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リアクション
2
キャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)がやたらと嘘をついている。
対象は、多比良 幽那(たひら・ゆうな)をはじめとしてパートナー、ニンフたち。それから折り悪く幽那の家を訪れた郵便配達員までみんなみんな巻き込んで。
本当のことを言うのは十回に一回程度。いつも以上にひどい言動に、早く止めなければと声をかけてみたところ、
「『何言ってるの幽那ちゃん』『今日はエイプリルフールだっちゃ』『嘘をついても許される日。嘘をつかずに何をする?』」
との答えが返ってきた。
そうか、エイプリルフールか。それならばこの言動も頷ける。
「じゃあいいや」
好きにしなさいよと投げてみると、アリスは両手を上げて喜んだ。
「『さすが幽那ちゃん、話が早いね!』『ていうか一緒に嘘つこうぜ!』」
「嘘、ねえ……」
どうしようかな。黙って少し、考える。
「……某国では午前中に嘘をついて、午後にネタ晴らしをするらしいわね」
「『へーへーほー』『そいでそいでぇ? それをオイラに聞かせてどうすんだっての』」
「それに則ってみましょうか」
「『つまり一緒に嘘をつくと……』『楽しそうだねぇ』『ネタバレありなら本気で怒る野暮もいなかろ』『楽しみだ』『楽しみね!』」
どうやら浮かれているらしく、ほんの一息で様々な喋りをしてみせた。
そうね楽しみね、そう返しながら、アリスの過度な嘘でも許してくれそうな人は誰だろうと友人の顔を次々と思い浮かべる。そして、思い至った。
「工房へ行きましょう」
「『工房』『リンス・レイスの人形工房?』『クロエもいるよぅ』」
「そう」
あのふたりなら、許してくれそうだから。
「じゃんじゃん嘘をついてやれ!」
確かに言った。
じゃんじゃん嘘をついてやれ。
確かにそう、言ったけど。
「『だからさつまりこういうことさ』『リンス・レイスは人形なんだよ、ほんとはね』」
「えっ、ええっ。そんなはずないわよ、にんげんだわ」
「『それはクロエに見せている表の顔なの』『本当の彼は誰も知らない』」
「そんなことないもん。わたし、ずっとみてるもん」
「『ああじゃあこれは知ってるかい』『実はねリンスは女だった』『魔女の呪いで男に変えられてしまったのさ!』」
「ええっ!?」
「『ああ可哀想なお嬢さん!』『王子のキスで元の姿に戻るらしいぞ』『でも残念だわ、王子の姿は今も見当たらない』」
(さすがにあれは、嘘を言いすぎじゃないかしら……)
だんだん不安になってきた。連れてきたニンフも、各々が好き勝手に動いているし。唯一仲間と言えそうなのが、嘘嫌いのアコニトムだ。アリスが嘘をつくたびに、頬を膨らませてアリスの服を引っ張って止めようとしている。なんの抑止力にもなっていないけれど。
すぐにリンスが止めにくるかと思っていたら、さっくりコロナリアとヴィスカシアに捕まっていた。ヴィスカシアが嘘をつき、コロナリアが誇張してからかって、ということを何度も繰り返している。リンスも、最初は驚いていたものの、既に嘘に気付いているのか今では「へえ」と相槌を打つしかしていない。
一方アリスにかわいがられているクロエは、半信半疑で揺れているようだ。あんな調子じゃ疲れるだろうなあ、と申し訳なくなってくる。というか、申し訳ない。
ちらり、時計を見遣った。十一時三十五分。あと二十五分したら、正午を迎える。正午になったらネタバレだ。ネタバレしたら、ごめんねと謝ってうんと甘やかそう。用意周到に用意してきたお詫びの菓子折りを渡して、それでなんとか機嫌を直してもらって、そのあと幽那たちみんなでお茶を淹れてお茶会を開こう。
*...***...*
以前、リンスの工房を訪れた際、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はシャーロット・ジェイドリング(しゃーろっと・じぇいどりんぐ)の衣装を作ってほしいと注文していた。
季節は巡り、春。
(もうできている頃かしら?)
一年経つのだから、きっとできていると思うけど。
確認のため工房へと連絡を入れてみると案の定。既に完成し、来店を待っているとの返答だった。
今日は特に予定もないし、向かおうか。そう思ったけれど、今日がエイプリルフールであることを思い出して考える。
少し趣向を凝らしてみようか?
