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リアクション
■ 生み出すもの ■
月冴祭まっただなか。
池には幾つもの舟が浮かび、竹林を散策する人の姿も見られる。
わずかに雲のある空で満月は煌々と輝き、眼下の人々を眺めているかのようだ。
「確かこっちだと聞いたんだが……」
月冴祭会場を見回していた酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、まだ幼い地祇の姿を見付け、息を吐いた。
「理子さん、きっとあれがニル子ちゃんだと思う」
月を見上げたり、訪れる人々を眺めたりと、月冴祭に興味津々のニル子を、陽一は傍らにいる高根沢 理子(たかねざわ・りこ)に示した。
ニルヴァーナで月見が催されると聞き、陽一は理子に同行してくれないかと頼んだのだ。
忙しい彼女のことだから、来てくれるかどうか不安もあったのだけれど、理子は快くそれを受けてくれた。
「お月見かぁ。ニルヴァーナのお月さまってどう見えるか、考えてる余裕なかったからね」
そう言って笑う理子の肩に、一体どれだけの責務が載せられているものかと、陽一は考えざるを得なかった。それは1人の女性の肩にかけられるには、あまりに重いのではないか。
けれどそれでも屈託無く笑っている理子を連れ、陽一は月冴祭にやってきたのだった。
最初はただ月を楽しんでいるだけだった。
けれど、ニルヴァーナの地祇として生まれたニル子が、愛の意味を知りたがっているのだという話を聞いた陽一は、自分なりの考えを教えてみようかと思い立った。
誰かに話すことによって、心の中を整理できるかも知れない。そして……ニル子に教えることによって、理子に自分の想いを改めて聞いて欲しい、という願いもあったからだ。
「ニル子ちゃん」
呼びかけると月を見上げていたニル子は、ぱっとこちらに顔を向けた。
大きな目と柔らかそうな髪、まだあどけない顔立ちの子供だ。
「愛について知りたがってると聞いたんだけど……」
「うん! 教えてくれますかぁ?」
まっすぐに見返してくるニル子の瞳の純粋さに少し照れを感じたけれど、陽一は一度理子に目をやった後、答えた。
「俺には大切な人がいる。彼女は、生まれながらの重圧にずっと耐えてきた。俺はそんな彼女を独りにしたくない。独りじゃないと感じさせてあげたいと思ったんだ」
「その人を“愛してる”ですかぁ?」
「ああ、そうだ。心の中に愛する人がいれば独りじゃない。そして、愛は新しい力を生み出すことが出来る」
「新しい、力……」
「俺自身、辛いときに彼女のことを思い浮かべれば頑張る力が湧いてくる。それは、独りじゃないからこそ生まれる感情と力だ」
話を聞きながら、真剣に考えている様子のニル子に陽一は言う。
「ニル子ちゃんも、多くの人と想いが交わる創世学園から生まれることができた。いつか君も、誰かと一緒に新しい何かを生み出せるときがくるかもしれないな」
「何かを生み出せるですかぁ。それはいいことですねぇ」
頷いたニル子から、陽一は理子に視線を移した。
「できれば、理子さんもニル子ちゃんに愛を教えてあげて欲しい」
「え、あ、愛!?」
まさか自分に話を振られるとは思っていなかったのだろう。理子は驚いたように目を見開いたあと、うーんと考えた。
「あたしはそういうの得意じゃないからなぁ……。愛、愛かぁ……。よく分かんないんだけど、たぶん……その人のことを大切に想うこと、じゃないかな?」
理子の言葉を聞いて、ニル子は少し考え込んだ。
口の中で、大切、力、新しい何か、と呟いた後、顔をあげてにっこりする。
「お2人とも、教えてくれてありがとうですぅ」
礼を言ってまた別の場所へ行くニル子を見送ると、陽一と理子は月見に戻ったのだった。
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