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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 12 自己犠牲は覚悟と共に
 (ガチで痛々しい表現が含まれています。お心当たりのない方は、いえ、お心当たりのある方こそご注意ください。柔らかい表現にできない……)

「アクアさん……」
 人を拒むアクアに対し、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が前に出る。
「……今度は何ですか? また、偽善行動ですか。貴方も私を治そうと? というか、さっき貴方、ハンマー振り回してましたよね?」
 少々うんざりしたように、アクアが言う。ルイは、いつもより多少抑えたスマイルを浮かべ、少しずつ歩み寄っていく。
「さっきはすみませんでした。しかし、もうハンマーは使いません! アクアさん、ファーシーさん……私は、やはり2人の仲は戻るべきなのだと思うのです」
 全く別の時を過ごしていた、2人。ファーシーはコアである機晶石を傷つけられ破壊されかけ、自己意思と関係無く眠りにつく事となり、アクアは実験体としての日々を過ごす事となった。
「確かに、あなたがたの間にある5000年という壁は大きいかもしれません。ですが、それを乗り越えて友達という関係に戻って欲しいのです」
「仲良くしなさい……ですか」
 呆れたように嘆息し、アクアはルイに攻撃を仕掛ける。しかし、ルイは歩みを止めなかった。避ける素振りも見せず、そんな攻撃は存在しないかのように彼女に接近する。着ている服から、盛り上がった筋肉から煙を出しながら、ルイはちらりとリアを振り返った。
(リアも、2人の話を聞いて……自分なりの答えを出そうとしている。私の答えは……)
 そうして、彼はアクアに向き直る。
「大丈夫です。きっと仲直りできますよ! 出会い頭の印象があまり良くなかったのは否めませんけど……」
 苦笑し、さらに近付いていく。アクアは、もう撃てないのかビームこそ出さないものの、電撃に加えてビルで見せたアルティマ・トゥーレを放ってくる。徐々にダメージが蓄積して足元がおぼつかなくなってきた。だが、その程度でこの鍛え上げた、鉄壁の肉体は止まりはしない。ただ、彼女の力になりたい。
「こ、来ないでください!」
 アクアがそこで初めて、感情を現した。拒絶、拒否という感情だ。仰向けに倒れたまま、左右を見て何とか移動出来ないかと力を込める。髪の動きもめちゃくちゃだ。そのうち絡まるんじゃないだろうか。
 傍目……ではなく実際に小パニックに陥っている。そのアクアは、もうルイの目の前だ。
(私は、アクアさんを説得したい。そして……)
 ルイは、倒れるように膝をつき、アクアを抱きしめた。
「な……なにするんですか!」
 本日最大級の、損傷が無かった時よりも激しい電撃がルイを襲う。
 ……いや、ビルでの戦闘でもアクアは手加減したつもりは無い。
 無いのだが。
 ルイはもう、息も絶え絶えだ。
「……アクアさん、今の私に、あなたに攻撃する意思はありません」
「そ、そんなことは見ていれば分かります!」
 アクアは離せ離せと念を送ってみるが、それでルイが離れるわけもない。というか多分念は通じていない。超能力者ではないし。
(しまった! まさか、攻撃の受けすぎで動けなくなりましたか!?)
 それなら、もう面倒だし徹底的に攻撃して殺してしまえばいい――。生きた人間に抱きつかれているよりは死体に抱きつかれている方が100倍マシだ。
 そう思い、アクアは体内に残ったエネルギーを光線攻撃にあてようと集中する。念の為に言っておくが、筋肉が嫌なわけではない。老若男女の全て、種族、体型年齢問わずに接触されるのが嫌なのだ。
 瞼が、すっと細くなる。この零距離から光線で貫けば、さしもの契約者も死ぬだろう。しかし――
「それでは、私はアクアさんにとって安全な存在だということですよね」
 その一言で、彼女の中での予備動作が停止する。純粋に、何を言っているか分からなかったからだ。台詞の続きが、僅かながら気になった。
「私はただ、アクアさんをこれ以上、傷つけさせたくないのです」
「……また、戯言ですか」
 少し興ざめして、彼女は呟く。それを気にせず、ルイは続ける。
「私の傍に居ても、いくら近くに居ても、大丈夫です。安全です。あなたに必要なのは……傍に居て、本当に安らげる仲間。そして情報を整理し、心を落ち着かせられる時間だと思います。それは人も機晶姫も同じ。自分の意思を持ち、考え、行動する事。ゆっくりと……、ゆっくりでいいんです。アクアさん……、ファーシーさんが今日言った事、言いかけたことについて、考えてみませんか? そこを糸口に、少しずつ……少しずつでも広げていきましょう」
「……それは、私にファーシーから何か学べということですか。その為に、彼等を裏切り、私の仲間になる、と? 私はファーシーの考えに毒されたりはしません。それと、貴方のような偽善的な考えを持つ部下は要りません」
 浮かぶ疑問、それに対する自分の見解を無感情に話すアクア。ルイは、そこで初めて否定の言葉を口にした。主に、後者について。
「そうではありません。私はどちらか一方につくのではなく……2人を繋げられたら、と。そう思っているのですよ」
 アクアの正面、超至近距離から特大特濃のルイ☆スマイルを浮かべ、彼女が少し迷惑そうにするのを見ながらルイは倒れた。
「は、離れてください! 離れて……」
 ずしん、と、120kgの身体に覆い被され、アクアは慌てた。だが、ルイは気を失っている。彼女自身は動けない。どうしようもない。誰かに運んでもらえないかと皆に向けて視線を投げ――はたと気付いた。
「…………」
 私達は敵同士。誰が助けてくれるというのでしょう?
 第一、さっきから私は全員に対して攻撃をしているわけで。近付いたら危ないわけで。
 でも、この巨体を運ぶのに接近は必須事項なわけで。
「…………」
 もう一度、一同を見る。いや、その前に、誰かに助けを請うなど、ましてや敵に頼むなど自分のプライドが許さない。
 ここまでの思考が、約3秒。
 いや――
 手伝ってもらうのではない。利用するだけです!
 自らを騙して開き直るのに、約1秒。
「……彼を回収しなさい。今だけは、攻撃せずに大人しくしておきましょう」
「……ミアちゃん!」
 言い終わるかどうかという所で、テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)が叫ぶ。
「うん! こっちに運ぶよ!」
 ミアはすぐに反応し、ペット達に号令をかけた。向かってきた強盗鳥がルイの服を咥えて持ち上げ、狼の背に乗せる。動物が迎えに来るとは思っていなかったアクアは虚を突かれた数度瞬きした。
 生徒達のいる一帯から離れた所に運んで降ろすと、テレサがヒールをかけ、ガートルードも命のうねりをかけていく。ミアと、そしてリアが経過を見守る中で治療は進んだ。
 後方に下がったテレサ達とファーシー達を見て、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は考える。アクアはこう言った。
『私の希望を叶えたいというのなら……、素直に、死に……絶望に落ちてくれますか?』
 と。
 優斗もやはり、ルイと同じ……ファーシーとアクアが仲直りし、2人が幸せになれる未来を諦めたくはなかった。これまでのやりとりからみて、アクアはかなり頑固だ。生半な説得では殻を破れないだろう。だが、ルイとの会話は彼女を包むその殻に皹を、大きな皹を入れたような気がした。
 そう、某ドラマのオープニングに出てくる卵のように。
 そこから出てくる黄身が何色なのかは分からないが――
「アクアさん、僕は、貴女の希望を叶えたいと思っています」
 アクアの正面に進み出て、柔らかい、いつもの優しい口調で彼は言う。
「だから、素直に死んでもかまいません。僕を殺害してみませんか?」
「…………!」
 その発言が聞こえた皆は、息を呑む。アクアは数秒の無表情の後に目を細め、優斗に冷たい視線を送った。
「貴方を、ですか?」
「……僕は、ファーシーさんの彼氏ですから……僕を殺害すれば、貴女の望む通りファーシーさんを絶望に落とす事ができますよ?」
「彼氏……?」
 アクアは怪訝そうな顔をした。しげしげと優斗を観察する。ちなみに、このファーシーの彼氏発言はアクアの気を引くための冗談である。皆さん、決して本気にしないように。
「僕はアクアさんが満足してくれればそれで良いんです」
 しん、と静まり返った場の上空で、カラスがばたばたと羽ばたいた。優斗達からあまり離れていない路上のポリバケツの上に、背中を向けて着地する。
「……面白いことを言いますね」
 もちろん、優斗に本当に殺害される気は無い。彼には、アクアが5000年の間に独りでは抱えきれないモノを抱えてしまい――『助けて!』と言っているように見えた。
 だから、自分への攻撃を通してアクアに気持ちを総てぶつけさせられれば。と思う。
 少しでも、彼女が抱えているモノを降ろせるように。
「でも、もしも僕を殺害できなかった場合には……僕の友達になって下さい」
 優斗の透明な笑顔に、アクアは反応が出来なかった。彼女に、彼の本心までは看破出来ない。だが、殺されるつもりこそなくとも、自分を犠牲にしようと思っていることに変わりはなく。否が応にもそれは伝わる。
 彼の自己犠牲精神は、アクアを苛立たせた。それが、理解出来ない者への混乱と焦燥から発生しているものだとも分からずに、怒りを募らせる。こんなお人好しがこの世に存在するわけが無い。
 存在してはいけないのだ。
 否定したい。だから。

