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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 8 テナントビル騒ぎの裏で

 キマクの入口でファーシーを待ち続けていたシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、子分の茶ニッカポッカから話を聞いて急ぎテナントビルへ向かっていた。全速力で走っているので、子分がひいひい言いながら遅れまくっていることにもシルヴェスターは気付かない。
「ビルの所有者やアクアについて、事前に調べておくべきじゃった!」
 冷静な部分でそう考え、後悔する。
「そうですね……まさか、アクア・ベリル自体が罠だったとは。ホームグランドでこれは、大失態です」
 地の利を活かしてもっと調べるべきだった、とガートルードも後悔する。ちなみに彼女は遅れる子分に気付いていたが、むしろ近付かない方が安全だろうとあえて無視していた。まあそのうち追いついてくるだろう。
 さぞかし心配であろうと隣を見る。だが、シルヴェスターの目はどこか爛々としていた。まるで、宝箱を見つけたかいぞk……機晶……いや、何かの王のように。
「……?」
 怪訝に思うも、ガートルードにはその理由が分からなかった。ファーシーが今どうなっているか、生死も判らないどシリアスな危機的状況だというのに、この先生は何を考えているのか。
 その疑問は機晶王を目指す馬鹿自ら、特に何の意図も無く教えてくれた。
「ピンチの後にはチャンスが訪れる! 格好良くファーシーを助ける見せ場じゃ!」
「…………」
 なんと不謹慎でヨコシマな。まあ、なんだかんだでファーシーの安全を第一に考えてはいるのだろうし、このくらいがシルヴェスターらしいのかもしれない。

                           ◇◇

 山田太郎に追悼の歌を歌った燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)はこの日、神野 永太(じんの・えいた)ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)と共に空京を出発してイルミンスール魔法学校に向かっていた。これからではファーシー達に合流するのは無理だろう、という仕方なくの判断からだ。永太は小型飛空艇ヘリファルテ、ザイエンデは機晶姫用フライトユニット、ミニスは巨大甲虫に乗ってシャンバラの空を飛んでいる。
「聞きたかったことは聞けたし、皆が付いていればファーシーも安心だろうな。……私の心配はおさまっていないけど……」
 アクアという子がどんな機晶姫なのか分からないが、何か胸騒ぎのようなものがする。ファーシーが友人からの誘いを受けて不安を覚える、というのは余程の事のような気がするからだ。
「永太! もうイルミンスールの森よ!」
「……ん?」
 ミニスの声で、自分の考えに没頭していた永太は顔を上げた。眼下に広がるは、すっかり馴染んだイルミンスールの森。
「…………」
 ここからキマクはそう遠くない。どうせここまで戻ってきたのだから――
「……永太」
 ザイエンデが飛空艇の傍まで寄ってきて、こちらを見ている。考えていることは一緒――直感がそう伝えてきて、その直後、永太は目的地を変更した。
「キマクに行ってみよう。やっぱりファーシーが心配だ。……それに、付いていくって約束を守らなくてごめんって謝っておかないとな」
 携帯電話を出して待受画面を見つめる。左上のアイコンは電波が繋がる事を示している。
「とりあえず状況確認を……」
 しかし、そこで永太の指が止まる。彼の中には、なんやかんやしているうちに同行し損ねた後ろめたさがある。そのままぱちんと携帯を閉じて仕舞い、永太はそのままキマクに向かった。
 皆が到着しているのか、はたまた既にアクアとの再会を果たして立ち去ってしまっているのか、状況は判らない。とにかく行ってみて、彼女達を探してみよう。

                           ◇◇

 剣の花嫁の身に起きた異常な事件。
 それは、一つの終焉を迎えたように見えた。
 下手人判明。その1人は死に、残された1人は新たな友人を得て新生活を始めている。事件を引き起こした得物も確保され、被害者達は元に戻った。実際は、未だ1人戻っていない者もいるのだがそれは彼、日比谷 皐月(ひびや・さつき)の知る所ではない。
 しかし。
「禁猟区に反応……か」
 2日前、森で別れる際に禁猟区のお守りをファーシーに渡した。それが、先程反応したのだ。驚いたものの、冷静に状況を分析しようと努める。診療所で、チェリーはアクアが事件の発端だったと言った。ファーシーは、アクアに会いに行った。
 恐らく、彼女達の出会いは友好とは言い難く、そこで何かがあったのだろう。
「……さて、どうすべきか」
 禁猟区の効果は既に切れ、現在の状況は分からない。考えた時間は、極僅か。
「――拙速は巧遅に勝る、かね」
 興味有り気な視線を自分に寄越していた如月 夜空(きさらぎ・よぞら)を振り返る。
「アクア・ベリルを叩く」
 それを聞いて、夜空はにやりと笑い、面白そうに言った。
「叩く、ね。その心は?」
 そうはいっても、命ある機晶姫を滅するという意味ではないだろう。この欲張りな底抜けのお人好しは、相手が誰であれ『消える』のを厭うから。
 訊かれ、皐月は端的に意図を説明する。
 チェリーに協力し、ファーシーを助け、更にアクアを救う。その為だと。
「ふうん……」
 やっぱり、欲張りだ。
「心配は心配だし。物はついでだ、チェリーが離反したのがバレる前に、だな」
 だが、一人で出来ることは限られている。今はそれを理解しているからこその、破壊。
「……これ以上ガタガタ言わねーさ。悲嘆に暮れるのも、後悔すんのも全部後回しだ」
 ――それが彼の出した、最適解。

