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リアクション
■ 満月が照らす小舟の上で ■
イルミンスール魔法学校の校長室で、神代 明日香(かみしろ・あすか)はエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)に休憩用のお茶を出しながら、こう誘ってみた。
「ニルヴァーナにお月見しに行きませんか?」
「お月見ですかぁ?」
興味があるともないともつかない様子でエリザベートは聞き返す。
「ええ。綺麗な風景と言い伝えがあるそうですよ」
明日香はそれ以上の内容はあえて説明せずにおいた。
エリザベートはしばらく明日香の次の言葉を待ったが、それ以上の説明が無いと知ると返事をする。
「月は嫌いじゃないですぅ。明日香が行きたいならぁ、別にいいですよぉ」
「ありがとうございます。お月見、楽しみですねー」
せっかくだからちょっとお洒落して出掛けましょう、と明日香は当日の服装を自分とエリザベートの2人分、考え始めるのだった。
そして当日。
明日香とエリザベートは連れだって月冴祭に出掛けた。
エリザベートが着ているのは、身頃にたっぷりレースがあしらわれ、裾は大きめのスカラップになったワンピースだ。明日香も同じようなスカラップワンピースだが、エリザベートのものに比べ、レースは控えめ襟ぐりは広めで少し大人っぽい印象になっている。もちろんどちらも明日香の見立てだ。
「舟に乗る前に、月うさぎのお餅をもらって……うーん……」
空京たいむちゃんのところに行きかけて、明日香はふと立ち止まる。
「どうかしたんですかぁ?」
「いえ、何だか聞き覚えのある名前のような気がして……」
「聞いたことありませぇん」
「そう、ですよね。もらってきますー」
明日香は月うさぎの餅を貰ってくると、エリザベートと一緒に小舟に乗った。
他の舟と距離を取るようにしながら、明日香は小舟を漕いだ。
「見上げて空にあるお月様。穏やかな水面に映るお月様。どちらも綺麗ですねぇ」
明日香の言葉に、エリザベートは夜空と水面の月を見比べる。
「どっちも大きな満月ですぅ……」
「そうですね……。私はどちらかと言うと、儚く幻想的な水面に浮いているお月様のほうが好みです」
明日香は舟を漕ぐ手を止めて、池面に揺れる月を眺めた。
空に輝く月の影。
虚であるのに、虚ろ故に儚く美しい。
そんな水面の月に見惚れつつ、物思いにふけっていると。
「……明日香」
エリザベートがぽつりと呼びかけた。
「はい?」
「今夜の明日香はなんだかとてもき、き……ま、馬子にも衣装、ですねぇ」
それを聞いて明日香はつい笑ってしまった。
「エリザベートちゃん、それ、褒めてないですよぉ」
「し、知らないですぅ」
耳まで真っ赤になっているエリザベートは、ぷいと顔を逸らした。
エリザベートは西欧人種とはいえ10歳。逸らした頬のラインも子供らしい身体のバランスも、綺麗というよりはまだまだ可愛くて。
「もう……本当に……」
明日香の胸に、エリザベートへの愛しさがこみあげた。
褒めようとした言葉自体は失敗してしまったけれど、恥ずかしいのを我慢して気遣ってくれたことが嬉しくて、明日香は腕を伸ばしてエリザベートをぎゅっと抱きしめる。
「こ、子供扱いしないで欲しいですぅ……」
エリザベートはじたばた暴れるけれど、明日香は腕を解かない。本気で嫌がっていないことは、どこか甘えているかのような抵抗からも、一目瞭然だったから。
思う存分エリザベートを抱きしめた後、明日香は月うさぎの餅を取りだした。
「はい、半分こですよー」
餅を渡して、言い伝えは知っているかと様子を見ると。
「明日香は月より食い気ですねぇ」
どうやら言い伝えは知らないようで、ぱくっと普通に食べていた。
おやつを食べているような姿にちょっと笑ってしまいながら明日香も半分を食べ、持参してきた水筒を取りだした。
「お餅だけでは喉が渇かないですか。温かいお茶を持ってきたんですよー」
コップに注ぐと、湯気が立ち上る。
「熱いので気をつけてくださいね」
こぼさないようにとエリザベートの側に寄り、明日香は手を添えてエリザベートにカップを持たせた。
「ふーふーします?」
「だからぁ、子供扱いはやめるですぅ!」
「あ、暴れると危ないですよー」
熱いお茶が跳ねそうになり、明日香は慌ててエリザベートの手に添えた手でコップを支えた。
揺れる小舟の上で寄り添い、1つのコップに手を添える。
月冴祭の満月の光を受けながら――。
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