「ねえシャーロット。貴方はもう立派なお姉さんよね」
「もちろんですぅ!」
「ならひとりでおつかいも行けるかしら?」
「おつかい?」
首を傾げるシャーロットに、ローザマリアは説明する。
去年、リンスに頼んでおいたものが完成したこと。
取りに行こうと思ったが、ローザマリアには急用が入ってしまったこと。
「貴方なら出来るわよね、ひとりで取りに行くことくらい」
「ふふん。シャーロットは一人前のれでぃだから、ひとりでおつかいなんて簡単なのですぅ!」
「頼もしいわ」
「任せなさいですぅ」
「ええ。
ねえシャーロット、忘れないでね。私は一緒に行けないけれど、貴方のことを想っているし、見守っているわ」
「? そんなのわかってるですぅ」
平然と言い返された。信頼を寄せられていることに嬉しく思いながら、ローザマリアはシャーロットの頭を撫でる。
「いってらっしゃい、シャーロット」
「いってきますですぅ!」
遠くなっていくシャーロットの背を見て、ローザマリアは次の行動に移った。まずは、リンスの工房へと連絡をつけ、衣装はシャーロットがひとりで取りに行く旨を伝えた。
ああは言ったが、心配でないはずがないのだ。見守っている、その言葉通り後を追うつもりでいた。
とはいえ、普通に追いかけてもつまらない。エイプリルフールらしい演出をしなければ。ローザマリアはフェイスマスクを手に取った。
【スパイマスクα】を装着し、軽く化粧を施す。自身の顔を、赤毛で垂れ目ながら優しげで知的そうな眼鏡をかけた色白の女性、へと変えた。
更に今回は、その上から【パーティマスク【バーバヤーガ】】を被り、三重にフェイスマスクで素顔を覆い隠す。服も老婦人のそれに替えた。
ここまでやれば準備万端だ。【バーバヤーガ】で老婦人になったローザマリアは、シャーロットを追いかける。
先回りをしてみると、早くもシャーロットは道に迷いかけていた。おろおろとした様子の彼女へと、
「どこへ行くんだい?」
老婦人らしいしわがれた声を作り、話しかける。
「まず、ヴァイシャリーへ。その後、この工房まで行くんですぅ」
「そうかい。ヴァイシャリーへは、ここをこう通って行くといいよ」
丁寧に説明し、にこりと微笑む。シャーロットが頭を下げた。
「ありがとうですぅ!」
いえいえ、と柔らかな物腰のまま立ち去り、ローザマリアはフェイスマスクを脱いだ。赤毛の女性が姿を現す。年相応の服装に着替え、ポイントシフトでさらに先回りする。
ヴァイシャリーの街のはずれ、シャーロットは工房への道を探してうろうろとしていた。こうも迷っているところに遭遇すると、やはりついてきて良かった、と心底思う。
「どうかしましたか?」
しわがれた老女の声とは違う、変装した顔に見合った声質に切り替えて話しかけると、シャーロットは顔を上げた。
「人形工房への道がわからないのですぅ」
「リンス・レイスの人形工房?」
「そうですぅ」
「その工房でしたら、こちらですよ。私もそちらへ向かうので、一緒に行きましょう」
ローザマリアはシャーロットに手を差し伸べた。シャーロットは躊躇しながら、ローザマリアの手を取った。素直なのはいいことだけど、見知らぬ人にすぐついていくのは危なっかしい。本当についてきて良かった。繰り返し、心の中で息を吐いた。
工房につくと、シャーロットはぺこりと頭を下げてからリンスの元へと駆けて行った。
「やぃ、にーちゃん! ローザが頼んだもの、もらいにきたですよっ!」
「ひとりで来れたんだ」
「もちろんですぅ! おつかいなんて簡単なのですよ!」
「すごいね」
「甘く見るな、なのですぅ。さぁさぁおつかいを完遂させるですよ。品物はどこです?」
「ここにあるよ、どうぞ」
やり取りの後、リンスがシャーロットに大きな紙袋を渡した。中身をちらりと見て、シャーロットが目をぱちくりとさせた。中身、リンス、中身、リンス、とせわしなく視線を動かす。
「これは……シャーロットの衣装、ですか……?」
ようやく発した言葉はそれだけで、あとは声にならなかった。ぱくぱくと口が開閉しているので、何か言おうとしているが。真っ赤な頬でそんな仕草をしたら、可愛くて仕方がない。
そうだよ、とリンスが頷くと、シャーロットはぎゅっと袋を抱きしめる。
「シャーロットは、とても大切にされていたのですね……」
「そうだね」
「……シャーロットも、この衣装のこと、すごく大切にするですよっ」
そして、晴れやかな笑顔で礼を告げ、来た時と同じように駆け足で出て行った。真っ直ぐ街へと向かって行くのを見てからリンスへと向き直る。
「可愛いわ、本当に」
呟きに、リンスが首を傾げていた。ああそうだ、声を戻さないと。
「ねえリンス。私、あの娘と過ごす日々、とても充実しているの」
「クライツァールだったんだ」
「ええ。ひとりでできるって言ったって、心配だったから」
「そう」
「ちなみにこの顔の下も、実は素顔じゃないのよ」
「すごい技術だね」
「でしょう? ……じゃあ私、もう行くわ。帰りも心配だから」
「うん」
「衣装、ありがとう」
丁寧に礼をし、ローザマリアはシャーロットを追いかける。
家に帰ったら、褒めてあげよう。
ひとりですごいと、よくできたと、たくさんたくさん、褒めてあげよう。
それは、嘘じゃない。
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