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リアクション
●スカサハ
「はい! すぐに手術開始するであります!」
直立不動の姿勢で敬礼して、スカサハ・オイフェウスは灰色服の襟を正した。
ここは空京内緊急オペレーションセンター、端的に言えばクランジの救急病院だ。テロリストとの戦闘などで傷ついた量産機を修理するのが基本的活動で、それ以外はテクノロジーの研究開発なども行っている。
スカサハが、この場所の調律師(クランジに対する医師であり、技術研究者という意味もある)として雇われたのは、クランジ戦争の終結直後だった。契約者である鬼崎朔を喪い、パートナーロストの状態で拾われたのである。
ただ、実際に鬼崎朔は死んだわけではなく、半身以上を喪失しながらも『ヌーメーニアー』として生まれ変わっていたので、これは偽りだ。
すなわち、スパイ。
技師としてクランジのメンテナンスを担当し、新技術を研究しつつ、スカサハはその内部情報をレジスタンスに定期的に流していた。レジスタンスが数度の危機を迎えながらも、壊滅することなく生き延びてきた理由のひとつはここにある。
スカサハは真面目だった。単なる偽装以上の強い責任感をもって、この仕事に誠心誠意向かい合っていた。そのため腕の良さは高く評価され、今ではセンターの主任調律師を任されている。
こんなことを言えば、レジスタンスの大半のメンバーから反感を買うだろう。そればかりかあらぬ疑いを買うことになるだろう。
だが、それでも。
スカサハは、調律師の仕事に高い充実感を抱いていた。
言い換えれば、やり甲斐を感じていた……!
ヌーメーニアーならば理解してくれるだろうが、他の人に打ち明ける勇気はなかった。
人間狩り部隊の機体を修理(治療)して、それにやり甲斐を感じるなどと、とてもではないが口に出せたものではない。
だがスカサハにとって、敵と味方という違いはない。負傷しているのであればそれは治療すべき相手である。クランジであっても仲良くしたい、どうにかしてこの紛争状態を終わらせ、両陣営が平和的共存できる社会を気づきたい――そう願っていた。
スカサハが手がけたクランジはほとんど量産型である。
怪我を負ったタウの治療を何度か行ったことがあるが、それ以外のクランジは扱ったことがない。
この日スカサハは、『銘入り』のクランジが搬送されてくると聞いていた。
――まさか……! ファイス様!?
スカサハが扱った銘入りクランジはタウくらいと書いたが、ひとつだけ例外があった。
クランジφ(ファイ)、またの名をファイス・G・クルーン。
ファイは無感情なクランジであったが、2020年の夏、蒼空学園で契約者たちと触れあい、交流することによって大きな変化を遂げていた。一夜限りという名目で七枷陣からもらった『ファイス・G・クルーン』という名前を宝物のように大切にしており、以後は(当時の所属組織だった)塵殺寺院から逃亡して姿をくらませてしまった。
クランジυ(ユプシロン)がその追跡を行うはずだったが、クランジ戦争の激化によって不問とされ、その後数年間、ファイスの行方は知れなかった。
そのファイスが発見されたのがつい先日のことだ。
半壊の状態で休眠していた彼女の姿が、ジャタの森の群生地で発見されたのだった。
これを治療し、再起動することがスカサハに求められた。
ファイスは4年前の状態で記憶が止まっていた。スカサハは彼女を治療するとともに親しくなり、親友同士になった。厳格に『ファイ』を名乗ることを求める総督府の要求もあって『ファイス』の名はおおっぴらには名乗れなかった。しかしそれが逆に良かったのかもしれない。『ファイス』はスカサハと彼女二人の間だけの暗号のようになっていた。
スカサハとしては、ファイスが幸せでいてくれるなら、彼女がクランジの所属に戻ってもいいと思っていた。
だがその後突然、ファイスは書き置きを残して姿を消した。
『おわかれ の 手がみ』
便箋の最初にはそう書いてあった。
レジスタンスに力を貸したい――と拙い文字でファイスは書いていた。スカサハの身を案じて、これを読んだらすぐに焼き捨ててほしい、とも。
反逆者となったファイスはすぐに追跡の対象となった。しかし大々的な指名手配などは行われていない。レジスタンスとファイスが接触するのを総督府が怖れたためだろう。
そのスカサハが捕まったのだろうか。
破壊された状態で運び込まれたのだろうか。
その可能性はあった。スカサハはぎゅっと唇を噛み、たとえ最悪の状況に対面しても声を洩らすまいと誓った。泣いているよりは手を動かしていたい。1%でも希望があるのなら努力したい。
「オミクロン様……でありますか!?」
なのでタウが運び込んできた首……そう、オミクロンは首だけだった!……を見てスカサハは安堵したが、すぐに高い職業意識に追われ作業に入った。
「そそそ、そう、です。オミクロン様、助けて下さい! 生理食塩水に漬けて持ってきたけれど、じじ、状況は……」
タウの前髪は長く、その両目は隠れているが、彼女が狼狽していることは表情を見るまでもなく理解できた。
パニックになってはならない、そう自分に言い聞かせ、落ち着いた口調でスカサハは答える。
「了解であります。それにしても、生理食塩水とは適切な処置でありましたな。氷で冷やす程度では、記憶に欠損が起こった可能性もあったであります」
「たたた助かりますか!?」
「助けてみせる、であります」
といってもここまで酷い状態では、このセンターでは完全に回復することはできないのではないか。エデンにいる新風燕馬の応援をあおぐか、いっそオミクロンをエデンに搬送したほうがいいかもしれない。
すぐに作業を開始したこともあり、スカサハにはもうそれ以外のことを考える余裕はなくなっていた。
仕事を隠れ蓑にして開発していた小型装置……能力制御プレートの無効化装置が無事、レジスタンスに届いたかどうかなど考えている余裕はなくなっていた。
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