちが鏡を手に入れることが出来たのは、皆さんのおかげでもあります。行きましょう、アッシュさんのお屋敷に」
 豊美ちゃんがそれぞれへ差し出した手を、アレクとハインリヒが取った。
「一時はどうなる事かと……」
「そうだな、もし収監されてたら『暫く』ジゼルに会えないところだった」
「嫌だよシュヴァルツェンベルクに戻されるのは。僕の宝物は僕よりもパートナーの方が大事なんだ、きっと――絶対ついてきてくれない、そしたら二度と会えなくなる」
 それなりに反省はしているのだろうが、何処かズレた感覚を持った二人の会話をぼんやり聞き流しながら、契約者達は宮殿に背中を向けるのだった。