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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

リアクション

 
 9 絶対零度機晶姫

「ファーシーさん!」
「ファーシー!」
 倒れた彼女に、橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が駆け寄った。完全に目を閉じ、呼びかけへの反応は無い。
「ファ、ファーシーさん〜……」
 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)も、慌てて前に出て彼女の傍にしゃがみこんだ。アクアの電撃を帯びた髪は、まだ宙をたゆたっている。それをおろおろと見遣り、ちょっとでも引き離そうとファーシーの両脇に手を入れて引っ張る。しかし、気持ち程度しか動かずにティエリーティアは焦った。
「大地さん〜、手伝ってください〜……」
 志位 大地(しい・だいち)が、すぐさまやってきてファーシーを抱え上げる。4メートルほど離れた位置に移動していく。彼女の修理前にも、ぼろぼろの機体を抱き上げて運んだことがあった。その時よりも重く、綺麗になった体は一見普通の人と変わらない。だが、その顔はあの当時と同じく無機質だった。眠っているというよりも、元々目を閉じた表情の人形のような。
 肩にデビルゆるスターを乗せたミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)も、スライムやわたげうさぎ、狼と一緒に追いかける。強盗鳥も、羽を閉じた状態でついてきた。
 ファーシーの体を静かに横たえると、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が近付いてきて表情を曇らせる。
「気を失ってるだけ……なんどすよな?」
「内部に異常が無ければ良いのじゃが……」
 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)も、ファーシーの状態に少し不安を持ったようだ。風花とアストレイアは、そう言いつつも警戒を怠らない。さりげなく、周囲に気を配っている。
「機晶姫にヒールって効くんでしょうか……」
 半信半疑ながら、舞がとりあえずヒールをかけていく。肉眼で効果が確認できないだけに、どこか心許ない。
「ふぁふぁふぁファーシー! どうしたんじゃ!」
 その時、驚きとうろたえがごちゃまぜになったような声が通りに響いた。皆が一斉に振り返ると、シルヴェスターが倒れたファーシーを目を丸くして見詰めていた。傍に走ってきてファーシーの上半身を持ち上げ、うんともすんとも言わないのを見ると慌てに慌てた。
「大変じゃ!! 医者じゃ!!」
 と騒ぎ出す。次いで来たガートルードも、眉を顰めてファーシーを見ていた。
「俺が診てみよう」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が工具箱を持って近付いてくる。歩行補助装置を付ける際に使ったものを、飛空艇から持ってきたのだ。
「回線がショートしているかもしれないな。中を確認した方が良いだろう」
「画像記録が必要なようでしたら、言ってくださいましね〜」
 デジカメのシャッターをぽちぽちと押しながらシーラ・カンス(しーら・かんす)が言う。頼まずとも記録画像は十二分に残りそうだ。
「路上では、場所が悪いですね……」
 ガートルードは、自分達の姿を認めて出てきたガテン系ニッカポッカ達に指示を飛ばす。
「すぐに、周辺の安全確保に走ってください。安全が保障された時点で事務所に移動します」
「あ、あの、親分……」
 そこで、黒ニッカポッカがおずおずと近寄ってきた。
「なんですか?」
「横道に、見覚えの無いロボが置いてあるんすけど、あれ、どうしやす?」
「ロボ……ですか?」
「なんか、4メートルくらいのでっかいロボで……。一つ目タイプの、緑色のロボっす。どっかに展示されてたのを、廃棄処理でキマクに置いていったんすかね」
「邪魔になるようでしたら、どかしておいてください。住民の方々にも迷惑でしょうから」
「わ、分かりやした……」
 黒ニッカポッカはそう答え、「あれ、重そうなんだよなあ……」とかぼやきながら離れていった。

                           ◇◇

「むー……」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は、パラミタキバタンのガーマル・モフタンを腕に止まらせて背中にもふもふしながらその光景を見つめていた。蛮族から助け出した時に「イマダケダカラネ」と言われた筈だが、「イマ」が過ぎてもやっぱりもふもふしている。モフタンはちょっと背筋を伸ばしたような格好をしている。背中もふもふされるとこういう体勢になるようだ。きっと、もふもふに関してはあきらめている。
「モフタンもふもふもふもふもふ、やっぱり可愛いですね」
 人(?)型に戻った魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)は、もふもふの様子を見て言った。
「事実は小説より奇なり、とはよく言った物ですな。まさか、本当にキバ……モフタン様に出会うことになるとは。彼の知能にも驚きですが、しかし……何やら難しい話になっているようですな」
「むー、私はモフタンに出会えて満足ですが、2人はそうでもないようです……」
 大荒野でモフタンに出会う。
 これは宝くじに当たるとかよりももっと凄いことだ、と美央は思う。たぶん、イルミンスールで一番のラッキーガールだ。
 そんな彼女の目の前で、今、大変なことが起こっている。美央はサイレントスノーに向けて、言う。
「ファーシーさんと初めて出会った(?)のは、巨大機晶姫が暴れてた時でした。その巨大機晶姫が実は工場だったなんて、思っても見ませんでしたが……。あれから、ファーシーさんは見違えるほど変わりました。外見ではなく、中身も。
 私だって本当変わったと思います。いろんな人との交わりの中で、ほんとにいろいろ。……変わらないで生きて行くなんて、無理なんだと思います。そして、自分を変わらないようにしようとするのは、とても自分に負担をかけているんでしょうね。アクアさんだって苦しいでしょうし、いきなり意見を押し付けても拒絶するでしょう。むー、とりあえずアクアさんの思いの内を聞かないとなんとも分かりませんよね」
「……ふむ、やはり2人の事は、最終的には2人が決める事でしょう。ただ、ファーシーさんも感情的に見えましたね。気がついた後も、下手をすれば喧嘩のようなものに発展するかもしれませんし、その時は仲裁……もとい、お2人を落ち着けるようにしなければなりませんな。感情の爆発で交流を絶したりすると、後で面倒なことになるでしょうから」
「そうですね……、まずは2人がお互いのことを知らないといけません。この場さえ何とか抑えられればいいんですが……。その後にゆっくりお話できればいいですよね」
 その段になれば、自分が出来るのは見守ることだけだ。
「ええ。ですから私と美央が今出来ることは――一言で言うなら2人が分かり合える可能性を絶やさないようにする事でしょう。人間模様というのも、難しいものでございますな」
 そうして、美央とサイレントスノーとモフタンは、これからめまぐるしく起こるシリアス展開をその目で(約1名は眼窩だが)確認することになる。
 舞台がこの場から移る、その時まで――

