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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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リアクション


●カルテット

「排除……排除!」
 クランジχ(カイ)は両腕を振り上げ、そこに仕込まれたマシンガンを連射していた。仕込まれたという表現は正確ではないだろうか。彼女はすでに両腕を喪失しており、腕のあった場所には駆動自由なマシンガンがあるのみだったから。
 灼熱の銃弾が立て続けに飛ぶも当たらない。大量の薬莢が飛び散りポップコーンのように爆ぜるも、肝心の弾のほうは標的をかすりもしない。
 銃弾はいずれも、一秒の数十分の一前まで柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がいた場所を、虚しく射貫くに留まっていた。硝煙上げる弾丸は、まるでリベットのようにコンクリート壁に突き刺さるのがせいぜいだ。
「排除などされるものか」
 カイの狙いが悪いのではない。真司が迅すぎるのだ。
 その真司に付き従いながら、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)も疾走する。
「急ぎましょう。クランジの大隊がこの場所に結集すれば優勢は保てません」
「わかっている」
 言うがや早いか真司は身をかがめ、鯱が獲物に飛びかかるようにしてカイに急迫した。
 カイはターコイズブルーの髪をセミロングにし、いささかオールドファッションな貝殻の髪留めでたばねている。銀縁の眼鏡をかけてはいるが、両腕が重火器に改造されているせいか知的な印象はあまりない。
 そのカイの顔が一瞬、凍りついた。
 なぜなら、真司が彼女の数十センチ前に立ったからだ。
 真司がそこから体内エネルギーを放射すれば、あるいは拳を用いれば、いかなクランジとてたまるまい。
 しかし真司はカイの破壊を選ばなかった。
「俺は、おまえを殺す気はない……」
 とだけ言い残すと真司はショックウェーブを放ち、カイをポンと大きく吹き飛ばしていた。それから脇目も振らず先を急いだ。ヴェルリアも彼に続く。
 カイはバランスを失うもそこはクランジ、猫のように空中で一転して体勢を取り戻し、壁を強く蹴って着地した。
「クッ……クウウウウッ!」
 真司の背中を見てカイは怒りに顔を歪める。もう届く距離ではない。その口から漏れるのは悔しさによる呪詛か、不甲斐ない我が身への怒りか。
 たえずごうごうと、水の流れる音が響いていた。塩素の香りも鼻をつく。
 ここは浄水施設。空京、そしてエデンに運ばれる飲料水を管理している。元々はクランジ戦争以前から使われていた場所だったが、クランジ支配時代の訪れとともにかつて以上のオートメーション化に成功しており、空京の衛生向上に大きく寄与していた。
 その浄水施設が戦場となった。
 襲撃したのは市民権のない四人の契約者とそのパートナーたちである。
 彼らは自分たちを、Quartet(四重奏)と称している。一人一人の個性は違えど、重なってひとつの旋律を刻む、ということだろうか。
「クランジχがいるということから見ても、この施設、やはりただの浄水場ではない……。『伯爵』の情報が正しかったということか」
 黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が告げると、『七番』は軽く首を振った。
「まだブツを拝んだわけじゃない。俺は今のところ、『伯爵』をそこまで信用していない」
 七番はそう告げるなり、背に担いだ巨大剣の鞘を払った。幅だけで数十センチはあろう刃を、垂直にして引き手の両腕で構える。
「俺の役割は掃討だ。笑顔を奪う存在は、全員殺しつくさなきゃいけない」
 なんという禍々しい剣か。長さは人間の半身を優に上回ろう。刀身は鏡のように磨き込まれ、光浴びて煌めく銀の背に、彼の横顔が映り込んでいた。
 彼は傭兵、本名は明かさずただ『七番』とだけ名乗っていた。
 ――こんな世界は狂ってる。
 七番はそう考える。狂気に狂気をもって報いる、それが自分の役目だとも思っている。
 クランジを破壊しつくさなければならない、そうも思っている。
 灰色のマネキン人形……クランジ量産型が、人間を模倣しつつもやはり不自然さの残る姿勢で襲いかかってきた。一体や二体ではない。呆れ返るほどの数で。七番一人をめがけて。
「そうだ、そんな風にまとめてかかってこい」