「――分かりました」
 アクアは翼状装甲の窓を一気に開け、数十条の光線を優斗に集中させる。レオンを牽制した時とは比べ物にならない。
 人を殺すこと自体に躊躇いは無い。おあつらえむきに、ルイを殺そうとした時に充填したエネルギーが、今か今かと発射を待っている状態でもあった。
 ビル内で使った時よりは本数が少ないが、彼は何ら防御体勢を取っていない。フォースフィールドに防がれることもない。
 ――殺レル。
 アクアの確信と共に、光線は優斗に一直線に向かっていった。次々と着弾し身体を貫き、彼は容易く吹っ飛ばされる。

 ――その実、この賭けはあまりフェアなものではない。
『殺されるつもりは無い』ということは、優斗が死ぬ可能性は低いということ。死ななければ、アクアは彼の友達にならなければならない。結果がほぼ確定している、アンフェアな賭けである。
 優斗が、その判断を誤らなければ――

 紅い花が身体の至る所から散る。だが、彼はその着弾位置を調整していた。攻撃が電撃ではなかったことが幸いしただろう。見極め、致命傷を避ける。しかし、その動きは最低限で――
 やがて、優斗は仰向けに倒れた。
「優斗さん!!」
「優斗お兄ちゃん!!」
 テレサとミア、ペット達が慌てて駆けつけてくる。これ以上のダメージが生まれないようにテレサがヒールをかけつつ、2人は狼の背に注意深く優斗を乗せた。彼は血の気の無い顔を少しばかり起こし、アクアに向ける。
「これで……僕達は友達ですね……」
 安全な位置まで運ばれた彼は、いつの間にか傍に来ていた諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)に驚いて呟く。
「リョーコさん……どうして……」
「さあ、どうしてかしらね?」
 いつも通りに笑うリョーコの肩には、使い魔のカラスが止まっていた。それを視認し――優斗は気を失った。