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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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【鏡は――王妃は何処?】


「この広大な宮殿の中、合流出来たのは幸いね。さあ、手分けして鏡を探しましょ!」
 明るい笑みを浮かべながらそう言った綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が美羽とコハクに背を向け歩き出すと、表情には一見変わりないように見えるものの、震えが来るような冷たさが浮かび上がっていた。
(アッシュをシメるために、鏡を手に入れなければいけないのよ……!
 黒衣の影にも、契約者にも邪魔はさせないわ……考えるのよ、どうすれば皆を出し抜いて鏡を手に入れられるのかを……)
 もはや狂気とも呼ぶべき思考に浸るさゆみを、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)はもう引き止めることはしなかった。それどころか彼女自身にもさゆみの狂気が感染したらしく、こちらはより暗さを湛えた表情を浮かべ、さゆみ同様にどうすれば黒衣の影を、契約者を出し抜けるかに知恵を絞っていた。
(さゆみが真に解放されるためには、元凶であるアッシュを完全に消滅させなければ……。
 それこそがわたくしの切なる願いでもありますのよ)
 さゆみとアデリーヌがそんな思考に陥っているとはいざ知らず、美羽とコハクは二人の後ろを付いて歩いていた。
 ――と、突然飾られていた鎧が動き出し、前方の二人へ襲い掛かる。
「危ない!」
「「――え?」」
 美羽の警告に、しかしさゆみとアデリーヌは反応が遅れた。まず初撃でさゆみを庇ったアデリーヌが昏倒、不意を突かれた形のさゆみは抵抗をすることが出来ずに鎧の攻撃をもろに喰らってこちらも昏倒してしまう。
「コハクは二人をお願い!」
「うん!」
 その場に倒れた二人の介護をコハクに託し、美羽が迎撃に当たる。鎧を脱ぎ捨て応戦する黒衣の影だが、一度対戦したことがある美羽の相手ではなく、瞬く間にオニキスを破壊されて行動不能に陥り、またも姿を消すこととなった。
「……二人は大丈夫そう?」
「うん、命に別条はないね。ちょっと打ち所が悪かったみたいだ」
 二人の診断を終えたコハクの言葉に、美羽がほっと息を吐く。とはいえ二人を置いていく事は出来ず、美羽とコハクは周囲の警戒をしながらその場に留まることになった。
「「…………」」
 眠るようにしている二人、その時の顔は実に穏やかなものであった――。


「やれやれ、せっかく宮殿の豪華な光景を見ればかつみも少しは優雅さを勉強できるかと思ったが、それどころではなくなったな」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)のフードの中から姿を出して、ノーン・ノート(のーん・のーと)が話してきた言葉に千返 かつみ(ちがえ・かつみ)がはぁ? と返して続ける。
「何だよそれ。こんなの知ったってどうしろってのさ。
 ……ま、ここにあるのが凄く貴重な品だってのは、分かるさ。だからもし戦うことになってもなるべく壊さないようにしたい」
「お、いい心がけだ。聞いたか、ナオ?
 ちなみに、宮殿の中のもの壊したら、弁償し終わるまでずっとここで働かないといけないからな?」
「えぇえ!? さ、触ってもダメですか……?」
 ふるふると手を震わせるナオへ、ノーンがさらに調子づく。
「どうだろうなぁ? なんせここは世界文化遺産ってヤツだそうだ、監視も厳しいぞ?
 触っただけでも指紋検査されて、お前だー! って犯人扱いされて……」
「あぁぁああ……」
「おいノーン、冗談もいい加減にしろよ。ナオが真に受けて怖がってるだろ」
 かつみがノーンをはたいて喋りを止めさせ、冗談と知ったナオがほっ、と安堵の息を吐いた。
「……皆、分かっているとは思うが、ここはいわば敵の範疇なんだよ?
 あまり騒がしくしては、敵に見つかってしまうよ」
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が皆をたしなめ、一行は鏡を持っているフランツィスカの捜索を再開する。
「にしても、『鏡で建物を照らして』ね。それってここのこと? それともアッシュ家のこと?」
「さあ……言葉だけならどちらとも取れるね。
 もしここの場合、あの大きさの鏡でこれだけ広い建物を照らすには無理がある。……もしかしたら鏡には建物の絵が描かれていて、それを照らすことで何かが――」
 言いかけたエドゥアルトが悪しき気配に咄嗟に反応し、かつみを護る位置に立つ。飛んできた魔弾に生み出した魔弾を合わせて相殺するが、生まれた衝撃で一行が怯んだ所にソードを握り締めた黒衣の影が迫る。
「危ないっ!」
 衝撃からいち早く立ち直ったナオが銃を構え、今にも斬りかかろうとしている黒衣の影を狙い撃つ。背中からのため胸元のオニキスを狙い撃てはしなかったが、撃たれた衝撃で動きが若干鈍り、かつみとエドゥアルトは辛うじて回避に成功した。
「ここにも現れたか。神出鬼没とはこの事だな」
 感想を口にしつつ、ノーンが一行を護る術を施す。ナオとノーンの援護の下、すぐ後ろからエドゥアルトが放った魔弾で黒衣の影がソードを取り落とした隙を狙い、かつみが踏み込んでの斬撃をオニキスに当てれば、光を放っていたオニキスは破壊され影は糸の切れた人形のように崩れ落ちると忽然と姿を消した。
「皆、ケガはないか?」
「俺は大丈夫です。かつみさん、エドゥさんは大丈夫ですか?」
「私もかつみも大丈夫だよ。消耗は否定出来ないけどね」
「少し、休んでいこう。さっきは一体だけだったけど、他にも居たりするみたいだし」
 かつみの提案に皆が頷き、一行は休息を取る。