 七番は右足を踏み出し大股の姿勢になると、刀を風車のように振り回した。巻き起こる風すら殺傷力があるのではないか、そんな錯覚をおぼえそうな勢いだ。
「まとめて来てくれるほうが面倒がなくていい!」
 金属が金属とぶつかり、火花上げて断ち切られる轟音。彼を取り囲もうとした量産型クランジが、次々と大剣の餌食となって消し飛んでいった。まさに一騎当千、獰猛なる嵐のようだ。
 修羅となり荒れ狂う彼に、密かに音穏は胸を痛めていた。
 音穏は、七番がまとう魔鎧である。彼女は七番の身を守り、かつアドバイスを与える存在だ。しかし音穏には、どうしても七番に言い出せないことがあった。
 ――私のせいだ。
 彼女は思っていた。
 ――私の力が足りなかったから、私が肩を並べて戦うに足りなかったから。
七刀 切(しちとう・きり)……我が不甲斐ないばかりに、その名を捨てさせてしまった…………『七番』などという名を名乗らせてしまった……」
 しかし音穏の声は、金属音の嵐のなかでかき消されてしまう。
 音穏の中で、『我』という一人称と『私』という一人称が混在していることに、彼女自身はまだ自覚がなかった。そのようなことを考えている暇は音穏にはないのだ。彼女もまた、七番を守る戦いに全身を投じていたから。
 現在、浄水タンクが並ぶ構造のなか、先行する真司とヴェルリア、これを追うカイ、その周辺で量産型勢を減らし続ける七番、という図式が展開されているが、ここに加わらない姿が二つあった。
「いいなぁ……あれ、クランジχ(カイ)だろう? 十把一絡げの量産型じゃなくて銘入りだよね。欲しいなぁ」
 ボサボサに伸びた前髪をかき分けて眼を出すと、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は舌なめずりするように言った。
 彼は現在、タンクの一つに乗りしゃがんで、数メートル下で繰り広げられている戦闘を見物している。
「マスタ−。それどころではないと思いますが」
 コホン、と空咳して彼のパートナーアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が告げた。
「柊真司を支援することが私たちの役目では?」
「まぁ、そうだけどさ。あの人はわりと良くやってるよ。七番とかいう彼もやるじゃない? 俺が下手に手を出して足を引っ張ることになってもねぇ」
「そういう不真面目な態度は……。しっかりしてください、マスター」
「しっかりしてるってば」
 桂輔は背を丸くして身を屈めているが、これはただの猫背ではない。跳躍の準備だ。
「あ、でも量産機がいっぱいでてきたね、柊って人、ちょっと困りそう。助けるとするかねぇ」
 言いながら彼は、それでもカイを名残惜しそうに眺めていたがアルマの視線を受けて、
「ま、任務優先するとするかぁ。せっかくの銘入りクランジだけど、結局はほら、前にオメガが倒した……なんだっけ?」
「クランジψ(サイ)でしょう?」
「そうそれ、サイ。あの子と同じで、しょせんは量産機よりちょっとマシな程度の『後期型』ってやつなんだよね。……俺はもうちょっと高級なやつが欲しいなぁ。わかるかなぁ、この気持ち」
「マスターのそんな心境、誰も気にしてません。これ以上ぐだぐだ言うなら先に行きますよ」
「わかったってば! 俺も四重奏の一員、援護をがんばるとしよっか」
 いつの間にか彼は左右の手に拳銃を握っていた。二丁拳銃の構え。跳ぶ。ほとんど音を立てず着地するや桂輔は、当たるを幸い弾幕のように、撃って撃って撃ちまくった。突然側面を攻められた量産型たちは右往左往、大混乱をきたし電磁鞭で互いを叩いたり、絡み合って転倒したり、と恐慌状態に陥る。
「まったく……マスターだってそんな風にちゃんとやれば実力はあるというのに」
 溜息ひとつついてアルマも戦闘に加わった。

「停止せよ。それ以上進むことを禁じる……」
 真司に追いすがろうとしたクランジχだったが、眼前に危険を察知してはたと脚を止めた。
 すくみ上がった、というのに近い。カイはあきらかに怯えていた。
「停止するのは貴様だ」
 言うが早いか、新たに姿を見せた四重奏(カルテット)の青年はなにかを撃ち抜いた。
 給水タンクだ。圧縮された水が鉄砲のように吹き、カイをしとどに濡らした。
 後期型クランジの弱点は、水。たちまちカイの全身から白い煙が吹き、間接という間接はバチバチと電光を発した。
「……敵発見、種族……『クランジ』……」
 苦しげな声でカイは言う。もう動くこともままならない。
「そう。俺はクランジ、貴様の同族だ……!」
 カイの眼前に立ちはだかった存在、それはクランジだった。
 史上唯一の、男性型クランジだった。