 皐月の後を歩きながら、夜空は呆れたようにひとりごちる。
「アクア・ベリルの所に行くっていっても、どうやって行くんだか」
 そこまで考えているのかどうなのか、結局はどこか突っ走っているような。
 まあ、ファーシーの受け取った手紙のメモなら取ってあるし、禁猟区に反応が有ったなら戦闘があったのだろう。
「戦闘の痕跡くらい、探しゃー見つかるかな」
 キマクは本拠地だから、装備も整えられる。
「……メンドイから、卯月呼び出すか」
 携帯を取り出しつつ、夜空はやれやれと先行する皐月を見遣る。
「相変わらず、道化だねえ」
 電話に出た翌桧 卯月(あすなろ・うづき)は、話を聞いてただ一言、こう言った。
「いつもの如く、よね……」
「いつもの如く、だな」

「掬えるのは一つっきり。世知辛いったらねーな、全く」
 走りながら、皐月は思う。
 ――でも、だ。
 でも、もう、何一つ失わない、失わせない。
(……そう決めたんだ、だから)
 彼はこの道を選ぶ。一つを助け、一つを――誰かに救ってもらう為に。

                           ◇◇

「…………」
 現場となったテナントビルから遠く離れた鉄塔の上。大佐は双眼鏡で、ファーシー達を観察していた。
 水色のゴテゴテした機晶姫――アクアが何か長々と喋り、哄笑を始める。
(今はまだ、早い……そして、危険だ)
 ファーシーの周り、生徒達の外縁には、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が立って周囲に警戒の視線を投げていた。近場だけではなく、目の届く範囲全体に気を配っているようだ。念の為、視界に入らないように移動する。だがまあ、これだけ距離があれば殺気看破やディテクトエビルにも引っかからないし、気付かれることはないだろう。
 ――しかし、随分と人が多い。
 キマクまで彼女を護衛してほしいと依頼が出たのは、昨日の朝。教導団では夜のうちに流れたそれが、他校生徒に公開されたのは朝だった。各校のスタッフは、集合日時までに間があるということで作業を急がなかったのだろう。大佐も、依頼内容は確認済みだ。その時点で判っていたのはファーシーとアクアが昔からの知り合いだという事実だけだが、その後、携帯から依頼の過去ログ、ぱらみったーでの噂等を見て彼女の出自、脚が動いた時の様子も把握している。
 まあ、ファーシーについては大佐にとって参考程度のものでしかない。必要なのは、あくまでもアクアの情報、現在位置だったから。
 先日、チェリーを襲撃して情報を得てから、大佐はまっすぐにキマクを目指した。到着したのは、昨日。
 高所や遠くから適宜観察、尾行し、今日、キマクで起こったシルヴェスターとガートルードが主導して行われた周辺住民への声かけ活動からファーシー達の到着、アクアの住処であろうビルに入る所まで、大体流れも追えていた。
 流石に何を話しているかは聞き取れなかったが、それはまあ、どうでもいいことだ。
 ――飛空艇とフライトユニット、おまけにカブトムシでキマク上空を飛んでいた3人組が、ビルでの戦闘音をきっかけに地上に降りて物陰から彼女達の話を聞いている。
 ――アクア達の近くには、カーテンにぐるぐる巻きにされた赤い髪の青年が転がっている。
 ――通りの先からは、紫のワンピースを着た少女が合流してきた。彼女は、小さな人形を2体連れた少女に近付き、何か文句を言っているようだった。
 アクアが嘲るように、何かを言う。それを聞いたファーシーが少しずつ足を進めてアクアに平手打ちをかまし、電撃を受けて倒れた。場の空気が騒然とするのが、この位置からでも分かる。一旦離れて電話をしていた優斗が、戻っていく。
「……電気、か」
 アクアをレンズ越しに見つめ、呟く。そして、対イコン用爆弾弓に番える為の矢に、爆弾を取り付けはじめた。
 太陽が地平線に落ちるまで、あとほんの数時間。