「……皆、捜索に難儀しているようだ。『黒衣の影』が複数の地点に出没、契約者を攻撃している」
 テレパシーで宮殿内に居る他の契約者と情報を共有した月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、遠野 歌菜(とおの・かな)に状況を説明する。全ての契約者が『黒衣の影』に対し優位に戦えているわけではなく、大きなケガこそ無いが捜索の足を止められたりしていた。
「一般人であるはずのフランツィスカさんが気になるけど……焦ったらダメ、だよね。
 出来れば誰かと合流したいけど……外の人とは繋がらないんだよね?」
 歌菜の問いに、羽純が残念そうに首を振った。宮殿の中の人とは連絡が取れるが、外とは全く繋がらない状態になっている。
「おっ、お仲間さん、はっけ〜ん! なんや偶然にしちゃ、運がええなぁ」
 そこに、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が現れた。ちょうど行き先が近かった事が彼らを引き合わせた結果となった。
 しかし――。
「どうしたの、その格好?」
 歌菜が、二人の格好に触れる。彼らの服装は宮殿内の様相にマッチした――若干、フランツのアレンジが加わったものになっている――ものになっていたからだった。
「どうしたの、って、ここは由緒ある王族の宮殿だよ? たとえこういう事態であったとしても、場を乱すような真似はしてはいけないさ」
「まあ、ほら、僕らは迷い込んだ身やからさ。どうなっとるかは分からんけど、この世界の普通の人らには他意はあらへんし、うちらも迷惑かけたらアカンやろ?
 つうわけで、ちょいと服を拝借してみたってわけさ」
「……服を借りている時点で、十分迷惑をかけている気がするのだが……一理あるな。
 一時とはいえこの世界の住人、溶け込む努力はするべきだろう」
 泰輔の言葉に羽純が同意の言葉を漏らした瞬間、羽純の顔にしまった、という感情が浮かんだ。というのも歌菜がキラキラとした目で羽純を見ていたからだ。
「つまり……羽純くんは王子様の格好をして、私はお姫様の格好をするってことですよね?
 私、準備してきたの! 羽純くん、早速着替えよう!」
「いや、その格好をするとは一言も――っていうかいつの間に用意してた?」
「細かいことは気にしちゃダメッ!」
「気にしろよ!」
 羽純の抵抗虚しく、たまたま傍にあった更衣室に引きずられていく。
「達者でな〜」
 泰輔とフランツはただ見守るのみであった。