 銀の髪ははらりと長く、黒のスウェットスーツには白い骨のような紋様が走っており、死神を彷彿とさせた。少女のような顔立ちだが、気怠げに半ば閉じられた双眸は、底の見えぬ井戸のように、昏い。
「オメガ……クランジΩ(オメガ)……!」
 カイは必死に後じさりながらうめいた。
 文字『オメガ』は小文字の『ω』ではなく『Ω』と記述するのが正しい。これもまた彼の、特異性の表れか。
 クランジΩはまたの名を、バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)という。しかしこの世界では、彼はまた別の異名でも知られていた。
 それはMalice(マリス)、『悪意』という意味だ。
「マリス。クランジキラー。かつてψ(サイ)を殺し、ν(ニュー)を殺して……ついに本機の前に、現れた」
 クランジを殺すクランジ『マリス』の名は、すでに恐怖の象徴と化しているのだ。人間的なところに欠けたカイだというのに、膝が震え顔は蒼白に変わり、戦意らしい戦意はもう消えていた。
 バロウズは、狼狽するカイとは正反対に沈着している。
「Ωには『終わり』という意味がある」
 彼は淡々と告げた。古いタイプライターで仕上げた原稿を読むかのように。
「終わらせる。俺はクランジすべてを滅ぼすと決意した」
「自己矛盾! されば貴機は自身をどう解決するつもりか!?」
「すべてのクランジを破壊したのち自らも葬る……これでこの世からクランジが消滅する。問題は、ない」
「滅びたいのであれば一人で滅……」
 ひいッ、と甲高い音がしたのは、恐怖のあまりカイが悲鳴を漏らしたものではない。
 ある意味悲鳴ではあったろうか。
 バロウズが逆手に握ったアーミーナイフが、カイの喉に深々と突き刺さっていた。
 ――情を感じないわけではない。同族意識を感じないわけでもない。
「俺自身がどう思おうと、この身はクランジなのだから」
 カイが聞いているかどうかなど、すでに気にもしていない。マリスはぶつぶつと呟いていた。
 ――だが、それが害意を持たない理由にはならない
「……だが、それが憎悪を抱かない理由にはならない!」
 呟きながらマリスは、ぐいと刃物を水平に引いてカイの喉笛を切り裂く。
 マリスの脳裏には荒涼とした光景がひろがっていた。フィルムが緑がかるほどに古い映画のよう。どこか現実感のない光景であった。
 ――あの日、拠点に攻めてきた量産型に殺されていった仲間たち。俺たちを逃すために囮になって、量産型どもを巻き込んでの自爆を決行した『父さん』。
 白黒映画じみた光景の中で、ある姿だけはフルカラーで再生されている。それは、四肢が吹き飛びぼろ布のようになって死ぬ少女の姿だった。
 ――爆発と瓦礫から俺をかばって死んだ、アリア。
「皆の命を奪ったその罪。俺の悪意でもって、その命で償ってもらうぞ……!!」
 ごぼっ、と赤黒いものがカイの口から溢れた。
 祈るようにバロウズは言葉を紡ぐ。
 それは彼にとってある種の儀式だ。過去にクランジψの胸を貫いたときも、地に伏したνの髪をつかんで顔を上げさせとどめを刺したときも、バロウズはこの言葉を唱えた。
「器を満たそう……やっと、誰かを害することの意味を手に入れたのだから。……存分に振るおう、このMalice(悪意)を。貴女たちに分け与えるために。
 ……受け取ってくれるだろう?」
 ――憎くて憎くて仕方がない、親愛なる我が妹たちよ。
「”My dearest sisters”?」
 バロウズは手首を返してナイフを、垂直方向にぐいと引き上げた。
 カイは両腕をくるくると回転させている。そこから無意味に銃弾が乱射された。
 それが断末魔の代わりだ。クランジχは、うち捨てられた人形のようにちぐはぐな姿勢で斃れた。
 直後カイは自爆したが、そのときにはもう、バロウズは爆風に巻き込まれぬ場所まで去っていた。
「終わったな」
 七番がバロウズの元にきた。すでに大剣は鞘に戻している。
 砕け散ったカイを見ても七番は、眉一つ動かすことはなかった。彼とともにある音穏も沈黙を守っていた。
 一方、カイの残骸を見おろして、「ひゅう」と首筋を撫でたのは桂輔だ。
「ま、これでも研究対象にはなりそうだからね。彼女のパーツは持って帰ろうかなぁ」
「そういうことを言うものではありません」
 と小声で告げて、アルマはカイの亡骸に合掌している。
 このとき、一行は全員、顔を上げた。
「来てくれ。見つけた」
 真司の声が聞こえたからだ。バロウズも桂輔も七番も急ぐ。敵の姿はもうない。破壊された量産型が散らばっているだけだ。
「やはりここに隠されていたようですね……『伯爵』の言う通りでした」
 ヴェルリアは格納庫の入口を大きく開き、中にあるものを全員に示した。