                           ◇◇

(攻撃的な言動ではありましたが、ファーシー様と別の方向で放っておけない印象ですね。なんというか、無理をしてファーシー様に憎まれようとしているような……?)
 アクアの話にそんな感想を抱いた風森 望(かぜもり・のぞみ)は、とりあえず冷静に現状の把握から始めることにした。アクアは仰向けに倒れていて、ファーシーは気絶中。
(現時点ですべきなのは……捕まえて護衛することでしょうか)
 その時、ガートルードが地を蹴り、アクアに迫るのが見えた。動きを止める必要があるだろう、と逮捕術を駆使して捕まえようとしていたのだ。だが、彼女の意図までは望には判らない。その実、2人の考えはほぼ同じだったのだが――
「…………!」
 途端、アクアが長い髪から電撃を放つ。ガートルードが彼女の攻撃を見るのはこれが初めてである。一瞬、避ける動作が遅れて幾筋かの電撃が当たった。しかし、ガートルードは帯電フィールドを展開して更に距離を詰めようとした。そこで。
「アクア様!」
 望はガートルードとアクアの間に入った。傍目、バトル展開にしか見えなかったので仕方無いが……それに驚いたのは、アクアだった。まさか、自分を守ろうとする人間が出てくるとは思わなかったのだ。
「……貴女、何故私を……?」
 アクアに顔だけを振り向け、望は言う。
「『私を……何故助けるか』、ですか? そうですね……、一つはファーシー様が望まないと思いましたから、もう一つは……まぁ、ここで言う事ではありませんので内緒という事で」
「ファーシーが、望まないですって……?」
 アクアは、疑わしげに、それでいて皮肉な笑みを浮かべた。こちらはここまで宣戦布告したのだ。何を今更……、ファーシーだって、怒りを表していたではないか。
(おせんちゃんとお嬢様が来るには、もう少しかかるでしょうか……)
 望はアクアを護衛するような位置に立つ中で考える。彼女は、先程ビルから降りてくる時、怪我をしたと言って伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)を呼び出していた。放っておいて逃げ出されたり、この状況では誰かが壊しに来る事も無いとは言い切れない。監視も兼ねて護衛をしようと考えたが、人数は多い方が良いだろう。
「……アクア、まず話をしましょう」
 そこで、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が一歩前に出てアクアに言った。
「あなたは、ファーシーが5000年間悠長に眠り続け、復活したと言ったわ。だけど、彼女はただ、眠っていたわけじゃないの」
「関係ありません。経過がどうあれ、ファーシーと私が対極の存在であることに変わりはないのです」
「……それは違うのだ」
 乾いた瞳で答えるアクアに、リア・リム(りあ・りむ)が言う。
「話を聞いていると、アクアの持っている情報には、足りないことが多いような気もする。もう1度ファーシーと話をすれば、分かり合える事も多いはずなのだ」
「……なんですか……? まさか、私達を仲直りさせようとか思っているんですか? ……知りもしない、ファーシーの友である貴方達に懐柔されるほど、私は軟な神経の持ち主ではありません。そんな結果に、そんな屈辱的な姿を晒すのなら、死んだ方がマシです」
 忌々しそうに言い、自らを嘲るようにアクアは笑った。
「今なら簡単ですよ? ごらんの通り、私は身動きが取れませんから」
 その言いように、皆は立ち尽くす。さっきから、電撃放ちまくってるくせに……。
 そこで真っ先に動きを見せたのは、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)だった。彼女の台詞で、人形師魂に火がついたらしい。
「レオン、アクアの治療をお願いできますか?」
 風の音だけが通り過ぎる中レオン・カシミール(れおん・かしみーる)に声を掛ける。
 何故、彼女を治療するのか。
 衿栖はパラミタに来て以来、実験に使われて破棄された機晶姫の残骸など、鏖殺寺院によって非道な扱いを受けた機晶姫達を何人も見てきた。
 寺院に関わったばかりに不幸になってしまった彼女達。ファーシーもその中の1人といえるだろう。
 そして、アクアも……
「鏖殺寺院に捕えられ、望まぬ人生を歩んできた機晶姫がここにも……。放っておくことなど出来ません!」
 レオンは、そんな彼女を見下ろすと迷うことなく肯いた。
「ああ、分かった」
 彼自身も人形師。衿栖の気持ちは解る。アクアを見捨てることは、ファーシーも望まないだろう。だが……当の治療される本人がそれを拒んだ。
 電撃を多少気にしつつ近寄っていくと、案の定、メデューサのように波打った髪がばちばちと電気を放ってきた。慌てて飛びのくと、一瞬前まで立っていた場所に数条の光線が着弾する。ビルの4階で攻撃してきた時とは異なり本数自体は少ないが、当たれば無傷ではいられない。
「治療など、必要ありません」
「……これは、どうするかな」
 こう敵愾心が強いと、治すに治せない。どうやって彼女に接近するか、まずはそれをクリアしなければ――と、レオンは思った。