「さて、行こうか。どうも相手は皇后様みたいだけど、王の間では見つからなかった。
 だとすると、考えられる場所はもう一つある。それは……劇場だ。フランツィスカさんは舞台役者と聞いているからね」
 そのように推測したフランツを道案内に、一行は宮殿内に設けられた劇場へと向かう。途中通る廊下や部屋は、おそらく当時のままの輝きに満ちており、宮廷暮らしをリアルに体験させてくれた。
「没落する前の、一時の輝き、やな。まったく、こんな事するやつはどこのドイツや? ってここはウィーンか、たはは」
「品がないよ、泰輔。……ここに居る彼らは、今がずっと続くものと思っていたさ。そんなわけないってのは、今だから言える事だけどね。
 でも見てごらん、ここはこんなにも美しいもので満ち溢れている。どういう経緯があれ、この景色はいつまでも残されていてほしいと僕は思う」
 フランツの言葉に、一行は改めて辺りを見回す。これらがいつか失われてしまうものだと知ってはいても、残されることに価値があるだろうことは理解出来た。
 そうこうしている内に、劇場へ続く扉の前まで来た一行はしかし、出現した『黒衣の影』の出迎えを受ける。飛んできた魔弾が地面を打ち、一行はそれぞれ飛び退いて回避する。
「おぅおぅ、せっかくの観光を台無しにしたって! 今やったらデーメルのザッハトルテで堪忍したる!」
 泰輔の挑発じみた台詞をかき消すように、魔弾が泰輔を襲う。巧みな動作で回避を続ける泰輔だが、狭い宮殿内、逃げ場を失ってしまう。
「何所の誰かは知りませんが、宮殿見学を邪魔されて、私、怒ってるんです!
 邪魔するなら……轢き殺しちゃいますよ!」
「歌菜……その格好でその台詞は、その……凄く台無しだ……」
 背後で羽純が嘆く中、歌菜が黒衣の影を挑発すれば、攻撃の目が歌菜に集中する。
「……だが、それに易々と引っかかるお前もお前だ。……これまでだ」
 羽純の鋭い視線が黒衣の影を捉えた直後、瞬間移動で槍の間合いに跳んだ羽純の振るった槍が黒衣の影の胸元のオニキスを破壊する。影は地面に崩れ落ちると忽然と姿を消し、そして目の前の扉が誰が触れるでもなく開かれていった。
「……いた! フランツィスカさん!」
 劇場内に足を踏み入れてすぐ、歌菜はステージに立つフランツィスカを見つける。駆け寄りながら呼びかけるも、件の人物は天井を見上げたまま反応しない。
「もしかして……シェーンブルン宮殿の主……オーストリアの皇后さんですか?」
 そう呼びかけてみると、今度は反応があった。
『ええ、そうよ。ふふ、ごめんなさい。なんだか面白そうだったから、かくれんぼをしてしまったわ』
「面白そうだったからって、まぁた適当な理由やなぁ」
「皇后様は奔放な人だったとは聞いているけどね。その一面が強く出ているのかも」
 泰輔とフランツが見守り、羽純はテレパシーで豊美ちゃんに連絡を取り、フランツィスカが見つかった旨を伝える。
「アッシュ・グロックさんとそのお母さんの事、ご存知ですか?」
『いいえ、そのような人は知らないわ。あなた達が探していたのはこの鏡でしょう?』
 歌菜の質問にフランツィスカは首を振って、歌菜に鏡を託す。するとステージの照明がフッ、と消え、合わせてフランツィスカも力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「フランツィスカさん!」
 歌菜が駆け寄り、容態を確認する。ただ気を失っているだけだと分かり、ほっ、と安堵の息を吐く。
「皆さん、フランツィスカさんを見つけてくださって、ありがとうございます」
 そこへ、連絡を受けた豊美ちゃんと姫子がやって来た。歌菜がフランツィスカから託された鏡を豊美ちゃんに渡し、これで事件は解決に向かうと思われたが――。

「うわあああぁぁぁ!!」

 聞こえてきた悲鳴に、一行は緊張を漲らせ、該当する場所へと駆け出した――。